花火
平助が「あーあ、江戸の花火が見たいなあ」なんて言うものだから、花火の話になってしまった。
「京にも花火ってあるんですか?」
「俺たちも今年来たんだから知らないよ。なあ?」
「うーん・・・ないんじゃないか?」
「京の夏は、祇園御霊会でしょう」
「うわあ、びっくりしたっ!」
いつの間にか山南まで参加していた。
「なんだよもー、おどかすなよ」
「で、京に花火ってあるの?ないの?」
「知りません」
山南がにっこり笑うので、みんなずっこけた後平助が溜め息をついた。
「花火、見たいなあ」
「じゃあ、線香花火は?」
と千鶴が提案した。
「それだ!」
「えー俺、あれ苦手なんだよー」
と左之助が言う。
「じゃあ、勝負な!一番最後まで残ってた人が勝ち!俺、買ってくる!」
平助は飛び出していった。
「おい待てよ、俺苦手って言ってるだろ!」
いーじゃんいーじゃん、という声が遠くなる。
「楽しそうですね」
山南はにっこり笑ってその場を去った。
「じゃーん」
得意げに平助は線香花火を持ってきた。左之助も一緒だ。嫌そうな顔はしているが、参加するつもりらしい。
「誰誘う?」
「誰でもいいよ、てかまだ暗くないぞ」
左之助が頭を掻きながら言った。
「そっかあ」
今すぐできないのが不服そうな顔を、平助はした。
そこに土方が通りかかった。
「何をしている」
「あ、その、花火を・・・」
「花火?」
「みんなで線香花火しようって言ってるんです。土方さんもいかがですか?」
千鶴は明るい声で言った。無愛想な土方が、乗ってくるか残りの二人は固唾を飲んだ。
「何本あるんだ」
「えっと、ひい、ふう・・・10本です」
「沖田は・・・咳が出るか。誰か好きそうなやつ、呼んでやれ」
そう言って土方はその場を去った。
「怖かったー怒られるかと思った」
「最悪切腹かと思ったぞ」
「ええっ!?」
千鶴が驚いた声をあげた。
「怖くないの?」
「土方さん、優しい人ですよ」
そう言われて、二人は顔を見合わせた。
「さ、日も落ちましたし、やりましょっか」
千鶴が気を取り直させるように声をかけて、平助は火打石を探しに行った。
「千鶴は、よくわかってるな」
左之助の微笑み、というものを初めて見て、千鶴は赤くなった。
「持ってきたぞー」
火打石の登場で、火が蝋燭にともった。
「今日、風あんまりないからなあ」
火はあんまり揺れない。
「暑いよな」
「武州はこんなに暑くないんですか?」
「江戸より京の方が暑いだろ」
当たり前のように言われて、千鶴は目を丸くしたが、そりゃそうだと思って線香花火を手に取った。
「きれーい・・・」
そう千鶴が声をあげた。
ぱちぱちはぜる線香花火は、やがて火の玉を形成していく。
確かに、左之助の火の玉が落ちるのは誰よりも早かった。
「くっそ!」
「叫ぶなよ。って、あー!」
その瞬間、平助の火の玉も落ちた。
「千鶴、落とすなよ!」
「はいっ!」
千鶴の目が真剣になった。三人は静かになった。
「何してるんだ」
沖田だった。
「何って、線香花火だよ。まだあるけど、やるか?」
「俺はいい」
そう言ってる間に、千鶴の線香花火も落ちていた。あーあ。
「もう一回!」
結局三回やって、三回とも同じ結果だった。
「千鶴が一番上手いな。じゃあ最後の一本、千鶴がやれよ。俺たち見てるからさ」
「そう言われると、緊張しますね・・・」
そう言いながら、千鶴は最後の一本を手に取った。
静かになった。
「千鶴はさ」
千鶴は花火から目を離さない。
「やっぱいい」
「千鶴は、人のことよく見てるよな」
左之助が柄にもなく優しい声で言った。平助が何を言い出したのかと左之助の顔を見た。
千鶴は微笑んだ。
「あ」
その瞬間、最後の火の玉が落ちた。
「んー、疲れた」
平助が伸びをする。
「なんだよ、お前が言い出したんじゃねえか」
左之助がどやして、あーあ、なんか酒飲みたくなってきたと言って席を立った。
「来年もやろうな!」
平助がそう言って、花火大会は終わった。
「来年、かあ・・・」
「来年が怖いか」
土方だった。
「いいえ、怖くはありません」
「いい返事だ」
彼はそこを去った。千鶴は、彼の背中が見えなくなるまで見送った。