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10.国一番の変わり者

「おやおや随分とお早いお戻りだったのですね‟ローランド医師”?」

「げ……」


 フランと離れ東棟を後にしたローランドの背中に、ぶっきらぼうでどこか怒りの籠った声がかかる。


「盗み聞きとは趣味が悪いぞ――ルーファス」


 この声に、シアンと同じく前日から寝ずに働き兵士の募集を募っていた公爵、ルーファスの顔が歪む。その際「趣味が悪いのはどこのどちらで」と悪態をついた。


「新入り召使いと医者ごっこしている暇があるなら、いち早くお部屋に戻り、王宮の現状を確認していただきたいですね」

「お前がいるから大丈夫だろうと王宮を空けたのじゃ、急ぐ必要はない」

「そうやってあなたはすぐ他人の良心に付け込む。一体誰の悪知恵ですかね」

「ほほほ、国王たるもの悪知恵など生まれた時から身についておるわ」


 ほほほと笑った時に顎髭を触るローランド。先ほどはフランに「医者だ」と嘘をついたが、実はこの貴族の格好をしたおっさんこそローフェン王国の現国王、ローランド・ベイカーなのである。

 もちろん国王の顔も名前も知らないフランは目の前にいるローランドをまさか国王と疑わず、まるで近所の人に会ったかのように呑気に話していたのである。この事実を本人が知れば「また不敬罪で殺される!」と震えるだろうが、幸いなことにその真実が明るみになるのはもう少し先だ。


「しかし面白い新入りが入ったもんじゃの。あれはワシのことは愚か、この国のことも全く知らんような風だったが」

「実のところも私どももあの召使いに関しては現在調査中でして……しかし元を辿れば、国王に会いに来たと言ってやってきましたが。そのことで何かご存知で?」

「知らんのう。黒髪のあんな珍しい存在を今まで知らなかったことの方に驚いているくらいじゃ。

 して、ワシに何の用があった?」

「政策の異議申し立て、にございます」

「ほう! この国の政治に協力してくれる市民か、貴重だのう!」


 クレームを受け付けたことがない王宮では、フランの「文句を言うから国王に合わせろ」行動は異例のものだった。

 良く言えば平和、悪く言えば無関心――そんな国と国民が一丸となるべきには何が必要かと日々頭を悩ませていたローランドにとっては、まさにフランの行動は願ったり叶ったりのものだった。そのため、ローランドは鼻息を荒くして「良かった良かった」と嬉々として話している。そのローランドの様子をため息まじりにルーファスが見ていたのは言うまでもない。


「それにしてもその優秀な逸材、今までどこにいたのじゃ? まさかずっとこの国に?」

「いえ、今まで僻地にいたとのことで。それも、この国に来たのも数ヶ月前からだとか。素性がわからない、いわば要注意人物ですね」

「要注意人物?あの娘が?」


 なぜ?

 純粋な問いかけに、ルーファスは困惑する。理由は単純明快なはずだが。


「素性の分からない者ほど警戒する必要があると思いますが……国王は違うので?」


 半ば呆れながら答えたルーファスに、ローランドは笑みを崩さないまま答えた。

「違うのう」この一言だけを答えた。


「違うって……黒髪の異国の者ですよ? まさか先ほどのママゴトであの召使いの全てが分かったとでもおっしゃるのですか?」

「まあ、大方そういうことかの」これにはルーファスも度肝を抜かれる。

「まさか! ライアン王子も危惧して殺すという命を出したくらいです。もちろん、私もそれくらい警戒した方がよろしいかと賛成しました」

「ほほほ! ライアンが殺せと? それはまた安直な考えで行動しておるの。あいつも王子と言ってもまだまだ半人前じゃ」

「……」


 ルーファスは強く反論したかった。したかったが、後先考えずたった一晩で何十人もの兵士を解雇させたライアンの行動を考えると「確かに安直だ」と肯定せざるを得ない。しかもそのせいで今自分は倒れそうなほど忙しいのだから、余計に悪口の一つでも言いたくなるというものだ。

 しかし、ここは長年の経験から学んだ「忍耐」でグッと我慢をする。爵位で一番高い位にいるルーファスだが、その仕事と言えば国王と王子の秘書みたいなもので、昔からこの二人には振り回されていたのだ。

 振り返ればローランドとは三十年という長い付き合いだ。彼が国王であるローランドへ軽口なのは、そういった理由がある。


「――とにかく」


 咳払い一つでルーファスは話を戻す。


「あの召使いには気をつけください。今は騎士殿の召使いで東棟に寝ぐらを構えておりますが、騎士様いるところにあの召使いありです。接触する機会は多々あるかと」

「お? さっきのワシらの会話を聞いておらんかったのか?」

「ところどころは聞き漏らしておりますが……何か?」ルーファスの額に汗が滲む。どうにも良い予感がしない。

「あの召使いと騎士の部屋を北棟に移動させる。むしろあんな東棟になぜ住まわせた? 可哀想でならんわ――――北であればどこでもいい。部屋は自由に決めさせろい」

「は……?」


 この国王め今なんと? さっき私が言ったことを聞いていたのか――?

 一気にルーファスの顔が青ざめる。彼の齢は六十三歳。そのことを加味すると、過労でいよいよ倒れそうだ。


「確認ですが、それはもう決定事項なのですか?」

「決定じゃ。先ほどあの召使いにも部屋を掃除するなと言った」

「はあ!?」

「ルーファス、考えてもみろ。あんな若い子が鍵一つない部屋で右も左も分からない王宮で頑張ろうとしているのだ。少しは力になりたいではないか、のう?」

「のうってあなたねぇ……。振り回されるこっちの身も考えてくださいよ、まったく」


 ルーファスの心の声、だだ漏れである。


「釘をさしておきますが、あの召使いは素性が分かりません。心を開くにはまだ早いですからね」

「ほほほ、お前の心も濁ったもんじゃのう」

「大切なあなたと国を守るためです。私の心一つでどうにかなるのであれば、喜んで差し出しますよ」

「またそんなことを言う、お前のそういう捨て身な部分は好きではないんじゃがのう」


 ローランドはやれやれと溜息をつく反面ゆるやかに笑う。それは一国の国王が見せる一時の休息のような穏やかな笑みだった。


「お前もあの子と話してみよ。そうすれば全てが分かる。あの子はそういった類の子ではない、ワシの勘がそう言っておるんじゃ間違いない」

「国王と王子。その二人が正反対のお考えをお持ちのようで……私、いささか不安を抱いております」


 一国の頂点に輝く二人がまるっきり反対の考えでいいのか――ルーファスはため息まじりに時計を見る。するといい時間になっており「しまった、募集兵士の面接時間に遅れそうだ」と焦った。


「とにかく、ライアン王子とお会いください。今回の遠征でお互い報告し合うこともあるでしょうし、あの召使いに関しても、私が言うよりも王子から注意を受けた方が国王も耳を貸すでしょうしね」


 そう言って話をまとめようとしたもののローランドは「そう僻むな」とか「お前はよくやっている」とか、とりとめのないことを言っている。

 あーその貴重なお言葉、もっときちんと聞きたかった!と急ぐルーファスは「では私はこれで」と深く礼をし踵を返す。彼はローランドから離れる時こそ歩いていたものの、その後は離れるにつれ歩くスピードも速くなっている。もはや競歩だ。


「公爵たるもの、もっと心のゆとりを持たねばならんがのう」


 一方――人の気も知らないローランドはライアン王子に会うためそのまま北棟を目指す。途中馬の嘶きが聞こえたが「ほう」と笑っただけで刺して気に留めず、ルーファスとはうってかわったのんびりしたスピードで歩くのだった。



 ――――――ルーファスと別れて北棟をに戻ってきたローランド。ライアンの元にいち早く行こうと思っていたのだが、思わぬ声かけに足止めをくらう。


「あら国王様、お戻りになられたのですね。遠路はるばるお疲れ様でした」

「おお、アリス! 体調に変わりないか」

「お陰様で」

「それは良かった」


 ローランドの言葉ににこりと柔らかい笑みを浮かべる女性――ライアン王子の妻、アリス・ベイカーである。


「この度はすみませんでした、大事な会合があると聞いていたのに王子を私の元に戻してしまって……幼稚くさく文など書いてしまって……」

「ああ、そのことか」

「大事な会合だったのでしょう?」

「そうじゃのう」


 ライアンは本来、今日ローランドと王宮に戻ってくる予定だった。が、アリスが「寂しい、戻ってきて」と手紙を書いたばかりに、ローランドよりも早い帰宅になっていたのだ。

 その事情を全て知っているローランド。新妻に悲しい思いをさせてはならないからと帰宅を許した彼だったが、ライアンはその辺にいるようなただの男ではない。これから一国を背負う男なのだ。ゆえに、その妻であるアリスも、その辺にいるようなヤワな女性だと困る。

 つまり、何が言いたいかというと――


「アリス、お前さんは器量も良くて頭も賢い。ライアンがどういう身分で、どういう立場になる男かも分かっておるはずじゃ」

「はい……」

「今回こそ許したが二回目はないぞ。辛いことを言っておることは重々承知しておる。だが……分かってくれるな、アリス?」

「えぇ……気を付けますわ」


 女々しくなるな、たくましく強い女になり、王子であるライアンを支えよ――

 もちろん、小さい頃から賢かったアリスが、いま言われたことを分からないはずがない。その証拠に小さな声で「はい」と言ったきり、俯いてしまう。どうやら反省しているようだ。


「悲しい思いをさせてしまってすまんな、アリス。責任の多いライアンのことを嫌いになったか?」

「いえ、わたくしはそんなことで王子を嫌いになったりはしません。より一層、王子のそばで頑張りたいと思うようになりました」

「そうか……ありがとう」


 アリスの肩をポンと叩き、今まで手に持っていた赤いマントをばさりを広げ、肩に留めた。


「重いし暑いし、ワシはこれが嫌いなんじゃがな」

「いえ、よくお似合いで」


 その時のローランドの風格は、まさに国王の放つ、威厳ある大いなるもの――息子のライアンですら息を飲む雰囲気。周りにいる者に肯定以外の意見を言わせない、圧倒的な存在感。今のローランドを目の前にしていたら、さすがのフランも「廊下の端に寄る」くらいの配慮はしていただろう。現にアリスも、先ほどと同じ対応ではなく、頭を下げたままローランドの視界の邪魔にならないように端に寄っている。

 しかし、国王の身分に胡座をかこうとは思っていないローランドなので「よいよい」と人の良い笑みを浮かべながらその場を後にする。


「(あっちに行かれるということは……)」


 ローランドの行き先を見て、ライアン王子の元へ行くのだな、と察したアリス。

「そういえば」と先を急ぐローランドの足を止めた。


「騎士様が昨日こちらに参られました。騎士様もお元気そうでしたよ、もう会われましたか?」

「アリスがあの騎士のことを案じてくれるとは、いやはや、お主はやはり心が広いのう」

「いえ、そんなことは」

「たった数日離れていただけじゃ、ワシは何も心配しておらん」

「そうですか」

「それに」


 嬉しそうなローランドの声色に頭を下げていたアリスも不審がり、ゆっくりと顔を上げた。


「何かあったのですか?」

「先ほどルーファスにも話したのだが、騎士とその召使いの部屋を北棟に移動させることにした」

「……へ?」

「いつまでもあんな倉庫みたいな場所にいるのでは、暗闇に根を張ってしまう。暗いのは服の色だけで充分じゃ」


 ほほほといかにも楽しそうに笑うローランドとは対照的に、アリスの顔には眉間が寄っている。どうやら国王の言うことに不満があるようだ。


「わたくしと王子の部屋がある北棟。その北棟に騎士様を移動させる……? あの、国王……不躾ではありますが、私のことは考慮していただけていないのですか?」

「考慮?」

「だって、わたくしと騎士様は、」

「アリス」


 勢いそのままに何かを言いかけようとしたアリスの言葉を、ローランドは先ほどよりも低い声を出して制した。


「先ほど、アリスは騎士の身を案じてくれた。もしも今も恨んでいるのであれば、間違ってもさっきの言葉は出なかっただろう。そう思ったから、ワシも騎士の部屋の移動を今、この場で確実なものにしただけだ。不都合はないだろう?」

「……ありません」

「そうか」


 なら良かった――

 そう言わんばかりにローランドは手をひらひらさせながら、今度こそ、この場を後にした。


「なんてこと……っ」


 一方、残ったアリスはローランドの背中を見ながら、やりきれない感情を抑えるように手のひらを強く握った。強く、強く、ギリリと音がなるくらいに。握った手の隙間から汗が流れ出るくらいに。綺麗な顔も今はひどく歪んでおり、まるで今にも近くの窓を素手で殴らんばかりの形相だ。そして薄ピンクの形の良い唇からは、想像もつかないような言葉が出る。


「せっかく隅に追いやったっていうのに!」


 しかし、その言葉の真意を理解できる者は、その場において誰もいない。唯一理解しているアリス本人は、何かに気づいたようにハッと顔を上げ呟いた。


「騎士とその召使いが北棟に移動……さっき国王はそう言った。

 ちょっと待って騎士に、召使い?

 あの騎士が? いつの間に?

 一体、誰……?」


 まだ見ぬ召使いの存在に、アリスの顔は美しい顔に戻っていく。それは心の余裕が出てきたことを表していた。


「東棟……埃っぽいしあまり行きたくないけど、仕方ないわね。北棟で“初めまして”をするよりも、早く会っておく方が扱いやすいか」


 そうと決まれば行動は早いアリス。汗で濡れた手のひらを、近くにあったカーテンで軽く拭く。その時、


「いた! 繊維が荒い……。

 ふん、やっすい布使っているのね」


 と暴言を吐いたのは、運良く誰の耳にも届かなかった。



 ◆



 さて、アリスと別れてそのままライアンの部屋に来たローランド。扉を開けた時、ライアンはたくさんの書類にサインをしており忙しそうだ。けれどローランドと話すのは片手間ではいけないと思ったらしく、父の顔をチラリと見て「少し待っていてください」と言ったままサインを続けた。

 それから三分程経った時――

「お待たせしました」とライアンはフカフカの席から腰をあげる。


「この度は急なとんぼ返りに許しをいただいてしまって……」

「なんだ、せっかく休暇を早く与えてやったのに、もっと嬉しそうにせんか」

「いえ、やはり軽率だったなと……今も書類整理しながら自分を省みていたところです」


 いくら新妻とはいえ「帰ってきて」と言われたから公務を放っといて帰ってきたなんて、市民が聞けば呆れることだろう。


「ライアンもまだまだ若いということだな」

「いえ、王子にあるまじき行為でした」


 肩を落とすライアンの目の前にあるソファに座るローランド。その向かいのソファにライアンが座った。すかさず、奥にいたメイドが二人分の飲み物を運んでくる。白いカップに茶色い飲み物――多少ミルクの入ったコーヒーを、親子二人で仲良く飲む。


「会合いかがでした?」

「うーん」


 たちまち、ローランドの眉間にシワが寄る。分かりやすい反応に、これは良くないことがあったな、とライアンは焦燥感に駆られた。

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