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12.明かされる真実

「アリス様に乱暴をしたというのは、本当のことですか?」


 シアンに尋ねた瞬間、彼の整った眉毛がピクリと動く。それは意図的に動かしている感じではなく、反射的に、勝手に動いたように見えた。

 けれども、さすが「なんでも聞け」と言っただけあって、この質問にシアンがはぐらかす気配はない。スッと目線を上にやったがすぐ戻し、私を見つめ直した。そして「あ~」と少し気まずそうな声を出す中、打ち明ける覚悟が決まったのか口を開く。


「その話、アリスから聞いたのか?」

「うん……じゃない、はい」

「‟うん”でいい……そうか」

「……うん」

「……」

「……」

「単刀直入に言うと、本当だ」

「えぇ!?」


 本当なの!?

 かなりショックなんですけど!?


 半信半疑でいた気持ちに、こうも見事にあっけなく終止符を打たれた。

 思わず自分の胸に両腕を持ってきてガードする。


「誰もそんなまな板襲わねーよ」

「ま、まない……!?」


 今、自分の目の前にいるのは、犯罪者。

 この国の王子の妻を襲った、おぞましい犯罪者なのだ――

「(し、信じていたのに……っ)」

 憎悪にも似たドロッとした嫌な感情が体を支配する。脳が緊急指令でもだしているかのように無意識に一歩、また一歩とシアンから離れていった。


「なんで離れんだよ。怖いのか?」

「こ、怖いかって、そんなの……」

 決まっているじゃないか。

「怖いよ」

「……」


 女の人を襲う男の人を前にしたら、どんな女性だって恐怖に駆られるに決まっている。だから素直に「怖いです」と言った(実際には敬語を付けている余裕なんてなかったが)。私だって極度のお人よしではない。怖いものは怖いと言わないと、そこから逃げないと自分の身が危うい。

 ブラウン夫妻から助けてもらったこの命だけは、そう簡単に消すわけにはいかない――

 一度大きく深呼吸をし、シアンを見据える。


「怖い、と言ったらシアンは、どうしますか」

「もう言ったじゃねーか」

「と、特別に聞かなかったことにしてください」


 そう問うた私の目に映る、シアンの顔。

 まるで何かを諦めたかのような、いつもの無表情ではない、寂しそうな顔。

「……(えっと)」

 ここで思考は一時停止。心境は、


 変な物を見た――


 この一言に尽きる。


「……」

「……」

「なんだよ」

「いえ、その……」


 シアンの先ほどの表情を見ると、不思議なことに私の中から「怖い」という感情が消えてしまった。一切合切、なくなってしまったのだ。

 それと同時に覚えた、違和感。


「(本当に凶悪な人が、さっきみたいな表情をするかな。人らしい人の感情を持ったシアンが、犯罪なんてするのかな)」


 私のように百面相をしたわけではないが、それでもシアンは己の感情を垣間見せた。寂しそうな感情――それも、いつも無表情な人がそれを見せたのだ。

 これには、いくら鈍感で隙あり娘と謳われる私でも、未だシアンについて知らない“何か”に気づくことが出来た。

 この人には何かある――――

 それはもう直感でしかないが、この直感は間違ってはないだろうと、なぜだかそう思った。

 だから口を開いた。

 それは「あなたが怖い」ととどめを刺すために開いたのではない。


「シアン……私の話を聞いてください」

 困った人を放ってはおけないという、いつものお人よしが、私の口を動かしたのだ。

「これはいつか聞いた話なのですが、表情というのは、自身の感情の情報開示のツールの一つです」

「は? んだよ、急に」

「いいから聞いてください!」


 いきなり大きな声を出したからか、シアンも弾かれるように姿勢を正す。どうやら最後まで聞く耳を持ったらしい。


「私は先ほど、シアンの表情から“何か”を悟りました。その何かは未だ知る由もないですが……ですが、単刀直入に言うと……

 私はあなたを信じたいんです」

「俺を? 信じる?」

「はい。あの言葉をくれたあなただからこそ、私は信じたい」

 

『誰がどんな噂をしようと、誰がどんな嫌がらせをしようと、慌てるな。心乱されるな。

 正々堂々、自分に降りかかるモノと向き合っていけ』


 先ほどシアンに言われた言葉。

 それは私の中で染みついて離れない、絶対に忘れることのない強い言葉。


「ここは戦場だとあなたは言った。その言葉は、ここで暮らしていく中で最大の助言だと先ほど身に沁みました。私はまだまだひよっこで、ここにいても足を引っ張るばかり。誰かを傷つけることしか、まだ出来ません。

 だけど、そんな私を、あなたは爵位を持つ方全員に紹介すると言った。そのことが私は嬉しかったのです。私を、認めてもらえたような気がして……」

「……」

「も、もちろん本当に認めてもらってないことは分かります! 私はまだまだだって分かってます!」


 慌てて訂正する。かなり焦っているのか、自分の目は動揺して泳ぎ切っていた。

 するとシアンが傍にいき、パニックを起こす私の頭にポンと手を置く。軽く、弱く。その仕草は敵意を向ける相手に送るモノではなく、私を擁護するために添えられたような、そんな優しい右手だった。


「……ほら、やっぱりです」

「何がだ?」

「シアンは優しいんです。そりゃ、いつもは無表情ですが、でも、私はあなたの優しさを知っています。知ってしまったんです!

 このナイフだって、あなたが拾ってくれなきゃ今頃どうなっていたか……だから、その……率直に言います。

 私は、あなたが誰かを傷つけるような人だとは思えないんです。

 だから、教えてください。シアンが隠している“何か”を。

 戦場で背中を合わせる者同士、隠し事はなしにしましょう」

「お前……」


 私の強気な言葉を聞いて、強気な瞳を受けて、シアンは思わず私の頭から手を離した。そして遠くに見えるメイドの様子を確認しながら、


「歩きながら話す。お前を紹介するタイミングは、この昼食時が一番だ。この機会を見逃したくない」

「うえ!?」


 そう言って、シアンは私の細い手を握って先導する。去り際に「近くに兵はいるか!」と声を張ると遠くから駆け足で一人やってきた。


「あの腰に巻いていた布は置いてきたな?」

「え、はい」

「上出来だ――おい」

「はい!」駆け寄ってきた兵が勢いよく返事をする。

「この扉と窓を、開かないように杭で打っといてくれないか」

「は!」

「頼んだぞ」


 そうして、私たちは東棟を後にする。残った兵は新入りの私を見て「誰だあいつ」と訝しげな顔をしていたが、シアンに連れ去られている様子を見て「ああシアン様の次のお相手か」と厭味ったらしく笑ったのだった。

 そんなことは知らない私たちは、中央ホールに差し掛かろうとしていた。

 その間、シアンの口から驚きの事実が語られる――


「いずれ分かることだとは思うから今話す。

 俺はシアン・ベイカー。ついこの前まで、この国の第一王子だった」

「は?」

「ちなみに、今の王子、ライアン・ベイカーは俺の弟だ。言うまでもないが、この前まで第二王子だった。俺が騎士に降格したからライアンが第一王子になったってわけだ。

 ここまではそのポンコツな脳みそでも理解できるか?」

「え、あ、あの! え!?

 じゃああなたは、王子!?」

「元だ、元」


 しれっと口にしているが、それはとんでもない事実じゃないんだろうか……もっとシンプルな国とばかり思っていたので、これから先の話を聞くのが恐ろしかった。

 目の前にいる人はなぜ、今、騎士をしているのか。王子だった人が騎士になるなんてこと、そんな非常識(私の中では)がまかり通るのか、と。

「な、なんで、シアンは今、」

 と言ったところでシアンは「しー」と空いている手を自分の口に持って行く。


「ここからは声を潜めるぞ。どこで誰が聞いてるか分からないからな」

「りょ、了解……!」


 きちんと返事をした私を見てシアンは頷き、周りを見渡す。昼時の忙しいこともあってか、ライアン王子が兵士を大量に解雇したせいかは知らないが、柱に控えている兵もほとんどおらず、食堂までの長い廊下は二人きりなようだった。

「ふう」

 口を開く準備が出来たのか、シアンは気怠そうに口を開く。そして――


「アリスにはめられた」

「アリス様? な、なんでです?」

「あいつはもともと俺が嫌いだったんだろう。俺と顔を初めて合わせたその時から険しい顔をしていた。俺と離れられさえすれば、それでよかったんだろ」

「そんな……アリス様がそう言われたんですか?」

「言われなくても分かる。夫婦にもなれば、自ずと部屋は一緒になる。数日間、一緒に過ごした。あの時も二人でただベッドに横になっていただけ――その時にいきなり大声を出された。服も自らぐちゃぐちゃにしてな。周りから見れば、俺がアリスを襲った風にしか見えない」

「そ、それでも、騙すにはリスクの方が高い気がします! 皆騙されちゃったんですか!?」

「みんな、と言うよりも、第一発見者の意見の強さに皆靡いたという感じだ」

「第一発見者?」

「兄弟ということもあり部屋が近かった、ライアンだ。あいつが俺らの部屋に一番に来た」

「せ、先輩が!? それで騙されちゃったんですか!?」

「せんぱい?」

「あ、いえ」


 いかんいかん、興奮して旧姓で呼んでしまった(どうやら私の中で高校の時の呼び名は旧姓になったらしい)。

 一二度頭を振って正気を取り戻す。


「それでも、そんな、実のお兄さんのことを信じないなんてあんまりです!」

「信じない、というよりは、アリスのことを信じざるを得なかったんだ。部屋は暗がりだったし、アリスの服はぐちゃぐちゃ。輪をかけて、アリスの演技がすごかったんだ」

「ああ~……」


 女の演技力は時に怖いものだ――それは、さっきのアリス様の様子で納得してしまった。

 しかもあの絶世の美女だ。

 いかにシアンが我慢強くあろうとも、アリスを目の前にすれば己の本能に負けて「吹けば倒れる盾」に成り下がる――そんな噂はすぐ立つだろう。

 つまり――濡れ衣を作るのにアリスは苦労しない、ということだ。


「男の人は、その、色々と不憫ですね」

「慰める言葉がそれか? まあいい」

「(いいんだ)」


 この騎士、意外に寛容である。


「ライアンは俺を王宮から追放するように言った。犯罪者が王宮にいるなんてことが知れたら、王宮の品格が落ちるとな。

 けど、その意見を国王が止めた」

「国王様?」

「そうだ、父だ」

「お父様国王様なの!?」

「俺(元王子)の父親だぞ? 当り前だ」

「は、はは……(王族ってわかんねー!)」


 長い廊下を大分進んだ。半分程行ったところで、忙しそうに過ぎ去るメイドと多くすれ違うようになった。食堂は近い。二人、声を潜める。


「俺の推測だが、国王はアリスのことを少し疑っているようだ。それか、まあ……出来そこないの息子を慈悲で助けたかのどちらかだ」

「出来損ないじゃないのに出来損ないって言わないでくださいよ」

「ふん、王子としてもまだまだだったんだ。出来損ないには変わりない」

「(なるほど)」


 それは、確かに。


「それで、父上とライアンの意見を足して割ったような措置が、今の俺だ。

 王子の権利は剥奪。騎士に降格し、ライアンの監視下で生活する、というものだ」

「王子の監視? でも、シアンの周りには王子なんて一切、」


 見たかったのに現れてくれなかったけどなあ――期待外れで頬が少し膨らむ。それを知ってか知らずか、シアンは話を進めた。


「お前の部屋の近くに俺の馬だけがいる馬小屋がある」

「あ、見た見た! あの一頭だけいる可哀想な馬でしょ?」

「……それで、その馬小屋の周りに階段がある。それはライアンの部屋に繋がっている。ライアンが、いつでも俺を呼び出すことが出来る様にあの階段を作らせたんだ。いつでも呼び出して、いつでも俺がそこにいることを確認するためにな」

「え……」


 それはちょっと……いくら兄を犯罪者扱いしているからって、そこまでする必要があるのだろうか? そもそも、ライアンはなぜシアンを信じてやらなかったのだろうか?

 いくら条件が悪かったと言えど、実の兄の肩を持つのは、私にとっては当たり前のことのように思えたが。


「(もしかして王子って、心が冷たいのかな? 私には、あんなに優しくしてくれたのに……命、助けてくれたのに)」


 ライアン王子への「好き」の感情が疑念に変わる。シアンを犯罪者の目で見ていた時と同じような気持ち悪い感情が、心の中で巣を張り始めた。


「おい」


 その様子に気付いたシアン。繋いでいた手をパッと離して「言っておくがな」と私のデコに人差し指をあてた。


「お前がどんな気持ちを抱いたか知らないが、ライアンのことを悪く思うなよ」

「え、なんで」

「なんでって、お前ライアンが好きなんだろ?」

「な!? ち、ちが!」

「違うのか?」

「ってか何でそんなこと分かるのよ!」

「ま、違っても違わなくても」


 デコにつけられていたシアンの手が、ピンッと弾いて離れる。離れた指を自然と目で追った。すると、薄らとだが笑みを浮かべているシアンと視線がぶつかる。


「お前がライアンに抱いているイメージはそのままにしておけ。というか、あいつはお前の思っている通りの奴だよ。この国一番の、この国を想う立派な奴だ」

「なんで、そんなこと言うの? 仮にも自分を戒めた相手だよ? もしかして……シアンってめちゃくちゃお人よしなんじゃ……女神さまなんじゃ!?」

「バカ、視点が違うってんだよ」

「バ、バカってゆーな!

 っていうか視点? なんの?」

「俺が気に掛けるのは、ライアンじゃない。むしろその後ろ盾を確立した、アリスだ」

「え? アリス様?」

「あいつがこの先も何かを企んでいるのか、そうでないのか――

 俺が知りたいのはそれだけだ」

「じゃ、じゃあシアンはわざと騎士に、」

「おら、食堂着いたぞ。覚悟しろよ、この先は目を覆いたくなるような惨劇のお待ちかねだぜ?」

「げ!?」


 気づけばもう食堂だ。

 間違いない! 昨晩ここでご飯をいただいた!

 美味しいご飯をいただいた、あの場所だ!


「いくぜ、へなちょこ召使い」

「だ、誰がへなちょこよ!」

「へーへー。中に入ったらそのデカイ言葉遣い、改めるんだな」

「ふん! そっちこそ北棟に部屋が変わったら佇まいを改めなさいよ。そんな大きな態度とってたらまた東棟行きよ」

「おい、ちょっと待て。誰が北棟に行くって?」

「アリス様が言ってたわよ? というか国王様がお決めになったらしいの」

「はあ!? んだそれ、強制的じゃねーか。行きたくねーな」シアンは大きなため息をつく。

「ほら、ちゃんと前見て。扉にぶつかるわよ」

「うっせー、ちゃんと見えてるっての」


 言いながら、シアンは大きな扉を両手で開ける。その姿に一瞬見入ったものの、頭の中では先ほどのシアンの言葉を反復していた。


『あいつがこの先も何かを企んでいるのか、そうでないのか――

 俺が知りたいのはそれだけだ』


 その言葉が表すものは、きっと、そういうことなのだ。


「(騎士を受け入れたのって、アリス様のことを監視するために? 王子の立場よりも自由に動けるから? それでわざわざ王子の座を降りて、皆から嫌な目で見られながら騎士をしているっていうの?)」


 実の弟の信用を失ってまで、アリス様を観察する。そうやって、この国を見守る。


「(これじゃどっちが王子かなんて、分かんないよ)」


 目の前の彼の背中。

 その背中がシアンの体格以上に大きく見えた。


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