10.国一番の変わり者②
ローランドの向かいに座り、体を前のめりして話を聞くライアン。「うーん」と声にこそ出さないものの、あまり開口したがらない父の姿を見れば、やはり自分は帰るべきではなかったとライアンはますます後悔の念に駆られた。
「昨日の会合は隣国、カラスナ王国と和平を結ぶために開かれたもの。先の戦いからわずか数ヶ月しか経っていないというのに、再びしかけてきたカラスナ王国に釘を刺すことが目的でしたね」
「そうじゃな」
「カラスナ王国とは長年にわたって領地拡大のため争いをしてきましたが、お父上がカラスナ王国の領地半分まで攻め入った時、カラスナ王国が白旗をあげました」
「ライアンの妻、アリスを寄越してな」
「ええ……アリスとは政略結婚ですが、それにも関わらずアリスは本当に良くしてくれる。心の底から、僕を慕ってくれていると感じるのです」
こんな言葉を「ライアンラブ!」のフランが聞けばショックのあまり卒倒しそうだが、当の本人ライアンは嘘は言っていないらしく本当に幸せそうな笑みを向けている。
一方、息子の幸せそうな顔を見て安堵したいローランドだが、どこか腑に落ちない表情を見せていた。
「お前が幸せなら何も言うことはないが、これからは王子としての資質を更に磨くことじゃ。今のお前では足りない部分がたくさんある」
「はい、精進します。必ずや、父上と騎士に負けない成果を」
「なぜそこで騎士なんじゃ?」
国王である自分に憧れるというのなら分かるが、ライアンより身分の低い騎士に憧れるというのは腑に落ちない。不思議そうに眉をひそめるローランドを一瞥し、ライアンはこう述べた。
「カラスナ王国に攻め入った時に総指揮を務められたのはお父上ですが、その実、お父上の右腕は騎士でした。悔しいことに、戦略に関して騎士は秀でている。僕はそれを抜かさないと、立派な王子になれないと思っています」
「(なるほどのぅ)」
ライアンの言葉に思うところがあったローランドは「そうか」とそれ以上深く追求することはなかった。かわりに「さて」と重い腰を上げようとする。
「え、お父上、まだお話が、」
「カラスナ王国とは再び対峙するかもしれん。そのことが分かっただけでも、今回の会合の成果はあったということじゃ」
「そうですね、分かりました」
今回の会合が失敗したことが明白になった――思ったよりも芳しくない方向に事態が動いていることに、ライアンは気を引き締め直す。
「これからどうするおつもりですか」
「こちらはまだ動かん。が、ただゆったり構えるだけでは心もとない。先制攻撃された時を想定し、迎撃の準備をしておくんじゃな」
「分かりました」
退室する素振りを見せたローランドを扉までついていく。しかし去り際に「そうだ」と何かを思い出したようなローランドの言葉に、彼はここから自分の耳を疑うことになる。
「騎士とその召使いを北棟に移動するようにと、先ほどルーファスに命じた。あの召使いは面白そうだしのぅ、東棟に置いておくには惜しい」
「……へ?」
なぜ?と問う前に、ローランドが言葉を被せてくる。
「これは決定事項じゃ。先ほどアリスにも会ってそのことを伝えた。あとはあの二人が来るのを待つだけじゃ。あ、部屋は好きにきめてよいぞ」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
「なんじゃ?」
切羽詰まったライアンの声。彼の焦った様子は声だけではなく表情からも滲み出ており、王子にあるまじき情けない顔をしている。
「なぜ、今、そのようなことを言われるのですか? それにアリスにも伝えたって……アリスの気持ちも考えてやってください!」
「アリスなら大丈夫じゃ。アリス自身、騎士の身を気遣うようなことを言っておった。本当に嫌いなやつであれば、名前を口にすることさえ出来ないはずじゃ」
「ですが…………あ」
「なんじゃ」
「もしかして、カラスナ王国のことがあるからですか?」
「カラスナ? なぜじゃ」
「騎士に采配を委ねたいのでは?」
「勘繰りすぎじゃ」
「しかし!」
「王子はお前だ、もっと自分に自信を持つんじゃな」
「ですが……!」
「誰かと比べている限り、お前は真の王子にはなれんぞ。お前にしか出来ないことを、お前ならではの考えで物事を決断し、この国を正しい道へ導くのじゃ」
「はい……肝に銘じます、小さなことを言ってすみませんでした」
その言葉にニタッと笑みを浮かべたローランドは、まるでからかうようにライアンの背中をツンツンとつつく。まるで子どもがするような行動にあっけにとられるライアンだが、
「ルーファスの機嫌が悪かったことと、王宮に兵が少ないことと……さては原因はお前だな、ライアン?」
「(ぎくっ!)」
「ほほほ、精進するんじゃな」
この言葉にライアンは背筋を伸ばす。先ほどローランドから「迎撃の準備を」と言われたばかりなのに自分のせいで兵の数は少なく、頭の切れるルーファスも迎撃作戦に加わることはなく、兵の収集でてんやわんやになっている。戦力不足は自分のせいだと、ライアンの顔は青くなった。
けれどローランドは息子を責めることはせず、そればかりか「まあよい」とライアンの行いをすんなり許す。
「お前のしたことに異見するつもりはない。だが、これだけは心得ておけ。
ただの石ころも磨けば宝石の原石かもしれんということだ」
「はい」
「それに、一見まごうことなき真実が実は真実ではなかったということがある」
「というと?」
「もっと身近にいる者を信じろと言うことだ」
「それは、お父上やアリスを信じろと言うことでしょうか? それであればもうこれ以上ない程に全幅の信頼を寄せていますが」
「お前にとっての‟身近にいる者”はワシら二人ではないぞ」
「そ、それはその通りですが、兵の一人一人を全て信頼しろというのはいささか、」
「よいよい――それじゃあのう」
「え……はい」
ローランドの真意を理解できないまま、ライアンはその大きな背中を見送る。意図は理解できなかったが、一見無駄なように見えるものも大切に扱えということか、ということだけは理解できた。しかしローランドの言わんとすることはこれがすべてではないはずだ――それが分かっているライアンは、
「僕も国王になればお父上のような千里眼が身につくのだろうか?」
と拗ねたように愚痴をこぼすのだった。
◆
一方、ローランドが去った後一人部屋に残された私は、思わぬ人と対面することになる。
コンコン
「誰ですか?」
「開けろ、俺だ」
「あー、はい」
俺、だけでは特定できなかったが、若そうでそこそこ低い声で聞いたことのある人といえば、当てはまる人物は一人だった。
「騎士様、今開けます」
なんで!? どうして騎士がここに!?
驚きとパニックがあったが、主人の命に背くことはできない。すぐにベッドから身を起こし扉を開ける(掃除をするぞー!と、気合を入れた後、少し疲れたからとベッドに横になっていたのは内緒である)。
ガチャ
扉を開けた時に騎士様の顔を見たが、一方の彼は私が腰に巻いていたマフラーを見ているようだった。
「伯爵が言っていた布とはこのことか……」
「へ?」
「いや、何でもない」
「え、あぁ……そうですか」
ならなんのためにきた?というオーラを封じきれない私の黒い思いを感じ取ったのか、騎士様は歯切れ悪く言葉を紡ぐ。
「あ〜その、なんだ……お前、大丈夫か?」
「はい?」
いきなり心配されたことに戸惑いしか覚えないので「何だよ急に」というオーラを放つ。それを感じ取ったのか、騎士様の「言わなきゃよかった」という後悔の念はバッチリ顔に出ていた。




