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山賊少女との出会い

ふんどし一丁で異世界を歩む主人公、果たして彼は、この世界がゲームでないと気づけるのだろうか。

いや、ない(断言)

 フリーダムフロンティアの世界では、人間と魔物が日夜争いを繰り広げています。

 しかし、プレイヤーとなるあなたの敵がいつも魔物とは限りません。


 冒険の途中では山賊や暗殺ギルドの人間に命を狙われることがあります、貴方が罪を重ねれば騎士団や憲兵も貴方の前に立ちふさがるでしょう。

 賢く、集団で襲い来る彼らは時に魔物よりも恐ろしい脅威となります。


 たった一人で立ち向かおうとはせず、やり過ごすことも一つの手段です。

 頼もしい仲間と一緒なら上手く切り抜けることも不可能ではないでしょう。


 ――――以上、フリーダムフロンティア説明書8頁『冒険の手引き』




 木々が生い茂る森の中、ざっくざっくと土を踏みしめる音が二つ。

 音の一つは迷いがなく、いかにもこの道無き道を歩き慣れた様子で、もう片方はどこかおぼつかない足音だ。


「おらー、リッカ。おせーぞ」

「は、はいっす〜」


 歩き慣れた足音の主である男が、自分の後方を歩いている少女ーーーーリッカを注意する。

 リッカと呼ばれた少女は、腰まで伸ばしたポニーテールを揺らしながら、前の男に追いつこうと慌てて走る。


「ご、ごめんなさいっす。どうも私、まだこの森に慣れてなくって……」


 男の方が立場が上らしく、頭を掻きながら「あはは……」と愛想笑いでごまかすリッカ。

 そんな二人の格好は、熊や鹿などの野生動物の皮で作られた『ハードレザー』と呼ばれる防具をまとっている。


 それも明らかに市場に出回るような正規の品ではなく、狩人などが自分でこしらえたお手製の物だ。

 しかし彼等は狩人ではない。


「しっかりしろよなー。道がわかんなかったら、騎士団や憲兵が来た時にアジトに戻れねーぞー。」

「はいっす……。でも、アジトの出入り口も見つけづらいっすけど…….」

「そりゃー、俺達山賊は騎士団連中に見つからないようコソコソ隠れなきゃいけないからなー」

「想像以上に情けない理由っす!? 山賊ってそんなに肩身が狭いっすか!?」


 山賊業界の知りたくなかった事情を知ってしまい驚愕するリッカ。

 そう、彼等はこの森……引いては山一帯を縄張りとする山賊である。

 二人が背負っている弓矢と斧、そして言動から、アジトの周りを見回るついでに食料となる動物を狩りに行くところだというのが分かる。


「ん、そうだリッカ、ついでに話しておいてやるぞー。山賊なら必ず守らないと生き抜けない『山賊三ヶ条』だー」

「り、了解っす。センパイ」


 その後も、リッカはセンパイと呼んでいる男から、山賊の悲しい事情について色々と教わりながら歩き続ける。


「山賊は肩身が狭いんだ。まず第一に騎士と憲兵を見たら音も無く……逃げるべし」

「逃げるんすか!? こう、山賊らしく不意を打ったりして襲わないんすか!?」


「ダメに決まってるだろー騎士なんかは完全武装してるんだぞー。あと、騎士団が周囲を散策しているようなら、アジトは諦めてナワバリを変えるべし」

「そこまでして逃げないとダメなんすか!? せっかく地の利があるのに、囲んで一網打尽とかやらないんすか!?」


「バカヤロー命あっての物種なんだ、山賊の命だって安くないんだぞー。そんで第三、襲っていいのは非武装の商人か単独の冒険者だけ、なるべく多人数で襲うべし」

「す、すっごい卑劣っす!? 基本弱い者しか襲わないんすね!?」

「当たり前だ俺たちゃ山賊なんだぞー、卑怯で卑劣な山賊なんだー」


 聞けば聞くほど山賊というジョブに就いてることが恥ずかしくなってしまうリッカであった。


「っていうか、その三ヵ条って誰が考えたんすか?」

「んー? そりゃーお頭だぞー? 俺達はお頭の言う事をしっかり聞いてきたから生き残れてるんだ、感謝しろよー」

「え? り、リーダーさんっすか? なんか似合わないっすね……あの人オーク族なのに」


 この実に情けない三ヶ条の発案者が、自分達を束ねるオーク族の男だったことにリッカは違和感を覚えた。

 オーク族といえば、亜人の一種にして一番の力持ち、短気で勇猛果敢を体現するかのように荒々しい性格をしている……というのがこの世界一般の常識だからである。

山賊の頭も、リッカから見ればそのイメージに当てはまっている気がしたのだが……。


「お頭は優しい人だぞー? 俺たち人間がオークより頑丈じゃないからって理由で三ヶ条を作ったんだからなー」

「や、やさしい……っすか? うーん?」


 どうやらセンパイから見れば優しいというが、リッカにはとてもそうには思えなかった。

 自分が入りたての新人だから、厳しく見えてしまうのだろうか。


「まあリッカもそのうち山賊の良さが分かってくるさー」

「うぅ、出来れば分かりたくないっす……」

「? どうかしたかー」

「な、なんでもないっすよ? それよりほら、そろそろ狩りにしないっすか!?」


 ぽつりと呟いたぼやきを誤魔化すよう即座に会話を変える。

 このセンパイはどこかぼんやりしてはいるものの、山賊たちの中では実質ナンバー2の強さを誇る人物だ、彼が怒るところを見たことは無いが間違っても怒らせたくはない。

 というわけで、当初の目的である動物狩りをさっさと初めてしまおうと考えた。


「そうだなー、んじゃ今日はこの辺りを拠点に偵察を兼ねた狩りを始めるぞー。えいっ」


 センパイは持っていた道具袋を探り、真っ赤な石を取り出した。

 まん丸で傷一つない綺麗な石ころを地面に放ると、石は転がることなくその場に砕け散り、地面に赤い光を残す。

 それと同時にリッカが右手首に嵌めている白い腕輪が赤色に染まった。


「これでマーキング完了。リッカに渡した腕輪あるだろー? ここから離れる程腕輪の色が薄くなるからなー、あんまり離れないようにしろよー」

「了解っす。毎度毎度、便利な石と腕輪っすね」

「これもお頭がくれたんだぞー、なんでも『エルフから奪った品』とか言ってた」


 どうやらセンパイでも詳しい理屈が分からないが、貴重品ではあるようだ。

 ただ、石が使い捨てになってしまうのが欠点だろう、そんな貴重な物を使っていいのだろうかと聞いたことがあるのだが、センパイ曰く「リッカなら使っていいって、お頭は言ってたぞー」らしい。


「そんじゃ、俺は山に向かって行くからなー、リッカは山を降りる側、山道の近くまで頼むぞー」

「はいっす、誰か来たら直ぐにセンパイに知らせるっすよ」

「うんうん、あとリッカ一人でもいけそうな相手なら襲ってみてもいいんだぞー?」

「うえぇ!? わ、私には無理っすよ~!」


 怖気づいたリッカは激しく首を横に振る、新参者である彼女は未だ略奪の類を経験していない。

 せいぜい、ナワバリに迷い込んだ魔物を追い払うために斧を振るったぐらいか、人に武器を向けることにも抵抗があるようだ。


「大丈夫だって、リッカは才能あると思うぞー? 『ぐっへっへ、お前の身ぐるみを剥いで金を数えるのが楽しみだ……!』って言いながら襲い掛かればイチコロだって」

「それ何の才能なんすか!? この後ボコボコにされそうな三流悪役のセリフで勝てると思えないっす!?」


センパイの冗談に律儀にツッコミを入れるリッカ、恐らく緊張してしまったリッカを和ませるために言ってくれたのだろう、そう信じたい。



 それから、あまり騒ぐと動物が逃げるという事でセンパイは山の方へ向かっていった。既に騒ぎ過ぎた気がしなくもないが。

 ザックザックとリッカは一人で森を歩く、道に迷ったとしても心配はない、腕輪の色が濃くなる方向へ歩けばさっきの場所へたどり着けるのだ。

 これなら方位磁石も効かないこの森全域で迷う事なんてほぼありえない。


 この森は魔物と人間が争っている境界の付近でありながら、そのどちらもが森へ近づくことが少ない特殊な場所でもある。

 理由はただ単純に『広すぎる上に、魔力を吸った木々が独特の魔力を発するせいで探知系の魔法が役に立たないから』要するに入ればほぼ確実に遭難する場所というわけだ。


「センパイは森の中を全部記憶してるって言ってるっすけど……わたしは腕輪コレが無かったら一発で遭難、森にいる魔物に食べられちゃうっすからね……はぁ」


 ため息をついて、自分の右手に嵌めている腕輪を見る。

 先ほどよりも大分色が薄れてきた、結構な距離は歩いたようである。


 この腕輪、使い方としては洞窟や森の入り口に先ほどの石を投げ捨てておいて、帰る時に目印にするための物のようだ。

 ただ、リッカはこのマジックアイテムがどんな名前なのかも知らない、しかしシンプルなデザインだが端整に磨き上げられている腕輪を見る限り、相当価値のあるものだということは分かる。


「エルフ製かぁ……。こんな便利な腕輪、確かに欲しかったっすけど……はぁ」


 再度ため息をこぼす、落ち込んでいるせいで肝心の動物たちがリッカの気配に気づき逃げ出してしまっているのだが、彼女はそれに気づいていない。


(貰いもの、それも山賊の所有物。貸してくれたのは私が未熟だからっすかね……? うう、ますます居心地が悪いっす)


 この腕輪を貸してもらった理由を考察していると、ますます気分が落ち込む。

 リッカとしては、仲間の山賊たちから手厚い待遇を受けるのはあまり好ましく思っていない。

 なぜなら、彼女は元々山賊になりたかったわけじゃないからである。


「元々私は冒険者になりたかったんすよ……、それがどーしてこんなことに……う~」


 自分が本来目指していたはずの夢から大きく道を外してしまっていることに自己嫌悪しつつ、フラフラと歩き続けていくと――――



「――――う……だろ、……かえ……じゃねーか」

「! だ、誰かいるっす」


 自分の正面から、確かに声が聞こえてきた。注意しないと空耳かと疑う程小さかったが、男の声だ。

 見てみれば腕輪の色は殆ど真っ白に近くなっている、あと少しで森を抜けて、人と魔物の国を繋げる道が近いのだ。



「いつの間にかここまで来ちゃったっす……、声はもう聞こえないっすね、人には違いないっすけど……もう通り過ぎたか……あるいは」


 あるいは、返事をする人間はおらず、一人で道を歩いているのだろうか。

 どちらにせよ、リッカは話の通じる相手かもしれないという事実に安堵していた。

 最近は戦争の被害が激しく、ついこの間も近くにある村が魔物たちの手によって壊滅させられたという噂を聞いたのだ。

 もしこの先にいるのが話の通じない凶暴な魔物だったらと考えると、背筋が寒くなる。


「あれ? もしかしてコレ、チャンスじゃないっすか?」


 センパイの言っていたこと――――『リッカが一人でやれそうなら襲ってもいい』その言葉を思い出して、リッカはある名案を思い付いた。


(もしこの先にいる人が珍しいお宝を持ってたら、それをリーダーさんに全部献上するっす! その代わりに私が山賊をやめることを許してもらえれば……!)


 勿論借りた腕輪は返すし、アジトの事は秘密にする、これならもしかすると山賊を抜けることが出来るかもしれない、この先にいる人には悪いかもしれないが、自分だって夢を諦めたくはないのである。


「そ、そ、そうと決まれば、い行くしかないっす……! や、やるっすよ」


 決意はしたものの、余りの緊張に声が震える。

 今まで罪を犯したことが無く、武器を人に向けたことも数えるほどしかないからだ。


(大丈夫、大丈夫っす。武器を突きつけるだけ……ほんとに殺しちゃう気はないっす……ちょっと脅かすだけ……!)


 自分に何度も言い聞かせて緊張を解そうとするものの、いまいち上手くいかない。

 どんどん余裕がなくなっていく内に、出口が目前に迫っていた。


(――――え、ええい! やるしか無いっす!!!)


 半分やけくそ気味に、森の茂みから飛び出した。

 確かに声が聞こえていた方向へ進んでいたので、位置そのものは間違っていない。



「さ、さ、山賊っす!! ぐっへっへ! おおおお前の身ぐるみをはいで、き、金貨をっ数えるのが楽しみ――――――――っ!!!?」


 だが、この時確かにリッカは間違えてしまったのだ。

 本当なら、森を出る前に少しくらい様子を確認すべきだったのだ、余裕がなさ過ぎて思い出せなかった。

 

 そうすれば、きっと気付くことが出来たであろう。

 リッカの目に飛び込む、肌色、肌色、肌色――――――





「ロ……ログアウト……できねぇ……帰れない……」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!?」


 ――――自分の目の前に倒れている男が、全裸(ふんどし一丁)という事実に。






「リッカが裸の男を連れてきたぁ?」


 暗い洞窟内に野太く低い声が響く。

 そこは、元々は炭鉱として使われていた場所だったのだろう、洞窟内のあちこちに掘りつくされた鉱脈が点在し、人間が居住できるよう地面には木材の床が打ちつけられ、家具などの生活用品が持ち込まれている。

 暗い洞窟内を照らす明かりとして、魔力を消費するランタンが各所に持ち込まれており怪しげな青白い光がゆらりゆらりと燃えている。


 その光に照らされた男の肌は人とはかけ離れた色、浅黒い肌に濃い緑を混ぜたような色をしていた。

 体躯も尋常ではない、他の山賊と同じハードレザー装備の各所からのぞかせる筋肉は鋼の様、四肢は丸太の如き太さ、腰かけに丁度いい大きさの岩に座っていても背丈が成人男性と同じ程度はある。

 わざわざ腰かけに座っていないのも、彼の大きさに合うサイズが無いからだ。


「そーなんだよお頭ー。狩りで別行動してたらいきなり来て『セセセセンパイ!? 剥ぐ身ぐるみが無い時はどうしたらいいんすか!!?』って顔真っ赤にしてきてなー。最初はわけわかんなくてびっくりしたぞー」


 センパイから『お頭』と呼ばれたこオーク族の男こそ、山賊の長である。

 山賊長はセンパイ(彼にとっては部下だが)の報告を聞いて訝しげに顔をゆがめ、大きく突き出た顎に手を当てて考える。


「ほぉ……裸か、旅人にしちゃあ何も持ってないのは変だな。もしかしたら近場のフラーロクスから村を追われた村人って線が濃いか……? で、今そいつぁどこにいやがる?」

「んーとりあえず、運んで、アジトの牢屋に入れといたぞー? リッカが恥ずかしがって運ぶの手伝ってくれなかったら大変だったなー。あ、牢屋の鍵もリッカが持ってるぞー」

「そいつぁご苦労だったな。苦労ついでになんだが……リッカを呼んでくれねぇか? 後でなんか褒美はするからよ」


 リッカの名前を呼ぶ時に若干の間が空く、センパイはその僅かな変化と、山賊長の表情が強張ったことを見抜き、ニヤリと笑った。


「了解だー、今日の晩飯は多めを希望するぞー」

「おう、頼んだ。ついでにお前の好物も作っておく」

「ふふ、忘れんなよー?」


 センパイが「鹿肉シチュー♩鹿肉シチュー♩」と自作の歌を歌いながらスキップで駆けていくのを見送ると、山賊長は早速今日の献立と、それを作るのに必要な食料の備蓄量を思い出す。

 料理の当番は立場の関係なしに交代制、それは彼が決めた山賊のルールの一つだ。


「鹿肉はあいつがとってきた分で量は充分だ……問題は山菜が最近少なくなってきている事だが「お頭ー、連れてきたぞー」って早ぇ!?」

「ど、どうもっす……」


 想定外の行動の速さに山賊長は思わず座っていた岩から飛び上がりそうになってしまった。

 センパイの後ろにいるリッカが、少し顔を青くして自分を見ていることに気づいたのでぐっと堪える。


(い、いけねぇいけねぇ。新入りの前で情けねぇ姿を晒すとこだったぜ)


 山賊長は大きく息を吸って、深呼吸をする。

 息を大きく吐いた所でリッカが更に顔を青くしたのだが、山賊長は気づかなかった。

 山賊長としての威厳を見せようと真剣になったせいか、山賊長はいつも以上に声を低くし、恐ろし気な表情になる。


「ご苦労だったな。オイ、下がってていいぞ」

「了解ー、それじゃ『頑張るんだぞー』?」


 山賊長に言われてセンパイはその場を離れる、リッカは何やら助けを求めるような眼差しをセンパイに向けていたが、センパイは逆に「ほらリッカ、お頭の前にでるんだー」とリッカを押し出していった。


「せ、センパイ置いてかな……っはわわわ!?」

「こけんなよ……?」

「は、はははいっす! すみませんっす!」


 前に押し出されたリッカはつんのめりそうになりながら山賊長の目の前にまで近づく。

 転ばないか心配になったので言葉を発すると、ビシリと姿勢を正したのでまあ大丈夫だろうと山賊長は判断した。


「あー……、リッカ。おめぇを呼んだのは他でもねぇ、つい今しがた連れてきた裸の男について話がある」

「はだっ!? あ、あの人っすか?」


 裸、という単語に反応してか、リッカは発見当時の様子を思い出してしまい今度は顔を真っ赤にした。

 その反応がなんとなく面白くなくて、山賊長はわずかにだが眉間にしわを寄せる。


「おう、そいつの事だ。そいつぁ今のご時世で、何の武具も身につけてねぇ、俺達山賊からすりゃ何の旨味もなさそうな人間を捕まえた訳だが……。リッカ、おめぇはなんでだと思う?」

「え、あ! そ、そうっすよね!? す、すいませんっす! どうせならもっと金持ちを捕まえてくるべきでしたっす!」


 その顔が中々に迫力があるのでリッカはしどろもどろになりながら見当違いの謝罪をしてしまう。

 山賊長自身は純粋に質問しただけだったのだが、リッカの方は(もしかして自分、ヘマしちゃったんすか!? 叱られる!?)と内心滅茶苦茶ビビっていた。

 そんなリッカの心情も知らず、山賊長は「そうじゃねぇよ……」とポリポリと頭を掻く。


「別に失敗したわけじゃねぇ、ホントに旨みがなけりゃアジトに連れてきてねぇよ。俺が言いたいのはな、なんにも持ってない人間にも俺たち山賊には利用価値があるって話をしようと思ってな」

「利用価値……っすか?」


 山賊長は、新入りのリッカに指導をするつもりだった。

 山賊の一味に入れて一か月、まだまだ山賊としての経験が浅いリッカが初めてあげた手柄、その意味をしっかりと教えてやろうと思っていたのである。

 当のリッカは叱られる訳じゃないのか、と安心しているが。


「ああそうだ、盗るもんが無い人間でもな……『情報』ってやつは持ってる。こいつぁ今の時代を生き抜くのに必要不可欠なシロモノだ」

「情報? えーっとお宝の在りかを聞いたりするんすか?」

「あのなぁ、山でぶっ倒れてた裸の男がなんでお宝の在りか知ってるんだよ。そんなありえねえ情報じゃなくてだな……」


 いかにも山賊っぽいというイメージのみで推測するリッカ、どうにもこの少女、あまり鋭くはないようであった。

 少しばかり頭が痛くなってきた山賊長は、リッカにも分かるよう具体的に『情報』とはどんなものなのかを語ることに決めた。



「例えばだ、裸で倒れてた男はどうして何も身に着けていなかったんだと思うだろ? 普通に考えてみりゃあ、魔物や、あるいは同業者(ほかのやつら)に奪われたって想像できる。そいつらに襲われて、命からがら逃げだしてきた可能性が高いわけだ」


「もしそうだとするなら、俺たちはこの時点で『コイツを襲った奴らがどこにいるのか』『コイツは何を奪われたのか』『襲った奴等の規模』、『襲った奴らが何を持っているのか』まだまだ聞き出せるかもしれねぇが、こんくらいの情報が手に入る」


「こんだけ情報がありゃあ、気付かれないよう少しばかり偵察して、こいつを襲った奴等を俺たちが襲撃することだって簡単だ。上手く不意を突けば大量の食料や金が楽して手に入るって寸法よぉ!  どうだ? コレが山賊の生き方って奴だ!」


「おおお~! 勉強になるっす!」


 「ついでにいえば、お前の後輩になるかもしれねぇしな! 仲間も増えて一石二鳥、ヒャァーッハハハハ!」と上機嫌に話す山賊長にリッカは目を輝かせて素直に感心している。

 このオーク族の男はオークでありながらもかなり有能であり、長い山賊経験からくる知識と状況判断から、仲間からの信頼も厚い。

 リッカも(い、意外とこの人は凄い人なのかも……?)と考えを改めかけていた、そのあとである。




「でだ、リッカ。おめぇ、連れてきたあの男を『尋問』してみろ」

「へ?」


 ずいっ、と山賊長は身を乗り出してそんなことを言った。

 尋問、という行為自体に縁が無かったので、リッカはいまいちピンとこない。


「それって、えーと……私があの人に情報を聞き出すって事……っすか?」

「おうそうだぞ、せっかくの初手柄なんだからいい経験になると思ってなぁ。そいつからとれる情報を絞れるだけ絞ってこい。あと色気とか使うんじゃねえぞ、使うならコイツだ」


 ぽいっと山賊長が懐から取り出した道具――――明らかに拷問用の棘付き鞭をぽいっと手渡された。

 何度か使われたものらしく、血による黒ずんだシミが生々しくついている。


「ひぃっ!?」

「お前はまだ若いからな、無理はすんな。なあに少々口が堅い奴でもこの『バンデルの拷問塔』から盗ってきた『血みどろ鞭』を使えば一発よ。ああでも一発だけだぞ? それ以上やるといかれちまうからな」

「いかれっ……!? や、あのその、それって、ごごご、拷問じゃないっすか……!?」

「多少の痛みはしかたねぇ。ああもしそれでも口を割らねぇ様だったら地下牢にある拷問器具をあらかた使ってもいい。倒錯した趣味の貴族どもから奪ってきた特注品だ、一般人じゃ触れもしねぇレアもんばかりがそろってるぞ」

「ひぇえぇぇえ!!?」


 物騒すぎる言葉の数々に悲鳴を上げかねないほどビビりるリッカ。

 しかしそんなリッカの様子に山賊長は一切気づかない、どうやら半分お宝のコレクションを自慢しているようだ。


「いいかリッカ、この仕事は俺たちにとって非常に重要な仕事でもある。――――わかるよな?」

「…………!!!」コクコク


 終いにはがっしと山賊長はその大きな両手でリッカの肩を掴みながら、そんなことを言った。

 余りある迫力のせいで脅しているようにしか感じられず、事実リッカも悲鳴を上げぬように必死に頷くことしかできない。

 一方山賊長も、リッカは『そんな貴重な道具を使わせてくれるなんて、感激のあまり声が出ない』のだと勘違いしてしまっている。


「じゃ、じゃあ行ってくるっすぅーーーー!!」

「おう! 行ってこい! しっかりやれよ!」


 逃げるように走って地下の牢屋に行くリッカを、山賊長はやり切った表情で見送っていった。

 結局、リッカも山賊を抜けるという話は出来ないまま、お互いの意思は伝わらず時間だけが過ぎていく。





「う、うう……し……師匠、それハメ技じゃ……ぎゃぁっ!?」


 悲鳴をあげて飛び起きる、嫌な汗が全身から噴き出し、思わず自分の体を何度も確認して、俺は今まで寝ていたということに気が付いた。


「ゆ、夢か……」


 というのも、さっきまで見ていた夢がとてつもなく恐ろしい悪夢だったのだ。

 具体的に言うと、俺の師匠に訓練と称して四方八方から切り刻まれるというもの。

 師匠といっても『ゲームの』という言葉が頭に付く、しかしVRゲームが普及した現代じゃあ本当に『四方八方から切り刻まれる』というシチュエーションに遭遇できてしまうのだ、そして師匠はそれを実行する人でもある。

 いやー久しぶりに師匠にしごかれる夢を見てしまった、最初アレをやられたときは恐ろしさのあまり数日は自分の周りに刃物を持ったキャラがいるんじゃないかと疑心暗鬼に陥ったものである。


「……あんな夢を見るのも、アレが原因だろうなぁ」


 俺、斎藤 俊明は更なる困難を求め、フリーダムフロンティアを全裸武器縛りでクリアしようと冒険を始めた。

 つい昨日、チュートリアルボスであるサイクロプスを死闘の末に打倒し、幸先の良いスタートをきったはず……なのだが……。


「あっ! ちょうど起きたみたいっすね」

「へっ?」


 これまでの経緯を思い起こそうとしたら、目の前から声がかけられた。

 顔を上げてみてみると、そこには鉄格子越しにこちらをチラチラと覗いているポニーテールの女の子がいた……ってアレ? 鉄格子?

 そういえば、俺はさっきまで王都へ向かう途中の山道を歩いていたのに、景色がぜんぜん違うぞ?


 鉄格子の外は少女が腰かけている木製のイスやテーブル、棚などの日用品が置かれているのだが、どうにも屋内という訳ではないらしく、窓は一切なく明かりとなる物はランタンの炎だけで微妙に暗い。

 あと、なんか部屋の奥に斧やら剣やら革製の鎧とかが掛けられていて物騒な感じもする。


 最初は気づかないうちに殺されて、フラーロクス村のチュートリアルまで戻されてしまったのかと一瞬勘違いしたがどうにも違うらしい。


 フラーロクス村のダンジョンはもっと遺跡めいた造りになっているのに対して、ここは洞窟の中っぽい。

 そして何より、お迎えがじいさんじゃなくて女の子だし。



「えーっと……おはよう?」

「あ、おはようっす……?」


 とりあえずおはようの挨拶をする、いや、今が何時なのかはわからないんだけど。



「「…………」」


 無言、女の子の方は何て言い出せばいいか言葉を探っているみたいで、なかなか話し出すことができない。

 一方俺もちょっと予想外の事態に軽く思考停止してしまっていて、言葉がおもいつかない。

 なにこれ、こんなイベントって用意されてたっけ? そしてココは何処?


「その、聞きたいんだけど……此処ってどこ? 俺、なんで捕まっちゃってるんだ?」


 とりあえず、情報を集めるにも目の前には彼女しかいないので思ったことをそのままに質問する。

 目の前の女の子は憲兵や騎士団の一員には見えなかったし、何より俺は捕まるような犯罪は犯していないはずだ、それにこの場所は各都市にある牢屋の何処でもないみたいだし。


「え、ああっ、ここはその……山賊のアジトっす。山道で倒れてるのを私が見つけて……連れてきたっすよ」

「山賊? それに倒れてたって……ああ!」


 こっちから話しかけられるとは思ってなかったのか、女の子が少しうろたえながら答えてくれたお陰で気がついた。

 そうだ、俺は、フラーロクス村を出て、しばらく進んだから休憩しようとしてメニューを開いたら……。


「そうだ、ショックがでかすぎて気絶したんだった……。『ログアウトできなくなってる』から……! うあぁぁ、どうするんだこれ……!?」




 そう、『帰れないのだ』。

 このVRゲームの世界から、俺は抜け出せなくなっていることに気づいてしまった。

 いつも通りに、メニュー画面のホログラム映像を手のひらから開き、『オプション』の所をタッチして、『セーブ』を行ってから『ログアウト』する。

 それで帰れるはずなのに、なのに……!


「メニューがどうやってもでない……! どういうことなんだよぉ!?」

「へ? え、めにゅー???」


 気絶する前と同じく、手のひらを上に向けて何度も『メニュー』と思考をする。

 しかし、どれほど強く念じてもホログラム映像は出現しない。


 まさか、DLCを導入することによってログアウトの仕方が変わってしまったのだろうか?

 手のひらからメニュー画面が出てくるなんて現実的ではないから……?


 いやしかし、事前に調べたネットの情報にはそんな事は一切触れてなかった筈だ。



 そもそも、VRゲームは脳に直接干渉し、あたかも自分がゲームの中の世界にいると『錯覚』させる機械である。

 当然、何か不具合が起きた場合のリスクは相応に高く、だからこそ安全性を保証するために何千、何万、何億もの試験を重ねに重ね、やっとこさ世間に出回ることができた。


 勿論、その安全性を100パーセント信用できるわけでは無いが、それに限りなく近いぐらいVRゲームは安全に楽しめるものなのだ。

 だから、ログアウトが出来ないなんて事態そのものがありえないことだった。


 例外として、過去一度だけだが『VRMMOをログアウト不可にして、ゲームクリアしない限り脱出不可能のデスゲームにする』という、その安全性を打ち砕く事件が『ほぼ未遂』に終わってはいるが……。

 

(あれはオンラインだからこそ起きた事件だ、『フリーダムフロンティア』はオフライン専用ゲームだぞ!? 大人数ならともかく、俺一人を狙ってこんなことを起こすような奴なんて心当たりがない)


 自分が知る限りのログアウト方法を試しながら、どうしてこんな状態になってしまったのかを考えてみるが、やはり心当たりは無かった。

 じゃあVRマシンの不具合なのかと言うとそれも違う気がする、その場合安全装置が作動するし、VRマシンを違法で改造して安全装置を取り外したりしないとログアウト不可なんて事態は起きない。



「あのー失礼っすけど、その……どこか具合でも悪いっすか? メニューって、ここは酒場じゃないっすけど……?」

「うごごごごご……え? あ、ああ、メニューってそうじゃなくってだな。あー、NPCにはメタ発言通用しなかったか」

「?」


 頭を抱えて唸ってると、檻の外にいる女の子が心配してこっちをチラ見していた。

 さっきから意味が分からないワードばかり喋ってるからだろう、フリーダムフロンティアは制作スタッフが真面目なのか、NPCにログアウトだのメニューだの言っても理解出来ない。




 ……ううむ、ここでグジグジと頭を抱えているのも時間の無駄かもしれない。

 最悪、データが飛ぶかもしれないが、現実(アッチ)で父さんか母さんがVRマシンから降りない俺を見つけて外部から強制ログアウトをしてもらう事を祈ろう。


 なら、ログアウト出来るまではフリーダムフロンティアを堪能しておこう、果報は寝て待て、何事もポジティブに、だ。



「ごめんごめん、おまじないみたいなモノだから気にしないでくれ。そうだ、自己紹介がまだだった。俺は斎藤俊明、俊明が名前な。見ての通りの旅人……冒険者かな」

「見ての……通り……? あ、私はリッカ・ミノリっていうっす。山賊新入りっす」


 黒いポニテを揺らして、律儀に頭を下げて挨拶するリッカ。

 ……山賊のアジトというからには予想出来たが、やはり山賊の一員だったか。


 山賊、現代日本にはもう存在しないそれは、ファンタジーであるフリフロ世界には無数に存在するジョブの一つだ。

 山や海岸にある洞窟、炭鉱、放棄された要塞などありとあらゆる場所を根城とし、近寄る獲物は女子供だろうと容赦がない悪逆非道の族というのが通称なのだが……。



 あえて言わせてもらおう、彼らは弱者ザコであると!

 このフリーダムフロンティアの世界において、彼らほどの弱者は存在しない、むしろそこらのモンスターの方が強いぐらいである!


 別に彼らがRPGでいう『スライム』的な立ち位置という訳ではないが、現実世界でも実質最弱の扱いをされている。


 まず第一に装備が弱い、彼らが装備している『ハードレザーシリーズ』と呼ばれる防具一式、これは最序盤から狩れる野生動物の皮からお手軽に作れる&それなりに売れるという初心者ご用達の『売却』アイテムと言われておりその性能は最弱一歩手前とも謳われているのだ!

 唯一の利点と言えば、女性が装備すると胸の谷間が強調されるという野郎は大喜びのデザイン性のみなのだが、彼ら山賊は『どこでも』この装備で襲い掛かってくる。


 そう、たとえそこがラスボス手前のダンジョンの隣にアジトがあるなら、彼らはそこから我先にと襲いかかってくる。

 レベルだけはその場所に合わせてあるから、いいレベルアップのカモである。

 というかその装備でここに住めるのが不思議なくらいだ。


 次に、AI(あたま)が悪い。

 山賊はどうやら大量に出てくる為にNPCの中では最弱の位置づけにされてるらしく、動作に無駄が多くて隙だらけ、ガードすらロクにしないから強い武器持ってブンブン振り回すだけで勝ててしまうのである。

 あるイベントでは5人の山賊に囲まれ窮地に陥った女騎士を助ける、というものがあるがこの女騎士の装備とAIが優秀な所為もあって逆に返り討ちに遭うという始末。

 プレイヤーの中にはそのあまりの雑魚っぷりに山賊の方を助けてしまう人もいるくらいだ。


 また、攻略サイトの質問コーナーでも。

 Q.道中のNPCが強くて倒せない。


 プレイヤー側からこんな質問が出たりすると。


 A.山賊を狩って対人戦に慣れましょう。


 なんて答えが出るとおり、プレイヤーも山賊を虐殺しまくっている。

 彼らは犯罪者という設定の為か、『殺してしまっても罪にならない』というのが余計に拍車をかけてしまっているのも原因だろう。

 某世紀末漫画のヒャッハーどもより可哀そうなんじゃないだろうか。


「そうか山賊かぁ……悪いこと言わないから、足を洗ってまともなジョブについたほうがいい」

「し、初対面でいきなり転職を勧められたっす!? いやまあ確かにまともなジョブじゃないっすけど!」


 まだ若いのに命を粗末にする真似はよしなさい、と暗に言う。俺が言えた義理じゃないけど。

 ついでに最大限の哀れみの瞳もサービスしておこう、『そんな装備で大丈夫か?』と。やっぱり俺が言えた義理じゃないけど。


「ていうか、なんでさっきから俺をチラチラ見てるの?」


 会話が出来たついでに、先程からの疑問もぶつけてみる。

 そう、このリッカという女の子、俺を一度もまともに視界に入れてない。

 チラッとこっちを向いたかと思えば直ぐに視線を戻してしまうし、その度顔が赤くなってるし……まさか。


「はっ、まさか、恋!? 恋なのか!? ついにDLC導入でキャラクターからも一目惚れ要素が追加されたというのか!?」

「な、ななな何を言ってるんすか!? ぜんっぜん違うっす!!」


 更に顔を真っ赤にして否定されてしまった。

 そんなに強く否定されると逆に怪しく見えてしまうが、どうやらリッカは純粋に、こういう話は慣れてないだけのようだ。

 因みにフリフロでは気に入ったNPCと結婚できるシステムがあるが、それはあくまでプレイヤー側からアプローチしなければならなかった、DLCでキャラクターからアプローチしてくれるようになったのかと思ったが違うようだ。

 じゃあ一体何が原因だというのだろうか、そう考えてるとリッカはビシリと俺を指差して。



「あっ、あなたのその格好っすよ! 初めに見た時からずぅっとですけど、何ではっ、裸なんすかっ!!!」

「なんだそんなことか」

「超軽く受け流されたっす!?」


 どうやら、俺がふんどし(全裸だとデフォで装着する)しか装備してないのが見るに耐えなかっただけらしい。

 以前から装備してる物よって人の反応が変わる仕様はあったから、多少反応のバリエーションが増えただけなんだろう。

 そういうわけで新鮮味があまり無かったから、俺としてはどうでもいい事であった。

 体は鍛えてるし、見せる分には全然抵抗が無いのもあるし。


「そんな事じゃないっすよ! ほらっ、これを着て下さいっす! 服を着てくれなきゃ私が質問し辛いっす!」


 しかし、リッカにとっては我慢ならない事らしく、予備品であろうハードレザーの装備一式を部屋の棚から取り出して、鉄格子の前まで持ってきてくれた。

 わざわざタダで防具をくれるなんて、しかも山賊がである、当然俺はこんなイベントを体験したことが無い、だが……。


「いや別にそういうのはいいんで。何なりと質問してくれて大丈夫だから」

「断られた!? しかも何で上から目線なんすか!?」


 服など要らぬ! 俺が真に欲するは更なる困難よ!

 というわけで鉄格子の間から差し出されたハードレザー装備を丁重に押し返す。

 まあこの防具は譲ってもらわなくてもすぐ手に入る代物だし、ぶっちゃけ山賊を倒してしまえば装備を略奪できるし、そもそも装備しないし。


「いいからいいから。ほら、山賊が人に物を恵んじゃだめだろ? 立派な山賊になるならもっと極悪非道にならないと」

「さっきと言ってることが違うっす!? 山賊はやめた方が良いって言った癖に!?」


 ぐぐぐとそれでもなお服を押し付けてくるリッカを、結構な力で押し返す。

 女の子の腕力で俺をどうにかするなんて百年早い、ハードレザー装備を無理矢理返品してやった。

 しっかし、ジョブじいさんといいリッカといい、なんでNPCは俺に服を着せたがるのだろうか。


「はぁ、はぁ。うう……、なんで服を着てくれないっすか……」

「まあまあ、細かい事は気にするなって。それより何か聞きたいことがあるんだろ? 答えられる質問は全部言うから、じゃんじゃん質問してくれ」

「一応言っとくっすけど今あなた山賊に捕まってるんすからね。ふんどし一丁で」


 「普通もう少し怯えるもんじゃないっすかね……?」などと首を傾げるリッカ。

 初心者ならともかく今更山賊程度におびえる俺ではない、サイクロプスの方がよっぽど怖いというのもあるけど。

 

 さて、とりあえずこれでイベントが進むだろう。

 フリフロ廃人である俺ですら知らないこのイベント、一体何が起こるというのだろうか。



「はぁ……仕方ないっす。じゃあ聞くっすけど、まずどういった経緯であんなところにあんな格好で倒れてたんすか? どこから来たのかとかも含めて答えてほしいっす」

「ほいきた、俺はフラーロクス村から王都に向かって歩いてたんだけど……まあ、アレだ、帰り道が分かんなくなっちゃって、ついでに体力の限界も来て、ああなってた」


 こうなった経緯を、NPCでも理解出来る様に言うならこんな所だろうか。

 この手のイベントは、正直に話すか嘘をつくか、またはなにも喋らないかで内容が変わってくる類いだろう。

 とりあえず正直に話した反応が見たいので、嘘はついてないように喋る。


 質問したリッカの方は相変わらず俺をチラ見しながらだが、『フラーロクス村』という言葉に思い当たる節があったらしく「ああ!」と納得したようだった。


「フラーロクス村って、この山の近くにある魔物に襲われた村っすよね! 分かったっすよ〜つまり、トシアキさんはそこの魔物から命からがら逃げ出してきて、その時に装備も無くしちゃったんすね!」

「いや初めから裸だったけど?」

「どういうことっすか!!? また分かんなくなっちゃったっす!? 本物の変態さんなんすか!?」

「へ、変態じゃねーし!? ついでに言うと村にいた魔物はみんな倒したんだけど」

「どうやってっすか!? トシアキさん武器とか何も持ってなかったっすよね!?」

「え……素手?」

「もおぉぉぉ! 嘘をつかないで欲しいっす! いくら私が新入りだからってからかわないで欲しいっす!」

「いや嘘はいってねーよ!? 寧ろ真実しか話してねーよ!?」

「じゃあ、じゃあ何で裸のままなんすか。なんで冒険者なのに武器も持たずに旅してるんすか」

「あえて言うなら修行。目的は達成不可能な困難を求めて旅してる」

「やっぱり変態じゃないっすか! 魔物に襲われたいが為に裸でお外をうろつく不審者以外の何者でもないっす! トシアキさんの嘘つき!」

「だぁから嘘は言ってねぇぇぇぇ!」


 ちくしょう何なんだこのイベントは!

 何を言っても嘘つきになっちゃうじゃねーか!


 いやまあ確かにサイクロプスを倒せたのはジョブじいさんなんだけど、多少の違いはあっても全くのデタラメを言ったわけじゃないのに、リッカはイマイチ信用できないようだった。


 もしかしてあれか、荒唐無稽な真実よりありそうな虚構を話したら信じてくれるのか。


「うう〜! こ、このままじゃ何も情報が分かってないって叱られちゃうっす……! 本当は使いたくないっすけど、使いたくないっすけど……!」


 俺の話を聞いても納得いかないリッカは、テーブルの上に置いていたらしいヒモみたいな道具を持ってきた。

 どうやら随分と使い古された物らしく、あちこちに傷や、黒ずんだ汚れが目立つ鞭だ。


「……ん?」


 ふと、その鞭に何処か見覚えがあるような気がして、それを凝視する。

 あの黒ずんだ汚れ……ひょっとして、血の跡じゃないか?

 まて、だとするとあれは、あの血濡れた鞭は……!?


「す、す、ストォーップ!!? まてまてリッカ! それは、それはホント不味い!?」

「ひぇっ!? 何っすかいきなりっ!?」


 大声を出して制止する俺、それに驚いてリッカは鞭を落としてしまう。

 鉄格子の傍まで転がってきた棘つきの鞭をみて、俺はこれがどんな代物なのか確信した。

 これは……『フリフロ三大厨武器』と呼ばれている、忌まわしき武器だ!


「こいつは『血みどろ鞭』っていう拷問専用の武器だぞ!? この鞭で相手を叩くと、今までこの鞭が与えてきた痛みをまとめてぶつけるっていう、恐ろしい代物! ていうか何でココにあるの!?」


 血みどろ鞭、それは本来ならば『バンネルの拷問塔』という救いようのない罪人が最期に入れられる地獄に存在する、一対の鞭である。

 この二本の鞭の、もともとの持ち主は拷問塔の初代看守、他者を虐げることに悦びを感じる破綻者だった彼は自分が病死するその日までこの鞭を両手に罪人を拷問し続けていた。

 看守が死に、次の看守が選ばれた後も、この鞭を手にして拷問を行った人間はそれ以降他者を虐げられずにはいられなくなってしまうと言う『いわく』がついた、恐ろしい道具なのである。


 鞭の片方は行方がわからなくなってしまっていたのだが、プレイヤーはこの鞭をバンネルの拷問塔で入手できる。

 ……まさか、もう一方の鞭がこんなところにあったとは。

 ちなみにこの鞭には上記のような呪われた効果は一切ない、あくまでもこれは『いわく』ということなのだろう。

 しかしこの鞭が真に恐れられる理由は俺が言ったとおり『今まで与えていた痛みをまとめてぶつける』という点である。


 分かりやすく効果を説明すると、これで叩かれるとマジで痛い。

 どんなに我慢強かろうが、大人だろうが、赤ん坊みたいに泣き叫んでしまうほどの痛みがダメージ量に関係なく一瞬で体中に襲い掛かってくる。

 その効果はNPCや魔物にもてきめんで、コレを一発でも叩き込むと鎧で肌をガッチガチに守っていない限り痛みで転げまわることになる。

 そしてその隙にもう片方の手に持った武器で攻撃し、次に血みどろ鞭を振るう、更に武器で攻撃して鞭を振るい……と延々と続けることでハメ技が完成してしまい、プレイヤーは一対一なら負けはほぼ無くなってしまうのだ。


 一番の問題は、この武器はフリーダムフロンティアの続編である『フリーダムフロンティア2』に続投してしまってることだった。

 開発スタッフが一作品目から得た経験と要望を元にして作られたこの続編には、誰もが待ち望んだオンライン化が成され、夢の『プレイヤー対プレイヤー』が実現するという素晴らしいゲームだったのだ、この武器が存在しさえしなければ。


 つまり、どういうことかというと。

 夢にまで見たプレイヤー同士の戦いが、技と技がぶつかり合う闘争が、ほぼ9割型この鞭による無限SMプレイ地獄と化してしまった。

 初心者も熟練者も関係なしに鞭を一発当てれるかだけで勝負が決まり、戦いが始まる度に痛みによる絶叫が辺りに響き渡る。

 一応、痛いのは嫌だという人の為に『痛覚無視』を設定することが出来るのだが、代わりに鞭に当たれば痛くなくても必ず怯んでしまい負けてしまう。


 こんな事が毎日繰り返されてしまい、期待のフリフロ2は『ムチゲー』『ドSMゲー』『強い武器持って鞭で叩けばいい』などと言われてしまったのだ……。



 まあもっとも、そのムチゲー祭りは師匠が『面白くない』と言う理由で、鞭を装備しているプレイヤーを片っ端から刈り尽くしていき『鞭を装備していると死神に狙われる』という噂が流れたお陰で終焉を迎えることになったのだが。

 


 それは兎も角、今リッカの手から零れ落ちたのはそんな凶悪アイテムなのである。俺は絶対に使わない類の物だ。

 そして俺は今素っ裸である、絶ッッッ対に喰らいたくない!


「へ、へぇ……。この鞭って、そんな凄い鞭だったんっすね……」

「使おうとか思うなよ!? お願いだから!?」

「! ふふーん……どうしよっすかねー? 正直にお話ししてくれれば使わないこともないっすけど?」


 こ、こいつめ!? 自分が持ってる物の力が分かった途端に強気になりやがった!

 でも正直に話すって言ったって、まだ話していない変革者の話とかをしても、さっきの会話から察するに信じてもらえないかもしれない。

 なにか、なにか気をそらせる話題がないか……!


「そ、そうだ! 宝! 宝がある場所なら色々知ってるぞ!」


 この手があった!

 俺とてフリフロ廃人だ、このゲームに出てくるアイテムがある場所くらいなら完全に記憶できている。

 ならば、そのアイテムがある場所の情報なら、俺の個人情報の代わりになるんじゃないか?

 どうにもリッカは俺の話から山賊にとってメリットのある情報が欲しいらしいし、いけるはず!


「た、宝って……えええ!? ほ、本当っすか!?」


 リッカはよっぽど予想外の話だったのか目を見開いて驚いている。

 よし、このまま適当なアイテムの場所を喋って、さっさと檻からでることにしよう。


「ああ、俺は冒険者だって言っただろ? 職業柄、珍しい物があるって噂がある場所は網羅してるんだ」

「やったーっす! ホントにお宝の情報ゲットっす! これで、これでやっと山賊稼業からおさらば出来るっす!」


 ピョンピョンと飛び跳ねるリッカ、大手柄を挙げたことがそんなに嬉しかったのだろうかと思ったのだが、後に続く言葉でそうではないことに気付いた。


「山賊稼業からおさらばって……リッカ、もしかして山賊辞めたかったのか?」

「へ? え、ああ……まあ、その通りっす……」


 俺がリッカの発言を追及すると、リッカはばつが悪そうな顔をして、口ごもる。

 どうやら他の山賊には聞かれたくないことらしく、小声でヒソヒソと自分の本音を打ち明けだした。


「私、本当は冒険者になりたかったんすよ。一ヶ月前に、故郷の田舎を飛び出して街にある冒険者ギルドに向かってたっす」


「でもこの山を通り抜けようとしたら、ここの山賊(みんな)に襲われちゃって……。私、今まで人に武器を向けたことがなくって、それで追い詰められちゃって……もうダメだって思った瞬間に、リーダーさんが『お前を部下にしてやる』って言われて」


「ふむ。で、断ったら命が無さそうだから仕方なく山賊をしてる、と」

「はい……その通りっす。ほんとはトシアキさんがお宝を持ってたら、それを土産にぬけさせてもらうつもりだったんすけど」

「悪かったな食料以外何も持ってなくて」

「それはいいんでせめて服を着てくれないっすか?」

「すまないリッカ……俺、正直そんなに獣臭い防具は着たくないんだ……!」

「ひどい我儘を見たっす! 私だってちょっと気にしてるのに!」


 なるほど……つまりリッカは、今回の手柄を交渉材料になんとか山賊を抜けさせてもらえないか頼むつもりのようだ。


 ようやくこのイベントの全貌がみえてきたぞ。

 つまるところこれは『山賊少女の悩み』とかいう名前のイベントに違いない。

 ここでリッカにレアアイテムの場所を教えてあげれば彼女はめでたく山賊を卒業し、改めて冒険者への夢に向かって進めれる……そんなところだろうか。

 逆に大したことのないアイテムや、そもそもアイテムの無い場所を教えてしまえば夢破れたり、もしかしたら報復に来る可能性もあるかもしれない。



 ならばここで俺が取るべき行動はただ一つだ。

 最も困難な道のりを歩くために必要な選択肢、それは。



「うっし、俺に任せろ。めちゃくちゃレアなお宝の在りか、その入手方法、全部話す。その情報があればきっとリーダーも認めてくれるはずだ」


 素直に、お宝と呼べるアイテムの場所を教えてあげよう。

 もちろん、この娘を敵に回して戦うというのは確かに困難を増やすことにつながるのかもしれない。

 だが、たかだか山賊一人が報復してきたところで大したことないのである、ならば彼女には冒険者として、俺のライバルとして頑張ってもらった方が色々面白いに違いない。


 まあぶっちゃけ、レアな武器や防具の場所なんか知ってても装備しないんだから意味ないよね!

 だからあげちゃっても特に問題なし、人助けみたいなものだから気分も良くて一石二鳥だぜ。


「めちゃくちゃレア……! 期待していいんすよね!? 貴重な物なんすよね!?」

「モチのロンだ! どんな大商人でも目ん玉飛び出るぐらいの一品がある場所、教えてやんよ!」

「やったーっす! やっとこの山賊装備からおさらばっすー!」


 やっと夢がかなう、希望が見えたリッカは本当に嬉しそうに飛び跳ねる。

 ……ところで、さっきからこの娘が飛び跳ねる度にポニーテール以外の……その……別の部分というか、胸部装甲というか、結構大きいよな……ゴクリ。



「? どしたんすかトシアキさん。そんな前かがみになって」

「――――ん、んー? な、なんでもないぞ? 俺は紳士だからな? 安心してくれ」

「ふんどし一丁の人は紳士ではないと思うっす」

「ほ、ほらよく言うじゃない? 変態と言う名の紳士だって」


 いかんいかんいかん、心頭滅却せねば、相手はゲームのキャラなんだぞ。

 『煩悩に意識を持っていかれては凡ミスにつながる』師匠も言ってたじゃないか、ゲームに集中するんだ俺……!


 そうやって、俺が自らの煩悩と死闘を繰り広げているその時である。

 多分、それはリッカにとって『たまたま運が無かった』本当にそうとしか言えないようなタイミングでソイツは来てしまった。





「―――――リッカ、てめぇ。今、なんて言った?」


 ドガッ! と大きな破壊音を鳴らしながら、ソイツはやってきた。

 洞窟であるこのアジトにはドアなんて存在しない、破壊されたのはその洞窟の壁。

 拳を打ちつけた跡がくっきりと残るほどの剛腕、その肌の色は浅黒く濃い緑色をしている。



「ひっ……!!? あ、あ、ああ……!!?」


 そいつの顔を見て、リッカは心の底から恐怖してしまう。

 一か月前にも、自分はその顔を見て、夢を諦めてしまったのだから。

 よりによって、一番話を聞かれてはいけない相手が、今、来てしまった。




「山賊を辞める、だとぉ……! そんな勝手はぁ、許さねぇぞおぉぉ!!!」


 この山賊の頭であるオーク族の男が、鬼の如き憤怒の表情とともに来てしまった。

二話構成です、次回は戦闘、この主人公行く先々で戦ってばかりである。

感想などあれば、是非ともよろしくお願いします。

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