あやかし商店街~五
∬
「菖蒲さん、持ってきました」
真司はそう言いながら庭に出て、手に持っている白紙の紙を菖蒲に手渡した。
「うむ」
菖蒲は白紙の紙を受け取ると、物置小屋の扉を開いた。
「あの、何をするんですか?」
「見てわからぬか?」
菖蒲はそう言いながら、その白紙の紙を物置小屋の中央に置いた。
「まぁ」
真司は曖昧な返事をした。
菖蒲は白紙の紙を床に置くと、立ち上がり物置小屋の扉を再び閉じた。
「言っただろう。捕まえると」
「確かに言いましたけど・・・」
(掛け軸を広げて置いたほうが早いような・・・)
真司の疑問に気づいたのか、菖蒲はムスっとした顔をした。
「む?お前さん、今、何か失礼な事を考えただろう」
「え?!いや、そんな事は」
「ふんっ。まぁ、よい。どうせ、こんな回りくどい事をせずに掛け軸を広げて置いたほうが早いようなとか思っていたのだろう」
「・・・・・・」
真司は全くのその通りであったがため、複雑な気持ちになり視線を菖蒲から逸した。
菖蒲は手を腰に当てた。
「よいか、真司。あの掛け軸は大変貴重な物と見た。」
「貴重ですか?」
「うむ。しかも、破損も酷かった。まぁ、あれだけ古ければ仕方なかろう。そんな物を無造作に床の上に置けるか?ホコリも溜まっているこの物置小屋に!」
「・・・・・・そう言われると、確に・・・」
真司がそう言った時だった。
物置小屋から、ガタガタッと何か音が聞こえた。
菖蒲と真司はお互い同時に物置小屋を見た。そして、お互い顔を見合わせた。
「菖蒲さん。今の音は」
「うむ。どうやら、作戦は成功だな」
菖蒲はそう言うと物置小屋の扉を開き中に入ると、先程置いた白紙の紙を再び拾った。
「うむうむ。一人で寂しかっただろう?直ぐにお前さんの飼い主の所に戻してやろう」
菖蒲は紙に向かって言った。
真司は菖蒲の側に行くと、菖蒲が手にする紙を見た。
白紙だった紙には、小さな柴犬の絵が描かれていた。
「これが、あの女の子の言っていた犬ですか」
「うむ。さて、部屋に戻るぞ」
菖蒲はそう言いながら、真司の脇を通り過ぎたのだった。
「あ、待って下さいよっ!」
∬
真司と菖蒲は、真司の部屋にて掛け軸と先程捕まえた犬が描かれた紙を中心にして座っていた。
「あの。これからどうするんですか?」
「なに、見ていればわかるさ」
菖蒲はそう言うと、箱に入った掛け軸を再び丁寧に開いた。
そして、掛け軸を広げた状態でそっと床に置くと、例の紙を裏にして掛け軸に合わせくっつけた。
その途端、掛け軸がカタカタと動き始めた。
真司は、ゴクリと口の中の唾液を飲み込んだ。
カタカタと揺れ動いていた掛け軸は、急にシンと静かになった。
菖蒲はそれを確認すると、紙をそっと掛け軸から離した。
「あ!!」
真司の驚きに菖蒲はクスリと笑った。
掛け軸には女の子だけが描かれたはずなのに、女の子の側には先程の柴犬も一緒になって川遊びをしている絵が描かれていた。
そして、柴犬だけが描かれたいた紙はというと、真司が最初に持ってきた状態の白紙に戻っていたのだった。
菖蒲はニコニコと笑って掛け軸を見ていた。
「やはり、本来あるべき姿が一番微笑ましく、とても良いの。」
――その時だった。
掛け軸の中の女の子が、正面を向きお辞儀をしたのだった。
「?!?!」
真司は目を擦って、再び掛け軸を見た。
しかし、掛け軸には何の変化もなかった。
菖蒲は、またもやクスリと笑った。
「お前さんが見たものは、幻でもなんでもないよ。この子はね、お前さんに礼を言ったんだよ。有り難うございます、ってね」
真司は少し恥ずかしげに頬を掻いた。
そして、自然と笑みが出たのだった。