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6.嬉しそうな爵位の持ち主ら③

 バタン


『――たのに』


 フラン・ブラウンという召使いを部屋に返し、踵を返そうとした瞬間に聞こえたその声は、先ほどのフランのもの。どうやら部屋の中で独り言を呟いたらしい。

 独り言――といっても召使の部屋はドアも壁もあってないようなもので、その厚さは知れている。つまり、人の声を通すには十分な薄い扉で、部屋の中で喋った声は外にダダ漏れなのだ。

「隙が有りすぎるな……」

 聞いてはいけないような、聞き返してもいけないような気分になった騎士のシアンは、静かに部屋の前から離れ、来た道を戻る。その途中で、自身の服の中にある小さな袋を取り出した。それはまだ熱を持っており、甘いにおいを漂わせている。

「菓子――食事を済ませていたのであればいらない世話だったな」

 そう言うや否や、一番近くにいた兵を呼ぶ(実はフランは気が動転して見えていなかったが、この薄暗い廊下にも兵は要所要所に控えているのだ。)。そして「これを捨てておけ」と菓子を破棄するよう命令した。「これを?」綺麗な包装のままの菓子に、兵は狼狽える。いかにも作り立てといわんばかりの温もりも気になった。

「よろしいのですか? まだ手は付けられていないようですが」

「構わん。不要の物だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「かしこまりました」


 実はこのお菓子、ライアン王子から「フランはご飯はまだだから何かあげると喜ぶかも」という言葉を聞いて、シアンがメイドに用意させたものなのだ。しかし当のフランは「食事を済ませた」と言ったものだから、菓子の存在意義はすっぱりなくなってしまった。同時に、シアンのフランへの気遣いもすっかり無駄になったのだ。

「はぁ、なんで俺がここまでしなくちゃならないんだ……」

 フランとはこの一日でだいぶお近づきになってしまった。

 山の中で落馬したところを助け、ライアンに処刑されそうになったところを助け、身の回りの世話をし、あまつさえ彼女の馬までも保護しているのだ。

「最悪だな」

 今日一日めっきり疲れたと言うのに、明日からは兵の補充やら何やらで更に忙しくなる。王子の尻拭いをしないといけないという事実が、シアンの歩く足を重くさせた。


 

 一方の私は――



 先ほど入ろうかどうか迷った部屋が、まさか自分の部屋だったとは。

 思いもよらないことだったけど、冷静に考えると牢屋よりは百倍マシだ。迷いなく自分の部屋のドアノブを回す。少し錆びているのか、ギギという金具の音が耳につんざく。油を指す必要がありそうだ。

 バタン

 入った瞬間に埃っぽいにおいがして、ここがいかに使われていなかった部屋かがわかる。ここは本当に物置で荷物もたくさんあるのではと思ったけど、見渡すとむしろ何もなく、ベッドが一つあるだけだ。牢屋よりは少しグレードアップした部屋だけど、これが私の部屋かと思うと嫌気がさしてしまう。

 だからだろう。

 無意識のうちに、こんなことを口走っていた。


「王子の召使いだったら良かったのに」


 そうしたら、ずっと一緒にいられたのに――

 しかし言った瞬間、正気に戻った。

 ヤバ!

 つい口に出ちゃってた!

 ここ隙間風すごいし、もしかしたら外に漏れてるんじゃないかな!?

 恐る恐る、ドアに耳を寄せる。

 も、もしまだあの人がいたらどうしよう!

 ドキン、ドキン――

 だけど、いくら聞き耳をしていても何も聞こえない。その状態で三分間聞き耳していたけれど(同じ姿勢で体が疲れた)何も聞こえない。どうやらとっくの昔に去っていたようだ。よかった、また難癖つけられて殺されるところだった。

「にしても、明日からここの召使いかあ~」

 メイドではなく、召使い。まだメイドなら気分が幾分か違う。メイド喫茶のようにフリフリな制服を着て、可愛らしく振舞えばいいのだから(偏見かもしれないけど)。しかし、召使いとなれば話は別だ。どうしてもシンデレラのようなヒドイ扱いしか想像できない。


「メイドは一回やってみたかったんだけどなあ~召使いかあ……。もしかして、シンデレラが着ていたようなボロボロの服を着るのかな?」


 いや、今よりはマシだと思うけどね確実に!!

 今なんて靴ないし! 底抜けてるし!

 それにまともな仕事着じゃないと仕事できないと思うし、きっと変な物ではないはず!


「まあ明日になってみないと分からないかぁ。

 あ~やめやめ!

 今日はもう寝よう。

 は~疲れた!」


 こういうモヤモヤした日には寝るに限る!

 くよくよしたって仕方ないし、第一、二人の幸せが守れたんだ!

 頑張ったよ私!!


「一生ここで働くって言ってたけど、いっぱい働いていっぱい稼いで、それで偉くなって二人の幸せが確証されたら――一日でも早く抜け出してやるんだから!」


 おっしゃー寝るぞ!

 バフンとベッドに横になる。

 うん、絶好のカビ臭さ!

 私が生まれた頃から「健康な子で良かった」と、お母さんはいつも言っていたけど――お母さん、私、今ならその気持ちがよくわかる!


「敏感肌じゃなくてよかった!」


 もし敏感肌だったら、きっと三分もこの布団にはいられなかったと思う。既にかゆいもん! 私だから耐えられるけどね!


「じゃあおやすみ~はあ……」


 溜息で終わる一日はあっけなくて、なんとも味気ない。

 明日こそいい日にしよう――

 そんな言葉が思いつかないほどに、私は疲れていた。

 目をつむってすぐ、深い深い眠りについていく。



 ◆



 ドンドン

「フラン様、起きてくださいまし」

 ドンドン

「開けてもよろしくて?」

「誰……?」


 窓から朝日が差し込む中、私は起こされた。

 その声の人物はまだ部屋の中に入って来てはいないものの、今すぐにでもドアを突き破らんとする勢いである。声の調子ではおしとやかに聞こえるが、ドアを叩く音が恐ろしく強い。


「あの、どちら様で?」


 一応、尋ねてみる。すると慌てた声が返ってきた。


「これは! 私ったらなんて失礼なことを……。

 私、イーノ伯爵の召使いをしておりますナカノですわ。ライアン王子より、あなたの世話をするようにと言われましてお迎えに上がりましたの」

「イーノ伯爵……あぁ伯爵様、の召使いさん……」


 そういえば伯爵様はそんな感じの名前だったと一人頷く中、言われたことを反復してみる。


「ライアン王子……」


 そしてその言葉を呟いた時、私は完璧に覚醒した。


「王子から!?」


 王子――私の重い腰も、この言葉にかかればちょろいものだ。

 ベッドから慌てて飛び起き、ドアノブを回す。勢いよく扉を開くとそこには、私と背の変わらない(一般的に言うと少し低い)可愛らしい子が立っていた。周りを見ても誰もいない。どうやら私に会いに来たのは、この子一人だけのようだ。


「王子はいないのですか?」

「ライアン王子はおりません。私のみですが、何か約束でも?」

「い、いえ! すみません! 早とちりしてしまいました!」


 思えば私はなんて失礼なことを言ってしまったんだろう! さっきの言い方では、なんであなたがいて王子がいないの?と言っているようなものだ。


「ご、ごめんなさい、私!」


 ワタワタと狼狽える私に、その女の人はニコリと笑った。いやな顔一つ見せずに。


「間違いは誰にだって起こるもの、気になさらず。

 それよりもフラン様、あなた、その恰好……」

「え? ああ、色々ありまして……」


 彼女を見ると、私への驚愕の色が隠せないようだ。まるで女がする格好ではないと言わんばかりに、その大きな目は見開かれていた。彼女のようなキッカリした性格からすれば、こんなみすぼらしい恰好は一日、いや、一時間たりとてありえないのだろう。


「すぐ着替えます、と言いたいところなのですが、その……お恥ずかしいことに服がこれしかなくて」

「まぁ、けれど安心なさって。そういった身の回りのことをするために、私はここに。

 まずは、この部屋を喚起しませんこと? こんな埃っぽい部屋では病気にかかりに来たようなものですの」

「あ、ありがとうございます! 嬉しいです!

 掃除するので少しお待ちいただけますか?」


 まずは換気からだ!と窓に手を伸ばすが、それは軋んでなかなか動かない。


「む?」


 おかしいなーと、正方形一メートル程の窓をガタガタ鳴らす私だったけど、その手に温かく白い綺麗な手がそっと添えられた。


「ここは少し古いので……こういった時に必要なのは力ではなく、コツのみ」


 そして、窓の端をトンと叩く。まるで服についた誇りを払うかのようなゆっくりとした動作だ。しかし、その微弱な力でも窓はグワッと開いて、外の空気と中の空気を入れ替えた。同時に朝日も入り込み、一瞬で心地良い気分になる。


「すごい! あなたの技術、私も覚えたいです!」


 その子の手をとって喜ぶと、彼女の大きな目は少し細くなった。それは嫌悪から、というわけではなく、どこか嬉しそうに見える。


「どうかしましたか?」

「いえ、せっかくなので――と思いまして」

「“せっかく”?」

「えぇ。ここでお会いできたのも何かの縁です。私のことはナカノと、そう呼んでいただきたく」

「え! よ、呼び捨てですか?」

「えぇ。問題ないはすですが」

「ですが……」


 学校の上下関係で例えると目の前の人は先輩だ。いきなり呼び捨てにはできない。

 かと言って、ナカノ様と呼ばれたがってもいない……ふむ、どうするべきか。


「あ、それでは、ナカノ先輩! とお呼びしてもよろしいですか?」

「センパイ? それはなんです?」

「私が使っている”尊敬する人に使う”言葉です! もしもナカノ様が嫌でなければ、そう呼びたいのですがダメでしょうか?」

「尊敬……」


 ナカノ先輩のツインテールがフワリと揺れる。腰まであるその髪の揺れが、彼女の悩んでいる心の様を表しているようで少しかわいく思えた。そのナカノ先輩は暫く考えていたが、決まったらしく「ふむ」と顔を上げた。


「特別に許します」

「本当ですか!?」

「不思議なことに、嫌な気はしないもので」

「よかった、ありがとうございます!

 ナカノ先輩!」

「ふふ」


 こうして晴れて私と同じ背の先輩が誕生した。見た目はむしろ後輩に見えるかのような童顔だけど、佇まいは年上らしい上品らしさのあるものだ。

「(この人も召使いだもんなー。私からすれば、女王か姫レベルでもおかしくないのに)」

 同じ召使いなのに所作からにじみ出る雰囲気の高低差が由々しき事態だということくらい、私でも理解できる。

「(この人が私の世話をしてくれる理由が分かった……盗んで覚えろってことね)」

 召使いと聞いて昨日は落胆していたけど、どうやら気を引き締めないといけないようだ。

 一方、一通り私の部屋の汚さを確認したナカノ先輩はコホンと一つ咳払いをした。どうやら喉が限界らしい。

 この部屋で一夜過ごした私!

 素晴らしい!


「では、この部屋を喚起したままでいいので、こちらへ」

「どこへ行くのですか?」

「召使いは召使いの準備部屋というものがあって、召使いになった人はみんな、初めにそこへ。そして召使いの服の調達や仕事内容の把握などを行って……いわゆる、研修だと思っていただければ」

「な、なるほど」


 要するに新人研修だ。

 これは気合を入れなければ!


「ご指導ご鞭撻願います! ナカノ先輩!」

「厳しいので覚悟して、ね」

「はい!」


 笑った先輩がもう可愛くて可愛くて、覚悟どころか気が緩んでしまった。



 ――しばらく歩くと、外に馬小屋が見えた。随分小さな馬小屋だけど、もしかして王宮って馬の所持数が少ないのかな?


「あの、馬というのはあそこに管理されているだけなのですか?」

「いえ、あれは騎士様専用の馬小屋です。騎士様の馬だけ、あそこの馬小屋が使えるの。他の馬はもっと遠くにいて――騎士様の召使いならば、いずれフラン様も行かれることに」

「あ~なるほど」


 馬の世話も騎士の召使いの仕事らしい。逆に‟騎士の馬”というのは特別で、私は世話できないのかな?

 するとその問いは正解のようで、騎士の馬は騎士本人が世話をするらしい。なんだその馬贔屓は!


「万が一、騎士の馬に何かあったらいけません。

 騎士は騎馬隊をまとめる総隊長、と同時に戦場での軍師なので」

「え、じゃあ騎士は戦争が起きたら前線に立つってことですか?」

「騎士なくして戦争は行えません。我が国にとって、騎士とは重要な役を担ってるもの」

「そうですか……」

「何か問題でも?」

「あ、いや、」


 ふと思ったのだ。

 これは私の経験上でしかないから、何とも言えないんだけど……。


「馬は共同生活をする上で、一頭の馬をリーダーと見なし、そのリーダーを筆頭に行動するのです。それは私たちが呼吸をするくらい自然に行われることで、馬の本能です。

 もしも騎士が戦場におけるリーダーであれば、騎士の馬もリーダーでなければならないはず。だけど騎士の馬は他の馬とは別に管理されている様子……それは馬にとって、騎士にとっていいことなのかなって」

「フラン様……馬の世話の経験が?」

「ここに来る前に、色々な動物の世話をさせてもらったんです。その時に身についた俄か知識ですが……」

「なるほど」

「すみません! しゃしゃり出ちゃって」

「いえ」


 言いつつも、ナカノ先輩は馬小屋にチラリと目をやる。そして柔らかい笑みを浮かべて、

「力強い相棒が出来てよかったですねと、そう思いまして」

 と笑った。

「ええっと……?」

 意味深な言葉を意味深そうに言うものだから困惑したけど、「なんでもなく」と言われれば「はい」と言うしかない。私はどこか後ろ髪を引かれる思いで、馬小屋を後にしたのだった。


 しかし、私は忘れていた。


『起きたら外にある馬小屋に来い。早めにな』


 騎士から集合がかかっていたことをすっかり忘れ、本来主人である騎士に何も言わないまま、ナカノ先輩が導く「召使い準備部屋」へと向かったのだった。

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