あやかし商店街~六
∬
真司は菖蒲をあかしや橋へと送って行った。
「あの、まだお昼過ぎですけど・・・ここで良いんですか?」
「あぁ、充分だよ」
「あの・・・菖蒲さん」
「ん?なんだい?」
真司は菖蒲が大事に抱えている風呂敷を見つめた。
「その掛け軸の事、よろしくお願いします」
「あい、わかった」
菖蒲はそう言いながら微笑んだ。
「掛け軸の修理が終わり次第、お前さんに渡すから安心おし」
「はい」
真司は微笑んだ。
すると、菖蒲が急に真司に一歩、一歩と近づいた。
「え?え?」
菖蒲と真司の距離は、恋人が寄り添うぐらいの距離まで縮んだ。
「あ、あああのっ、菖蒲、さん?」
真司は一歩身を引こうとした時だった。
菖蒲は徐ろに真司の長い前髪にそっと触れると、前髪を上に上げた。
「っ!!」
真司は視界がいつもよりも明るくなったので、眼鏡越しだが急な眩しさに目を閉じた。
「真司。お前さんは勿体無い男ぞ」
「・・・・・・・・・」
真司は菖蒲の言葉に目を開き、何か言おうとして口を開いたが菖蒲に言葉で遮られた。
「目を髪で隠しているのも、他の妖と目を合わせないように・・・関わらないようにしたのだろう?」
「・・・・・・」
真司は黙ったまま頷いた。
「お前さんの判断は人として正しい。だが、もうお前さんは一人ではない。」
「・・・え?」
菖蒲は目を顕わにしている真司の瞳を真っ直ぐ見つめ微笑んだ。
「お前さんには、これからは私がいる。」
「・・・・・・・・・」
「だから、お前さんはもっと自信を持ち、自分を隠すな」
「・・・っ・・・・・・うっ・・・」
真司はポロポロと涙を零した。
菖蒲は真司の前髪を再び元に戻すと、今度は子をあやすようにポンポンと頭を優しく叩き抱きしめた。
「うっ・・・うぅっ」
真司は泣きながら、菖蒲を抱きしめ返した。
まるで、迷子だった子供がやっと親に出会えたように・・・。
菖蒲は泣き終えた真司の頭を再び撫でると、そっと距離を置いた。
真司は男なのに大泣きした事が少し恥ずかしく思い俯いた。
「さて、と。そろそろ行かないと」
「もう・・・お別れ、ですか?」
菖蒲は優しく微笑んだ。
「言っただろう?お前さんは、もう一人じゃないって」
「はい。・・・でも――」
真司が言う前に、菖蒲は先に言葉を発した。
「真司。お前さんには、明日から私の店に働いてもらうよ」
「・・・・・・え?」
「聞こえなかったのかい?」
「いえ、そういう意味では・・・」
「お前さんは、明日から私の骨董屋で働いてもらう」
菖蒲は、二度同じ事を言った。
「働くって言っても・・・僕は、人間ですよ?僕には、何の力もありません・・・」
「あるじゃないか」
「??」
「お前さんには、既に力がある。それは、お前さんには人に見えない物が見え、聞こえないものが聞こえるじゃないか」
「・・・あ。」
「今まで不快に思い、怯えて暮らしていた力を、お前さんはこれから私の側で使っていくんだ」
真司は拳をギュッと握った。
そして、真司は菖蒲を見ると
「僕・・・菖蒲さんの隣にいたいです。もっと、自信をつけるように、上を向けるようになりたいです。」
菖蒲は真司のその言葉にニコリと微笑んだ。
「なら、決まりだね。これから、大変になるよぉ。何せ、私の店は賑やかだからねぇ~」
菖蒲は袖を口元にやるとクスクスと笑ったのだった。