7.騎士の召使いスタート
朝にも関わらず暗い廊下を歩き十五分ほど経った頃、ようやく目的の部屋が姿を現した。
「扉……にしては随分と重装備ですね?」
「フラン様のお部屋に比べたら、何もかもが重装備かと」
「ですよねー」
にしてもこの扉は……黒い扉というだけでも不穏なのに、扉全体に鎖のようなものがグルグル巻きにしてあり、ドアノブは少し触れただけで大量出血が予想されるであろう数の、刃が剥き出しの状態のカミソリが添えてある。
一目見ただけで入りたくなくなる――
この扉はそういった禍々しさを放っていた。
「一応聞きますが、ここが召使いの準備部屋……なんですか?」
「それ以外になく」
ナカノ先輩のあっけらかんとした口ぶりは、強者を匂わせる。
「召使になるには、まず、この部屋で準備をする。
だけど、その前に問う。
あなたは召使いをする覚悟があるのか、どうか、ということを」
「覚悟、ですか?」
「召使いは厳しい仕事。主に仕えることはもちろん、召使い同士も情報を分け合って適切に行動しなければならない。カップに飲み物注いで適当に笑っていればいいメイドとはわけが違う」
「それ、同族嫌悪……まさかナカノ先輩、メイドのことが嫌いなんじゃ、」
「この扉を潜るとあなたは一生召使い。それ以外にも、それ以上にもならないわ」
私の質問は見事にはぐらかされた。
けれどナカノ先輩にいたっては本気のようで、私に真っ向から問いかけてきた。それは召使いである彼女からの、全身全霊の質問だった。
「フラン様にもう一度問う。
あなたは騎士様に一生仕える覚悟があって?」
ナカノ先輩には悪いけど、その質問は反応に困る。
なんせ私は望んで召使いになるわけでも、騎士のことが好きでもなかったからだ。
というか昨日の面識以来、嫌いの感情の方が大きい。
だけど私は「覚悟がある」と答えなければならない。
私に用意された答えは、最初から一つだけである。
私が行かねばならない道こそ、あっちでもこっちでもない。
目の前の道、その一本のみ。
それが、私の答えーー
「覚悟はあります。それと同じくらい、不安も……。
だけど、私はこの道を選んだ。
昨日王宮の門をくぐった時から、その覚悟は出来ていたんです」
門を「くぐった」ではなく、正確には「忍び込んだ」という方が正しいけれど。
すると私の意志が伝わったのか、ナカノ先輩はコクンと小さく頷いた。そして「開けなさい」と扉に向かって囁くと、重装備の扉は内側からゆっくり開く。すると両扉のそれは大きな口を開け、私たちを招き入れる。時間が経つごとに、部屋の中が露わになってきた。
扉の印象が強すぎたから室内もさぞ鬱蒼としているだろうと思ったけど、見上げればシャンデリアがあった。しかもかなり大きくて、この場に複数いる召使いを華々しく照らしている。
「それにこの部屋、部屋っていう広さじゃない……」
大きなシャンデリアが飾れる部屋だ。
すごく大きい、のは大きいのだけど、大きいのレベルが違う。
「一人一人の楽屋が一つの部屋に収まってるみたい」
マトリョーシカのように、扉を開けると四方八方にさらに扉がある。しかも今度はたくさんの数だ。
「まるでアパートのようですね」
「アパート?」
「たくさんの人をたくさんの部屋で管理する建物のことです」
「なるほど。初めて聞いた言葉ですが、間違いではなく」
「というと?」
「ここにはたくさんの召使いが生活しているのです。衣食住をここで済ませ、仕事に行くもので」
「へ!?」
部屋の中をよくよく見ると、確かに服に着替えている人やお風呂に入ってきた人もいる。バラバラな行動だけど、身にまとっている服はどれも一緒のものだった。
「(だけどナカノ先輩は違うなあ。伯爵様が着ていた軍服の紅色とよく似てる。もしかして、主と召使いの服の色を合わせるだとかそういうルールがあるのかな?)」
ナカノ先輩の服は紅いワンピースに、メイドがするような白いフリフリのエプロンが、ワンピースより一回り小さくあった。思ったよりも可愛らしい格好に驚くと同時に、自分がまだ不恰好のままでいることに多少の恥ずかしさを覚える。
早く着替えたいーー
そう思っていると、ナカノ先輩から「はい」とあるものを渡される。見るとナカノ先輩の紅とは打って変わって真っ黒い服だった。
「えっと……?」
まさか騎士が黒い軍服だったからとか、そういうことじゃないよね?と苦笑を浮かべていると、ナカノ先輩が着替えるよう命じる。
「主と召使いは基本同じ色の服を着るものーーというのも、はたから見て、誰の召使いかを判断してもらうため。召使いの顔なんて覚えてられない、けど、早く的確に指示を出したい――そうするには服の色分けが一番手っ取り早い」
「な、なるほど」
ということは、騎士以外の人からも命令されることがあるということだ。騎士への伝言を頼まれることがあるということだ。となると、仕事は思った以上に幅広くなるかもしれない……早くも気が病みそうだ。
「あれ、でも……さっき、召使いはここで衣食住をと言われてましたけど、私に部屋があるのはなぜですか?」
「部屋なら私にも。
簡単に言うと、爵位のある方に仕えているかそうでないかの違いです。爵位のある方に仕えれば、服が主の色とお揃いになること、そして個室部屋が与えられることの二点で大きく違う。そしてこの違いこそ、召使いの質の違い。
私がフラン様を敬称をつけて呼ぶのは、私と対等の立場にあるからであって。その他の召使いは見習いと同じ。毎日違う兵のお世話をする。だから情報共有する必要があり、この部屋が必要になる」
「そう言えば」
部屋の中に入る時、ナカノ先輩は「開けなさい」と私には使わない口調で命令していた。人によって態度を変えるということか。
「簡単に言うと、見習いと爵位に仕える召使いはレベルが違うということですか?」
「ええ」
「(資格を持ってるかそうでないかの違いかな)」
だとしたら、きっと給料も違うはず!
いま私に必要なのはお金!
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、給料も多少の差はでますか?」
「もちろん。金額は高いかと」
「やったー!!」
騎士の召使いやった!
召使いのスキルなんて何も持ってないけど、やった!!
一気にテンションを上げた私。その様子を見て、まるで釘をさすようにナカノ先輩は声を潜めて話し出した。
「この準備室の扉をよくよくご覧に?」
「さっきの扉ですか? あんな珍しいもの、見たくなくても見てしまいますよ」
「違いなく。それで、何をお思いに?」
「え、えと、まぁ、要するに――外からは開けられないということですよね?」
私の回答に満足したのか、ナカノ先輩は少し微笑んでコクリと頷く。
「その通り。外からは開けられない仕組みになっており。
日々、兵と接する私たちは、私たち自身が貴重な情報源となる。そしてこの部屋は、その情報源の溜まり場。そんな場所に外からの侵入を許してはならない。万が一に備え、中からのみ開閉が効く仕様になっているので」
「万が一、ですか」
そう言う割には、爵位の世話をする私たちに個室を与えていることが引っかかる。私たちこそ狙われやすいだろうに。
「この準備室に用がある時は、必ず声をかけ、中から開けさせるように。でないと怪我どころでは済まされず」
「あのノブに触ると?」
「腕が飛びます」
「肝に銘じます!!」
指だけじゃなくて腕ごと吹っ飛ぶんかい! すごく危ない代物がもろに剥き出しですけど大丈夫!?
警備の為にというのは違いないけど、あのノブの警備もしてほしいよ!
「あの、つかぬことですが」
「なにか?」
「えっと、個室の私たちの部屋に警護はあるのですか?」
「それは、なぜ?」
「ここが狙われるというのなら、爵位に仕える私たちも狙われるのではないかと」
そう思いまして――
言い終わった時にナカノ先輩をチラリと見やる。すると彼女は今までに見せたことのない驚愕の眼差しで私を見返していた。
どうやら私の言っていることが間違っているようだ――彼女の表情から容易く想像がつく。
「フラン様、聞いていただきたく。
爵位に仕える召使いは、いつどんな時だって狙われることあり。部屋にいようといまいとも。
しかし私たちのような召使いの低い身分に誰が仕えたいと思うのか、誰が身を挺して守りたいと思うのか。フラン様、先ほどの発言は身の丈に合わぬもの。気をつけねば」
「す、すみません!」
「それに、爵位に仕える召使いならば護身術ぐらい身につけているというもの。自分の身は自分ので。
見習いはそれが出来ないからあの扉が必要なのです。反対に、あの扉を必要とするからこそ見習いのままなのです」
分かりますね――?
無言の圧力が肩に乗っかる。その時のナカノ先輩の眼光は鋭く、十キロのダンベルを担いでいるかのような重さを感じた。
「はい、すみません……」
しかし、少しの間ナカノ先輩と行動を共にして分かったことがある。それは彼女はドがつくくらい真面目で、伯爵様に支えている事を誇りに思っていることだ。この人はきっと、何をするにも召使いの出来る最上級のことをもってして伯爵様に尽くしているに違いない。
彼女ほど召使いの仕事に誠意を持って対応している人、他にいるのかな?
「ふふ」
「フラン様? いかがされまして?」
「いえ、ただ……。
ナカノ先輩は伯爵様のことがすごく好きなんだなーって! そう思っただけです」
「な!?」
隠しきれない笑みを隠そうともせず笑って言うと、ナカノ先輩は無表情なものの瞬時に顔を赤らめる。どうやら図星のようだけど、図星だった時の反応がウブで可愛い!
「伯爵様、カッコいいですもんね! だけどそう見えるのも、ナカノ先輩の助力があってこそなんでしょうね!」
「や、やめてください私は、そんな……!」
「またまた〜!」
「お、おやめくださいな!」
ああなんだろこの気持ち!
まるで小学生の男の子が好きな女の子をいじめている感覚みたい!
ツインテールのナカノ先輩を見た時はどんなツンデレを発揮するのだろうかと思っていたけれど、全然そんなことはなかった。むしろ王宮一番の常識人のような気がする……。
「では私は外で待機を。お着替えいただきたく」
「ありがとうございます」
少し移動すると小部屋に通され、渡された服に着替えていく。サイズがピッタリなのが恐ろしいけど、それよりも怖いのは色だ。真っ黒、よりもさらに黒。むしろ闇である。色効果で全体的に細く見えるけど、可愛らしさは微塵もない。何より、真っ黒を見るだけであの騎士の仏頂面を思い出してムカムカしてきた。
「私も先輩みたいに紅色が良かったです〜」
「騎士様は黒の軍服ですので、仕方なく。けれどよくお似合いで」
「でも〜……」
エプロンの白のみを残し、全身真っ黒の服に包まれた。この格好で夜の廊下に立てば、昨日の騎士のように顔だけポッカリと浮いたようにえ見るのかな……。
「まさか自分がホラー要因になるとは」
「不都合でも?」
「いえ!」
服をもらってワガママは言えないので、脱いだ服を一式持った手をブンブン振る。すると今までにお世話になったマフラーも綺麗にヒラヒラ舞い、ナカノ先輩の目に止まる。
「そちらの布は返されないので?」
「え、ああ返したいんですけど、持ち主が分からなくて……いま捜索中なんです」
「え、でも昨日騎士様に会われたはずでは?」
「会っていますが、それが?」
キョトンとした私以上にキョトンとした顔の先輩。それが何かを言いたそうな顔にも見えたけど、何を思ったか「いえ、何でもなく」と私から視線を逸らした。
「(騎士が何かを知っているのかなあ……まさかね)」
その後、ナカノ先輩に奥へ行くよう促されると、召使いが使う備品が陳列してあった。
「ペンやメモ等といった備品がありますが、中には主専用のカップをここで注文して手配する者も。テイーが好きな主もいますので。備品がなくなったらここで補給を。足りないものがあれば申請を」
「ほわ〜すごい量ですね!」
十を超える大きな棚の中に、百を超える備品がある。この中から選ぶだけでも疲れそうだけど、「これだけはいる」と思うものがあり、目当てのものを探す。するとそれは、まるで人目につかないよう隠されているかのような端にあった。
「これを持っていってもいいですか?」
「ホルスターとナイフ……反逆でも起こすおつもりで?」
真顔の先輩に言われると冗談も冗談に聞こえないからツライ。
「いえ、護身用にと思いまして。私には武術の心得もありません、騎士に何かあった時は一応守れるようにと、私なりに思ってまして……」
後半は真っ赤な嘘だ。どうして前線で戦う人を私が守らにゃいかんのだ!
それこそ自分の身は自分で守れよ!
本当は、バベッドおばさんから貰ったナイフを失くしてしまったから、その代わりがほしいのだ。物は違えど、それを見るとおばさんとおじさんの為に頑張れそうな気がするから……言わばお守りだ。
「お持ちになって」
「あ、ありがとうございます!」
思いがけずすんなりと許可が下りたことに驚くものの、先輩の気が変わらないうちに、膝下まであるワンピースを捲り上げ、太ももにホルスターを装着する。ナイフも一本仕込む。空き数からして、あと四本は仕込めそうだ。けれど一気にナイフを五本も仕込むと流石に怪しまれるだろうな……先輩と別れた後に、またここで補充することにしよう。
「(よし)」
無事に装着を終えた私はそこで気づいた。ナカノ先輩の、複雑そうに私を見る視線に。
「先輩? どうされました?」
「フラン様は聡明な方。見習いを飛ばしていきなり騎士様の召使いになれたことも頷けるというもの。
しかし……お気をつけて」
「気をつける、とは?」
「ここで働いている全ての召使いに」
キッパリと、ハッキリと、そう言い放った先輩は声を落とす。
「ここでは毎日が戦場だと思ってもらって間違いなく。フラン様が異例の昇格を成し遂げたこと、正直ここの連中はよく思っていないもので。僻みは何を生むかわからない、騎士様の召使いを外されないよう、お気をつけて」
「外される?」
「有能な召使いは昇格する。
使えない召使いは降格する。
お分かりになって?
いえ――嫌でも理解するように。
ここは常に、戦場ということを」
「な……」
なんだとー!?
「フラン様は先ほどから騎士様を呼び捨てにされている。このことを他の召使いが聞くと、密告されて不敬罪になりかねない」
「え!?」
また不敬罪!?
不敬罪の常習犯か私は!
というか!
人生がロストする原因がどれだけたくさん溢れてるんだ、この王宮は!
命が何個あっても足りないわ!!
「ご、ご忠告ありがとうございます……以後、気をつけます……」
「えぇ」
そう言えば事故で死ぬ前、母がよく言っていた。職場は毎日が戦争だと……。毎日が忙しいという意味かと思っていたけど、バリバリのキャリアウーマンの母を良く思わない人もいたと聞いたことがある。今考えると、優秀な母を蹴落とそうとする人と戦っていたから出た言葉だったんじゃないか。
この部屋も戦場――
同じ召使いの人も全て敵。
これは気を引き締めていかなければ!
「(まさかお母さんと仕事のことで共感出来る日が来るなんてね……!)
すみませんナカノ先輩! 私戻ります!」
「え、どこに、」
待ってと言う先輩を追い越して、来た道をスタスタ戻っていく。そして門番の仕事をしている召使いに「開けてください」とお願いした。扉の前で座り込んでいた召使いは私を一瞥すると「へぇ」と不敵な笑みを浮かべる。
「黒の服……じゃあ、あんたがそうなんだ。異例の就任、騎士の召使いサマ?」
「そうです。これからよろしくお願いします。そして開けてください」
値踏みするような視線を物ともせず、扉の前に立つ。本当は心臓がドクンドクンとうるさいくらいに騒いだけど気力でなんとかした。このくらいでへこたれてちゃ、きっとこの先やっていけないはずだもの。
ギギィ――音を立てて片方の扉が開く。その時ちょうど追いついてきた先輩に別れを告げた。
「ナカノ先輩、色々教えていただきありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」
ペコとお辞儀をして外に出る、扉は既に閉まりかけてた。まだ何かを言っていた先輩だったけど、外に出るタイミングを失ったようで、門番に再び開けるように命令している。
だけど、私は待たない。
少しでも良い働きをして、皆に認めてもらって、少しでも多くの給料を貰わなきゃ!!
「ごめんなさいナカノ先輩! でも、私……
騎士様のお世話をしに行かなきゃいけないんです!」
パタン
扉は閉まった。
私は一目散に走り出す。




