28.血に飢えた獣 (sideストラ)
楽しそうに話すユイとルナを横目に外を眺めていると、気配察知の範囲に魔物の魔力を感じた。
人と魔物だと魔力の質が違い、人は属性ごとの色を感じるが魔物は濁ったような色をしているように感じるからわかりやすい。
優先討伐情報にあったオークの集団か?
「……ユイ、魔物だ。右側の前方だな。」
気配察知では、近くにいることは分かってもどれくらいの数がいるかは分からない。
気配察知ってスキル名ではあるがそんな大層なものじゃなくてあやふやなモヤっとした魔力探知なんだよな。
気付いたら気配察知が使えるようになっていた俺と睡蓮だが、どうもユイは後天的なスキルは得ることが出来ないようだった。
まぁ、今更いらないだろ、創造魔法で同じようなこと出来るだろうし充分だ。
発現していることが発覚したときはそれはもう半泣きで拗ねていた。
顔中にずるいと書いてあった。
そして身体中で拗ねてますと語っていた。
お前の創造魔法も普通にずるいからな。
仕方ないから撫でくりまわして慰めてやったら徐々に機嫌が直ってきたらしく、最後の方はご機嫌になっていたが……『魂年齢がお母様より上だ……』って昔嘆いてたよな、俺には普通に年相応の子供にしか思えないんだが。
いやまぁ、むくれてたのからどんどん笑顔になってって最後は蕩けたような顔してたから……可愛かったから良いんだが……。
いや、うん、あれは破壊力があった。
早く成人しねーかな……っていやいや、そうじゃなくて。げふんっ
まぁそんな感じで慰めていたら『ストラが気配察知できるならわたしは千里眼使っちゃいますからね!』とか言い出した。
千里眼なんてそんなに珍しくないが、と思っていたのだが。そうだよな、ユイがそんな平凡なわけもなかったな……。
なんと『通常よりも広範囲が見渡せるうえに、本気になればそんなに離れていなければ建物の中も透けて見える』らしいジョウテンガンとやらを開発? していた。
『うほー! お風呂覗き放題じゃないっすか!』って変なテンションで鼻息荒くなってたが、男風呂覗きたいのかと聞いてみたら女風呂覗きたいっていってたが……お前覗かなくても普通に入れるだろう。
相変わらず意味不明だ。
ちなみに建物透けるとか千里眼どころの効果じゃないぞと言ったら前世の知識を検索したらしく、そこでジョウテンガンと名付けていた。
実際は別名なだけで意味は同じだそうだが、こっちの方がかっこいいしイイねと喜んでいた。
その格好良さがわからん。
ユイの前世の言語とこちらの言語が違うからか、一致するものがないと全く伝わらないんだよなぁ。
睡蓮の名前はユイが絵を描いたりとかしたからかイメージも湧いたんだけどな。
まぁ、そんな規格外なジョウテンガンとやらで俺の気配察知の範囲の魔物が見えないわけもなく。
「40……いや、50くらい?
ギルドで聞いたオークの集団だと思います。あ、キャプテンオークもいますねー。」
「お、まさか本当に遭遇するとは。情報一応仕入れといてよかったな。」
王都を出る前に冒険者ギルドで見てきた優先討伐情報にあったキャプテンオークの集団。
単体では余裕だがキャプテンの率いる集団になると途端に高ランク依頼へと変化する。
ランクだけでいうと俺もユイもCとDだから本来なら逃げ出すところだが……
俺たちに足りないのは実践回数なんだよな。
いや、本来はそれは死活問題だと思うのだが……ただ単に、純粋に回数が昇格条件に満たないだけで実力はあると思うから逃げる気はない。
初戦でDランク冒険者をあっさりと倒したユイが、粗末な知識・知恵しかもっていないオークごときに負けることもないだろう。
というか、普段の訓練が学院よりも親父、親父よりもユイの方が厳しいからな……おかしいだろう……。
ルナと御者のダリの二人には馬車内に入っててもらい二重に結界をかけている。
正直ユイの結界なら一重で充分、というか過剰すぎると思う。
あくまでキャプテンオークが率いる集団だとランクが高いわけで、単体だとキャプテンオークですらC+からBなのだから。
ユイの規格外結界がそんな魔物に破られるわけがない。
それに馬車には近付けさせるつもりもないしな。
「さて、では行きますか。
『氷鎌凍花』」
いつもの氷鎌を創り出す。
試行錯誤の末にたどり着いた! と見せられた時は見た目の美しさに驚いたが……今や見慣れたものだ。
ただ、あれを訓練で振り回すのはやめてほしい。美しさも凄いが……切れ味はもっと凄い……。
正直、ユイには勝てないんだよな……。
だが弱者に向けての手加減と寸止めとか……しないからな! あいつ!
最初に『手加減はするから死なない程度に傷めつけるねっ』って言われた時は手加減なんていらんと思ったが……あれは死ぬ。
あの日は死んだお袋が川の向こうに見えた。
「あとどれくらいでこっちきます?」
「んー、そろそろ目視できるくらいにくるんじゃないか?」
「じゃああまり離れすぎない程度に馬車から離れましょう。
万が一にも手出しはさせませんが、億が一くらいには可能性あるかもだからルナを怖がらせたくはないですし。」
馬車から離れて数分でオークの集団が見えてきた。
「ねね、ストラストラ。
勝負しませんか? ポイント制にして勝った方が負けた方の言うことなんでも一個聞くってどうですか?」
なんでも?
……なんでも?
なんでも、ねぇ……
うん、やる気出てきたわー。
オークは全部で50ほど。
そのうち約40が1ポイント、約10が5ポイント、1体だけが10ポイント、ね。
ユイはきっと薙払いでまとめて刈ったあとはキャプテンオークを狙いにいくはずだから……
俺は雑魚を大まかに掃除しつつ5ポイント狙いだな。
身体がでかいから囲まれても5匹が限界だろう。
よし、勝てる……なにしてもらうかな……
ニヤニヤ考えてたら引きつった顔をされてしまった。
オークがこちらに気付き近づいてきたので考え事をしているユイを放置して先に走り出す。ユイの前世で先手必勝というらしい。
イイ言葉だ。
走りながらも鞘から取り出した双剣を両手に持つ。右にさげていたのを左手に、左にさげていたものを右手に持ちさらに走る。
オークの手前5メートルほどの距離で前に向かって高く跳ね、右手に持った剣を先頭を走っていたオークの頭上から振り下ろす。
縦に避けていくのを確認しながらも途中で身体を捻りオークから剣を離す。
その捻った態勢のまま両手を広げて左右に迫ってきていた二体のオークの上半身と下半身を分ける形で切り裂く。
呆気に取られて一瞬オークたちは硬直したのでちゃんと死んでいるか切ったやつらを見てみると右側にいたオークがウォリアーだったことに気付いた。
おっ、と思いニヤッとユイの方を見てみると先手を奪われたことに驚いて呆然としていた顔がイラッとした顔になった。
どうやらやる気に火が着いたらしい。
右手にある緑色の剣『荊』と左手の赤色の剣『薔薇』
どちらも剣より短く短剣よりも長くなっている。
ずっと名無しだったのだが、ユイが名前ないのは哀しいからと、凍花とお揃いだと言って付けていた。
俺の双剣はハイエル家が出来た時ーーリシュール騎士爵を得るまでは平民のただの護衛だったので姓はなかったーーにリシュール家から頂いたものらしい。
親父は筋肉の塊だから双剣との相性はあまり良くなくて大剣を使っているが、祖父は双剣の使い手だったらしく小さい頃はよく扱かれた。
母が踊り子だったからか踊りの動きも一緒に教え込まれたおかげで俺の動きはしなやかな舞の動きが混ざっている。
小さい頃は扇を持って踊ったりヴェールを羽織って踊ったりもあった……。
出来ればそのあたりは忘れたかったのだが、親父がユイに教えやがってニヤニヤした顔でからかってきたからイラッとしたが、それでしなやかな動きが出来て双剣の使い勝手がよくなったのは事実だからな……。
名を付けてから使い心地がよくなった気がするのは気のせいなのかどうなのか。
考えながらも順調に名持ちオークを斬り伏せていく。
名持ちだろうと所詮オークだしな、余裕余裕。
実は前から思っていたことなんだが……ユイは二重人格なんじゃなかろうか。
戦闘がのってくると笑い出すんだよな……
「あは、あははは! そうです、こっちにくるんですよ!
わたしのために貴方達は生まれてきて、今! この瞬間に! 血肉となって消えていく運命なのですよ! ふふ、ふふふふふふ、さぁさぁ!」
周囲に群がるオークを倒しながら予想通りキャプテンオークを目指してる。
オークはそこまで知能が高くないからか若干引きながらもキャプテンを守ろうとするんだが……
名持ちオークはドン引……いや、殺られるのが分かってるのかまだ弱そうなーーというか狂ってないーー俺にくるんだよな。
お陰でポイントは順調に増えていってるんだが……
「うふふふふふ。何で逃げるのですかぁ?
ポイントをどんどんくださいよぉ。
オークさーん、あーそびーましょー?」
遊びましょーとか言ってるけど、半泣きになってるオークとか初めて見たからな?
生死をかけた遊びから順調に脱落していくポイント……もといオークたち。
「ヴモァアアアアアアア!」
仲間が殺されている悲しみからか、弱い仲間達が不甲斐ないからか……雄叫びを上げて怒ったようにユイに向かってキャプテンオークが走っていく。
本来ならば自分の周りのオークを無理やりにでも斬り伏せて守りに行くのが護衛の仕事なのだが、それをするとポイントも変動してしまうしユイも怒り狂うので自分の周りを無難に切り裂いていく。
「護衛としては、失格かな……」
思わず苦笑しながら言葉にしてしまうが……これが俺たちの関係なのだから仕方ないんだよな……。
「うふふ、あなたの子分たちがどんどん居なくなっちゃってますよー? ほらほらぁ~。」
笑顔でオークを薙ぎ払っていきながらもやはり煽る。
ユイは返り血とかを気にしないで切っていくから、本来ならあんな斬り方をしていれば血塗れになっていてもおかしくないが……
そこらへんは一応考えていたのかたまたまなのか、切り口は全て凍っている。
凍花を使って切ると凍るらしく血が出ないので、血塗れの少女が笑顔で身長よりもデカイ大鎌を振り回す図にはならないですんでいる。
流石に俺でも引きそうだからな、それ。
怒り狂ったキャプテンオークが右手に持ったモーニングスターをぶん回している。
実はキャプテンオーク、名持ちオークと強さは大差ない。
高い指揮能力があり集団で襲ってくるために集団討伐としてランクが跳ね上がっているだけなんだよな。
だから周りを使わないで自分から出てくると……。
「あらー、わたしの目の前まで出てきちゃったんですかぁ。
それは残念、もうこのお楽しみも終わりのようです……はい、チェックメイト!」
アッサリと首を飛ばされて終わる。
ドサリと倒れる身体と、コロコロと転がる頭。
あーあ、せっかくキャプテンになれたのにな、リシュール領と反対側にいたらこんなにアッサリと死ななかっただろうにな。
残っている数匹のオークも近くにいるやつらをそれぞれ倒して終わった。
とことことニヤついた顔で近づいてくるユイがまた可愛い。
さっきまで高笑いしながら大鎌振り回してた猟奇少女とは思えない。
うん、本当血塗れじゃなくてよかった。
「ふっふーん、キャプテンオーク倒したのはわたしですよー!」
少し成長してきた胸を張って主張してくる様は可愛いが……
「俺は名持ちが8体40ポイント、オークが14体14ポイント、計54ポイント。」
「わたしはー、キャプテンオークで10ポイント、名持ちが……えっと3体倒したから15ポイント、オークが25体だったかな? で25ポイントだからー、50ポイ……ント……えええええぇー!
キャプテンオーク倒したのにまさかの負け!?」
「残念ながらキャプテンオーク狙うだろうと思っていたから他は後回ししていくと思ってたからな、俺が名持ちを狙っていけばポイントが跳ね上がる。
そして思っていたよりも名持ちがこっちに流れてきたから労せずポイントがあがった。あとはオークどもをちょいちょいとやれば、この通りだ。
さー、言うこと聞いてくれるんだったよな。」
「うぐっ……」
勝つ気満々で勝負を仕掛けてきたみたいだが、考えなしでデカイポイントだけを狙うからこうなる。
まぁ、高笑いして猟奇的だったのがユイの一番の敗因だろうな。
さぁてこんな機会滅多にないからな。
誰にも文句言われることなくユイに触れるなんて、これ以上ないうまい状況はないだろう。
ラルフ様もいない、あの獣人のガキもいない、俺だけだ。
「次の宿泊地につくまで、または次の魔物が現れるまで『俺に膝枕』をしてもらう。」
ストラの武器がクリスマスカラーな緑と赤なのはユイちゃんの凍花の薔薇とお揃いにしたかったためです。
花部分の赤『薔薇』とそれ以外の緑の部分『荊』
荊はすぐおもいついたのですが薔薇はすっごい悩みました……バラって書いてしょうびとも読めるの知らなかったです。
ちゃんと変換出てくるんですよー。
少々暴走したストラくん。
甘々な関係になれるといいですねー。
次回は2/4です。
閑話です。




