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2.王都に到着

 翌日、私は軽く身なりを整えて家を出た。と言っても今着ている以外の服はないので、少し埃を払った程度で私の中では充分に「身なりを整えた」ことになる。こういったことは気持ちの問題なのだ。

 鞄は残念ながら、ない。文字通り手に持てるだけの荷物で出発するのだ。


「ではおばさん、おじさん、いってきます!」

「気を付けてね」

「一緒に行ってやれればいいんだけど……すまんな。足が悪くて」

「気にしないで。それよりもナイフと馬をありがとう、絶対帰って来るからね!」


 前述したとおり鞄はないので、下着の紐に挟む。かなり空しいが、熊が出没するこの辺りで武器がないよりはマシなのだ。


「よし!」


 このまま泣き寝入りなんてするもんか!

 私がブラウン家を守ってやる!


 両親に手を振り、馬に乗らずに歩いていく。この馬は私が甲斐甲斐しく世話をしていた愛馬のアリスだ。アリスも事の状況を理解しているのか、いつもよりリズムの良い音を立てて歩いている(庭以外の場所を歩くことが嬉しいだけかもしれないが)。

 そして本来乗るべき馬を引いて歩く。

 なぜって?

 そんなの簡単だ――私が馬に乗れないからに決まっている。


「ちょ、どうしよう。強情はらずに乗り方教えてもらえばよかった!」


 血気盛んに意気込んだ結果「馬にも乗れない」というのはかなり恥ずかしい。両親も私が馬に乗った所を見たことがないから「大丈夫?」と何度も聞いてきてくれたが、「問題ないよ!」の一言で家を飛び出してしまった。あ~やっちゃった! 王宮まで馬で行けば半日と聞いたけど、歩いたら何日かかるのかな!?


「思えば食べ物も持ってきてないし餓死しちゃうかも!?」

 それは格好悪すぎる!

「ひー、もう一か八かで乗るしかないよね!」

 足をかけれそうな背の低い木を見つけ、勢いをつけて馬に跨る。

「よっと!」

 ドスンとかなりいい音でアリスに着地した。今までルンルンで歩いていたアリスは、突然隕石でも落ちて来たのかと思う程に驚いたらしく「ヒヒン!」と鳴いて身をよじった。


「わ! わわ! どーどー、落ち着いてアリス!」

「ヒヒン!」

「どーどー、良い子ねアリス」

「フン、フン」

「……よし」なんだ、案外簡単!

「ヒヒーン!!」

「そんなわけなかった!」


 更に激しく抵抗するアリスを止めようと、無我夢中で動く。馬の背の上で動く範囲なんて限られているけど、どうやらそれを超えて無茶に動いてしまったらしい。「ビリッ」と嫌な音が聞こえた。しかし破れた箇所を気にしている暇はない。アリスは尚も暴れているのだ。


「わ~アリス! 大人しくしてて! ね、いい子だから!」


 アリスは普段とてもいい子なのだが、やはり騎手が底辺だとそれなりの対応になるらしい。体をパッカンパッカンと揺らして私を振り落とさんばかりである。何とか持ちこたえてはいるけれど、いつ落馬してもおかしくない。もしも落馬の際に怪我をしてアリスがいなくなったらどうしよう!? ここは山奥だし、ここで怪我でもしたらどうしようもない!


「って思ってたら落ちるんだよねー! 私立派なフラグ建築士ー!

 キャア!?」


 ブンッと音がした時が最後。

 私の予想した最悪の出来事は幕を開ける。

 どうやら宙に投げ出されたらしい私は、アリスがとんでもない山奥に走り去る瞬間を見た。スローモーションのようにゆっくりと流れる映像は、競馬の中継でゴールを見ている気分だった。


「私また死ぬのかな?」


 だいぶ高く飛ばされたみたいだし覚悟しなくては。転生してまだ一か月。どうして私って命を粗末にしちゃうんだろう(当たり前だがしたくてしているわけではない)。

 悠長なことを考えながら落ちる。

 次第に近づく地面との距離。

 私は観念したように、目を伏せた。


「こんな私を拾ってくれてありがとう、デビィおじさん、バベッドおばさん。温かな優しさを私にくれて本当にありがとう」


 言い切った時、不思議なことが起こった。

 体が温かな温度に包まれる。

 強い衝撃ではなく、優しい感触。


「……あれ?」


 薄ら目を開けると、目の前は真っ黒な服があった。そして顔の近くに柔らかい布があたる。一瞬触れただけでも分かる、上質な生地だ。このまま生地に溺れて眠ってしまいたいほどに気持ちが良い。

 けれど、


「おい、気を失うな」

「へ……?」

「起きろ、寝るんじゃねーよ。面倒だからな」

「なに、それ失礼……」


 今、私が、誰かに受け止められているのだということを、少し遅れて理解した。

 すぐにでも起きればいいのだけど、頭も目も回ってすぐには動けそうにない。動いたら吐いてしまいそうだし、何よりこの温度は落ち着くのだ。


「気持ち良い、落ちつく……」

「おい! ったく。家はどこなんだ、さっき馬に逃げられただろ」

「家、家……じゃないの」

「は? お前身よりなしか?」

「違う、家は、近いの。でも私、王宮に行くの……」

「へぇ、王宮にねぇ」


 目を瞑ったまま、その声に身を預けながら、会話を続ける。カポカポと定期的に鳴る蹄の音が脳を心地よくさせてくれる。そうか、馬って乗りこなしたらこんなにも気持ち良いんだ。


「馬に乗るのお上手ですね……」

「当り前だろ」

 バカにしてんのか?という声色は低すぎることもなく高すぎることもなく。まるで同い年のように思えた。

「すごいなぁ……尊敬する」

「尊敬?」

「私は、全然だから……」

「お前は女だろ。こういうのは男がやるもんだ。というか、女なら身なりをもう少し整えろよ。スカート破れてるぞ」

「女とか男とか関係ない……え、破れてる……?」

「腿の方までな。この服のまま馬に乗ったな?」

「はひ……」


 げ、やっぱりスカート破れてたんだ! ひゃー服どうしよう!?

 一着しかないのに!!


「働かなきゃ……私、これからやることがあるの」

「出稼ぎに行くのか?」

「違う。文句……言いに」

「は? 誰に?」

「王様……」

「は!?」


 やば、朦朧とした意識に任せて喋ってしまった。いかんいかん、黙っておこう。こんな上質な生地を持っている人が一般人なわけない。迂闊に喋るときっとマズイ! 慌ててカモフラージュを考える。


「少し、寝ます……」

「はぁ? 勘弁しろよ」


 という声のわりには一向に下す気がないらしく、尚も続けて馬に乗せてくれている。あぁ、いい人に巡り合えたものだ。やっぱり人間、運が一番大事である。

 安心すると、途端に瞼が重くなってきた。地面には落ちなかったものの、空中には勢いよく放り出されたのだ。体も多少のダメージは負っているらしい。この人の優しさに付け込み、潔く寝ることにした。


「ありがとぅ……」

「マジかよ、最悪」


 そうして私は暫く寝るのだけど(驚くほどぐっすり寝られた)、目が覚めるとビックリ仰天!

 無事、王都に到着していたのだ。

 起きた時には、その人はもういなかったけれど、私の身の周りに一つだけ変化があった。

「あの上質な生地?」

 私が寝る時に感じていたあの柔らかい生地が、私の腰に巻かれていたのだ。バスタオルの倍はある大きさだろうか。色は黒色に近いネイビーだ。それはスカートを覆うように巻かれていて、私の服を見事に隠している――あ、なるほど。破れたスカートを隠してくれているんだ! なんて優しい!!


「どこの誰だか分からない人、本当にありがとう~! これで気兼ねなく殴り込み……じゃなくて、直談判に行けるよー!」

 上質な生地(腰を巻き終わったらマフラーとして使ってもいいかも。よし、この生地をマフラーと呼ぼう)をギュッと結び直し、少しストレッチをして一歩を踏み出す。

「何が何でも、あの書状を撤回してもらわないと!!」

 ヒラリとマフラーが舞う。風に揺られただけなのに太陽の光にあたれば、キラキラと生き物みたいに存在感を放っていた。ザ・高級感漂うマフラーを持っていたあの人は、やっぱり一般人ではない。


「有名人なら探せば会えそうだけど、このマフラーを返したくないなぁ……いや、返すけどね! これは借り物だから! 私の物じゃないから――うん?

 音楽が聞こえる?」


 耳を澄ますと、そんなに遠くはない場所で音楽が鳴っていた。何の曲かは分からないけれど、意気揚々とした曲調は私を簡単にリズムに乗せる。居ても立っても居られなくなり、その風に乗って流れてくる音楽を急いで追った。すると、目の前にはお祭りのような光景が広がっていたのだ。


「これが、王都!」


 たくさんの出店を構える、表情豊かな店主たち。その人達は活気に満ち溢れ、山とは違う生命力の強さを感じた。エネルギーが固まっている。ここがまさしく国の中心、王都なんだ!


「らっしゃーい嬢ちゃん! いい召し物してんねぇ! ついでにこれもいかが!?」

「鶏のスープ揚げあるよ~! どうだい!?」

「お嬢さん、長旅で疲れたでしょう? 僕のお店で一杯していってよ」


 ピンク、青、紫、緑、と言ったカラフルな髪色と、それに負けない派手な衣装。女性ならばフリフリのドレスで、男性ならばビシッと決まったタキシードもいれば海賊のようにオープンな服の人もいる。着崩し加減も抜群で、目のやり場に困る人もいる。男性も女性もだ。私の様に、茶色のワンピースを着ている人は一人だっていない。可愛いワンピースはたくさん売られているのだ。


「私も可愛い服着たいなぁ……ってダメダメ! 今日は買い物にきたんじゃないの! 国王に会いに来たの!」

 例え買い物に来たとしてもお金ないから買えないし!

 あぁ、じゃなくて!

「すいませーん!」


 なりふり構わず近くにいた男性に声をかける。しかし声をかけてから気づいてしまったことがある。

 それは、ここぞという時に発揮される、私の運のなさだ。

「あぁ? てめえ、誰に声かけてんだよ」

 刈り込みがあり入れ墨があり上半身は裸――――見た目やばい奴だった。周りからの目も「あいつよく声かけたな」という冷たい視線だ。私を引く目で見る人が絶えない。

 だけど、負けてられるか! こちとら(たぶん)あんたより怖い国王に会いにいくのだ!


「あの、王宮へはどうやって行けばいいですか!?」

「あぁ!?」

「ひい~! ごめんなさいごめんなさい!!」


 足がガクガク震える! 生徒会にいただけあって不良の注意はしていたけれど、それは紫音先輩が隣にいてくれていたからだし、今は一人だし無理だよこんなの!!


「王宮へ行きたいってか? ハッ! 笑わせるねぇ。

 俺はたった今、王宮の拷問から開放されて出てきたばっかなんだけど?

 もう一回捕まって豚箱ぶちこまれろって言うのかよ!?」

「ひいー! すんません!! 間違えましたぁ!!」

 わざとじゃないんです!

 いや、マジで!!


 けれど目の前の不良はだいぶお怒りのようで、もう私を殴ることしか考えていない。

 ひどい! 女の子なのに!

 どうかこの不良に隕石が落ちて天に召されますように!!

 しかし願いは空しくヒュッと拳が空気を切る音がする。リンゴを片手で潰せそうなあの強力な手に殴られたら、私なんて一発KOに決まってる。今度こそ命が消える覚悟をした。

「ヒッ!」

 反射的に目を瞑る。

 目を瞑る――予定だった。

 だけど。


 キンッ


「その娘を離せ」


 私と不良の間に立ち――いや、私から不良を守るように立ち、片手に剣を持つその人。


「聞こえなかったか? その娘を離せと言ったんだ」


 神様、どうやら私はまだ運命に見捨てられていないようです。

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