6.俺とお嬢様 (side ストラ)
5話のストラ目線と、少し前のお話。
せっかくランクCまで行ったのになぁ……お嬢様の護衛なんてつまらない仕事になるのかぁ……面倒くせぇ……
って思ってたんだけどなぁ。
---------------------------------------
今日は冒険者ランク昇格試験の日だ。
先日昇格に必要な同ランクの討伐依頼50が終わったからやっと試験だよ……長かった!
Dランクまでは10の依頼でよかったのに、Cに上がる途端50ってなぁ……なんなんだよな。
まぁそれだけ一人前というCが重要なランクなんだろう。
これが受かったら親父みたいに俺も逃げてもっとランクをあげるか!
「はい。ストラ・ハイエルさん、合格ですのでCランク昇格ですね! おめでとうございます。
ではこちらが新しい冒険者カードになります。」
そういって笑顔で緑から黄色に変わった冒険者カードを渡してくれる女性がアディレイラ嬢だ。
リシュール領冒険者たちの憧れぼんきゅっぼんのセクシー受付嬢。
いつかはお近づきになりたいものだ。
「ありがとうございます。これから一層冒険者として頑張ります。」
「あら? ハイエルさんはCランクになられたら領主様宅の護衛騎士のお仕事につくのではないですか?」
「あぁ、知ってましたか……。いやでも親父もAランクまで冒険者やってたので俺もそれくらいまではやりたいなと思ってるので。」
「あー……なるほど……えっと……頑張ってください、ね?」
なんだ?
なんとも歯切れが悪い言い方だな。
俺には向いてないとでも言いたいのだろうか……。
いや、そんなことはないはずだろう。
Cランクまでそこそこのペースで上がってきたんだ、大丈夫なはず。
「ありがとうございます。とりあえず今日は少し疲れたのでもう帰ります。」
「あっ、ハイエルさんっ!」
何か言いたげな顔のアディレイラ嬢を見ると……どんな顔でも綺麗だなぁ、とか思っちゃうのは俺だけではないはずだ。
「あっ……いえ、なんでもないです……呼び止めてすいません……。」
なんだろうか、気になる……。
まぁなんでもないというし、言う気なさそうだから帰るかと後ろを振り向いたら硬い壁にぶちあたる。
あれ? 俺は壁際にはいなかったはず……まさか……。
そっと顔を上に向けていく。
筋肉
筋肉
筋肉
そしてその上には見覚えのある笑顔。
思わず走って逃げようと動きかけた俺の顔面をわし掴む筋肉。
「離せ筋肉ダルマ! 俺はまだ護衛なんてやらないぞ!」
「何を言っている息子よ。
最初は『冒険者なんてやりたくないー!』って嘆いていたくらいじゃないか。」
ぐっ、いい歳したオッさんがガキの声真似してんじゃねぇ、気持ち悪いぞ!
「ガキん時はガキん時だ! 今は護衛の方がやりたくねぇ!
俺は自由がいいんだよ!」
「大丈夫だ安心しろ、無理やり冒険者として送り出したあの時と同じでお前に選択肢はないからな! ハッハッハッ!」
いい笑顔で言ってることが屑の親父に担がれて冒険者ギルドを出て行く。
最後に俺の目に映ったのは同情したような苦笑いのアディレイラ嬢の顔だった……。
ああ、さっきもの言いたげな顔をしていたのは親父が見えたのか……。
---------------------------------------
夜中に逃げ出そうとすると縄で結ばれ、縄を切って逃げようとすると何処からか来た親父に殴られ意識を失い、朝になると飯の時以外は寝るまで礼儀作法や敬語を学ばされる。
椅子に縛られてるかベットに縛られてるかだ。
なんだこの地獄の毎日は。
しかも明日には侯爵家に向かうらしい。
俺の自由は完璧に終わった……。
侯爵家の子供が4人、俺の二つ下の16歳の男女と14歳の男、この3人は小さい頃に遊んだことがある。そして7歳の女の子。
しかも学園に通ってる間に産まれたその会ったこともない7歳の末娘の護衛ときた。
7歳くらいの貴族令嬢とかあれだろ、くっそ生意気で「そこのあなた、目障りだから今すぐ消えてちょうだい」とか「あら、そんな所にいたの? 気付かなかったわ。」とか言いながら嫌がらせしてくるんだろ?
うわー、嫌だなー面倒くせぇ……
むしろあっちから断ってくれねーかな。「こんな冴えない男は嫌ですわ!」みたいな。
初っ端の挨拶をクソみたいな感じに終わらすとか。
あーいいなーそれ。
だけど実行したら筋肉親父にぶっ殺されそうだなぁ、やめるか、うん。
はぁ……。
そうして出会ったご息女ユイリエールお嬢様は、まず俺と親父を見比べた。
顔の雰囲気はなんとなく似てるんだが体型が全く違うからな。
筋肉の塊じゃないとか、頼りないとか思ったのだろうか。
そしてにっこり微笑んだ。
んぉ……笑顔が天使のように可愛いな……というか普通にしてても可愛いが笑うと破壊力がすごい。
大人になったら相当な美人だな。
そりゃあ侯爵様も奥様もあんだけ整った顔をしてるんだから子供も整うか……。
侯爵様似のガーネット色の髪に奥様似の翡翠の瞳、ぱっちり二重に程よい厚さの唇とか、相当可愛い方だよな。
もう少し大人だったら護衛も楽しいかもしれねーなぁ……幼女趣味はねぇしな……はぁー……。
早く成長しねぇかな。
っと……んなアホなこと言ってねーで挨拶しなきゃいけないな。
「初めまして、今日からユイリエールお嬢様の護衛を務めさせていただきます。
バトラーの息子でストラと申します。
冒険者ランクがCになりましたので、本日よりリシュール家に、そしてユイリエールお嬢様に仕えさせていただきます。
至らぬところもあると思いますが日々精進していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。」
……なんだ? めちゃくちゃ微妙な顔されたが俺の言葉遣いそんなにダメだったか?
最初の挨拶は相当言われたから完璧だと思うんだが……。
どうせ逃げることが出来ないんだからせめて絡まれたりとか衝突は無しで行きたいんだけどなぁ……
「ちょおおおおーっと待ったああああ! 僕の可愛いユイちゃんにこんな頼りなさそうな護衛騎士なんてつけられないよ!
ストラ! 僕に勝ってからにしてもらおうか!?」
は? 誰だこいつ……ってあぁ、ラルフシェイド様か……随分と大人になったなぁ……そして美形度があがったなぁ……。
あー、そういえばユイリエール様を溺愛してるとかいう話だったっけか?
面倒くせぇー……俺を巻き込むなよなぁ……。
「まぁいいですけど……」
本当は面倒くせぇけど仕方ない……やる気満々じゃねぇか……
っとやべぇ、お嬢様がこっち見てるが今の聞かれたか?
いや、そんなことないか……普通に兄の応援してるもんな、たまたま目があっただけだったか。
ラルフシェイド様って確かあまりこういうのが得意じゃなかった気がするんだが、それは弟の方だったっけか?
まぁいいか、ここ数日縛られたりとかばっかで鬱憤溜まってたんだ、ちょうどいいか。
「ラルフシェイド様、まだ勝負なさいますか?」
思っていたよりも弱かったから憂さ晴らし出来なかった……。
まず剣技なんてあったもんじゃない。
いや、学園で教わった以上のことが出来ないといった方がいいか、うん、習い事の剣技だな。
魔法技術は多分悪くはないが、いかんせん魔力量が少ないうえに実戦向きな魔法が皆無といっていいからとことん戦闘に向いていない。
強いて言えば目くらましに土を使ったのは戦法としてはありだったな。
あとは作戦を立てても身体がついていかなかったんだろうなって動きばっかだったな。
本当にただの妹溺愛なだけの挑戦だったな。
本来ならば二本使うはずの剣も一本で事足りたし……超物足りない。
「くっ……僕は認めないぞっ……うぅっ……」
捨て台詞はいて涙目で走り去っていったがそれでいいのか16歳。
まぁまだ成人してないしいいのか?
しかし婚約者はいないのか? あれじゃあ幻滅されそうだが……
って俺が心配しても仕方ないな、関係ないし……ってないことはないか。
「ラルフは戦いに向いていないのだから負けるの分かっていただろうに……。まぁ良い、では本日からストラはユイに着くようにな。
ユイ、これからはストラが一緒にいるなら街に出かけてもいいが、ちゃんとどこに行くかは屋敷のものに伝えてから行くようにな。」
やっぱりユイリエール様付きは確定かー。
「本当ですか、お父様! やった、大好きです!」
あれ『ですわ』とかは言わないんだな。
俺にとばっちりとか来なければどんなでもいいか、どうせどんな子だろうとお嬢様はお嬢様だろうしなぁ……。
あー天気がいいなぁ……あの鳥は自由に飛べていいなぁ……
俺も少し前まではああやって天気のいい日は冒険者として旅立って誰よりも自由だったはずなんだけどなぁ……俺の分まで自由に生きろよ、鳥。
「ではストラ、早速ですけど一緒に出かけてもらえますか? わたし行きたいところがあるのです!」
「構いませんよ、ユイリエールお嬢様。
どこにでもついていきます。」
どこに行こうが俺は何も言えないしな。
可愛い菓子屋だろうが、洋服屋だろうがついていきますとも。
「では行きましょう! 付いてきてください!」
街とは反対方向にいくのか?
どこに行くのか知らないが……あっちは何があったかな……?
「あー、ストラ。
ユイは人よりちょっと……いや……だいぶ方向感覚が残念な感じでね、気付くとすぐにいなくなったり、教えた方向と違うところに行ったりするから十分に気をつけてくれ。
ユイ、どこに行きたいのかは知らないが街に行くならあっちの方だからな。」
あー……。これは方向音痴というやつなのではないだろうか……。
俺と深く関わるやつはこんなんばっかなのか……俺めっちゃ運ないんじゃなかろうか……方向音痴の相手は本気で面倒くさいことは身をもって学んでいるからもう嫌なんだが……。
「あ、ありがとうございますお父様……。ごめんなさいストラ、街の方に行きましょう……」
せめてもの救いはこのお嬢様が高飛車ではなさそうだし可愛らしいことだろうか。
でも、方向音痴は面倒くせぇなぁ……。
「ユイリエールお嬢様、何か街で見たいものでもあるのですか?」
「ストラはこの街の近くの森に入ったことはありますか?」
は? 森?
「はぁ、森ですか……この先にある森でしたら一応ありますがあそこは魔物もおらずただの小さくて何もない森なので入ったというよりは通っただけですが。」
「じゃあそこに連れて行ってください。」
え、森に7歳の女の子が行くのか? 可愛い菓子屋でも洋服屋でもなく?
女の子でも森で遊びたいのか……? まぁあそこは危なくないし小さい森だから連れてっても問題ないのか。
っておい、森はもっと東側だぞ!
おい、今度は東に行き過ぎだ、一周回って侯爵家に帰る道になってる!
どうしてそうなる!?
くっそ、どいつもこいつもなんなんだ方向音痴ってやつは!
「ユイリエール様、失礼かと存じますがよろしければ俺の手を掴んでいただけませんか。
俺が先に進みます……」
「ごめんなさい……お願いします……」
照れたような笑顔はとても可愛らしいのだが、この方向音痴はやばいと思う。
どうにか直すことを推奨したいが、直る直らないとかいう問題ですらなさそうな気もするな。
俺のこれから苦悩が目に浮かぶようだ……。
「ていうか ……あれ? この森ってこんなに広かったですか……?」
なんか……進んでも進んでも森が続く……?
道もいつもと違う気がすると思っていたのだが、ユイリエール様いわくここには結界が張ってあるから普通の人は弾かれてしまい森を小さいものとして認識してすぐ出て行くようになっているらしい。
何故今は平気なのかと問えばユイリエール様が普通じゃないからだという。
普通じゃないってなんだよ。
しかも腰を落ち着けてさらに話していくと俺の猫かぶり……というか無理やり敬語を使っていたことがばれている。
色々顔に出てたらしく盲点だった。
表情筋鍛える訓練はしてなかったわ。
そしてこの森の結界はホビットのものだという。
『ホビット』
俺は本でしか見たことがないが少数だが奴隷として出回っているというのは聞いたことがある。
小さい子供のような身長や見た目、エルフよりは丸いく短いが人よりも尖った耳、その愛らしい見た目から観賞用や変態共の性奴隷としての価値が高い種族。
何十年も前はもっと奴隷として大量にいたというが……。
そうか……この森、リシュール領主の庇護下で生きていたのか。
しかしそれを俺にバラしていいのかよと思うがいいらしい。
しかもキリっとした顔で大丈夫だと第六勘が言ってるのです! とか言ってるがそれただの勘じゃねーか!
まぁ俺は奴隷制度はあまり好きじゃないし幼女趣味もねーからバラすも何もないけどさ。
しかし見てみたい気はするんだよな。
観賞用とかいうくらいだからきっと整った顔立ちをしているのだろうし。
エルフとどっちが上なんだろう。
ああでも、エルフは綺麗系でホビットは小さいらしいから可愛い系で系統が違そうだよな。
俺はエルフみたいに綺麗な方がいいかなぁ。
あ、連れてってくれんのかな。
「ホビットさんはまた今度紹介します、今日はストラにお願いがあって二人きりになりたくてここまで来たのですよ。」
なんて邪なことを考えていたらお願いがあると言われた。
お嬢様が俺にお願い?
なんだ? 俺に出来ることなんて護衛くらいしかな……
「わたし冒険者になりたいのです。」
「はぁ? お前貴族令嬢だろう。」
つい口からぽろっと出てきて……お前って言ってしまった。
「そうですが、やっちゃいけないなんて言われてませんから。」
そりゃあな……
「貴族令嬢がやりたいなんて普通言わないだろうしな……。
それに侯爵様の許可が下りるとは思えないし、まだ7歳だろ? 何も出来ないだろ、魔法の制御もまだ学校行ってないから微妙だろ「飛行」……うし……」
まてまてまてまて!?
なんだその魔法!
どうだと言いたげな顔して飛んでるけど背中に羽根生えて空を飛ぶとか聞いたことないぞ!?
そんな顔でくるくる回って背中見せられても……
くそっ、可愛いな!? なんなんだこのお嬢様は!
本当にほとんど家から出たことない温室育ちのお嬢様なのかよ!?
詳しく聞けばなんとまさかのオリジナル魔法だそうだ……。
魔法発明の研究者たちが日々研究しているものを7歳の女の子が考えた、だと……?
なんだその規格外なのは。
しかも冒険者がやりたいからという理由でわざわざ俺に見せるとか、脳みそどうなってんだこのお嬢様は……。
秘匿するか売り込むかしてもいいほどに、研究者たちが喉から手が出るほど手に入れたい知識だろう……。
収入とかは護衛でもそこそこもらえるし倫理に反することをするつもりはないからそこはどうでもいいんだけどさ……。
「……なんか乗せられてる感がすごいあるけど……。
『私は35代ハイエル家次期当主ストラ・ハイエル。
リシュール家護衛騎士として、Cランク冒険者になった者としてリシュール家ご息女ユイリエール・リシュール様、貴女に一生の忠誠を誓う。』
俺はまだまだ上に行ける……Cランクなんて、こんな低い所で止まる男じゃないとは自意識過剰じゃなく思っているからな。
ユイ、お前は面白い。
護衛騎士としても俺個人としても支えつつ、共に上を目指して歩むと……剣に、そして名に、今ここで誓おう。」
こんな面白そうなお嬢様他にいないんじゃねーの?
ガキの相手なんて運ねーなと思ってたけどさ、これなら普通の護衛とは全然違って大人よりも綺麗なねーちゃんよりも面白そうな予感がするわ。
冒険者も護衛としてになるがまた出来るとか、面白いじゃねーか。
っておい、顔にやけてるぞ。
騎士の誓いがお気に召したようですっごいニヤニヤしてるんだが、そのにやけっぷりは令嬢としてどうなんだよ……。
やっぱりこういうところも普通のご令嬢様じゃねーからおもしれーわ。
「よろしくです、ストラ。
ユイリエール・リシュール、リシュール領主四子です。
わたしの適性は……いや、うんうん一人くらいバラしてもいいですよね。
護衛だもん、ずっと一緒にいるんですから誤魔化せない時が絶対ありますよね。
うんうん、ストラだけ特別ですよ。
わたしは魔法適性は特にないです。
使えるのは創造魔法で、わたしが創造……いえ、はっきりイメージ出来たものなら基本的になんでもできちゃう便利な魔法で、わたしだけの特別な魔法です。
秘密聞いちゃったからもう逃げられないのでよろしくねっ?」
はっ? 何を言ってる?
これが本当ならば俺は思っていたよりも普通とはかけ離れた人生に軌道修正されていってるの……か?
これは、振り回される予感がヒシヒシとするな……はぁ……。
アディレイラ嬢の独り言
「ハイエルさん……。あなたのお父上のバトラーさんは、伝説と言われているSランク冒険者様にあなたのお爺様が依頼して、やっと捕まえた方なのです……。
そんな方があなたがCランクになるのを今か今かと待っていたので……
それほどの方に狙われたまだCランクのあなたは、頑張ってもすぐに捕まってしまうのです……。」
受付嬢が呼び止めたのはこんなことが言いたかったというお話。
そして途中で見えた筋肉ダルマことバトラーさんに、苦笑せずにはいられなかったようです。
バトラーさんはただの筋肉ダルマじゃないのですね。動けるデブならぬ動ける筋肉。
筋肉の塊。
がんばれストラ、父の次はお嬢様に振り回されておくれ。