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14.仲良くしましょう?

「ブハッ」と笑ったシアンは置いといて、私はランスロット男爵の手から逃れ「何が素晴らしいんですか?」と頬をマッサージしながら聞く。


「何がって決まっているだろう!? 先ほどの召使いへの諭し方は良かったぞ! 二人は依存し合っている様にも見えたからな、どんな関係であれ適度な距離感は必要というもんだ。フラン殿には人を育成する能力があるのだな!」

「いつの間に私の名前……って、とんでもない! 私にはそんな能力ありません! ただ、あまりにもあの召使の方が木偶の坊……いえ、言いなりの人形みたいだったもので。思わず口を挟んでしまったまでです」

「お前、今さらっと悪口……」

「だけどあのキンバリー様の狼狽ぶり……余計なことをしてしまったかなと、今すこし後悔していまして……」


 だめですね、お節介なもので、私――

 と自虐的になってみたものの、ランスロット男爵の興奮は冷めやらぬようで「いいのだ!」と豪語した。


「実はキンバリー殿の傲慢な態度は我々の目にも余っておってな……なんとかせねばならんと思っていたのだが、こちらがどうのこうのと言ったところで聞く耳はさらさら持たなかったのだ。しかしあのままでは召使いがあまりにも不憫。キャシーを引きずり出してきたのも、いかに召使いという存在が偉大かをキンバリー殿に見せる為だったのだ」

「いや、偉大というよりは巨大……」

「何か言ったか?」

「いえ! なにも!!」


 ランスロット男爵が首を少し捻る。どうやら本当に聞こえていなかったようだ。これ幸いとばかり私は話を続行した。


「それにしても、ランスロット男爵はお優しいですね。お優しくて、強くて、かっこよくて……キャシー様も、そんな主様の傍にいることが出来、大層お喜びになられていることでしょう」


 チラリとキャシーを見ると、一人着席していて食事にありついていた。それは誰がどう見てもまごう事無きラ主であるランスロット男爵の食事なのだが「俺はさっき食べたからな、構わないぞキャシー!」と彼自身は特に気にしていない様子だ。


「グウウウウー」

「えっと、お腹が鳴って、」

「断じてそんなことはない。今朝から腹の調子が悪いだけだ!」

「いや、それにしては健康そうな空腹の音が、」

「気のせいだ!」

「(ええー!)」

 彼のお腹の音を除けば、彼のご飯がとられたことについてはこれと言って問題がなさそうである。

「グウウウウー……」

「(ほらもう~無理するから)」


 一瞬でやむかと思ったランスロット男爵のお腹は、その後一分かけて鳴り響いた。これには笑いをこらえきれずにとうとう「フフ」と思わず笑みをこぼしてしまう。


「どうしたフラン殿、何がおかしいのだ?」

「ふふ、す、すみません。あまりにランスロット様がお優しいので、つい」

「フラン殿……いや~そんな言葉を直球に言われると照れますな!」

「……」


 人の優しさを面白いと言って笑う――それこそ失礼なことではないだろうか、と蚊帳の外で見守っていたシアンは少し考える。しかし、ランスロット男爵が本気で照れている様子を見ると、余計な茶々を入れるのも躊躇われた。

 このまま幸せな気分にさせてやるか――そんなことさえ思った。

 しかし、

「(ん?)」

 ランスロットが本気で照れている――?

 シアンが目を凝らさなくてもよく分かる。少し汗ばんだ額、いつもより高揚している頬、更に大きくなった声量――彼は私を前に、明らかに照れていた。そして、極めつけは、


「フラン殿だって優しいではないか! 俺は君のような可憐な女性が大好きでな!」


 まるで告白にも近い言葉を堂々と並べている。対する私が「またまた、お上手ですね」と鈍感な者だから、これ幸いなことに変な事態にはなっていないが、彼の私に対する気持ちは、周りの者からするとありありと読み取れた。


「(今まで女性に褒められ慣れていないから、こうも優しく接するだけで恋に落ちてしまうのかランスロット男爵は……)」


 どことなく不憫な思いを抱いたシアンだったが、なにやら不吉なオーラを読み取った。それはテーブルの方からだ。


 カシャーン


 音がした方を見ると、今まで手で料理を次から次へと口に運んでいたキャシーが、鬼のような形相でこちらを見ていたのだ。いや、こちら、というよりは……


「(ランスロット、じゃない。フランを見ているのか)」


 まるでゴキブリを叩こうとするような、必死の形相でキャシーが私を見ていた。顔から火が出そうな程の憤怒の思いと焦りが露呈しており、今までのお相撲さんのような柔らかな面持ちはまるでない。


「(え、まさかキャシーって……いや、まさかな)」


 そりゃ、体格の良い二人がくっつけばお似合いだが、と乾いた笑いを見せたシアンだったが、彼がそうこうしている間にキャシーはいつの間にかシアンの前まできており、「え!?」とでかい図体の割に速い彼女の移動ペースに驚く。しかしシアンの前で止まるでもなく、彼女は速いスピードのまま渦中の二人に近づいて行った。


「え、おい。ちょっと、あんた!」


 まず口で止めてみようと試みたシアンだったが、怒りで我を忘れているキャシーに通じるわけないと思い直し「フラン!」と喚起の声を上げる。するとその声が聞こえたか、はたまた聞こえなかったかくらいのタイミングで、キャシーは私をドンッと突き飛ばすのだった。

 ガシャン!!

 鈍く、重い音――

 一瞬の轟音は、鳴ったのち、何事もなかったかのように消え去る。

 残ったのは、床に投げ出された私の体。

 それをただ見ていただけのランスロット男爵。

 そして、私を投げとばしても尚、何か危害を加えようとしているキャシー。

 そして――


「いった……なに? 今誰かに押され、」

「キャシー! 何をしている!!」

「え、な、」


 目の前にキャシー。大きな体からはプシュ―と音が聞こえるくらいに熱気が漏れており、この人に突き飛ばされてこうなっているのだと瞬時に理解出来た。しかし、突き飛ばした張本人はまだ暴走をやめようとはせず、更に距離を縮めようとしている。


「や、やめ!」


 そして馬乗りになり、胸ぐらをつかまれ、そのふくよかな腕を天に振り上げた瞬間――

 バサッっと、私の視界が真っ暗になった。その後に続く、ゴンッという鈍い音。その衝撃は私には遠く聞こえ、しかしクッションを通してでも伝わるくらいの振動が響くくらい、強い衝撃が加えられたのだと分かった。


「な、に……? 何? 何が起こったの?」


 黒い視界の中、訳が分からないまま頭をきょろきょろと動かす。だけどどこを見ても真っ暗な視界で、今じぶんが地面に横たわっていると言うこと以外は何も理解が出来ない。


「しかも、これ、重いし……ん~! ダメ、あがらない」


 降参。

 そう言いかけて頭を下に落とした時、後頭部に柔らかいものを感じた。


「……手?」


 頭の感触で、柔らかいものが手だと判明する。しかしそれは、ランスロット男爵のようにゴツゴツした手ではない。が、私の手よりも明らかに大きく、そして、何かを守ろうとする強い意志のあるそれだった。

 私の頭はその手により、キャシーからも、そして地面からの衝撃をも免れていたのだ。


「え、ちょっと、待って」


 となれば、ここまで考えれば――

 いや。

 そもそも考える必要なんてはなからなかったのだ。

 だって、この世界で私を助けてくれる人物といったら一人しかおらず、決して私を裏切らないただ一人の人物なのだから。


「シアン? シアンなんでしょ!?」


 問いかけると、黒い視界がズズと動いた。すると、視界が開けて部屋のシャンデリアが眩しく点灯しているのが目に入る。そしてその下でアッパーを食らわされている、キャシー。ランスロット男爵の決め技により、正気に戻っている様子までしっかりと見届けることが出来た。どうやら、災いはもう訪れないようだ。


「や、やっぱりキャシーさんが……って、じゃあ、さっきの鈍い音ってキャシーさんがシアンを殴った音!? ちょっと、シアン、シアン! あんた大丈夫なの!?」


 揺さぶるのはマズイと思ったので、何度となく呼びかける。すると最初こそなかった返事が、ぽつりぽつりと返ってきた。


「叫ぶな……頭に響く……」

「シアン! 平気なの? ゴメン、私のせいでっ」

「別に……これくらい何てことない」


 と言いながら、一向に動く気配を見せない彼にひどく動揺した。

 もし、もし打ち所が悪くて何も出来ない体になったら。

 もしも徐々に記憶がなくなっていったら。

 もしも段々バカになってしまったら――


「お前、今、変なこと考えただろ……」

「いや――ぜんぜん、まったく」

「どーだか……」

「それよりもシアン、大丈夫? 起きられる? 私、手を貸すよ?」

「あいつに押されただけで吹っ飛ぶお前に、何が出来んだよ……今はいいから、もうちょい、このまま……それよりもう少し声落とせ……誰かに呼び捨てにしているのを聞かれたら面倒だぞ」

「わ、分かった……ごめんね、こんな時まで私の心配を……!」

「手がかかるのは承知の上だっての……」


 言われるがままに横にしておいたが、轢かれている私にとってはどうも居心地が悪い。しかもシアンがだんだんと意識を手放していっているのか、その体が徐々に重くなっていった。当然、私にかかる重力は時間が経つごとにますます重くなってくる。


「(さすがにこのままではきついかも……)」


 けれど無下に「起きろ」とも言えないし、誰かに「手伝って」とも言えない。ランスロット男爵はキャシーを担ぎながら「今キャシーを一人にしたら何をするか分からないから、部屋に閉じ込めておく。すぐに戻って来るからな!」と言って早々に立ち去ってしまったし、イーノ伯爵に関しては「熱烈な様だな」と不敵な笑みを浮かべて私の苦しむ顔を覗きこんだだけだった。


「べ、別に抱き合っているわけじゃありません!

 それで、お……お願いがあるのですが」

「断る」

「ま、まだ何も言ってないです!」

「どうせその騎士殿を動かせとでも言うのだろう。断る。力仕事は性に合わないのだ」

「伯爵様は何でもできる方だと思っております!」

「さっきの恋愛経験値最低値と一緒にするなよ。私は、そんな上辺だけの言葉は信じない」

「ぐぐぐ……な、ナカノ先輩!」

「……」

「(無視されたー!!)」


 フイッと華麗に無視を決め込まれてはどうにもならない。

 もうこうなってしまえば、大人しく、ランスロット男爵の帰りを待つしかないのだ。


「はあ……シアン、大丈夫かなぁ」


 自分の上でのびているこの騎士を、色んな意味で早くどうにかしたい。シアンは案外ヤバイことになっているのではないだろうか……そう思うと、気が気ではなかった。


「あ~早くランスロット男爵、戻ってきてくださいー!」


 食堂にはもう誰もいない。自分たちを除き、皆解散してしまった。まさに陸の孤島と化したこの状況で、万事休すかと思われた。

 が――


「よろしければ、手伝いましょうか?」


 さらりとした白い長い髪をした色白の男性が声をかけてきてくれたのだ。


「えっと、失礼ですが、あなたは……?」

「わたしはネイハム・フリソンと言います。子爵です」

「(爵位もち!!)

 は、初めまして! このような形で申し訳ありません!

 騎士の召使い、フラン・ブラウンと申します!」

「ええ、聞いていましたよ。先ほどの紹介を。入ったばかりは大変なことだらけでお辛いとは思いますが、あなたはとてもよくやってらっしゃるように見受けます」

「いえ、そんな。私なんて……」

「ここで仲良くなったのも何かの縁です。どれ、わたしに任せてごらんなさい」

「え、ええ。お願いしたいのですが……」


 チラットとネイハム子爵を見る。すると彼は華奢であることが分かり、果たして同じ男性を持ち上げることが出来るかと思わず聞いてしまいそう程の、心もとない体つきだった。


「なにか?」


 私の訝し気な視線を感じ取ったネイハム子爵が、嫌な顔せずに質問してくる。きっと一介の召使いの言いたいことが分かっているだろうに、しかしそれでも眉間に皺を寄せないところが、余裕のある大人な対応に見えるのだった。


「えっと、お願いします」

「分かりました」


 これ以上拒むのも変なので、素直にシアンを持ち上げてくれるように頼む。するとネイハム子爵は細い腕であるにも関わらず、シアンを片手でひょいと持ち上げて自分の肩に力強く落とす。俵を担ぐような勢いであるにも関わらず、ひょろそうな彼が一連の動作を軽々とやってのけるとは思わなかったので、私はシアンが退いた今も一人、だらしなく床に転がっていた。


「どこかお怪我でもされましたか?」

「い、いえ……どこも」

「そうですか、立てますか?」

「はい、平気ですっ」

「それは良かった。不幸中の幸いですね」


 フッと笑みを浮かべてそう言うネイハム子爵に、心臓がドキンと跳ねる。自分と比べて彼はなんて大人なのだろうと痛感させられたのだ。


「(やっぱり、こう、なんだろう……大人の包容力っていうの? あれに女の子は弱いよね。ホラ、私もともと年上好きだし!)」


 聞いてもいないことを悶々と繰り返し思っているあたり、ネイハム子爵に対する気持ちの揺れようが伺える。しかし彼に担がれているシアンが「う」とうめき声をあげたところですぐに我に返った。


「あの、ネイハム子爵、ありがとうございます! 主をすぐにでも休ませたいのですけど、だけど、その……」

「先ほど、あなた方は北棟に移ったと言っていましたね。もしや、まだ部屋が決まっていないのですか?」

「え、私の心を読め、」

「そんな能力は持っていません。

 しいて言うならば、何となく、ですかね」

「(鋭い勘の持ち主で!)」


 さすが、大人な人は頭もよくきれるぜ!

 こっそり、しかし、かなり感動する。


「部屋はもう決まっているのかもしれませんが、どこの部屋か聞いていないので分からなのです。だけど、ずっとこのまま、というわけにもいかないですし……」


 ゆっくりと立ち上がりながら、どうにかならないかと辺りをキョロキョロと見回す。しかし目に映るのは忙しそうに後片付けをするメイドばかりで、力になってくれそうな人は見当たらない。


「では、こういうのはどうでしょう」


 ネイハム子爵が提案した。


「北棟に部屋があるとしても、わたしは入ることが出来ません。なので、部屋が分からないのは反対に幸運なことかもしれませんね。あなたさえ嫌でなければ、どうでしょう? わたしの部屋で一時の間だけ休むというのは」

「え、ネイハム子爵のお部屋に、ですか?」

「ええ。お嫌でしょうか?」

「いえ、とんでもない! ただ、騎士共に私まで、お邪魔してしまってよろしいのでしょうか? 目障りになるのでは……」

「それこそとんでもないですよ。騎士はこの王国にとってなくてはならない存在です。そしてその騎士を支えるあなただって、この王宮でなくてはならない存在なのですよ」

「っ!」

「では、行きますよ。なに、すぐそこです。運動にもなりませんが」

「今は疲れているので、助かります」

「はは、正直でよろしい。部屋に着いたら紅茶くらい淹れますよ」

「お、お構いなく! だけど……へへ、楽しみです」

「腕によりをかけますね」

「はい!」


 ここが王宮と言うことを忘れるくらい和やかなムードになった。今までのドロドロした出来事が全て浄化されるかのような、そんな落ち着いた気分になったのだった。


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