13.爵位のお目見え③
「素晴らしいではないか!!」
地をも割りそうな大きな声は、食堂にいる者全ての耳に届き、一部の人たちの背筋をピンと伸ばさせた。その中の一人にシアンもおり、いらない荷物をポイと捨てる様に私を離した後は、まるで後輩が同じ部活の先輩にするように恭しく頭を下げた。そして声の主がこちらに近づいてきているのを確認すると、向こうが何かを言う前に珍しく、彼から口を開くのだった。
「お久しぶりです、ランスロット男爵」
ランスロット男爵と呼ばれた声の主は「久しぶりだな!」と手を差し出す。
「……」
「どうした、握手せんか! 久しぶりだぞ!」
「……失礼しました、いえ、ちょっと声が大きいもので驚いてしまって……」
「なんだ!? 聞き取れなかったぞ! 男ならもっとシャキシャキ喋らんか!!」
「すみません……お久しぶりです、ランスロット男爵」
「おう!!」
出された手に戸惑っていたシアンは、数秒遅れてランスロット男爵の手を握る。男同士だというのにランスロット男爵の手は大きく、ゴツく、まるで木こりの手の様な有様だった。
「また剣の腕を磨かれているのですか? 一段と逞しくなられた気がします」
「そうだ! 強くなければ国王の身を守ることは出来ないからな!」
「充分御強いと思いますがね」
「何を言う! シアン殿のように技術がないから力づくで勝てる様にと、がむしゃらに剣を振っているまでだ! シアン殿もまた一段と頭が良くなったように見えるぞ! 体つきはまだまだひよっこだが前よりも憎たらしい顔つきになった!」
「はは、またまた。ランスロット男爵には敵いませんね」
「ハハハ!」
冗談(男気ある豪快なランスロットから冗談や嘘が出るとは思えないが)を言い終えた後、ランスロット男爵は「それで」と置いてけぼりになっているフランに目を向ける。
「こちらのお嬢さんがシアン殿の新しい仲間か!?」
「な、なかま?」
召使と言わなかったランスロットに疑問を抱く。変な言い方をする人だ――不思議に思った。
「(男爵ってことはこの人も偉い人だよね? シアンが敬語を使うってことは、シアンよりも立場が上の人ってことだし……でも、この人は他の人と違うな。他が他だけに安易な予想はいけないけど、それでも悪い人ではなさそう)」
こういう考えをシアンに言えば「そうやってすぐ人を信用する」とかなんとか言って悪態をつかれそうなのだが、それでもランスロット男爵が嫌な人とは思えなかった(少なくともイーノ伯爵やキンバリー準男爵ほど悪い人ではない)。
ローランドのように立派な髭を蓄えているわけではないが、鼻の下と顎にチクチクした短く固そうな髭が生えている。体格もガッシリしていてプロレスラーのような筋肉の持ち主だ。軍服も他の人とは変わっていて、腕の部分がなくタンクトップだけである。茶色の渋い色が良く似合っていた。
「(私なんかがこの人に勝負を挑めば、ものの一秒で決着がつくんじゃないかな……?)」
堅いリンゴも片手でひょいと潰せそうなランスロット男爵の大きな手に、驚きと戦慄を覚えた私は、遅れながらも自己紹介をした。
「騎士シアンの召使、フラン・ブラウンと申します。召使ですので、な、仲間ではありません!」
そこを勘違いしてもらっては困るのだ、という雰囲気を装って言ったのだが、ランスロットはキョトンとした顔を見せた。かと思えば「ダメではないか」とシアンに向かって説教をし始める。
「召使いもメイドも、共に国王を守る戦士だ。仲間だ。それを赤の他人だというように接していてはいざという時に真の力を発揮できないぞ?」
「(し、真の力!?)」
まさか「最終奥義」とかいってビームでも出すのではないか!?と期待したかったがランスロット男爵のいう「真の力」とはそういうことではないらしい。
「日々、誰とでもコミュニケーションを円滑にとっていく! それが自分の身の回りの世話をしてくれる召使やメイドなら尚のことだ! 俺たちの国王を守るための体は、日々みなみなの協力があって出来上がっているのだ! そうだろう?
俺たちを見てみろ、どんな時でも一致団結しているから今なら食べ物だって半分こ出来るまでの仲になったぞ! な、キャシー!!」
「「キャシー?」」
どうやらシアンもキャシーの正体を知らないらしく、ランスロット男爵の後ろからひょこっと出てきたキャシーを目にした途端に釘づけになっていた。釘付けになっていた――と言えばどんなグラマラスな女性かと思われそうだが、この場合は少し違う。どこをどのように目を奪われたかについては、
「シアン……騎士、ランスロット男爵並みにデカい女の子が目の前にいるのですが……彼女は今まで男爵の後ろに控えていたのでしょうか?」
「それは、あれだろ。ランスロット男爵がデカいから、体が上手く隠れていたんだろ」
「それにしても、えらく大きいです。男爵がプロレスラーなら彼女はお相撲さん……」
「意味わからない言葉を並べるな。そして悪口を言うな」
「意味が分からないという割には悪口だって分かっているんじゃないですか」
「何となくだ」
と、まあ、彼女のどこをどのように目を奪われたかについては割愛しておこう。しかしランスロット男爵と同じように茶色のタンクトップになっていることだけは、私たちにとてつもない衝撃を与えたことをお伝えしておこうと思う。
「えっと、男爵。いつ、召使いを?」
「お、そうか! 騎士殿はこちらにこないからな! キャシーのことを知らないのか!
結構前から仲間にしていたのだが恥ずかしがりやでな! 最近やっと皆の前に姿を見せるようになったのだ!」
「(召使い……とてもそうは思えないのだけど、男爵様がそう言われるのならば嘘ではないんだろうな……)」
そう考えるフランの横で「まるで男爵の守護神だな」と女性を見るような眼をしていないシアンを見て、強いだけがすべてではないのだと少し安堵する。しかしその横で、今の一部始終を見ていたキンバリー準男爵は「毎度思うけど、これは本当に面白いね」と一堂に会した皆をぐるりと見まわした。
「確かに召使いってひ弱な感じで頼りないし、あれくらい逞しくなるのも悪くないかもね。お前もあそこまでになってみたら? そうすれば手から血を流すこともないかもよ?」
「は、はい!」
キンバリー準男爵は自分の後ろに控えている召使いにぴしゃりと言ってみせる。私からすれば一体誰のせいで負った傷なのかと怒りを覚えたが、まだ手にタオルを当てている召使は「頑張ります」と健気に笑って見せただけだった。
「頑張る頑張るって、君の頑張るなんて聞き飽きたよ。ちょっとは僕の為に何とかしようとかは思わないわけ? お前が傍にいたって、僕はちっとも安心なんて出来やしない」
「申し訳ございません」
「(だから、あなたが謝る必要はないでしょう!?)」
キンバリー準男爵もなかなかだが、彼の言うこと一つ一つに律儀に返事をする召使いも召使いだ。あまりにも自分が無さすぎる。もしや、主から「死ね」と言われれば何の迷いもなく死ぬんじゃないだろうか?
「(誰かの言いなりになる、そんな人生のどこがいいんだか)」
誰かの指図のみで生きていく、まるで自分の意思がない人生の何が楽しいのか分からない――
私の御世話焼きがまた芽を出し「あの」と渦中の二人に歩み寄る。
「なんだよ、フラン」
「(呼び捨て!!? しかもいつの間に私の名前……!)
いえ、さっきからちょっと耳に残る言葉が聞こえてきたもので……」
「耳に残る? 僕の声が美声過ぎたってこと?」
「少し違うかもしれませんが……」
むしろ耳障りです、とは言えなかった。
まだ手から流血している召使いの元へ歩み寄る。
「あなたのお名前はなんて言うのですか?」
「え、えっと……」
キンバリー準男爵の召使は「言ってもいいのだろうか?」という表情で主をチラリと見た。その視線を知ってか知らずかキンバリー準男爵は無視を決め込む。召使いの話し合いに巻き込んでくれるな、という顔だ。
「あなたは、自分の名前が分からないのですか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「主に聞かなければ、自分には何も発言権がないと思っているのですか?」
「そういう規則ですので」
「そうですか」
じゃあお前はあの男にいちいち「呼吸していいか」ということも聞くのか?と思ったが、ここはぐっとこらえて「思うのですが」と低姿勢で話を続ける。
「私は思うのですが――主に全ての決定権を委ねるのは、主の負担になると思うのです」
「え、ふ、負担ですか?」
「ええ。あれしていいか、これしていいか――その質問をされれば主は否が応でも答えなければいけません。はい、なり、いいえ、なり。すると、その答える為の主の時間は、あなたのために無駄になっていっているのです。分かりますか? あなたは主の時間を邪魔しているのです。これは召使として一番やってはいけないことではないですか?」
「そ、そんな! でも、私は、」
「ですよね? キンバリー準男爵」
「え? あ、ああ。そうだね、確かに煩わしいよ」
「そんな……! 私は、今までなんということを!」
およよと、泣き崩れてしまった召使いは「お許しください」とキンバリー準男爵に向けて何度も頭を下げた。まるで彼氏に捨てられそうになっている彼女の必死の懺悔のようで、彼女を見ていると限りなく重い女に見えてくる。
「(確かに、これほど一途なのも面倒だな……)」
主に対する忠誠心は目を見張るものがあるが、度を過ぎるとただの荷物だ。その面倒くささをキンバリー準男爵も重々承知だったくせに、召使いに何かを言うのが面倒だったために、ズルズルとこの関係で今までやってきているのだから、彼も彼でなかなかの筋金入りなのかもしれない。
「私があんなに従順だったらどうする?」
「解雇する、めんどくさい」
シアンにこっそりと尋ねるとこの返事だ。だが、これが世の中の一般的な答えだろう。「だよね」と素直に頷くことが出来た。
「と、いうわけで。
これからあなたは何でもキンバリー準男爵に聞くのではなく、自分で考えて行動したほうがいいですよ。それが主のため、主の繁栄のためです」
「分かりました! ありがとうございます」
「いえ、同じ召使として当然のことをしたまでですので」
ニッコリと笑うと、横のシアンが「ぷっ」と吹き出す。「何が同じ召使だ、技量じゃ天と地の差があるぞ」と悪態まで聞こえたが、私はもちろん聞く耳持たなかった。
「では、まず――私はその血をどうにかしたほうがいいと思うのですが、あなたはどう思いますか?」
「はい、召使準備室に戻って治療してまいります。この状態ではキンバリー様のお世話するにも差支えますから……」
そう言って召使はキンバリー準男爵を見る。彼女の小さな口がピクリと一瞬動いたが、何かを言いかけてすぐに止める。
「キンバリー様に全てを聞いてはいけない。これは私の問題、私が判断して、私が解決しなければ!
ではいってきます!」
その言葉を私に向けて言ったかと思うと、今度は一度も主の方を向かずに勢いそのままに部屋から出て行った。残されたキンバリー準男爵は「え、おい!?」と大層狼狽えていて、「あいつどこ行ったんだ!?」と怒鳴っている。
「何って、手の手当てをしに行ったんですよ。さっき言われていたではありませんか」
「それはそうだけど……僕の許可なしに!? そんなこと、今まで一度も!」
「でも先ほど、少しは自分で考えて行動しろと、そう言われてませんでしたか?」
「そうだけど……ああ、もう!!
なんて面倒な奴なんだよ!!!」
吐き捨てる様にそう言って、キンバリー準男爵も部屋を後にする。どうやら召使いの後を追ったらしいのだが、
「召使準備室をご存じなのでしょうか?」
「召使以外はみんな知らないだろうな。まあ、少しは運動になっていいんじゃないか? この王宮でも一周すれば剣の練習を一日したくらいにはなるだろ」
「(どんなけ広いんだよ……)」
倉庫と呼ばれていた東棟だけでもかなりの広さだったことを思い出せば、なるほど、この王宮で迷子になった日には体重の減量が期待できるかもしれない。
「それにしても、哀れなものね」
「なにが?」
分からない、と言う顔でシアンは尋ねる。
「キンバリー準男爵よ。あんなすました人でも、召使いのことは気になるのね。見てよ、まるで飼い犬が逃げ出した時に慌てる飼い主のようだったわ」
「お前、それを大きな声で言うなよ……。まあ俺たちっていうのは内助の功で助かっている部分が大きい。いなくなって初めて分かることっていうのがあるんだろ」
「俺たちって……シアンも?」
今まで召使いを雇わなかったと聞いていたが、今の話しぶりだとなんだか違う様子。フランは何気なく聞いたのだが「さあな」とシアンは取りつく島もなかった。
「(まあ、ちょっと気になっただけだし。別に、どうしても知りたいなんてことはなかったし……でも教えてくれないのって、なんか少しだけ……寂しい、かな?)」
召使いとしての領分をわきまえていないのはどっちだと、自分の頬をパンパンと叩く。しかし、私の手以外のなにかが、己の頬をパンッ!!と勢いよく掴んだ。
「フゴ!?」
「素晴らしではないか!!」
この声にもう慌てなかった。まだ頬を掴まれたままだが最大級の笑みを浮かべ、なんとか言葉を発してみた。
「はんふほっとはんはく……」
喋ってみたものの努力の甲斐空しく、隣にいたシアンが「ブハッ」と笑っただけだった。




