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転生したってわたしはわたし。  作者: なの
新人だろうが冒険者っていいですよね。
9/60

9.冒険者をやっちゃいます。

ユイちゃんが本性出してきたので文字数が増えました。

楽しそうなので許してください。

 今日はちゃんと買ったばかりの洋服を着て出てきたので、貴族令嬢というよりはただの街娘ルックなのです。


 家を出るときにはみんなに『可愛いけれどどうして庶民の服?』という反応されました。

 ちなみにラルフお兄様には『何着ても似合うね! いつもは天使みたいだけど今日は女神みたいだね!』って言われました。

 そして去り際にはそれはもう憎そうにストラを睨んでましたよ。

 睨んだってストラと出かける事実は変わりませんからね、大人気ないからやめなさいね。


 もちろん冒険者になりたいってことは内緒にしているので『街で見かけて可愛かったから』と適当なこと言っておきましたよ。

 まるっきり嘘なわけではないですよ? 可愛いと思うのは本当ですしね。


 丸襟のついた黒い膝上丈のワンピースは赤いベルトをつけて、中には白のドロワーズを履く。

 髪の毛はちょこんっと左寄りのてっぺんあたりで一つに細くて黒いリボンで結わいて小さめの薔薇の飾りをつけて前世でもよくやってた髪型の完成です。

 まぁアンジーに編み込みも作られてしまったのでちょっとそこは前世よりも派手になってますが……。


 そして黒の編上げブーツを履いて藍色のフード付きマントを羽織って完成です。


 普段はほんわか可愛らしいイメージの色の服や髪型をしているので、今日はちょっとかっこいい旅人風(マントのみ)って感じにしてみました。

 なのでお兄様の評価は天使が女神に変わったのかなと思っています。

 溺愛っぷりが相変わらずヤバイですよね、なんだよ女神って評価おかしいだろとか思ったのは内緒です。


 まぁ、こんだけイメージ違えばわたしのことを見かけたことのある街の人たちも気付かないもんですよ。

 令嬢の護衛として前回一緒にいたストラも騎士服じゃないですからね。お家から離れたらフード被っちゃうしでなおさらバレる心配はなしです。


「あー……本当に行くんだな? 冒険者ギルド……」


「もちろん。

 ここまで来たのに行かないとかないですよ?」


 目の前に冒険者ギルドがあるというのに今更怖気づくなんて。

 まぁ怖気づくというよりは面倒ごとに巻き込まれる予感がひしひしとしてるんでしょうねぇ……顔引きつってますよLUK値ヘボ野郎ストラくん。

 ニヤニヤ


「おい、顔……。はぁ……本当にいいんだな? 確実に絡まれるのは分かってるんだろう?」


「大丈夫です、それも幼女冒険者の初めにはよくあることですよ!

 むしろ醍醐味です、楽しみなくらいですよ!

 どうやって黙らせましょうか、やっぱり氷の鎌でスパーンですかね!」


「死なない方法で頼む……はぁ……行くぞ……」


 わくわくした顔で言えば更に引きつった顔で否定されてしまいました。

 ストラまだ起きて3時間もたってないのに疲れてますね、歳ですか?

 あ、わたしのせいですか、そうですか。


 ちなみに朝から2時間はストラの部屋で騒いでました。

 まさか普通に朝の明るさになるまで家にいるとは思ってなかったですよね。

 朝ごはんは今日はいらないとストラの部屋に行く前には夜勤の警備の人に伝言を頼んでおいたので、さっき露店でサンドイッチを買って食べましたよ。

 初めて食べたけど素朴で美味しかったです、鶏肉とレタスの塩胡椒で味付けしたシンプルなサンドイッチでした。

 辛子マヨネーズとかあったらもっと美味しかったのにな、残念。



「よーし! いざーれっつごー!」










 ざわっ……


 おぉ、これこれ! これですよ!

 ドアを開けて入った途端に、入ってきた闖入者に対しての動揺や好奇でざわつくギルドの空気が最高です!

 これこそ最初の洗礼ですよね!


 奇妙なものを見るような目をした人

 嘲笑うような表情をした人

 一瞥して興味ないというように目をそらす人


 そして「えーっ問題は困るー」って言いたそうに困ったような顔をしたギルドの受付のお姉さん!

 目があったらハッとしたあとにニッコリ微笑んでくれました。

 さすが受付嬢、繕う顔もお美しいです。


「綺麗な受付のお姉さんこんにちは~!

 お名前教えてもらえませんか?」


「おい、ナンパかよ!」


 はっ、つい!?

 だってカウンターごしに見える豊満な胸!

 これはアンジーとタメを張るサイズです。

 そしてツヤツヤの唇にほんのりオレンジっぽい色にお化粧された頬、キリッとした出来る女の雰囲気を纏っているのにそれとは正反対のタレがちな大きな瞳はぱっちりとしていて長い睫毛もまたとってもセクシー。

 定番の泣き黒子までついてるとか……なんて大サービスな容姿!


 スーパー美人受付嬢、ぜひお近づきになりたい。


「あら、可愛いお嬢さんこんにちは。

 わたしはアディレイラと申します、気軽にアディ、と呼んでくださいね。

 では本日はどのようなご用件でこちらにいらしたのでしょうか?」


 クスッと笑ってニッコリ丁寧な対応をしてもらっちゃったらもう!

 (たぎ)っちゃいますね!

 声も大層お美しい……とても好みです。

 見た目も声も色気だだ漏れなのにキッチリと着てるギルド制服がまた!

 ぴっちりしてるけどキツそうではないから一人一人特注なんじゃないですかね!

 むふふふふふ、見てるだけで楽しい……にやけそう……いやむしろにやけてる。


「今日は冒険者登録をしにきました!

 ユイって言います!

 アディお姉さん登録よろしくお願いします!」


「えっと……随分お若いようですけど……ストラさんの妹、さんですか?」


「ちが「そうです!」っておい!」


「(いいでしょ! せっかく普段と違う髪型や服装してバレないようにしてるんだから!

 コソコソしてるより堂々としてる方が案外大丈夫ですよ!

 冒険者ユイはストラの妹設定でいきますからね!)」


「(こんな妹嫌だぁぁ……)」


 うるさいなぁ、可愛い妹でいいじゃないかっ……!


「(ていうか俺はアディって呼んでいいなんて言われてないのになんでお前だけっ……)」


 なんかブツブツ言ってますがシカトです、シカト。そんなのわたしが知るわけないです。

 冷ややかな目線だけ送っておきますが。


「……はい、えーでは登録ですね。

 まずはこちらの羊皮紙に必要事項……お名前と年齢を記入していただきます。

 字が書けないようでしたら代筆も可能ですが……ストラさんの妹さんなら大丈夫そうですね。

 あとは魔力の通し方はわかりますか?

 こちらの魔導具に少量の魔力を通して頂くとユイちゃんの情報が表示されますので、魔力情報と記入していただいた情報をこちらで処理をします。

 少し待って頂けたら完成したギルドカードを渡すことができるようになりますのめ、渡した時点でユイちゃんは新人冒険者でランクEからのスタートになります。

 ストラさんもいますし大丈夫かと思いますが何か質問はありますか?

 分からなければなんでも聞いてくださいね。

 ではこちらに魔力を通してください。」



 黒い長方形の板の上に丸い水晶が乗せてある。

 水晶が情報を読み取ってその情報をカードに移すとかそんな感じなのかなぁ?

 今までわたしが読んできた転生モノとかって登録の仕方とかあんま細く描写してるのなかったからどんなものだか全くイメージわかないんですよねぇ……。

 まぁとりあえず紙に名前と歳を記入と水晶に手を置いて魔力を……


「スト……お兄ちゃん大変です。

 カウンターが高くて手が届かないから抱っこしてください。」


 ん、と言いつつストラに向かって手を伸ばす。


 受付の人たちは中で座っているみたいなんですけど、カウンターの高さが結構あってストラの腰くらいまであるのです。

 ストラめちゃくちゃ身長高いのに腰って。

 わたしじゃあ全く届かないし魔道具もよくは見えない。


「え、俺が? めんどくさ……」


「おいおいおいおい嬢ちゃーん。

 そんな豆粒サイズのちびっこには冒険者はまだまだ早いんじゃねーのか? ひゃっひゃっひゃっ」


 キ・ター!

 ついに来ました見せしめ要員! 典型的なやられキャラ!

 ちょっとストラ、露骨に嫌な顔をこっちに向けないでください。

 本来その顔はあっちの人に向ける表情ですよ?


 振り返れば茶色くて短い髪をツンツンとした毬栗(いがぐり)頭のちょっとガタイの良い20代半ばくらいの戦士っぽい服装の男。

 腰にはよくある長剣を一本挿して、左手には小さめの盾、身体にはシンプルなメイルをつけていますがゴテゴテはしてないので動きやすそう。


 こっそりと鑑定してみるとDランクと表示される。

 定番ではあるけどさ、なんでこういうのって一人前ランクにもなってないやつが絡んでくるんですかね?

 あっちで我関せずな顔してる人の方が鑑定しなくても強いのが分かるくらいなのに。


 さて、この栗野郎はどうやってボッコボコにしましょうかね。


「お兄ちゃん大変です、栗に話しかけられてしまいました。」


「はぁ……。栗ねぇ……まぁ確かに栗みたいな頭をしてはいるな……。

 栗かぁ、俺栗ってあんまり好きじゃねぇんだよなぁ……」


 いや、そんなこと聞いてないんですけど。

 全く関係ないこと言い始めましたよ、現実逃避ですか。

 栗野郎はストラが現実逃避しながら(あお)るもんだから顔がどんどんイラついてきてますよ、わたしに当たられるのは困ります。


「なっ……栗ってのは俺のことか?


 ……はんっ、嬢ちゃんも口だけは達者なようだがな、冒険者ってのは口だけじゃやっていけないんだぜ?

 お兄ちゃんに抱っこしてもらってさっさとお家に帰んな。ひゃっひゃっひゃっ」


 うはーゾクゾクしますねぇ!

 もう本当に楽しくてニヤけるのを抑えるのが大変なくらいです!

 イラっとしたようですが持ち直してバカにし出せば周りも同じようにバカにしたように一緒に笑ってるこの雰囲気がもう!


 何して静まり返るようにしましょうかね!

 とりあえず練習場みたいな場所か、外に連れ出してボッコボコにするっていう移動形式がいいですよねぇー。むふふ



「ご忠告ありがとうございます、でもわたし貴方より強いのでお気になさらず。

 むしろ、わたしより弱い貴方がお家にどうぞお帰りください。

 なんだったらお兄ちゃん貸し出しますので抱っこしてもらいますか?

 あぁ、でもダメですね、栗さんのほうがガタイいいですもんね。

 背はストラのほうが断然高いですけど。」


 ニッコリと超いい笑顔で言ってあげれば、サッと顔色も表情も怒り一色真っ赤っか。

 ストラは180センチくらいあるけど栗さんはギリギリ160センチくらい。

 もちろん低い方、というかもう方とかオブラートに包んでも普通に成人男性としては低いので気にしていることでしょうし、顔もそこそこ整ったストラと違い超モブ顔。

 あぁ、これぞヤラレキャラ、この煽られ耐性の無さもむしろ愛しいくらいですね。


「あんだと!?

 言ってくれるな嬢ちゃん、冒険者にすらなってないお前がもうすぐCランクになる俺様よりも強いだって?

 試してみるかぁ? ひゃっひゃっ

 おい、受付! 地下練習場使うぞ!」


 笑いながら怒るなんて器用な人だなぁ~。

 なんなんでしょうこの予想通りの展開。

 ストラなんてもう無表情ですよ、諦めの境地。

 しかももうすぐCランクって言われてもそれはまだDランクですって言ってるのと同じなんですけどね?


「ま、待ってください、グリードさん!

 ユイちゃんはまだ登録すらしてないんですよ!?

 しかもどう見てもまだ学校にも通っていない小さい子ですから使えてもちゃんとは学んでいなくて魔法の制御も甘いはずです!

 危険ですよ!」


 栗の名前はグリードっていうんですね……栗ードじゃないですか、ぷふー。


「あぁん、大丈夫だよ、ちょーっと痛い目見せてやるだけだから。なぁ?

 救護班用意しとけよなぁ!」


「そうです、大丈夫ですアディお姉さん。

 じゃあわたし初めてで分かんないのでその地下練習場に案内お願いします、(クリ)ードさん。」


 笑顔でさらに煽るのを忘れなければ栗野郎の怒りゲージがどんどん上がっていきますね! 大丈夫? 顔赤通り越して黒くならない?

 しかし小娘相手にムキになってたらいつまでたってもモブでザコですよ?

 強い人っていうのはもっと余裕があるもんですからね。


「デケェ口叩けるのも今のうちだ。行くぞ、ついてこい。」


 栗野郎についていくと、その後ろにストラ、他の職員に救護班の用意を任せて慌てたようについてくるアディさん、そして周りにいた興味津々のモブたちが続く。

 これ栗ード倒したら全員かかってくるのかなぁ、楽しみだなぁ……ニヤニヤ。



「(あぁ、ユイが何考えてるか分かっちゃって嫌だ……)」


 ストラはほんの数日しか一緒にいないはずなのに10歳は老けてそうですね。

 大変ですねわたしのお守り。

 頑張れ苦労人……一緒に禿げないように神様に祈っときましょうね。







「さーて、ここだ。

 ハンデとしてそこの兄ちゃんも一緒に参加するかぁ?」


 歩いたら少し落ち着いたのかニヤニヤ顔ですね、栗ード。

 ストラまで入ったらわたしいなくてもボッコボコになりますよ?

 ストラがCランクなの知らないんですかね?


「もちろんわたしだけですよ?

 ス……お兄ちゃんもあなたより強いので弱いものイジメとおりこしてもうリンチになっちゃいますよ、そんなことしたら。

 あ、逆にそっちが人増やしてもいいんですよ?」


 あ、青筋たちましたよ。

 煽り耐性本当に弱いですねこの人。


「もうさっさと始めようゼェっ!

 泣いて謝ったらやめてやるからよぉ!」


「ふふふ、分かりました始めましょう。

 アディさん審判お願いしていいですか?」


 ハラハラしながら見つめていたアディさんに審判をお願いすると躊躇いながらも頷いてくれました。

 ああ、美人はどんな表情をしていても美人なんだなぁ……。


「で、では、わたしが中止を判断したらその時点で終了してください。

 魔法使用はあり、武器はそこに置いてある鋳潰(いつぶ)したものを使ってください。真剣は使用不可です。

 ここの壁や地面は魔法吸収をしますが大丈夫ですが、怪我ですまないような大魔法は使用しないでくださいね。」


 栗ードは鋳潰した長剣を取りに行ったので、わたしは当初の予定どおり氷の鎌を作る。

 途端に騒つく室内。

 見たことのない魔法で驚きに目を丸くするアディさんや他の冒険者や栗ード、そしてマジでそれ使うのかよと呆れ顔のストラ。

 使いますとも。


 首スパっといって魂ポーイですからね。



「……そ、その魔法は一体……あっ、えー……では準備はいいですか?




 始めっ!」





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 ユイに絡んできた冒険者の名前はグリード・ロウ。

 リシュールの街を拠点にしていた冒険者だが最近は見なかったので別の街に移動したものだとばかり思っていた。


 元は貴族の長男だが素行が悪く、後継ぎは次男に奪われたうえに勘当されたため冒険者になったと噂で聞いている。

 まぁヤツを一言で表すと勘当されているのに家名を名乗っている『アホ』という感じか。


 冒険者になってからはガラの悪いやつらと組んでは新人冒険者に絡んで金を巻き上げてる、という噂もあるくらいで良い噂なんてなに一つとしてない。

 もうすぐCランクとか言ってたけれど、弟の成人後すぐに追い出されて冒険者になったはずだから約10年という長い年月をかけて未だにDランク。

 50件の依頼まではちまちまクリアしたがランク昇格試験の方は実力が足りずクリアしていない万年Dランクの冒険者だ。

 もちろんそんなやつはたくさんいるからこそ、Cランクが一人前の境目なのだが。


 もちろん元だろうが貴族の家に生まれた男爵家の息子で本来ならばユイにこうやって絡んでいいような身分ではない。


 まぁ、雇い主の娘である高位貴族様を名前すら呼び捨てにしている自分に至ってはリシュール家の騎士爵というほぼ平民と変わらないリシュール家ありきの爵位なわけなのだが。


「ずいぶんと変わった武器を変わった魔法で作ったようだが、使いこなせなきゃ意味ない、ゼッ!」


 むしろ作れることに対してもっとツッコミはないのか? 俺の周りではざわざわとしてるところだぞ。


 真っ直ぐに走って近付いていきフェイントをかけ、ユイの右に回り込み斬りつける。

 アッサリと避けられると思っていなかったのか少し驚いた顔をしながらもキンっと高い音をたてて刃にあたり弾かれた剣を構えなおしながらグリードは舌打ちをする。


 よくこんな(中身は別として)幼い子供にここまでつっかかるなぁ。

 うまい具合に煽られてるなぁ……ユイの掌の上か……と思ってしまうが、基本的に脳みその構造が違うんだろうな。

 単純思考のバカなのだろう。


「おいおい、運がいいなぁ、そんだけでっかい鎌使ってりゃあそりゃあ適当にでも構えてたら当たるよなぁ!」


 どう見てもユイが捌いてるようにしか見えないのだが、グリードにはそうは見えないらしい。

 周りの観客を見ればどいつもこいつも目を大きく見開いて口も開けてポカンとした表情して驚いているのに。

 といっても周りを見る余裕はないか。


「そう思える貴方の頭の中はお花畑ですか?

 あ、ごめんなさい栗畑ですかね。

 ……いや、栗は木にできますし畑じゃなくて栗の木の森?

 うっは、脳内が栗だらけでさぞやチクチクして大変でしょうねぇー。


 常に頭痛とかしてませんか? あ、なんでしたら頭痛に効く薬とか安く譲りますから言ってくださいね。」


 しかしユイの煽りも止まらないうえにめちゃくちゃ楽しそうだ。

 今日もギルドに入る前から絡まれることを予想していたし、それを打ち負かすことも楽しみにしていた。

 しかし……ここまで煽るとは流石に予想してもいなかった。


 こういう楽しみ方は本当に中身が子供ではないのだなと実感する。

 しかも性格が良いとは言えない……いやむしろ悪い、根性ひん曲がってる。


「テメェ……!」


 何度も何度も斬りかかってはキンキンと甲高い音をたてながら鎌に弾かれる。

 火魔法で氷の鎌を溶かそうとしてはいるが威力が足りないのか殆ど溶けることはなく、グリードの魔力だけが減っていくのが分かる。


 グリードは息が上がり始めているがユイは汗一つなく余裕の表情だ。

 それもそうだろう、ユイは開始地点からほとんど動かないでグリードの剣を捌いてるのだから。

 むしろ手応えがなさすぎて飽きてきたと言わんばかりの表情をしている。


 剣と氷の鎌のぶつかる一際高い音が耳に響いた直後、ユイは初めての動きを見せる。

 大きすぎるほどのその刃で剣の軌道を逸らし相手の頭上を飛び越えると、後ろから首に鎌を構え手を引く前にこれで終わりと言わんばかりに寸止めをする。


 もちろん寸止めを察したグリードは息を飲んだように動きを止めたあと……

 ユイの温情を終了の合図とはせず瞬時にしゃがみこみ後ろに蹴りを入れる。


 しかしそこにはすでにユイはいない。

 ニヤリと口端を歪めて笑いながら空にジャンプをして再び後ろを取ると、またグリードの首をめがけて鎌を勢いよく振りかぶる。

 今度は寸止めなんて甘いものではなく腕は振り切った。




 その瞬間どこからかヒィッと悲鳴が聞こえたあとに訪れた静寂とドサッという地面に倒れる音。






 見てみれば崩れ落ちるグリードの身体にはくっついたままの首があり血もそこから一滴も垂れていない……というよりも痣は出来ているようだがどこからも血は出ていなかった。

 そして溶けたように蒸発して消えた鎌の刃と、ユイの手には柄の部分だった氷の棒……それも数瞬後には手の中から蒸発して消えた。


 意識を失ったグリードの首は氷が当たった冷たさでか、赤くはなっているが傷はない。

 かわりにメイルの腹部がいつの間にか凹んでいた。

 いつやったのか誰もが分からずただ呆然と見つめることしか出来ない。


 見えてはいなかったがやったとしたら最後だろうか……。


 誰もが驚きで止まる静寂の中、最後にグリードの顔を容赦なく足で踏みつける。

 くぐもった声が下から聞こえてくるが聞こえないとでもいうようにシカトをしてそのまま両足を乗せてバランスを取っている。


「はい、ではこれで見世物は終わりですよ?

 ふふふ、最後の蹴りは卑怯だったからヤラレ役として高ポイントですね。

 出来れば少なくともあと二、三人くらいが『このガキ舐めやがって!』って乱入するくらいが良かったのですが……。


 まぁ、他の人も呆然としてて動きそうもないですし邪魔者はこれでいなくなりました。

 アディお姉さん、冒険者登録今度こそお願いします。

 ストラ……じゃなくてお兄ちゃんも抱っこですよ?」


 ジャンプした際に取れてしまった藍色のフードをかぶりなおしながら天使のような笑顔で汗ひとつかかずに言うユイの声に


『どれだけ余裕があったのか』

『冒険者にすらなってない少女のはずだよな?』


 とその場にいた全員が俺も含め震えたのは間違いない。

 地下練習場からユイを連れて出て行くときも、ユイに急かされたアディレイラ嬢以外動けたものは一人もいなかった。


 俺はこのとき理解した。


 ああ、これがユイの言っていた『死神』の姿なのだろうか、と。





 ーー 笑顔で自身よりも大きい鎌を振り回す幼い少女の噂は

 リシュールの街を拠点としている冒険者たちの間ですぐに広がった。


 そして藍色のフードを被った幼き少女を見かけた冒険者たちは口を揃えて陰で少女をこう呼んだ


『微笑みの断罪者』


 絡むことなかれ、と ーー









『冒険者を殺っちゃいます』でしたー。

まぁ殺っちゃってはないですけど。



栗刈り。季節的にぴったりです。


最近もらいものの栗で栗ご飯を作ってみましたが、ごま塩がなかったからなのかすごく微妙な味付けに。薄かった。

栗は美味しかったです。

でも剥くの本当に面倒くさいから剥いちゃった栗さんをお願いしたいです。



*騎士爵=貴族の護衛に代々仕えている人たちに与えられる爵位。

厳しい条件をクリアして王家と仕えている家に認められないと貰えない爵位

平民以上男爵以下ではあるが、ほぼ平民と変わらない。

違うところは姓があるくらい。

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