閑話 大晦日の夜
ハイリシエールでは大晦日と元旦の日は家をなるべく出てはいけない、という決まりがあります。
もちろん動物の世話や農作物の世話をしなきゃいけない人たちや、急を要する依頼などがある冒険者などは除外されますが、貴族に関わる人たちは問題ないので大体これを守っています。
もちろん我が家もその決まりは守ってますよ。
リシュール家が雇っている使用人は基本的には家族全員雇っているので皆それぞれ使用人棟や本邸を行き来してお仕事をしつつも思い思いに過ごしています。
本来の貴族の屋敷ならば使用人棟すらも屋敷の外だから行き来をすることはできないので、最低限の使用人を残して大人しく過ごしているのですが……
リシュール領主の屋敷は使用人棟と本邸が連絡通路により繋がっているので何も問題がないという仕様。
基本的に王族の意向もあり階級による差別が多いわけではない我が国も皆無というわけでもないです。
使用人棟と本邸を繋ぐなど普通はないです。
なので我が家にくる貴族の人たちは連絡通路に気付くと皆なんとも言えない微妙な顔をするのですが……貴方を今もてなしているのは我が家というくくりですが、それは全て使用人の人たちが準備をしているのですよ、と言いたいですね。
使用人がいなくなったらお前らなんて何もできないくせに……ぺっ、と唾を吐き捨てたい。
まぁそんな感じでいつも通りお世話をしてもらうことも出来る我が家ですが、基本的には使用人にも少しでもお休みをということで、この日二日間は使用人も出来る限り家族として扱うようにしています。
料理を一緒に作って、一緒のテーブルについてご飯を食べて。
出来る限りのことは自分たちですることにしています。
そしてそんな一緒にほのぼの作る料理ですが、毎年猛威をふるっていくアイラお姉さまの作った厄災料理もロシアンルーレットされて全員に平等に届きますので恐怖でもあり楽しみな食事を使用人含む家族一同で過ごします。
アイラお姉さまの作った料理はどういう風に厄災なのかというと、彼女は辛い食べ物が大好きなのです。
わたしも好きですけど、お姉さまの味覚はおかしいです。
見た目がすでにおかしい真っ赤な料理を普通に食べていくのです。
ちなみに下世話な話ですが、トイレのときには痛くないのかと聞いてみたら……何も問題がない、と。
きっとわたしとは違う身体の構造なんだなということで納得することにしました。
そして去年は仕事がどうしても手離せないとかでいなかったのですが今年はいるので皆戦々恐々としてます。
去年は平和で辛さに悶絶する人はいなかった。
ちなみに一昨年の被害者は、お父様とラルフお兄様でした。
ラルフお兄様は辛いのが苦手なので食後はぐったりしすぎて可哀想だったので慰めに奔走しましたよ。
ウザさにキレがなかったです。
しかもアイラお姉さまの料理の腕は普通にいいんですよ。
味覚がおかしくはあるけど、普通の料理も普通に美味しいって食べるし、他の人には食べられる辛さじゃないことも分かった上でやるのです、わざとです、鬼です、悪魔です。
そんなお姉さまのことをまだよく分かってない生贄が今年は何人かいるので、それはそれはとても楽しみです。
毎年年末に行われるこのアイラお姉さまに捧げる生贄大会の次の犠牲者は誰でしょう。
「っと、こんなもんでいいかな……」
今年最後の日記を書き終えたので一息をつきます。
アンジーが入れてくれた少し冷めた紅茶を飲んでいるとノックの音が聞こえたので返事をすると
いつも通りの顔が現れました。
「ユイ? なんかずっとおとなしいけど何してるんだ?」
「見ての通り日記を書いてるんですよ。
ていうか失礼です、わたしがいつも大人しくないみたいじゃないですか。」
「日記? お前が? 毎日?
ていうかいつも大人しくないだろう?」
「ふふ、毎日だなんて一言もいってないですよ、飽きちゃうから何かあったときしか書いてないです。
それにしてもひどい言い草です…」
相変わらずこの護衛騎士はわたしを主人とは思っていません。
辞めさせてやろうかと思い脅しをかけても『ユイはそんなこと言わないだろ?』と爽やかな笑顔を返されてしまいます。
くっ、そんな笑顔で言われたら否定できないじゃないですか! と毎回負けます。
卑怯な笑顔ですよ、まったく。
「今年はアイラお姉さまが帰ってこれるそうなので楽しみなのです。
去年は帰ってこれなかったですから。」
アイラお姉さまの名前を出したら一瞬顔が曇った気がしたんですけど……あれ、気のせい?
「アイラ様か……今まで帰ってきたときもユイが出かけてばかりであまり会えていないからな。」
そうなのです。
いっつもお姉さまが帰ってくる時には会えていないのですよ。
ちょうどお買い物いったりとか、冒険者ギルドに居座ってアディさんに遊んでもらったりとかしてる日なんです。
運が悪い……
「ユイお嬢様、そろそろ夕食の準備の時間になります。」
「あ、はーい! 今行きます!」
「夕食の準備?
夕食が出来たじゃなくて?」
「あれ、ストラ小さい頃は家にいたんですよね? 覚えてないんですか?
リシュール家では大晦日は自分たちで出来ることはできる限りやる、料理もみんなで作る、ですよ。
もちろん、自由参加です。
普段料理をやらない侍女たちもやりたい子はやったりしてるんですよー。」
ちなみに去年まで侍女をしていた人が今は料理人してます。
部署移動? してました。
「はぁー……すっかり忘れてたけどそんなこともあったかも。
約10年前だからなぁ。」
「楽しいですよ!
わたしもいってきます、アイラお姉さまと一緒にやるので!
ストラもいきますか?」
「アイラ様……いや、俺はやめておく……やったこともないし料理に興味もないからな。」
まぁたしかにストラ好き嫌いないみたいで何出しても食べるし、別に虫とかでも食べれるみたいですし……
「じゃあいってきます。
夕食楽しみにしててくださいね!」
先に出ていった自分の部屋から「ユイの手作りか……」という声があったそうですが、わたしに届くことはありませんでした。
-------------------------------------
「あら、ユイ。
ただいま。
しばらく見ないうちにまた美人になったのね。」
「アイラお姉さまおかえりなさい!
お姉さまには勝てませんが、美人なお姉さまにそういってもらえると嬉しいです。
会いたかったです!」
食堂を抜けて厨房にいくと簡単な動きやすいドレスに着替えたアイラお姉さまがちょうど手を洗っているところでした。
腰まである長い髪を編み込んで低い位置でお団子にしている髪型は、ぱっと見使用人のようなシンプルな髪型なのに、持ち前の美貌とキリッとした雰囲気、そして上品な仕草で上等な髪型に見えます。
さすが氷の女王様。
ドレスが汚れないように割烹着のようなものを着ていますが、それでも漂うセレブ臭。
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。
ラルフに後で自慢してやるわ。
ふふ、私だけ褒められて悔しがるんでしょうね、半泣きしながら……。ふふふ、楽しみだわ。
さぁ、今日は何を作りましょうか。
ああ、わたし前にユイが言っていた『ぱえりあ』というのを食べたいわ。
お米を魚介のスープで煮るのだったわよね?
料理長、材料はあるかしら?」
「はい、アイラお嬢様。
お米も魚介類もご用意してあります。」
「じゃあそれをやりましょう。
うーん、これを辛くしちゃうと流石に可哀想かしらね?」
「流石にやめてあげてください! 今年は使用人にわたしよりも小さい子供が入ったので可哀想です!
特にラルフお兄様なんてご飯食べれなくなっちゃう!」
楽しそうにするアイラお姉さまですが、流石にメインであるパエリアを今年の激辛メニューにするのは、ロシアンルーレットどころではなくなります!
そもそも辛すぎてお姉さま以外誰も食べられませんよ!?
大量に残る激辛パエリア……もったいない!
最終的に揚げた肉団子を野菜と一緒にとろみをつけた中華っぽいものを作って、その中のいくつかの肉団子に激辛な液体を入れることにしたみたいです。
粉末じゃなくて液体。鬼ですね。
毎年作ってる最中、アイラお姉さまの方を見ながら料理長の顔が青ざめていくんですよね。
可哀想だからニヤニヤしながら激辛団子増やしていくのやめてあげてくださいよ。
-------------------------------------
「おぉー、今年もみんな頑張ってくれたな!」
いつも年末は大掃除でピカピカな我が家ですが今日は更にピカピカです。
なんかお母様主導で『目指せ! ピカピカナンバーワン! 栄誉の冠を受け取るのはこの私!』大作戦とかいうものが決行されたらしく……一番屋敷をピカピカに磨き上げたものには睡蓮もふもふ1日貸し出し! なんて賞品をつけたらしい。
そして大量の参加者をもたらしたうえに、お母様も参加していると。
お母様、わたしはそんな話は聞いていません。
ちなみに勝者はディダだったらしく、食卓の席についた彼の膝のうえには睡蓮が座っています。
こぞって参加した人たちはとっても残念そうですが、ディダは別に嬉しくなさそう。
まぁ、ただ単に掃除頑張ってただけですからね。
なんとも万能に育ってってますねぇ。
ちなみにお母様は睡蓮を一日中もふもふしたいがためにわたしの許可を取らず勝手に賞品にしたので、ディダに御説教されてしまいしゅんっとしてます。
年齢を感じさせない可愛さです。
「では食事を始めよう……と、思うが……その前にひとつだけ確認しておかなければならないことがあるな。」
そう、一昨年のこの日にも屋敷にいた人たちの誰もが最も今気にしていること。
「アイラは……どれを作ったんだい?」
最近勤めることになった人たちは知らない我が家の大晦日夕食事情。
ストラやディダたちは首を傾げています。
そしてラルフお兄様を筆頭に辛いものが苦手軍団+料理長は青褪めていて、キズリお兄様は無表情、アイラお姉さまは実に楽しそうです。
「あら、わたしの料理が知りたいの? そうね、可愛い娘の料理だものね。
ぜひお父様にいっぱい食べていただきたいわ?」
ニッコリ微笑むお姉さま(確信犯)と青褪めるお父様(余計なことを言うから)。
そして生贄を見つけたと言わんばかりに動き出す使用人。
「そうですね、旦那様、アイラお嬢様の手料理ですものね、多めに入れておきますね!」
「そうそう、カイザント様はお嬢様たちを溺愛していらっしゃいますからな、残すなんてこともできないでしょうから、程々程度に多めに入れて差し上げるんだ。」
「アイラお嬢様の愛情ですものねっ」
言い訳を口にしつつ少しでも激辛団子から逃れようとする使用人たち。
激辛じゃなければ美味しいからね、いいんですけどね……。
あ、ちなみに我が家の大晦日夕食は大皿で近くにいる人が取り分けてあげる仕様になってます。
この日だけは使用人たちも受け入れてくれるので、わたしたちがよそうことが多いです。
今年一年もありがとうございましたの気持ちを込めて。
激辛肉団子だけはすごい勢いで使用人たちが割り振ってって自分たちの分を少なくしてますが。
-------------------------------------
「う、うぅ……ぎもぢわるい……」
「大丈夫ですか?
はい、お水、飲みます?」
「飲む……」
わたしの差し出したお水をぐびぐびと飲みながらも、辛さを通り越した気持ち悪さを味わってぐったりしている生贄
もとい、ストラinストラの部屋。
大量の肉団子を差し出され、青褪めつつも全部完食したお父様は辛くない事実に喜び無事生還。
そして進んでいくとほんの少し辛い程度のはあるけれど激辛のない肉団子たちにみんなが油断したころに、いや、油断したころというか、最後の一個に激辛が待っていました。
その最後の一個を食べたのはストラ。
それ以外の激辛はアイラお姉さまが食べていたそうです。
「普段は作ってもらっている身だもの、こんな辛いの食べれないからたまには食べたいのよ。」
と、激辛は自分で食べていたそうです。アイラお姉様だけ分かるように目印があったとか。
そして一個だけ目印なしで作ったのでお姉さまもどこにあったのか分からないらしく、それを食べたのがストラだったと。
流石リアルラック値が底辺なだけあります。
「あ、日付変わりましたね。
Happy New Yearストラ。
今年もよろしくお願いしますね。」
「はっぴーにゅーいやー?」
「あけましておめでとうございます、と同じ意味です。」
「なるほど。あけましておめでとう。
まぁ、今年もよろしくな。」
照れたような顔をしてるけど……顔色悪いですよ、ストラ。
「うっ……」
なんともおかしな年明けになりましたねぇ。
キラキラとしたエフェクトがかかりそうな年明けとか、初めての経験ですよ。
ストラ、吐くならトイレでね。
9月の中頃に連載を初めて約3ヶ月。
三日坊主な私がここまで続けていられるのはひとえに読んでくれている読者様のおかげです。
ありがとうごさいます。
また来年も頑張って蛇行しながらも完結に向けて進んでいきますので、よろしくお願いします。
今回はクリスマスと違って甘さ控えめでしたー。
次回の更新は1/4の9時になります。
二回連続ご飯もぐもぐ回。
では次回をお楽しみにー!