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8.合わない二人三脚

 来た道を走る。

 真っ黒の軍服を着た人を目指して走る。


「そう言えば昨日、今朝は馬小屋に集合するように言われてたのをスッカリ忘れてた!」


 履き慣れないブーツのせいか走りにくい。それに、今まで着ていた服を両手で抱えているから余計にだ。


『それ持っていくので?』

『大事なものなので』


 着替え終わった時にナカノ先輩に古い服は捨てても良いと言われたけど、おばさんに作ってもらった服と、知らない人から借りている布だ。どちらも捨てられない。


「それにしても……」


 ナカノ先輩はこの布に関して心当たりはなさそうだったけど、騎士様が心当たりありそうなことを言っていた。聞いてみようかなぁ?


「でもいきなり聞くのも変だよね。ある程度、打ち解けてからにしよう!」


 やると決めたら徹底的にやるのが私だ。あの騎士がいくら嫌な奴だろうとも、あの人が私の主なら仕方ない。彼のおかげで高給料が貰えるのだから!


「だけど一番に感謝しないといけないのは紫音先輩……王子だよね。王子が私を騎士様の召使いに任命したって、昨日騎士様言っていたし!」


 やっぱり紫音先輩だ!

 私のことを良くわかっている!

 ――しばらく走ると、私の部屋に通じる廊下に差し掛かる。外を見れば馬小屋があるのだけど、困ったことにどこをどう行けばいいのか分からない。


「間にある垣根が邪魔なんだよね〜」


 そう。まるで馬小屋を阻むようにその垣根はあり、反対に、まるで私の部屋を隠すようにその垣根はあった。


「ん? そういえば、昨日こんな垣根あったっけ?」


 記憶はないけど、もしかしたら暗くて見えなかっただけかもしれない。きっと昨日からあったのだろうと、垣根を支えている棒のそばへ寄る。

 そしてその棒が倒れないように重心を垂直に落とし、体重を乗せ勢いよくジャンプしてみる。要は、無謀にもかかわらず飛び越えようとしたのだ。

 そこまで高くないように見えたので挑戦したのだけど、実際はやや高かったらしく私の足が垣根に引っかかり、垣根を飛び越えたものの、顔から真っ逆さまに落ちていく。


「げ!?」


 せっかくの服が汚れてしまう!

 最悪、また破れてしまうかも!?


「き、きゃー!」


 覚悟をして目を瞑る。

 同時に、次に迎えるであろう衝撃に備えて体を硬くした。

 だけど――


 ポス


 何の衝撃もなく私は地面に着地する。痛くもかゆくもなく、横になったまま着地した以外は何の問題もなかった。


「私って天才?」

「アホか、早く退け」

「……」


 気のせいじゃなければ聞こえた。いや、そのドスの効いた声は気のせいでなくて確かに聞こえた。

 ヤバイ!!

 恐る恐る下を見る。目に飛び込んできたのは私と同じ色の黒――黒を超える、真っ黒な闇の色だ。

 次に見えたのは顔。

 どこかで見たことあるなぁと思っていると、昨日廊下で幽霊と間違えた顔だと分かった。金色の髪、無表情だけどもその奥に隠れた仏頂面。茶色の目からは「早く降りろ」という声が聞こえてきそうだ。

 そうか、分かった。

 私が今下敷きにしているのは、

 私が、今一番、会いたいけど会いたくない人だ。


「騎士様……ごきげんよう」

「これがごきげん良く見えるのか?」

「すみません、一刻も早く退きます」


 この状況を改めてみると、全体重を騎士に預けてくつろいでいた。急いで騎士から飛びのいたものの、落下した時に触れていた、騎士のゴツゴツした胸やお腹の感触がいつまでも残っている。ふむ、見た目の細い線からは想像もつかない。


「(スリムに見えて、実は筋肉あるんだなぁ)」


 男の人の体にベタベタ触ったことのない私は、この時少し感動していた。男の人の体がここまで硬いとは知らなかったからだ。


「(そう言えば騎士は前線にたつとナカノ先輩が言ってた。この人も涼しそうな顔をしているけど密かに鍛えて、戦って……きっと大変なんだろうなぁ)」


 まったくもって他人事だけど、なんとなしに騎士様の紆余曲折な人生を想像する。金髪という点で王子と似通っていたから、ついつい深く考えてしまったのかもしれない。


「おい」

「はい」


 いくら騎士様でも、目の前の召使いがまさか自分の人生を思ってしみじみしているとは思わないのだろう。騎士様は一向に動かない私を見て、訝しげな顔をしていた。

 けれど私が身につけている服を見て、開いていた口を即座に閉じる。不審な行動である。


「騎士様?」

「……いや」


 というわりには納得いかない顔をしている。なんだ服か? 服が問題なのか?


「えっと……先ほどこの服をいただきました。主と召使いは色を揃えるのですね、知らなかったので驚きました。私、召使いはしたことないのですがお役に立てるようにがんばr、」

「着がえろ」

「はい?」

「俺の好きな色をお前が着ているのは不愉快だ。着がえろ」

「(はい!?)」

 この騎士様、黒ご所望だよ! ってきり割り振りられた色を嫌々着さされているのかと思ってたけど違ったよ!

 まぁ確かに陰湿そうな感じだし!

 見た目も雰囲気も、とことん悪いし!

 あなたには黒が本当にお似合いですね!!


「ぬ、脱げって、そんな……き、聞き入れられません!」

「なぜだ?」

「私は騎士様の召使いです。そうである以上、この服は脱げませんし、脱ぎません!」

「それでも不愉快だ、脱げ」

「な!?」


 不愉快なのはこっちだっつの!

 ハ!? もしかしてこの騎士様、私を騎士の召使いから降格させようとしているんじゃないの!?

「(降格=減給!!)」

 それだけは阻止しなきゃ!!


「ど、どどどどうしても着て欲しくないなら、む、むむ、無理やりでも脱がせばいいでしょう!?

 私は自分では絶対脱ぎません!

 あなたの召使いは、この私です!!」

「……」

「あ……」


 言った後で頭が冷えてくるのは、私の悪い癖だ。自覚はある。そう、ヤバイことを言ってしまったという自覚が。

「(しまった!)」

 勢いに任せてとんでもないこと言っちゃった!

 わ〜バカバカ!

 大きな口叩くと、また不敬罪になる!

 また殺されてしまう!!


「ご、ごごごめんなさい!

 あの、なんでもしますから、どうか殺すのだけはやめてください!」


 腰を思い切り倒して謝る。土下座までした方がいいかと思うけど、いや、でも、新しい服だし、そうでなくても馬小屋に近いんだから地面汚れていそうだし……。

 でも、でも!

「(また殺されるよりはマシ! 服なんてまた洗えばいいし!)」

 スカートをちょいと持って膝を折る。そしてその膝を地面につけ、しゃがもうとした瞬間、


「――するな」

「へ?」

「お前が悪くないのに謝ろうとするな」


 怒ったような顔の騎士は私の腕を持ち、いともたやすく体を持ち上げ私をその場に立たす。幸い服は汚れずに済んだけど、でも……

「騎士様?」

 目の前にいる騎士様は相変わらずの仏頂面だ。だけどその瞳の色は、さっきまで怒っていたものが一転し、今度は悲しそうにキラリと瞬く。

「(変な人だ……色々と)」

 思わぬ仲裁に驚く私。

 だけどその胸の内は、複雑に色を変える騎士様に確かに関心を寄せていた。

『お前が悪くないのに謝ろうとするな』

 その言葉は正論のはずなのに騎士様が使うとムズムズした違和感を覚え、私の中の騎士様のイメージを少しだけ崩す。


「あの、どこかお体悪いのですか?」

「ない。なんでだ?」

「いえ、もっとこう……あなたは傍若無人なイメージがあったので、さっきみたいに優しい言葉をかけてくださるのが意外というか」

「へぇ」

「あ」


 しまった!

 またやってしまった!


「あの、あのすみませんでした!

 ご、ごめんなさい不敬罪で殺さないでください!」


 私の口から二言目には「不敬罪」。ここまでくれば不敬罪恐怖症だ。自分ではあまり認識していないけれど、殺されそうになったあの出来事は、私の中で相当トラウマになっているらしい。

「えっと、えっ、えと!」

 頭の中が「死」という言葉で溢れ返り収集がつかなくなっていると、騎士様の落ち着いた声が脳に届く。


「おい、落ち着け。お前みたいなのをいちいち罪にかけてたらキリがねーよ」

「え」

「それに、お前の言ってることも間違いじゃないしな」

「騎士様が傍若無人ということですか?」

「……不敬罪」


 ボソッと騎士様が呟いた声が聞こえた。おい、私みたいなのは罪にかけないんじゃなかったんかい!


「ご、ごめんなさい」

「ぷっ、だから嘘だっつの。バカ素直な奴だなお前」

「(な!?)」


 さっきまでの物憂れいている騎士様とはうってかわり、今は私をからかってさぞ楽しそうだ。弱い者をいたぶって楽しむなんて、どこの悪ガキ大将だこの人!

「(やっぱり嫌な人!)」

 こんな人が主人じゃなかったら、走って会いになんかこないのに!

 グググと怒りを抑えていると、「けどな」といつもの仏頂面に戻る騎士様。その後はまるで内緒話をするように声を潜めた。


「俺だから特別に許してやるってだけの話だからな。他の奴らにも同じようにギャーギャー騒いでると本気で殺されるぞ」

「は、はい……」


 正論すぎて何も言い返せない。どうやら思ったよりも騎士様は寛容なようで、おっちょこちょいな私には有難いばかりだ。


「お前頭悪そうだから色んなことは覚えられないかもしれないが……ここの連中の頭の硬さは筋金入りだってことは覚えとけ」

「(今なんかバカにされたような気がするけど、私のためを思って言ってくれたことだしな……)

 ご、ご忠告ありがとうございます」


 サッと一礼する。

 しかし気が緩んで手に力が入らなくなっていたのか、マフラーを落としてしまった。するとその場でただ一つ動くものに、騎士様は抜かりなく目をやる。


「これは……」

「し、失礼しました!」


 矢のごとく早く拾い上げるが騎士様はバッチリ見たらしく、布から目を離さない。ばかりか「そう言えばそうだったな」と独り言を呟いた。

「あの、騎士様?」

 そういえばそうって……なにが?

 覚醒させるように彼の顔の前で緩く手を振る。すると騎士様は何かに弾かれたように目を開き、私を見た。


「お前、その布は捨てないのか?」

 その――で騎士様が目をやったのはさっき落とした布である。

「あぁこれは……実はとある方からお借りしていて……ただ誰から借りたのか覚えていなくて、現在持ち主探し中なんです」


 言い終わると騎士様は手で口を隠し、何やら笑いを堪えている……ように見える。仏頂面のままなので分かりにくいけど、顔がだんだんと赤くなっているのが何よりの証拠だろう。


「わ、私が身分不相応な物を持っているのがそんなに面白いですか?」

「いや、そうじゃない、が……」

「なんです?」

「本当に誰と会ったのか覚えていないのか?」


 不敵な笑みを向けられ一瞬怯んだけど、覚えていないものは覚えていないし、そのことが騎士様の身にマイナスを及ぼす起因にはならないはずだ。ここは強気の姿勢で押し通る。


「覚えていません。だからこの布を返すまで私が預かります。な、何か問題でもありますか?」

「いや、特にない」

「(ないんかい!)」


 すると騎士様は一瞬なにかを考えていたように明後日の方向を見た後、私には目もくれずそのままの状態で話を続ける。


「お前が預かるというなら任せる。捨てるというなら捨てろ。今はお前の物だ、お前に任せる。ただ――返すつもりがあるなら大切に扱えよ」

「言われるまでもありませんが……あの、騎士様にそのように言われる筋合いはないかと……。これは私と、布の持ち主との間のことですので」

「ふ、そうだな。そりゃ悪かった」


 まるで子供に対する返事のようだ。

 このまま話していても埒があきそうにないので、騎士様が謝ったことを皮切りに、私も謝るべきことを謝る。


「騎士様。今朝は馬小屋に集合するようにと言われていたのに、守らなくて申し訳ありませんでした」


 絶対怒られると思ったけど騎士様は意に介したのか、「あぁ」と口から空気が漏れたような軽い返事をした。


「構わねーよ、今朝はこっちも忙しかったんだ。例えお前が来ても俺がいなかった」

「そう、でしたか。では、今までここで待たれていたわけじゃないのですね。安心しました」

「誰がそんな暇なことするか。こっちは昨晩から寝ずの労働だ」

「え、一睡もされていないのですか?」

「しない」


 騎士様をよく見ると確かに、目の下には薄いがクマが出来ている。靴を見ると激しく動かれたのか踵より上が砂で汚れていた。

「(垣根を超えたところで横になっていたのは仮眠のためか。本当に寝てないんだな)」

 激務に少し同情する。すると騎士様は、

「お前はどこに行っていたんだよ?」と訝し気に私を見た。


「あ、私は召使いのナカノさんに、召使いとしての一通りの説明を受けていました」

「朝からか?」

「はい、といってもだいぶ日の上がった時でしたが……」


 一睡もしていない騎士様と比べると、例え夜中に起きても「遅い」だろうが、実際私が起きた時間は遅かった。現に今は昼食を過ぎたあたりか、王宮の中ではメイドが忙しなく廊下を行き来している。

「(ん? 食事?)」

 メイドは大変だなーとしか見ていなかったけど、私は騎士様にご飯を用意しないといけないんじゃないだろうか!?

 だって私は騎士様の召使いなんだもの!


「き、騎士様! 昼食はお済みで?」

「まだだ」

「(やっぱり!)」


 これは急がないとやばい!

 早急に!!


「あの、何かお嫌いなものはございますか? 少しだけお待ちいただければ何かを作ってきますが」

「お前が?」

「はい! 騎士様の召使いですから!」

「……」

「なんですか、その顔は。とっても歪んでますよ」

「お前よりは整っている」

「む!?」


 まるで非難するような目つきで騎士様に見られる私の内心は、実のところかなり焦っていた。なぜならさっきは「作る」なんて言ったものの、私は生まれてから一度も料理をした経験がないからだ。

 また口が滑り本心と正反対のことを言ってしまった。なんで私はこういつもいつも! 思わぬ事態に、ものすごい後悔の念にかられる。

 けれど私が軽率な発言をしたことを騎士様も感じ取っているらしく、「お前が料理を作りそうには見えない」と軽蔑の眼差しで私を見た後、考える時間一秒もなく、

「料理はいい。食べたい時に食べる」

 と答えた。

 そしてその後に、

「まだ死にたくないからな」

 とまずいものを食べた時のように、真っ赤な舌をベッと出した。彼の肌が白い分、その舌はよく映える。嫌なほど鮮明に。


「ど、どうせ下手ですよ!」

「だろうな」

「(ぐぬぬ!)」


 さすが先ほど「顔は整っている」と自負されただけあって、顔を歪めようがどうしようが、多少のことで騎士様の容姿端麗さは微動だにしていない。けれど、その綺麗な顔に柔らかそうな金髪の髪が加わって、思わず、ここにはいないライアン王子を重ねて見てしまう。

「(こうやって王宮で働いていれば、いつかは王子に会えるよね?)」

 私にとっては王子っていうよりも「紫音先輩」なんだけど……残念ながら、この世界では手の届かない人だ。機会を待つしか、会う手段はない。


「道のりは長そうだな……ってあれ?」


 気づくと騎士様がいない。見ると遠くに移動しており、もう私と会話する気はなさそうだ。昼食だろうか? お辞儀をして後ろ姿を見送る。


「昨日は召使いは主の傍に侍るとか言っていたけど、追いかけなくていいのかな? ついて来いって言われたわけじゃないし、いいよね。じゃあ何で朝ここに集合させたんだろう?」


 騎士様、やっぱりわけがわからない。


「とりあえず、あの汚い私の部屋を掃除しますか!」


 パン!と手を叩いて気合を入れ直す。その時に馬小屋にいた二頭の馬がビクッと反応したけどさして目にも止まらず、私は自室に戻った。

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