あやかし商店街~壱
子の正刻とは、数字の時刻に表すと夜中の0時になる。
そんな時刻に、例の噂話を聞いていた少年は学ランのまま、あかしや橋へとやって来たのである。
「……ここまで来るのって、やっぱり怖いな」
そう、あかしや橋に向かう為には、街灯の少ない広い公園、そして、小学校の横と少し生い茂っている大きな池の間を通らなければならなかったのだ。
街灯の少なさと、夜中の静けさ…
そして、木々が風で揺れる葉の擦れた音…風で濁った池が微かに揺れる音‥‥少年にとっては、肝試しをしている気分だった。
いや、誰もがそう思うだろう。
それぐらい、昼と夜の風景の違いが出ているのだ。
「…………」
少年は、ゴクリと口の中の唾を飲み込むと、あかしや橋の手前で立ち止まっていた。
すると、後ろの方からチリリンと小さな鈴の音が聞こえてきた。
「!!」
少年は肩を上がらせて驚いた。
そして、隠れるようにして橋の手前にある石壁へと隠れた。
―チリリン…チリリン…
鈴の音が足音かのように鳴り、そして、次第に近くなる。
少年の心臓は、今にも飛び出すのではないかというぐらいドキドキしていた。
そして、息を殺してそっと覗き込んだ。
―チリリン…チリリン…
音は遂に目の前まで聞こえてきた。
少年は、目を凝らしてジッと覗いた。
(ん〜……暗くて…見えない)
その時、雲に隠れていた月が現れた。月は、街灯の代わりに辺りを照らしてくれたのだ。
少年は音の正体を知ると、その美しさに目を奪われ驚いた。
まるで宵闇の如く黒く真っ直ぐな髪。
そして、人形のように滑らかで細く白い肌。
大きな瞳と小さな顔は、少し幼い感じがした。
…が、着ている物が着物で、その着物も黒の生地に渋い色の紫と青の薔薇の柄が入り、赤ピンクに雪の結晶が散らばっている帯を締めていたので、見た目と反して大人っぽい雰囲気も出ていた。
正直、年がわからない見た目だったのだ。
―チリリン…チリリン…
鈴の音にハッとした少年は、頭を左右に振ると再び美しい女性を見た。
すると、その女性は少年に気付かぬまま、あかしや橋を渡り始めた。
「あ!!駄目だっ!!」
少年は慌てて女性の後を追って、あかしや橋へと走った。
そして、女性の腕を掴むと女性はクルリと振り返った。
「…………」
女性は大きな黒い瞳で少年を見た。
しかし、少年は腕を掴んだまま、目の前の女性ではなく辺りを見ていたのだった。
――そう、少年が今目にしている風景は静かで薄暗い橋ではなく、ガヤガヤと賑わって色々な店が並ぶ風景だったのだ。
そして、少年の隣を歩く人々もしくは楽しそうに談笑している人々は……そもそも人ではなかったのだ。
鬼のような顔をした者、猫が二足歩行で歩いていたり、首が長い女性が買い物をしていたり……。
少年は目を隠すかのように少し伸びている前髪の隙間からその光景をを見ると、目を見開き口を魚のようにパクパクとさせた。
「…………あの。もし?」
女性は、まだ腕を離してくれない少年に向かって話しかけた。
その時だった。
少年はぎこちない動きで女性の顔を見ると、グラリと体が傾き倒れ始めたのである。
「!!!!」
女性は少年の倒れる体を細い腕で支えると困ったような顔をした。
「こりゃぁ困ったねぇ〜」
倒れている本人はというと、目を回して「う〜ん…」と唸っていたのであった。