14.Q.ケモミミは正義ですか?
戻ってきましたリシュールの街です。
今のところ睡蓮は目立たないように腰のポーチにいれたので、そこから顔をのぞかせて街をキラキラとしたお目目で眺めています。
最初はポーチを持っていなかったのでストラのポーチに入れていたのですが、街の入り口にある雑貨屋さんでわたしも買ってそこに入れています。
むふふ、とっても可愛いです。
睡蓮の周りにお花飛んでるのが見えますね。
ギルド内に戻って真っ直ぐアディさんの元に向かおうとすると、正面受け付けの左にある依頼受け付け窓口の方が騒がしいのに気付いてしまいました。
なんだなんだ、厄介ごとかっ! 混ぜろください!
「虹色スライムの詳しい情報教えろっていってんだろぉ?
どーせ依頼受けるやつなんていねーんだからよぉ! ひゃっひゃっひゃっ」
ツンツンとした茶色い髪、そして小物臭漂うあの笑い声
わたしの記憶に引っかかりますね。
気のせいじゃなければすごく新しい記憶な気がします。
さっきまで物珍しそうに周囲を見渡していた睡蓮が声に驚いたのかビクッとしてポーチの奥に隠れてしまいました。
おい、この栗野郎ォわたしの可愛い睡蓮何ビビらせてんだ。
「で、でも……詳しいお話は依頼を受けてもらった人だけで……いいってギルドルールが……。」
「あぁん? だーかーらー、俺が取ってきたら見せてやるからそれでいいんだろ?」
なんかもう話が噛み合ってなくないですか。
「い、依頼を、受けてもらえるんですか……?」
「はぁ? 誰が依頼なんて受けるかよ。
あの報酬額で受けるなら自分で売った方が高ぇっつーの!
見せてやるだけだよ、ひゃっひゃっ」
「じゃ、じゃあダメですっ……依頼、ちゃんと受けていただけたら……情報もっとお出しします……」
「あぁ? この俺様が下手に出てやってるのにわかんねぇのか?」
どこらへんが下手に出てると言うのでしょうか……理不尽に自分の要望押し付けようとしてるだけじゃないですか。
顔はよく見えないけど帽子を被っている同い年くらいの少年が、この気弱そうな声の主で虹色スライムの核回収の依頼主なんですかね?
そして依頼は受けないけど情報をよこせと詰め寄る万年Dランク、栗野郎こと毬栗頭の栗ード。
反省は全然してないようですね。
「他の人の迷惑になるから退いた方がいいと思うんですけど?」
「あぁん!? 誰だウルセェな!
俺様の邪魔してんじゃ、ねー……ぞ……」
振り返った栗ードは言葉尻をどんどん弱くしていきながら顔も青ざめていきます。
おぉ、見事ですね、さっきまであんなに偉そうだったのに今や超負け犬顔ですよ。
「反省してなかったんですか?
もう一度やります? 次はもう少し痛い目見せちゃいますよ?
うーん、次こそは首をスパッと……と言いたいですが切ってしまうと人殺しになってしまいますしス、お兄ちゃんの視線が突き刺さってるのでやめときます。
あなたごときのせいでそんな罪は背負いたくないですしね。
あぁそうだ、いいこと思いつきました! ……あなたの大事なところでも、スパッと……刈り取ってしまいましょうか?」
チラリと視線を下に向ければ栗ードだけでなく騒ぎに注目していた男全員がバッと内股になって手で隠しました。
依頼主の少年やストラまで隠してるのが見えるんですけど。
善良な住人にはやりませんよぅ。
ぷ~……なんですか、人を悪者みたいに見て~。
ていうか大事なところとしか言ってないのにね。
まぁ、視線は向けましたけどね? そこであってますけどね? ニヤニヤ
「ほ、微笑みの断罪者……な、なんでテメェがここに……。」
「なんでって冒険者登録をしていたところに邪魔しにきたんですから、あなたもわたしが何者かは知っているのではないですか?
冒険者が冒険者ギルドにいても何もおかしくないと思いますが?
っていうかなんですか『微笑みの断罪者』って。」
「それはねぇ~君の二つ名だよぉ。」
そう言う声が後ろから聞こえたので振り向けば階段の上からアディさんを引き連れてこちらに笑顔で歩いてくる40代くらいの、銀髪を緩く後ろに流した男性。
その頭のてっぺんにはピンと立った耳が二つ。
かはぁっ 初のケモミミがオッさん……!?
なんか負けた気分っ!
犬……というよりは狼のような雰囲気ですかね? 銀狼って感じの雰囲気です。
初ケモミミがウサギのオッさんとかじゃなかったのはせめてもの救いですか……。
せめて初うさうさは可愛い女性がいいです……うぅ……
柔和な笑みで優しそうだけど、狼のような獰猛さもなんとなく見えてこの場にいる誰よりも強そうな雰囲気があるその男性は他の人とはオーラが違うように思える。
まぁ耳も違いますが。
そんな強そうな人がこのタイミングで出てくるってことは……
「ギっ、ギルドマスター!?」
やっぱりですか。
ギルドマスターか高ランク冒険者のどちらかなと思いましたが、ギルドマスターの方でしたか。
まぁギルド職員であるアディさんを引き連れてますもんね。
「初めましてユイです、ギルドマスターさん。
あの、なんですか、その二つ名って。」
「うん、初めましてだねぇ。リシュール冒険者ギルド支部のマスター、ジークです。
見てわかるかもしれないけど狼の獣人だよぉ~よろしくねぇ。
う~ん、君みたいな可愛い子には『ギルドマスター』なんて堅苦しい呼び方じゃなくて『ジークおじさん』って呼んでもらいたいなぁ。
アディちゃんはお姉さんって呼んでるんでしょ~? いいなぁ。
えっとね、二つ名ってのは~、君のあだ名? みたいな感じかなぁ。
今朝そこのグリードくんを君がちょこっと痛めつけたでしょう~?
君がいなくなったあとにねぇ、その場にいた他の冒険者たちが恐怖のあまりそんな二つ名つけちゃったんだよねぇ。
すごい勢いでリシュール中の冒険者に広まったから、僕の耳にも噂が入ってきてねぇ〜会ってみたかったんだよねぇ~。
年端もいかないような可愛らしい女の子が天使のような笑顔で調子に乗った輩に未知の氷魔法らしきもので作った大鎌を振り回している姿が、罪を犯したものを断罪している女神様にも悪魔にも見えたんだってぇ~。
こんなに可愛いのにねぇ、悪魔なんて酷いねぇ。
いやぁでも、僕も見たかったなぁ~。
なんだったらもう一度グリードくんを締め上げちゃう?
僕は賛成だなぁ~、彼最近ちょ~っとばかり問題行動多くなってきてたからねぇ。
今朝ので反省してないようだしぃ~?
今も僕部屋にいたんだけどねぇ、グリードくんが一般市民にギルドルールを無視して脅してるってアディちゃんに呼ばれてねぇ~。
僕も『微笑みの断罪者』の戦いっぷりが見れて一石二鳥だし〜我ながら妙案じゃないかなぁ? やらない~?」
ゆるっギルドマスターの喋り方ゆるいっ!
ていうかなんだ微笑みの断罪者って! 厨二病にもほどがありますよ!?
確かに、煽るのとか楽しくなってきちゃってすごく笑顔だった気がするけど!
うぅ、恥ずかしい二つ名がついちゃった……しかもそれついた時ってまだ登録してる最中だったのではなかろうか……。
一般人の時点で二つ名ついちゃったとか……は、恥ずかしい……。
黒歴史になっちゃうじゃないですか……っていうか既に黒歴史!
今すぐ穴を掘ってそこに埋まりたいー!
「え~っと……お、俺はこれでっ!」
ドゴッ
「グリードくんどこに行くのかなぁ?
話の途中でどっかに行っちゃうのぉ~? 僕寂しいなぁ~?
最近喋れてないし、もっと一緒に喋ろうよぉ~。」
わたしが一人で身悶えてる間に青ざめた顔で外に逃げようと走りだしたグリード。
その顔の横を通って扉に突き刺さった氷麗のような円錐形をした土の塊。
どうやらギルドマスターの発動した地魔法らしいけど……笑顔で脅してますね、これ。
すごい勢いで飛んで行って扉に刺さりましたけど、身体に刺さったら痛いで済むんですかね。
まぁわざと当たらないように少し横にずらしたんだろうけど……。
「は、はひぃっ……すいませんっ!」
「それは何に対しての謝罪なのかなぁ? 今逃げたことかなぁ?
それとも今さっきまででかい声でそこの依頼主である少年君を脅したりと規約違反をしていたことかなぁ?
脅迫はいけないよって僕徹底して教えてたと思ったんだけどなぁ?
それとも今朝や最近の君の調子に乗っている態度のことかなぁ?」
「ぜ、全部です、調子に乗ってました、すいませんでしたぁっ!」
恐怖政治です。それは綺麗な土下座をしましたよ。
笑顔で追い詰めてますね。
まぁ栗ードはただの小物ですからね、仕方ないかもしれないですね。
「ストラストラ、ギルドマ……いや、ジークおじさんは何者ですか?
ただのギルド職員とは思えない迫力があるんですが。」
「あぁ、ギルドマスターは……」
「ユイちゃん! 僕のことおじさんって呼んでくれるんだねぇ!
わぁ~嬉しいなぁ、素直で可愛いなぁ!
僕の息子たちはねぇ、もうそれはそれは可愛くない子に育ってしまってねぇ……。
『冒険者としては憧れるけど親としてはウザい』とか言うんだよぉ、酷いよねぇ~。
娘も欲しかったんだけどねぇ、息子が四人も生まれた時点で僕は諦めたんだよぉ。
妻には『もう少し早く諦めても良かったんじゃないか』って苦言を呈されてるんだけどねぇ~。
男の子四人だから子育てが大変だってよく怒られちゃったよぉ。
あぁ……こんなに可愛いんだし、なんだったらもうお父さんって呼んでくれてもいいんだよぉ? うん、いいね、お父さんの方が嬉しいよ!
こんな可愛くって強い娘がいたら幸せじゃないかぁ~! きっと妻も喜ぶだろうから今度我が家に招待するよぉ!
あ、何やらすごい見てるようだけど僕の耳と尻尾が気になるのかなぁ? 触る? 触りたい?
いいよぉ、後で触らせてあげるよぉ! 優しくしてねぇ?
あぁ、えーっと、そこの虹色スライムの依頼主くん?
この天使のように可愛らしいユイちゃんが君の依頼を受けてくれているんだよぉ。
グリードくんはもう関係ないからねぇ。
もちろん規約違反である依頼主に対する脅迫行為等は厳罰に処するからねぇ、君に被害がいくことはもうないから安心してねぇ。
万が一何かあった場合は冒険者ギルドにきてくれたらすぐに対処するからねぇ。
じゃあ詳しい話とかもねぇ、部屋を用意するからそこでしようかぁ~。
依頼主くんとぉ、ユイちゃんとぉ、ストラくんで行こうかぁ。
アディちゃん案内してあげてぇ~。
あ、グリードくんはこっちの話し合いが終わったら僕と二人で話し合いだからねぇ~。
逃げないようにねぇ?
あぁ、逃げてもいいけどぉ、
どうなるかは分かってるよね?」
弾丸のようにまくし立てながらも耳はピクピク、尻尾はふぁさふぁさ。
わたしの視線はもう釘付けで、『もふもふしたい』と、思っていたのがばれていたようでもふもふの権利をもらいました。
やったー!
かと思いきや最後だけ眼光鋭く語尾も伸ばさず睨みつけたジークお父さんと蛇に睨まれた蛙の如くその場で直立不動になった栗ード。
そして笑顔のジークお父さんに『扉の目の前は邪魔になるからどこうねぇ?』と優しく(?)促され、手足同時に出しながらギクシャク移動してました。
ジークお父さんはマスターですし、すごい権力を持った元冒険者とかなのでしょうか。
え? おじさんとかお父さんとかさっきから順応しすぎ?
いいじゃないですか、そう呼ぶだけでリシュール支部冒険者ギルドの最高権力者が喜ぶのですよ。
冒険者ギルドの偉い人を味方につけることは必要なのですよ?
いつなんどき面倒ごとに巻き込まれるかわからないんですからね。