26. 血に飢えた獣
入学してから約半年、9の月になると長期休暇があるのでわたしはリシュール領に帰ることにしました。
長期休みとはいっても夏休みというよりも社会人の冬休みって感じの長さで10日間なのでそんな長くはないのですけどね……。
久しぶりに家族に会えるのが嬉しくて数日前からそわそわしてたら、リュカやセイルに笑われました。
セイルも実家に帰るらしいけど、リュカは帰らないっていうので一緒にうちにいくか聞いてみたけど断られちゃいました。
ご両親は亡くなってるらしくお墓まいりとか行きたいから寮とか宿で過ごすそうです。
寂しそうな顔で笑っていたので今度一緒にお墓まいりに行くって約束しました。
休暇中は一緒にいれないけど学園にいる間は一緒にいますからね!
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「リシュール領に帰るの久しぶりですね! お母様たちに会えるのが楽しみです!」
この世界に産まれてからは家族とこんなに会わないなんてことがなかったので、ちょっと寂しかったんですよね。
「はい、私もお兄ちゃんやお母さんと会えるの楽しみですー!」
そう言ってわたしに返事をしたのは普段はシンプル且つ邪魔にならないように後頭部でお団子にしてる髪の毛をツインテールにしたルナ。
今日はわたしがルナの髪を結んじゃいました。
編み込みの練習してるんですけど、どうしても綺麗に出来なくてイラァっとしてやめてツインテールにしました。
いいんです、似合ってて可愛いですし……ツインテール。
ていうかこの子似合いすぎですよツインテール。……まぁ8歳ですし子供に似合う髪型ですもんね……問題はないです。
メイド服も身体が小さすぎるから特注ですし。
屋敷に来たばかりのときなんて舌ったらずに『ユイさまぁ~』ってすっごい可愛かったからね! 今でも可愛いけれども。
さて、そんなわたしたちは馬車でリシュール領に帰宅中です。
わたし、ストラ、ルナ、そして御者を入れた4人旅ですね。
王都から侯爵家の馬車で実は3日ほどかかる距離にあります。
あ、アンジーは結局結婚することになりました。
彼女は実は男爵令嬢だったのですが、幼馴染とかいう5つ年上の伯爵様に必死になって口説かれて落ちたみたいです。
なんでも聞いた話によると、昔からアンジーに片想いをしていた彼は好きなことをやっていてもらいたいし侯爵家に勤めている間はまだ大丈夫だと思って安心していたそうです。
そしたらいきなり男爵家前当主が『孫はお見合いするぞこらー!』とか言い出したから焦って、お見合い相手に自分をねじ込んで必死にアピールして口説き落としたそうです。
なにそれ物語みたいでオモシロ……もうちょっと詳しく。とか思ったのは内緒です。
一度帰ってきて一月ほど引き継ぎのお仕事してから涙の寿退職していきました。
たまにルナのチェックしにきますよ、って笑顔で幸せそうな冗談も言ってたくらいだし良かったです。リア充爆発しろー!
みんなで談笑しながら王都への行きにもみた景色を眺めていると、いきなり膝の上で寝ていた睡蓮がキュイッと結界を張ったのと同時にストラが反応します。
「……ユイ、魔物だ。右側の前方だな。」
わたしはないのですが、ストラと睡蓮は気配察知スキルが現れたので魔物が視認できない状態でも魔力等で反応します。
前はなかったのに二人ともスキル欄に増えてたんですよね。セコイと思う。
かわりにわたしは馬車の窓を開けて右前方を見てみます。
『浄天眼』!
馬車の窓を開けて魔法を使うと眼に魔力が集まってきてどんどん遠くの方がみえていきます。
浄天眼って、千里眼のことなんですよー。
千里眼でもすごそうだけど、浄天眼の方がカッコよくないですか?
詠唱しなくてもイメージがあればいいんだから厨二っぽくてカッコいい方がいいかなって。
ストラも睡蓮も魔物がくることは分かるけど見ることは出来ないですからね。
わたしだけが出来る特別です、むふふ。
ストラの気配察知の範囲は大体わかるのでその範囲内でキョロキョロと眼を動かすとこちらに向かってきている集団を発見しました。
茶色の個体や、緑の個体、その二つが混ざったようななんともいえない色合いの個体など、全体的に森の中では保護色になりそうな体色の2メートルはありそうな体躯。
下顎には大きく上向きに生えた牙と、ベストから見える人とは異なる色の二の腕やお腹の筋肉はムッキムキ。
手には斧や棍棒、剣や素手の奴までいる……猪と人が混ざったような顔をした、オークの集団です。
「40……いや、50くらいですかね?
ギルドで聞いたオークの集団だと思います。あ、キャプテンオークもいますねー。」
「お、まさか本当に遭遇するとは。情報一応仕入れといてよかったな。」
実は王都を出る前に冒険者ギルドに寄って依頼を見てきたのですよね。あ、受けてはないですよ?
わざわざその魔物討伐するためにを探すのもあれですし。
そんで『優先討伐情報』のところにこのオーク集団の情報があったのです。
なんでも
『王都近郊で商隊がいくつも壊滅している。
オークの集団をみたという報告もあるため至急確認、討伐を求む。
尚報告に上がる数からキャプテンオークが率いている集団の可能性もあり。』
という内容だった気がする。
優先討伐情報はあくまで優先だから掲示板に貼られてるけど……
これ以上被害広がると強制依頼ですね。
オークは一匹だとD+、キャプテンオークが率いている集団となるとBくらいにはなるんですよね。ーーオークウォリアーなどの名持ち一匹だとCランク相当ーー
危険ですからね、早めの討伐がオススメですよね。
まぁ、わたしたちが今から倒しますから問題ないんですけどね。
優先討伐情報は依頼を受けていなくても事後報告で問題ないのです。
なので、見つけたら途中にある少し大きめの村のギルド支部で事後報告ーと思っていたけど本当に見つけるとは運がいいですねぇ。
商隊いくつも壊滅してるからか報酬結構良かったんですよね。
「ええぇっ!? それってさっき言ってたやつですか!?
ほ、本当に遭遇しちゃうなんて……思ってたよりも数が多いんですけど……大丈夫なんですよね……?」
ちなみにルナと御者のダリさんは戦えない。
「おーけーおーけー、大丈夫です。
ダリさんダリさん、右前方からさっき言ってたオーク集団が来ます。
迎え撃ちますので一度馬車止めてもらっていいですか?」
コンコンと御者台側の壁についている窓をノックしてから開けると軽く目をこちらに向けた御者のダリさんが頷きました。
ダリさんは基本的に寡黙なオジさん御者です。
スキンヘッドで目つきもキッとしていてすっごい戦えそうな見た目でゴツいくらいなのに……とっても優しい争いなんてしない花を愛でることが大好きなオジさんです。
本邸の庭師さんと兼任して御者をしてくれていて、数日前に迎えにきてくれたのです。
ちなみに御者が臨時で庭師さんが本業です。
メイン御者さんは今お父様と視察に出掛けているのでダリさんが来てくれました。
わたしたちが到着する次の日くらいに帰ってくる予定だそうです。
ダリさんはとっても良い人だし子供好きなので大好きで、小さい頃はいっぱい遊んでもらいました。
まぁまだ10歳ですからね! 今でもいっぱい遊んでもらいますけどね!
『小さい頃』は継続中。
道を少し横にずれてから馬車が止まると膝の上で丸まって結界を張っていた睡蓮が頭の上に飛び乗ってきます。
そのまま外に出て馬車の周りに結界を二重で張り、認識齟齬をかける。
「ダリさん、ルナ。今結界を二重で張りました。
こちらの方に来ているのはオークですし、この辺はそんなに強い魔物もでないから多分二重もあれば充分だと思います。
危ないので絶対に出ないでくださいね?
行き同様結界から出なければここにいることすら気付かれないですから、大人しくお茶でもしててくださいね。
ダリさん、ルナをよろしくお願いします。」
「ユイさま、ストラさん気をつけてくださいね……」
王都にいくときにもこのメンバーで行ったし、ゴブリンとかとは遭遇して軽く倒してるので戦えることは分かっていてもルナは不安らしい。
まぁ、ダリさんの方は化け物並みの魔法使いなお父様を昔から見てるからかルナよりは不安じゃないみたいでコクンと頷いて中に入って行きました。
「さて、では行きますか。
『氷鎌凍花』」
相も変わらずマイフェイバリット武器である氷の大鎌です。
むしろ前よりも作るたびに改造してるからしっくりきています。
持ち手部分は氷で出来てるけど相変わらずわたしには冷たくないように出来ているし、刃部分も切れ味鋭いままですが改良して名前もつけたので愛着もばっちり。
全体的に氷で出来た蔦を這わせて薔薇を思わせるような氷の花をつけています。
もちろん刃の部分には切れ味を邪魔しない程度に。
「あとどれくらいでこっちきそうです?」
「んー、そろそろ目視できるくらいにくるんじゃないか?」
「じゃああまり離れすぎない程度に馬車から離れましょう。
万が一にも手出しはさせませんが、億が一くらいには可能性あるかもですし、あまり近くでやってルナを怖がらせたくはないですし。」
そう言って馬車から距離をとるために歩き出していくと睡蓮も頭から降りて自分で歩きます。
Fランクの森にいたウルフですらプルプル震えていた睡蓮がいまや堂々と立っています。
例え気配察知してから常に全力で結界を張っていたとしても。靴下になっている足がプルプルしてるようにみえても!
ぱっと見は堂々としていますよ?
「見えてきたな。」
視界に土煙と共に現れた無数のオーク。
近くになるにつれ何がいるかも見えてきます。
通常のオークに、名持ちであるオークナイト、オークウォリアー、そしてキャプテンオーク
うん、ムッキムキの脳筋共だね。魔法使いや僧侶、ハンターのような後方支援はゼロ。
「ユイが最初に言っていた通り50はいそうだな……。」
「ねね、ストラストラ。
勝負しませんか? ポイント制にして勝った方が負けた方の言うことなんでも一個聞くってどうですか?」
ストラの冒険者ランクはC、わたしはDですがそれは質というよりも依頼達成回数がそんなに多くないから上がっていないだけ。
なのでお互いに複数匹のオークに同時に襲われても大丈夫なはずなので、賭けでもして面白くしよう作戦です。
「なんでも?」
「なんでも。」
「ふーん……やる。」
少し考えたあとにニヤニヤしながら頷いたストラの顔はわっるい顔をしていました。
一応女の子ですからね、悪逆非道なお願いはやめてくださいね。
わたしがあっちを視認したと同タイミングくらいであっちもわたしたちの存在に気付いたらしく適当に進んでいたであろう進路をこちらに合わせてきました。
手前側には通常個体の鈍器を持ったオークや、素手のオークで、その数は後ろも合わせて40ほどというところでしょうかね。
その中程からはちらほらと長剣を持ったオークナイトや斧を持ったウォリアーがいて、一番後ろにキャプテンオークがいます。
キャプテンって名前ついてる指揮官が走ってるとかウケるー。
背中のマントめっちゃひらひらしてるよー。
「じゃあ睡蓮は後ろから万が一通過しそうなやつの撃ち漏らしと回復援護ね。
ストラは左側から、わたしは右側から。
オークが1、名持ちが5、キャプテンが10ポイントでどうですか?
パッと見た感じユニーク個体いなそうなんで無難かと。」
「りょーかい。じゃあ行くぜ。」
「キュイッ」
目を合わせて頷きあって前を向けばさっきよりも近くなってきたオークたちはどいつもこいつも獲物を見つけた捕食者の顔。
残念なお知らせになりますが、捕食者はこっちですよ? あなたたちは被食者でーす。
さぁ、わたしにストラを言うこと聞かせる権利のために血肉になってくださいよ!
……あれ? わたしって普段から言うこと聞かせてるからこの賭けに特にメリットないのでは?




