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13.爵位のお目見え

 ギィと重い音をたてて開いた扉の先にあるもの――そこは本当に昨日自分が一度でも訪れた場所かと思わず目を見張った。豪華な家具などは変わりない。宝石の埋まった椅子は、今日も眩しいくらいに電光と日光の両方を浴びてまるで太陽のようにサンサンと輝いていた。

 だけど、そうじゃない。

 今、私の目を釘付けにしているのは、その宝石でない。

 宝石よりももっと眩しい――爵位を持つ人々だった。


「あ、っれ……騎士じゃん! 珍しいこともあるもんだね! 何か用事?」

「久しぶりです、キンバリー準男爵。ええ、用事があってこちらに参りました」

「へえ! それこそ珍しいね。いつもは自分一人でちゃちゃっと何でも片付けちゃうのに? どういう風の吹き回し?」

「……」

「だんまり、ね。変わってないね~そういう寡黙なとこ」

「そうですね」


 キンバリー準男爵と言われた男は薄紫の髪色をしているのに加え、全身の肌色が白いものだから、どこか病気を患っているのではないかと思うほどだ。しかし元気な口ぶりを見れば病弱なわけではなさそうだが、肩にはインコのような小さな鳥がちょこんと止まっている。


「(鳥? 赤に緑に……カラフルな鳥だなあ。

 にしても、食堂に鳥なんて連れてくる? 不衛生でしょ!)」


 キンバリーの言い方に最初から良い思いをしなかったので、シアンの後ろに控えながら少しだけ眉間に皺を寄せた。私はシアンの背中で上手く隠れていたと思ってやったことだが、しかし私を目ざとく見つけたキンバリーは「それ」と隙あり娘を指さした。


「それ、なに?」

「(それ!?)」


 明らかに自分のことを言っているだろうと分かったが「人間を物扱いするとは何事か!!」と社交辞令で上げていた口元がひくつく。


「お言葉ですがキンバリー準男爵、それ、とは?」

「なに騎士、まさか見えていないの!? 騎士の後ろにいるその真っ黒の奴だよ~!

 あ、まさか。僕たちが誰も相手をしなくなったからって、ついに人幽霊に助けを求める様になったの? ひゃー落ちたね。騎士ともあろう人がさぁ」

「……」

「(なにあれ、なにあれなにあれなにあれ!!!!)」


 シアンが自分の主だということを抜きにしても、その言い方はどうだろうか!


「(ちょっとシアン! 黙ってないで何とか言い返してやりなさいよ!!)」


 そう言った意味でシアンの背中を素早く指でつついてみると、つつかれた本人は意に介さない様子で何事もなくしれっとしている。


「(な!? 涼しい顔しやがってー!)」


 私のことを悪く言われているだけならまだしも、シアン本人のことも悪く言われているのだ。少しくらい感情を交えて話したっていいだろうに……解せない。それはシアンだけではない、ここにいる全員にだ。まるで学校で起こっているイジメのような空気であるのに、ここにいるその他大勢の人は一向に動く気配がない。黙ってこちらを見るばかりだ。


「(あ、あの姿は……)」


 そして静観している群衆の中には、先ほど私にえげつないことをしたイーノ伯爵の姿もあった。彼はこういった状況でも顔色一つ変えず、更には視線一つ動かさず、目の前に出されだ料理を黙々と口に運んでいる。言うまでもないが、その後ろに控え給仕をしているのはナカノ先輩だ。彼女もまたイーノ伯爵と同様に一点から目を逸らさず、主しか見ていない様子で私たちの方を見る気は一切ない。

 助ける気がない、というよりは、興味がない、と言った風だ。


「(どんだけ冷えてるのよ、この食堂は!

 出された料理もキンキンに冷めるわ!!)」


 お人よし、正義感――

 それらを具現化したのが私、とまでは当然いかないが、一般常識以上の思考は身についている。それが行き過ぎていると言われてもおかしくはないかもしれないが、先ほど主の覚悟を見た召使いにとっては、この状況は耐えがたいものだった。


「(ここにいるシアンはたった一人で国を背負っているのよ?

 あんたは? 一体どんな荷物背負ってんのよ?)」


 まさか鳥一匹じゃないでしょうね――?

 そう言いたいが飲み込んで、代わりにこんなことを言ってみる。


「君もさ、今更ここにきたってもう誰も君を擁護する人はいないって分かって、」

「お言葉ですが」

「!?」

「きみ――今僕に向かって口を開いたの?」

「はい。あなた様に向かい言葉を発したつもりです。

 私の声、届きましたでしょうか?」


 私の拙い声が、あなたの分厚い心にでも響けば、それだけで満足です――

 という声がシアンにだけ聞こえたような気がしたが、勝手に話し始めた私に気を取られてしまい、それどころじゃない。一体なにを言うつもりなんだと、まだ間に合うものならと凄まじい速さでこちらを向いた。

 と同時に、一つの影がシアンより前に出た。

 それは自分の後ろに控えているだろうと予想した召使い――私本人だった。


「お初にお目にかかります。先日より騎士シアンの召使になりましたフラン・ブラウンと申します。至らないことばかりでまだまだ未熟者ですが、このローフェン王国の為、身を粉にして働く所存です。不慣れなことばかりで皆様のお目汚しになるかもしれませんが、精一杯頑張りますので、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願いいたします」


 これ程の長い自己紹介を、生徒会に入っていた時だってしたことがない。口を割って出た言葉たちは、この広い食堂にいる群衆に確かに響き、衝撃を与えた。


「騎士に召使い、本当かしら?」

「でも見て、あの真っ黒な服……」

「本当だ、召使いだ。でもあの騎士が?」

「珍しいこともあったもんだな、さては何かを企んでいるか?」


 静かだった食堂は食器の音ではなく、ヒソヒソと話すたくさんの小声で埋め尽くされる。もちろん私の耳にも右から左へと、左から右へと、良くない内容ばかりが右往左往と忙しく行き交っている。


「(ああ、もう!)」


 自己紹介の後は拍手に決まってるでしょ!

 そんな一般常識さえ知らないこの王宮の連中たちに、己の堪忍袋の緒は早くも解れてくるのである。


「ご主人様、私の挨拶はこれにて終わりにしたいと思うのですが、いかがですか?」

「あ? あぁ……いいんじゃないか?」

「足らない言葉があれば付け加え、」

「いや、いい。戻れ」

「かしこまりました」


 身をひるがえしサッとシアンの後ろに控え直す。その時、私の黒い長髪が舞い、キンバリーの目の前を過ぎていく。


「……その髪は」

「え?」


 まるで蝶でも追うかのように、何かに見惚れたような顔で私を見てくるキンバリー。何かを言ったようだが生憎はっきりと聞き取れず、私は下げていた頭をのそりと上げる。

 すると――


 ガシッ


「なんて美しいのお前の髪!!」

「へ!?」


 突然に両肩を掴まれ、されるがままにキンバリーの手によりユサユサと揺さぶられる。これには、「何か暴力をするんじゃないか」と構えていたシアンは構えてた体制を崩し、「殴られるんじゃないか」と思った私は驚きで白目を剥いていた。

 しかし当のキンバリーは周りの反応など気にせず、この黒髪しか目がないようでしきりに触ったり撫でたりしていた。よほど興奮しているのか、白色の肌も薄らピンクづいている。


「ちょ、あの!?」

「すっごいキレイだ! 艶があり、この国では、ううん、世界でも見たことのない髪色! それに……うん、少し揺らすといい匂いがする!」

「え!? シャンプーの匂いかな?

 じゃなくて!」

「しゃんぷう? それはなに!? 僕の知らない言葉だ!

 やっぱりお前、ただ者じゃないね!

 ねえ、僕にこの髪の作り方教えてよ!」

「は!? つ、作り方!?」


 生やし方じゃなくて!?


「そうだ! ちょっともらうだけでもいいや! 髪って保存できるでしょ?

 おいお前、そこにあるナイフ取れよ!」


 急に命令された給仕はどうやら彼のメイドのようだが、ナイフと言われて頭に浮かぶのは、今テーブルに置かれている食事で使うナイフだ。それを渡して、どうしようと言うのか? いや、分かっている。さっきの話だと、そのナイフを使って、それで……


「早く!!」

「は、はい!」


 試案していると叱責され、メイドは震える手でナイフをキンバリーに渡す。そのナイフを、柄の部分を持って勢いよく取ったものだから、メイドのか弱い手は切れ、途端に鮮血がカーペットを汚す。

「キャアアア!」

 いきなりの痛みに思わず声をあげたメイドが気に入らなかったのか、キンバリーは「チッ」と舌打ちをして「メイド風情が汚しちゃダメじゃん」と座り込んだメイドを奥へやるように思いきり蹴る。

 すると引きずるような大きな音を立ててメイドは私たちから遠ざかり、なぎ倒した椅子に潰されるように埋もれてしまった。彼女の跡を追うように血も広がり、その出血量から見るに相当な傷の深さであると推測できるが、この状況下でもこれまた誰も助けようとはせず、転がったまま「すみません、すみません……っ!」とか細い声で泣くメイド以外はまるで時が止まったように何の音もしなくなった。

 そして、この惨禍を目の当たりにした私。

 さっきのシアンへの悪態などそりゃ可愛いものだと妙に納得をしながら、ナイフを手に持ったままのキンバリーに再び近づいた。


「お、おい!」


 そして制止するシアンを振り切り、キンバリーの持っていたナイフを徐に取り上げる。そして自分の髪の一部を持ち、肩の辺りにナイフの切っ先を当てた。そして――


 ザクッ


 さすが良い肉を切るナイフは刃からして違う。

 そんなことを思いながら自分の髪を切り、その一束を掴んでキンバリーに差し出す。


「お前……なにしてんの?」


 そう言ったのは髪を差し出されたキンバリー本人だった。まるで死人でも見たかのような顔をして、目の前にある髪の一束を見ている。フルフルと震えるその手は、もう一秒でも早くその髪を掴みどうにかしてやりたいという衝動の表れに見える。


「なにって、こうするために彼女にナイフをとらせたのでしょう? キンバリー様の手を煩わせることは憚られたので自分で切ったまでです。

 どうぞ?

 髪は女の命。その髪を褒められるなんて私、嬉しすぎて今夜は眠れそうにありません」


 という私の口元に、怒りから来る痙攣が見られたが、目の前にいるキンバリーがそれを見つけることはなく、ただただ嬉しそうにその場を跳ねた。肩にいる鳥も一緒に、だ。


「とっても嬉しいよ! ありがとう! 僕はなんて幸運な奴なんだ! これを半分は部屋に飾って、半分は研究に使って、あれ足りるかな? まいっか! 足りなくても、まだまだありそうだもんね!」

「(ギクッ! 生憎髪の量は多いんだよチクショー!!)」


 もはや狂ったような感覚の彼に、恐怖から私は何も言うことは出来ない。


「(だけど、これだけは!)」


 ただ一つのことを除いては――どうしてもあなたに伝えたいことがあるの。


「あの、キンバリー様、一つ申し上げてもよろしいでしょうか?」

「こんな素晴らしいものをくれたんだ! なんでも言って!」

「はい、では……先ほどのメイドの方にお礼の言葉をかけてやってはくれませんか?」

「……は? なんで?」


 途端にキンバリーの温度が下がる。その様子を見て恐怖から思わず生唾を飲む。


「私が手に持っているのは、先ほどあちらのメイドの方が持たれていた物。あの方の協力なくしては、私の髪を切ることは出来ませんでした。それに手に怪我をされています。キンバリー様から労いの言葉一つでもあれば、その傷も明日には癒えましょう」

「……」

「聞き入れられませんか?」


 もうどうなっても知らねーぞ、というシアンの顔が一瞬見えたが、ここまで来てトンズラするわけにもいかない。もとより、あのメイドの雪辱戦をするために髪を切ったのだ。ここで逃げたのでは意味がない。

 すると最初こそ渋っていたキンバリー。見かねた私が彼の手へ切った髪を置くと、みるみる正気が戻ったのか、太陽をも跳ね返す明るい表情になった。


「分かったよ、確かにあの子のおかげだったね。

 礼を言うよ、ありがとう」

「い、いえ……私は、何も!」


 まだ血は流れているものの、そんなことは気にならないと言う風に笑うメイド。キンバリーの軍服は深い緑色。そして蹴られたメイドも、同じ深緑色の服を着ていた。やはりキンバリーが怪我をさせて蹴り倒したメイドは、まごう事無き自分のメイドなのである。


「(自分のメイドを蹴るなんて本当にサイテー。いっそのこと地獄に落ちないかな)」


 心の底から幻滅したので、これ以上キンバリーと関わることのないようにと今度こそシアンの後ろに控えた。シアンとすれ違う時、物凄い形相で

「このバカ野郎」

 と小声で説教されたが、何も言いたくなかったので頬を膨らませただけに終わる。

 髪の毛を持って光悦な表情を浮かべるキンバリーと、流血しているメイド、そして唐突に現れたシアンと、とんでもない行動を起こす召使の異国の私。

 一番後味の悪い形でひと段落した彼らを見て、やっと昼食を食べ終えたイーノ伯爵はナイフとフォークを同じ向きに置きナプキンで口を拭く。そして、


「やはり見ていて飽きないな」


 面白そうにそう呟いた。当然その声を聞いていた召使ナカノ先輩は、ギザギザになってしまった髪をどうしようかと思案の後ろで躍起になっている私を見て、また、唇を噛む。彼女の頭の中では、


『どうだ、私の召使いにならないか?』


 と私に向けて笑うイーノ伯爵の顔が、しつこいくらいに何度も何度も過っていた。

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