32.食材みーっけた
「また年末休みにも帰ってきますね!
その時にはサラおねーさまはもう子供産んでるんですよね!
会えるの楽しみにしてます!
お母様もおねーさまも体調管理には気をつけてくださいね。
特にお母様最近体調悪いって言ってましたから、尚更気をつけて下さいね!」
滞在期間が4日間っていうのはとんでもなく短いです……。
「ユイちゃんも体調管理には気をつけて元気に過ごすんだよ! 寂しかったりしたらいつでも僕が迎えに行くからねっ!」
「あらあら、ラルフがそんなしょっちゅう迎えに行ってしまったらユイちゃんのお店に何かあったときに困るわ~。
心配してくれてありがとう。ちゃんと安静にするわ〜。」
通常営業すぎる会話をするお兄様とお母様。特にお兄様はブレませんね。
お父様は昨日呼び出しをくらったらしく夕食の後に渋々王城に出仕しました。
明日だったら一緒に王都まで行けるのにってすっごいブツブツいってたから慰めておいた。
王都にはアイラお姉様がいますから、慰めてもらってください。
キズリお兄様は私が帰ってくることをスッカリ忘れていて商人の護衛依頼を前もって受けてしまっていたらしく、今朝早くに出て行きました。
『見送り出来なくてすまん』って頭をくしゃってやって去って行きました。イケメンかぁぁ!
「ユイちゃんもストラくんたちも気を付けてね、まぁ君たちなら大丈夫だと思うけど。
子供が生まれたらすぐ連絡するからね。」
「はい、サラおねーさま! その時を楽しみにしてますね!
じゃあみんなも身体には気をつけてくださいっまた半年後にあおいしましょう!」
家族や使用人たちに見送られて馬車を走らせるとすぐに皆小さくなって見えなくなりました。
ちょっと寂しい……。
「うー……次に会えるのは半年後なんですね……。」
と思ったらわたしよりも目に見えてしょんぼりしているルナと苦笑しているストラが視界に入りました。
行きとほぼ同じに見える馬車内は、行きとは違って少し寂しそうな空気です。
「ここに残りたかったですか?」
「い、いえ! ユイさまと一緒にいることが私の仕事ですからっ!」
明るく笑顔で答えてくれるルナを見るとわたしも笑顔が浮かびます。
王都にいる間に何かを言ったことは無かったですけど……やっぱり家族から離れるのは寂しいですよね。
まだ8歳だもんね。
まぁわたしもまだ10歳なんですけどね。
寂しい気持ちはありますが学校が楽しいからまだ気にならないのかもしれないです。
「僕がいるんですから母さんがいなくても我慢してください。」
「うん……お母さんに会えないのは寂しいけど、お兄ちゃんがいるから前より寂しくないね!」
目の前ではえへへっとニコニコしてるルナと、その隣で狐色の尻尾をふさふさと表情よりも雄弁に揺らしているディダ。
ふさふさもふもふ……うずうず……。
はい、ディダも一緒に王都で住むことになりました。
特に何かあったわけではないのですが、王都の使用人もそんなに多くないことと、王都のことをディダが学べるようにと考え直して配置換えにしたそうです。
青龍院に入るまでの2年間は王都の別邸で過ごすそうです。
ルナもディダも嬉しそうなのでこっちまで見てて嬉しくなりますね。
そしてあわよくばその嬉しそうなご機嫌状態のままふわふわでふさふさの尻尾を触れないかなーとワキワキしていたら、ストラにおでこをペチッと制されました。
「手が変態くさいぞ。」
前のめりになっていた身体をおでこを押してぐぐっと後ろに戻されてしまいます。
あぁっ、ふさふさふわふわが遠ざかる!
必死になって手を伸ばしていたら気付いたディダに尻尾を隠されてしまったじゃないですか!?
ストラのせいだー! うわあああん!
はしゃいで疲れたのかディダに凭れ掛かってルナが寝た頃、ふと他愛もないというかくだらないことを思ってしまった。
「ねぇディダって、本当にディダ?」
「……は?」
「何言ってんだ?」
唐突な質問に意味がわからないと言いたそうな怪訝な顔をする2人。
ディダなんて主に向かって思わず「は?」って言ってるからね。
いや、ストラからみても主なんだけどももう何も違和感ないというか。
「いやぁだって、出会ったころのディダはあんなにぴるぴるしてて可愛かったのに、今やただの堅物ですよ。
もふもふする隙だらけだったのにどーしてこんなにつんつんになっちゃったんですか。」
村の少年といった感じの短く切られていた赤茶の髪の毛は今や肩甲骨までの長さで後ろでひとつに結ってあります。
どこからどう見ても出来る執事という見た目。
そのくせ隠すことなく晒された狐耳や専用に作られた服からでてるふさふさの尻尾が憎たらしいほどに可愛らしい。
我が家に来る前とは比べ物にならないほどのツヤツヤサラサラの毛だからなおさら憎たらしいのですよ。
なぜ! 触らせて! くれないの!?
いや、理由は知ってますけどね!?
「そう言われましても、仕えることに決まってからリシュール侯爵家の皆様に恥をかかせてしまうことが万が一にもないように努力しておりますので僕が変わったというのならばそれは喜ばしいことですが。」
「うぅー……そんなの楽しくなぁい……」
正論を聞きたいわけじゃないのに正論を言ってくるディダが憎いですよ……。
ブツブツと文句を言っているとストラの気配察知に魔物が引っかかかりましたが、浄天眼で見てみると他愛もない小物ばっかりでわざわざ近付いて狩るようなものでもないのでシカトをして進んでいく。
「あっ!
ダリさーん、あと30分くらい進んだあたりで止まってもらっていいですかっ」
ディダに絡むのも飽きたので暇つぶし程度に外を眺めて浄天眼を使っていると獲物を発見。
ニヤニヤしながら御者台に座るダリさんに声をかけるとダリさんは何も言わず頷いて前を向きました。
「何を見つけたんだ?」
不思議そうな顔をしたディダとストラに超いい笑顔を返しておきます。
「へへっ、見ればわかります!」
30分ほど進んだあたりには森があって、その中に今日の獲物がいます。
「あー、何匹かいるな、でかいのが。」
「いえす、それを倒してから進みますよ!
ストラは一緒にきて、ディダは睡蓮と一緒に馬車を守ってください。」
実はディダ、獣人にしては珍しく魔法の才能があります。
どんな魔法って? もちろん狐ですから狐火でしょう!? 火でしょう!? 焔火でしょう!?
むしろそれ以外は許さん!
ごほんっ
そんな感じで焔火に適性があるうえに我が家で鍛えられているのでそこそこ強いのですよ。
ルナは戦う術がないし、ダリさんだってただの御者兼庭師さんだから戦えない。
睡蓮なら戦えるけど基本ビビリだから実はあんまり役に立たないのだ。防御は完璧なんだけど。
その点ディダは身内を守るためなら手を汚すことすら厭わなそうなくらい。
まぁそこまでするのは執事の仕事ではないからしなくていいんだけど。
あ、もちろんわたしも人殺しはしてないですよ? そういうのは護衛の仕事ですよね。
基本は人殺しは良くないけど、必要に駆られたら仕方ないと思う。
それがこの世界で10年間生きてきて学んだことですよね、日本じゃあ考えられないことです。
……わたしもこの世界に染まったんだなぁ。
「かしこまりました。
ダリさんやルナは任せてください。ユイリエールお嬢様もストラさんもお気をつけて。」
「うん、いってきます!」
呑気に寝ているルナを馬車の中で横たえてダリさんと交代で外に出るディダに手を振りながら森の中にストラと一緒に入っていく。
少し奥に入ったあたりに泉があってそこで休憩しているのが目的の獲物。
道中出てきたサベージスネークやベベベアを片手間程度に倒していく。
もちろん死体は回収していきます。
収納スキルは時間が進まないから解体をしたり血抜きをしておかなくても死んだ時のままで保存できるのでとても便利。
まぁ便利だからもらったんだけども。
サベージスネークは皮がカバンや小物入れなどに好まれているしベベベアは肉が柔らかくて美味しいのでぜひとも乱獲したいくらいです。
どちらもCランクなのでちょろいですな、へっへっへっ。
高笑いしながら倒せちゃいそうだし、ストラも余裕そうに倒してはわたしに投げて渡してくるという適当さです。
「そろそろか……」
むー……姿は見えなくても気配察知で敵の居場所が遠くても分かるストラはずっこいですね。
まぁわたしもここまで近くにくれば分かりますけどねっ!
臭いでバレないように風下に移動してから近付いていくと少し開けた場所に泉と、その淵が一部分血だらけになっているのが見えます。
お食事したあとでしたかー。
「……は?」
「おぉ、驚いてる感じですねっ」
姿を捉えて目を瞠ったストラはギギギっと音が聞こえてきそうな動きでこちらに顔を向けてくる。
「俺、あれ本で見たことある気がするんだが、気のせいか?」
「わたしも本で見たことありますが実物は初めて見ましたよー。可愛いですね!」
「いやいやいや、あいつらは危ないだろ!?
しかも2体いるんだぞ!?」
小声で怒鳴るという器用なことをしてるストラに拍手をしたいくらいです。
そんなストラが指差す先にいるのは2体のでっかいヒヨコ。
たしか雌雄で行動する鳥で、雌の方が身体がでかかった気がするので5メートルありそうな方が雌で4メートルくらいの小さい(?)方が雄かなーと思います。
ニワトリじゃなくてヒヨコなのがミソですね。
仲良く水浴びをしてる様はほのぼのします。
例え水辺が血塗れだろうとも、胸毛のあたりにべっとりと洗い流してる最中であろう血がついていても。
可愛いものは可愛いです。
「あいつら雌雄一対でAランクするんだぞっ!?」
そうなのです、あのジャイアントピヨ改めヴィゾーというヒヨコは2匹でAランクモンスターの肉食系もふもふなのです。
あの可愛らしいもふもふに騙されて近寄ったら最後、カパッと開いた嘴でつんつんされてから中にびっしり生えた歯でかみかみされます。
丸呑みじゃないんです、ちゃんと消化にいいようにかみかみされますよ。
丸呑みの恐怖を味わうことはなくて良かったですね。
「知ってますかストラ。
ヴィゾーは……とっても美味だそうですよ。」
「なんとなくそんな気はしてたけど食材かよっ! ……っあ……」
あーあ。
思わずでかい声でツッコんじゃうから気づかれちゃいましたよ?
一体はこっそり倒す予定だったのに……。
恨みがましい視線を向けると慌てながらもすまんっと謝ってくれたので許してあげますか。
でも忘れてませんかね、わたしが誰だかを。
ユイリエール・リシュール侯爵家末子であるわたしは食材如きに負けることはありえません!
ふっふふふふっ
フィアも普通に美味しいですけど、比べものにならないくらい美味しいって言われるヴィゾーと遭遇したとなると、楽しみにしないとかないでしょう……。
鶏肉……タルタルソース作ってヴィゾーの唐揚げ……照り焼きチキン……焼き鳥も食べたいしシチューもいいなぁ……胸肉を使って中に野菜をいれたチキンロールも食べたい……
あ、お腹すいてきた……。
「……なんか……大丈夫な気がしてきた……。
どう見てもこちらを警戒して今にも飛びかかってきそうなヴィゾーが目の前に見えるけど、横でヨダレを垂らしそうにしながら武器を構えるユイを見ていると心配が杞憂にしか思えない……」
大丈夫、実際に杞憂です。
だって実物を見ても脅威だと感じないですからね。
力量差を見誤るような獣に負けるわたしではないですよ!
泉の中にまだいるのを確認してから出していた凍花を構える。
こちらが動いたのが見えたのか、羽ばたいて飛ぼうとするヴィゾーは大変滑稽です。
なんでってそこから動けないからバタバタしてるだけですからね。
きっと彼らは今脳内で『ファッ!?』てなってますね、ニヤニヤ。
魚に罪はないので2体のヴィゾー周辺の水を淵につなげて足ごと無詠唱で凍らせたので飛ぼうとしても重さやら何やらで動けないはずですから。
淵が一緒に凍ってるからね、パキッと折れたらいけるかもですけどねぇ~。
ヒヨコのくせに飛ぶからいけないんですよー。
ニマニマしながら眺めているとポカーンとした様子のストラが服の双剣の柄を握った状態で止まっていた。
「……は、ははっははははっ!
そうか、飛べなければ、動けなければ脅威ではないもんな、動きを止めちゃえばいいのか。」
ヴィゾーの強みは2体で襲ってくることと、デカイ体躯なのに素早い動きをしてくることと、あまり威力はないが風魔法を使うことだ。
風魔法も身体の補助のようなものがメインで攻撃に使ってきてもそこまで威力がないため、さっきからやってきているけれどわたしはもちろんストラも風魔法に適性があるので相殺してしまえている。
そうなればただのデカイだけの可愛いヒヨコだ。
呆気なく息の根を止めてある程度のサイズにバラしてから収納行きである。
なむ、成仏しろよっ
「……まさかヴィゾーがあんなにアッサリ倒せるとは思わなかった。」
「まぁ、運が良かったですね。
泉の中に入ってなければもう少し時間かかったと思いますよ。」
「氷結魔法を使って足止めをすればあんなに簡単に倒せるんだな。」
「えっ、いえいえまさか。
そんなんで簡単に倒せるならAランク指定されてないですよ。
今回はわたしが当初思ってたよりも上手くいきましたよ。
水の中にいたからこそあんな簡単に足を止められたんですから。
流石に初めて見る魔物が素早く動いてたらこんな簡単には倒せなかったと思いますよー。
わたしたちは運が良かった、ヴィゾーは運が悪かっただけです。」
ふっふっふっ……後で試しに食べてみよーっと!
なんでも出来ちゃうディダが料理してくれるよねー!
新章です。
ほんのり不穏な章タイトルになってますねー。
ついにここまでやってきましたよー、本当はこの話から不穏な予定だったけどヴィゾーさんが出てきてほんわかさせてくれました。
ジャイアントピヨ、ヴィゾー。
でかくなってもヒヨコです。
というか生まれる前の卵の時点で普通のニワトリよりでかい。
次回は28日月曜日です!
そろそろ木曜日更新もしたいですぅ……←間に合ってない




