16.狐と真っ赤な林檎
「それでぇ、僕もう一つ聞きたいことあるんだよねぇ?
そのポーチの中の生物は虹色スライムなのかなぁ? どうやって捕まえたのぉ?」
重い沈黙が広がる。
ニヤニヤした顔でこちらを見つめるジークお父さんと困惑を隠せないわたしたちの正反対の表情。
意を決して睡蓮のことを言おうとするわたしが口を開くと同じタイミングで
「ふふ、言わなくてもいいよぉ~。
ちょっと意地悪すぎたかなぁ?」
ニコニコしているような、ニヤニヤしているようなどちらとも言えるような表情でジークお父……いや、もう長いのでパパでいいです、ジークパパに遮られました。
「僕ねぇ、元Sランク冒険者なんだぁ~すごいでしょ~?
だからね、気配にはそこそこ敏感なんだけどそれプラス狼の獣人だから匂いにも敏感なんだぁ~。」
なんと、ジークパパすごい人だろうとは思ってましたがSランク冒険者だったのですか。
知っているかという視線をストラに向けると、ストラは知っていたようで頷きました。
有名な話なんですね。
「それでねぇ、僕ったら実はこの国の王様とも知り合いでねぇ。
ストラくんもたしか第二王子殿下と友達だったよねぇ。
なら妖精見たことあるよねぇ? 使役妖精。
遠い異国では使役獣もいっぱいいるって噂があるけれど、そういうの抜きにして現実的にこの辺の国では実在してるのは我が国の使役妖精だけが確認されている使役獣なんだよねぇ。
それでね、その使役妖精にあったことある獣人は皆分かると思んだけども……使役獣って、主の匂いと魔物本来の匂いが混ざって独特の匂いがするんだよねぇ。
だからね、分かる人には分かっちゃうんだよぉ~。
隠すよりも、堂々としてる方が案外問題ないかもしれないんじゃないかなぁ?
虹色スライムってぶよぶよだけど他のスライムと違ってちゃんと形保てるんだから、もしかしたら動物の形とかもとれるんじゃないかなぁって思ったんだよねぇ。
動物の形してても匂いは変わらないから虹色スライムを見たことある獣人には分かっちゃうけど、獣人は殆どが迫害対象だからねぇ。
誰かに言えばその子が迫害対象にされちゃうかもしれないのに告げ口なんてしないし、追求はしてこないと思うよぉ~。
ディダくんなんかは虹色スライムを見たことがないだろうし混血だからかいることにも気付いてなかったけどねぇ〜。
よ~し、それじゃあみんな待ってるし戻ろうかぁ~」
そう言って立ち上がったジークパパは入り口でドアノブに手をかけた状態で止まり振り返りました。
「あ、そうそう。
虹色スライムの核って多分その子のなんだよね?
なんで核なくて大丈夫なのぉ? 契約したからなのかなぁー?
……っていうのはその顔を見る限り2人にも分かってない感じかなぁ?
どうやって核を取り出したの、っていうのは聞かないでおこうかなぁ。ふふ。
その核、ギルドで買い取ってもいいかなぁ?
虹色スライムの研究に使いたいからぁ。」
「あ、えっと、わたしは依頼者であるディダくんに渡しちゃうので、そのへんはディダくんに交渉お願いします……」
「了か~い、じゃあ僕は先に戻っとくねぇ~。
2人はそのお茶ゆっくり飲んでから降りてくるのでもいいからねぇ~」
そう言い残してひらひらと手を振って去っていくジークパパ。
言外に虹色スライムをどうにかしてからこいと言われているようです。
残されたわたしたちはびっくりして脳みそが止まっているのか、少しの間沈黙が流れました。
そしてその沈黙を破ったのは……
「キュイッ!」
ピョコンとポーチから出てきた睡蓮で、何事かと思えば机の上に飛び乗り、ぷるぷると震えたかと思えばディダくんに似た手乗りサイズの獣人に変化しました。
わたしはもう何が来ても驚かないのではないかというくらい驚きましたよ。
この世界に生まれ落ちてから一番驚いたと断言できます。
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「よし、こんな感じでいいんじゃないですか!?」
あのあとは手乗り獣人に変化するのは色々まずいだろうということで……獣人ではなく、子供かなというくらいのサイズの狐に変化してもらいました。ポーチはお役御免ですね。
ああでもないこうでもないと試行錯誤して睡蓮がうにょうにょと何回も変化していき、ついに満足のいく仕上がりになりました……。
何度も注文つけて変化しただけあってとっても可愛いです……。
色は変更出来ないみたいでプラチナカラーのままなので、ストラと並ぶとサラサラのプラチナの毛がいっぱいでとても綺麗です。
クリッとした黒眼と右目に刻まれた翡翠色の睡蓮の契約印、プラチナカラーの体毛にピンとたった犬よりも大きな耳、そしてもふもふの尻尾……。
これだけは譲れん! と、耳と尻尾の先は無理やり色を変えさせて少し黒く変化させています。
部分的になら問題ないみたいです、グッジョブ。
「ふわぁぁぁぁぁ、可愛いですぅぅ……もふもふしてるぅ……」
こんなに可愛いのだから思わず抱きしめて頬ずりをしてしまうのも仕方ないのではないでしょうか……。
「まぁ可愛いとは思うが……。
少しこの世界の狐とは違う生物になっている気が……いやまぁ……大丈夫だろう範囲だとは思うが……プラチナカラーの狐なんて見たことねぇよ……。」
苦笑交じりに言われちゃいましたがもうこれは変えられませんんん……すりすり。
もう睡蓮はこれが基本形態です……。
あ、でも疲れちゃうかもしれないですし部屋にいる間は戻りたそうだったらスライム形態にさせてあげましょう。
ちなみに契約印がスライム時よりも少し目立つ気がしたのでどうにか出来ないかなと思ったのですが……こればかりはどうしようもないらしくてしょぼんとしてしまった睡蓮が可愛くって、またモフりました。
もふもふもふもふ
「おやぁ~、遅かったねぇ……っと、おー出来たんだねぇ~。可愛い可愛い。
っておぉ、すごいねぇ。
毛並みもふわふわだねぇ、ここまでになるとは思わなかったよぉ。」
出迎えてくれたジークパパはアディさんに入れてもらってディダくんと一緒に紅茶を飲んでました。
交渉は成立したらしく、わたしと売り上げを半分にわけても、お母さんの薬代を賄ってさらに少し貯金ができるくらいの金額でギルドが買い取るそうです。
最初に予定されていた金額よりも高めなので、『虹色スライムの核』というよりも『生きたまま取り出した虹色スライムの核』という付加価値のついた状態として買取をしたようです。
詳しくはディダくんには言わなかったみたいですが。
まさかの即金で報酬を貰えたので、私は冒険者カードに全部入れてもらいました。
ディダくんは依頼を出した時に依頼主用カードーー冒険者ギルド専用の預金通帳のようなものーーを作ったようなので必要分を除きそこに入れてもらったらしいです。
とりあえず仕事等の話はわたしが決定することは出来ないので、多分大丈夫だがダメな可能性もある、と言ってから三日後にまたここで会うことになりました。
流石に当主であるお父様に相談しないで決めるとかできませんからね。
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「ただいま戻りました~」
「ユイちゃんおかえりー! 今日も街は楽しかったかい?」
屋敷に入ってすぐにラルフお兄様のむぎゅ~っと熱~い抱擁攻撃を受けます。
ぎゅむぅ……苦しいです……。
「ラルフシェイド様、カイザント様、ただいま戻りました。」
そして外行仕様のストラとそんなストラをわたしを抱きつつ睨むお兄様。
なんですか、このギスギスしてる空気。
しかもストラの頭のうえに睡蓮(狐ver)を乗せて帰ってきたもんだから『何やってるんだお前』って訝しげな顔でストラを見てますね。
「うん、ユイもストラもおかえり。
二日連続で出かけるなんて随分ストラと仲良くなったんだね……って狐?」
「はい! わたし大っきくなったらストラと結婚しますから!
それでこの狐は……」
「はぁっ!?」
「えっ!?」
「おぉっ……」
「まぁー」
同時に4人の驚きの声が聞こえて睡蓮の紹介をし損ねました。
上からストラ、ラルフお兄様、お父様、お母様です。
ていうかお母様はいつの間に玄関ホールに?
いえ、わたしが帰ってきたのがわかったのかちょうど部屋から出てきた感じですかね。
まぁ、これくらい言っとけば少し大きくなったからーとかでストラから引き離されるとかいうこともないでしょうからね。
睡蓮の説明もしなきゃいけないんですけど、驚き終わりましたかね?
「それでこの狐なんですけど……ってあれ?」
「お、お前っ! 護衛のくせにっ……何赤くなってんだ!
ユイちゃんは! お前なんかに! 絶対にやらん、絶対にだ!」
一応庇っときますが、ラルフお兄様は基本温厚なんですよ?
誰にでも優しい好青年です。
わたしに関すること以外は、って注釈がつきますが。
それともストラと昔から仲悪かったんですかねぇ?
「あらあらまぁまぁー……うふふふ」
「ちょ、落ち着けラルフ!
ストラはきっとあれだ、初心なだけだからっ!
ちょっと見た目良いからだいぶ怪しいけどっ、きっと初心なだけだからっ!」
「っ……し、失礼します!」
おっ……おぉっ……ストラが耳まで真っ赤にして走って使用人棟の方に逃げた……部屋に籠る気か。
って……あぁ、睡蓮連れてっちゃった……。
ストラがいなくなってぽけっとした表情のわたしとお父様の横で、お母様が一人楽しそうにうふふふと笑っていました。
ちなみにお兄様は最初から最後まで、ストラがいなくなってもプリプリとお怒りだったので、ぎゅーってしてあげたら蕩けそうな笑顔でご機嫌になってました。
家族じゃなければノックアウトされそうな笑顔でしたよ。
結局その場では睡蓮の紹介は出来なかったのですが夕食のときにふと思い出したらしいお父様に聞かれたので、街のはずれの森をお散歩していたら遭遇して拾ったと言っておきました。
契約のことは内緒です。
そして話の流れでぽろっと冒険者登録したことを言ってしまいました。
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「何してんだろ、俺……」
「キュイ?」
タイトルの林檎はストラのことです。
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