6.嬉しそうな爵位の持ち主ら②
「ここ、どこですかあ~?」
半ば泣きながら、深夜の王宮を彷徨う。どこを歩いても兵の人ともすれ違わないし、廊下を照らす灯りも少ない。どう考えても、人があまりこないところに迷い込んでしまったようだ。
「ぐ~どうやって戻ろう……よく考えればコックさんに聞けばよかったんだよ! さすがに牢屋の場所くらい知ってるでしょ!」
右を見る。
どうやら壁一枚を超えると中庭があるらしい。深緑の色が見えるけれど、真夜中だと薄気味悪さが倍増だ。きれいな時に改めて見たいものだ。
今度は左を見る。
そこにはちょうどドアがあった。小人専用とか小さなものではなく、私でも通れるくらいの普通のドアだ。
「は、入ってもいいのかな?」
だけど、もし兵の人の部屋だったら? それこそ間違いなく殺される!
「……やめておこうか」
いかんいかん。せっかく助かった命だ。粗末にしてはいけない! それに、まだ先輩には会っていない。もしかすれば会えるかもしれないのに、そのチャンスをみすみす逃してたまるものか!
「まわれー右!」
しようとした、その時だった。
「遅い! もっときびきび動け!」
「ひいいいいい!!?」
とんでもない怒号に驚き、声のした後ろを振り返る。
するとそこには誰もいない……かと思えば、暗闇の中にポッカリ浮いている男の人の顔があった。
「ギャー!
出たああああああああ!!!!!!」
とんでもない冒涜的なものを見てしまったように思え、カクンカクンと一瞬にして腰が砕ける。なんとか脱出しなければと思い、下半身に鞭を打って這っていく。一歩でもその場から離れようと醜く足掻いた。ボロボロな格好の私が地面を這いずり回していたらそれこそホラーに違いないが、今の被害者は私だ。
「ゆ、幽霊ー!!!!!」
ついに見てしまった!
この目で!
幽霊を!!
「ギャー!」
「うるさい」
「う、うるさいって言われ……え?」
幽霊が喋った。それはもう普通に。
「そういえばさっきも、動きが遅いとかなんたらかんたら……」
頭を冷やしてもう一回考えてみると、幽霊がそんなことが言うだろうか?
そうだとすれば、すごく現実的な幽霊だ。
「(幽霊ではありませんように!)」
恐る恐る後ろを振り返る。もちろんまだ腰は抜けたままなので低い位置から。するとその人は黒い服を着ていたらしい。夜目に慣れると、その人の足が見えた。ほっそりとはしているけど、筋肉のありそうなゴツゴツしたふくらはぎだ。そういったことが分かるくらいに、ぴっちりしたズボンである。
「この服、どこかで……」
伯爵様が着ていたのも、こういったぴっちりしたタイプだった。だけど、それ以前に、どこかでこの服を見たことがある気がする。もしかして私、この人に会っている?
ゆっくり顔を見る。
そこには、少しツリ目で少し怒った顔のような――だけど全体的に仏頂面のような、この暗い雰囲気にピッタリの暗い表情の持ち主だった。
「だけど……」
思い出せない。
この人を見たところでピンとこない。
どうやら初対面のようだ。
「あの、あなたは人……ですか?」
「何言ってんだ、お前」
「ごめんなさい」
怖い雰囲気には変わりないので、とりあえず謝っておく。そして腰をポキポキと鳴らして静かに立った。そして埃を払おうとパンパンと服を叩いていると、痛いくらいの視線が刺さる。
「ん?」
目の前の男の人が、私の腰に巻いてる布を凝視していた。穴が開くほどの熱烈な視線に、少し戸惑う。
「あの、何か……?」
「いや、特には」
「はあ……」
なら見ないでほしい。
なぜって、怖いから!
すると本来の目的を思い出したかのように「そういえば」と男の人は口を開く。
「よく自分の部屋が分かったな。誰かから教えてもらったのか?」
「へ? 自分の部屋って……私の部屋のことですか?」
「そうだ」
「王宮に私の部屋ができるのですか?」
「なんだ、何も知らないのか?」
「初耳です」
「牢屋から出ていたから、てっきり誰かから聞いたかと思ったが」
「いえ、私も事情を知らないままに牢屋から出たので……」
「そうなのか」
「はい」
「知らないのか」
「はい」
「そうか……」
「何かすみません」
男の人からは「一から説明しないといけないのか面倒な」という雰囲気が出ていた。ここは私に遠慮して、そういった雰囲気くらい伏せてほしい。
暗い廊下に相対した男女が、黙ったまま睨み合うように二人きり――傍から見れば変な図である。すると、この拮抗を男の人が破る。聞こえたのは驚くべき内容だった。
「先ほど王子がご決断なされた。お前は今日から騎士の召使いになり王宮で一生働くのだ」
「……へ?」一生? 今一生って言った?
「そして騎士は俺だ。せいぜい励めよ、召使い」
「はあ!?」
「ちなみに部屋はここだ」
「さっき見た扉? え、なんかここ物置みたいなんですけど!」
「部屋だ」
「で、でも、こんなことって!」
おじさんおばさんの所もこういった部屋だったけど、まだまだキレイだったよ!? ここは王宮でしょ!? もっときれいな部屋は何部屋だってあるでしょうに!
っていうか!
「わ、私が召使い!? 誰がそう決めたのですか!?」
「だから王子だ。しかし今何と言おうとも、決まったことは変わらないぞ」
「だからって、そうなった経緯くらい説明してください! 私には聞く権利があります!」
「なんで俺が召使に親切丁寧に説明してやらんといかんのだ。面倒くさい」
「い、いま、面倒って!?」
私、明日からこの人のために仕えるの!?
こんな偉そうな人の下で!?
王子でもなく、紫音先輩でもなく、この人に!?
「(あ……)」
唐突に、先ほど伯爵様が言われた言葉を思い出す。
『ライアン王子の言動はその場限りのことが多い。お前のこととなると、その気まぐれさも増すだろうな』
私が執着している以上に、紫音先輩は私のことに無関心だ。
私がどう思っていても紫音先輩にはこの思い、決して届かない。
「(会いたいよ、紫音先輩)」
元にいた世界では、隣同士で歩くこともあったのに。
手が触れ合うこともあったのに。
疲れ果てて、お互い教室で机に突っ伏して眠ったこともあった。
それら幸せな出来事すべてが、ここでは夢のまた夢なのだと今の一瞬で痛感させられてしまった。
「(なんか、涙が浮かんできたな……)」
切ない思いが、一気に胸を支配した。
「おい、落ち着いたか? とりあえず部屋の中の物は好きに使え。風呂などは明日別の者から説明させる。とりあえず今日は寝ろ。起きたら外にある馬小屋に来い。早めにな」
「……」
「おい返事は?」
「……かりました」
「聞こえない。もっとハッキリ喋れ」
「分かりました!」
この人に何の恨みもない。
すべては王子が決めたこと。
私はただ、従えばいいのだ。
「私が一生ここで働くことで両親が無事なら、二人が一緒にあの家で過ごせるなら、何も異論はありません。願いを聞き入れてくださり感謝します」
「にしては暗い声だな。両親のことは心配ない。王子は言ったことは守るお方だ」
「‟言ったことは守る”? でも王子は、」
「なんだ?」
「……いえ」
王子は言ったことは守るお方――
「(嘘つき)」
私に会う約束は破ったくせに!
会いに来てくれなかったくせに!
色々と駄々をこねてみるが、まるで彼女みたいなセリフも私みたいな立場には似つかわしくなく、理不尽にもただただ感謝の念を送り続けるだけである。殺されそうになった時のことを思えば、なるほど今は天国なのである――自分にそう言い聞かせて、言葉を飲み込む。
「明日からよろしくお願いします」
そうしてただ、頭を下げた。
「……あ~、えっと」
すると、男の人の罰の悪そうな声が聞こえる。顔は相変わらず怖いままで、仏頂面だ。月の光に照らされたり陰ったりするから、浮かび上がる顔がチラチラ見え隠れして一層怖い。
「(私に伝えたいことは、もう終わったはずだよね? 用事は済んだだよね? なら早く帰ったらいいのに)」
生憎、今の私はご機嫌斜めだ。早く一人になって頭の中を整理したい。
「なにか?」
目を合わせず気だるそうに言い放つ。すると「一つ聞きたい」と仏頂面が問うた。
「お前は伯爵と仲がいいのか?」
「へ?」
思わぬ質問に先ほどの態度もどこへやら。私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「伯爵様? えっと仲が良いかは分かりませんが、何度か助けていただきました。先ほども食堂に連れて行ってくださって」
「そうなのか、ならば飯は済ませたんだな?」
「え、はい。美味しかったです」
「美味しかった? どこで食べたんだ?」
「確か王族の方が利用する食堂だとか」
「そんな所に行ったのか……」一気に肩を落とす様を見て不安になる。あれ、行っちゃだめだったの?
「あ、あの、何か問題があったでしょうか?」
「いや、伯爵が連れて行ったと言うことであれば問題はないだろう。しかし、召使いの身分で王族専用の食事をとったのか。なかなか肝の座った奴だ」
「わ、私だって肩身の狭い思いで食べたんです! それに、伯爵様のお誘いを断るわけにもいきませんし」
「ふん、結局はご機嫌取りか」
「な!?」
そんな言い方ある!?
捲したてるような言い方に、カチンと頭にくる。右も左も分からない私のどこに、そんな腹黒い思惑が存在すると思ってんのこの人は!
「私はただ、お腹が空いていたから食べたまでです! 食堂に連れて行ってくれたのが伯爵様であれ、兵の人であれ……例えあなたであれ! 空腹が満たされるのであれば、私はその後をついて行きましたよ!」
「お前……」
「な、なんですか!」
「いや」
今度は男の人が驚いたような顔をする。かと思えばクシャと顔を崩し、僅かに笑った。すると今までの仏頂面が嘘みたいに砕け、可愛らしい表情が姿を見せる。
月は丁度姿を見せている。月光に照らされ、お互いの顔がハッキリ見えた。目の端に皺を寄せてまで笑う男の人と、ムシャクシャしていてとりあえず不機嫌な私の顔――まるで正反対な二人だった。
「お前、バカだな」
「が!」
前言撤回。
こいつのどこが可愛らしいんだどこが。
あ〜もう、さっさとどっか行け!
「にしても、牢屋から出ているなら俺にそう報告しろ。これからもお前が伯爵に連れ出される可能性は大いにあるからな。自分がその場から離れる時は俺に報告してから行け。俺にお前を探させるな、二度手間は避けたい。面倒は御免だ」
「あなたがどこにいるか分からないのに、どうやって報告していけと言うのですか」
「召使いは主の傍に侍るものだろう。それとも、主の目を盗んでまた王族の食堂に行くか?」
「近くにいればいいんですね! 分かりました!!」
私が悪くないにも関わらず酷い言い方をするものだから、再び怒りが込み上げる。私を職務怠慢な奴だと思われたら困る。これでも生徒会で「敏腕な書記だ」と褒められていたんだぞ!
「ご忠告ありがとうございました! もうここは良いのでお戻りください!」
「うるさい。いま夜中だぞ」
「すみませんでした……!」
何だか脱力して、手を頬に当てる。
すると当たり前だが、涙はとうに枯れ果てていた。




