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理想のジョブ選択

ややこしいタイミングで召喚された主人公、異世界への第一歩を知らずに踏む。

 ――――世界を、変革せよ。

 現実世界とは大きくかけ離れた異世界「フロンティア」。そこでは剣と魔法が飛び交い、そして数多の魔物と人間が暮らし、争い、明日を生き抜く世界。


 しかし、今まで均衡を保っていた魔物と人間のバランスは、魔王の出現により突如として崩れ去った。


 魔王によって統率された魔物達による人間国侵略に、混乱に陥る人間たち。


 フロンティアの秩序が混沌を極めた時、あなたは伝説の変革者として現実世界から呼び出され、人間と魔物との戦争に身を投じることとなった……。



 以上、フリーダムフロンティア説明書2頁『物語のあらすじ』




「さあ! 偉大なる縛りプレイの始まイデッ!?」


 浮遊感と眩い光が途切れ、いざゲームが始まったか! と思った瞬間に俺を待ち受けたのは、落下による衝撃と腰に走る激痛だった。いってぇ!?


「〜〜〜ッ!?」


 あまりにも突然すぎて受け身も取れず、痛みのせいでゴロンゴロンとその場で転がってしまう。

 い、いったいどうなってるんだ!? ゲーム開始時ってこんなに痛い思いはしなかった筈だぞ!



「く、ぐぁぁ……! いきなりゲームの不具合でも起きたのか……?」


 確かゲーム開始時は地面に両足がついた状態で始まっていたのだ。それなのになんで今回に限って地面から若干浮いて開始したんだろうか。

 ログインする時もやけに時間がかかった気がするし、なんだかいつもと違うな。


 痛む腰をさすりながら、上半身を起こし辺りの様子を探ってみる。

 何故かというと、VRゲームの不具合で最も多いものは大体グラフィック関連であり、不具合が生じるなら真っ先にそこという定説があるわけなのだが……。


「う、ん……? な、なんだ、グラフィックが……」


 辺りを見回して、俺の目に飛び込んできた光景とは……。



 真っ先に感じたのは暗闇、壁に掛けられた松明があるので辺りが全く見えないという訳ではないのだが、薄暗く、陰気で、そこにいるだけでうわついた気分なんかは沈み込むんじゃないかと思わせる雰囲気。


 肌に、じめつく冷気がまとわりつく。 この場所に漏れ混んだ水が原因だろう、石が敷き詰められた天井から、ピチャン、と水が滴り落ちる音がした。


 どんな方向を向いても冷たい岩や石が詰められた壁と床しかなく、まるで地下牢みたいな一室である。正面に唯一の道があったが、錆び付いた鉄格子がこの部屋を抜け出すことを禁じている。


 勿論、俺はこの場所を既に知っていた。

 ここはゲーム開始時点、主人公が呼び出される最初の場所「フラーロクス村地下迷宮」である……のだが。


「お、おお、なんて……なんて素晴らしいグラフィック(けしき)! まるで現実みたいだ!」


 不具合なんてもんじゃない、以前よりもずっとリアルな感触に進化してるじゃないか!


「すごいな、地面の手触りなんかも本物の石みたいだ。水も気のせいか雰囲気に合わせて冷たく感じる……」


 フリフロは初期に発売されたVRゲームなので、「他のゲームと比べてグラフィックは劣っているのが唯一の欠点」と言われていたがこの変わりようは一体……?


 あっちこっちを触って、前にログインしたときとの違いを確かめている最中、俺はこのやけに現実じみたグラフィックの変化の原因に思い当たった。



「そうか、DLCか!」


 ログインする前にゲームに入れたDLC、その名も「リアルワールド」この現象はそれに違いない!

 DLCの内容はそのまんま「グラフィックを進化させ、より現実に近い世界。そして更に複雑化したNPCの思考回路(AI)を楽しめます」と言った感じだが、まさかこんな最序盤からそれを実感させてくれるとはな。




「神DLCと呼ばれるのも頷けるな。ここまで美しいグラフィック(けしき)、思わず見とれる」

「お前さん、こんなところが美しいなんて、何かの冗談か? それとも、魔物どもに家族でも殺されて気でも狂ったのか?」


 感動してたら唐突に声が聞こえた。俺の正面にある、この部屋唯一の出口である鉄格子の向こうからだ。

 しわがれていて、ひどく落ち込んだ老人の声、見てみれば鉄格子の前にボロボロの服をまとったおじいさんが俺を見ていたのだ。


 ここで、フリフロを始めてプレイする人は、暗闇から突然声がかかってびっくりするだろう。だが俺は初心者ではない、こちとら数年間やりこんだ廃人なので、このおじいさんの素性だって知ってるしこのタイミングで現れることも勿論知っている。


「なんだジョブじいさんか」

「なんじゃジョブじいさんて!? ワシの名前は『ジョブ』じゃないしそんな気さくに反応される筋合いはないわっ!?」


 あ、しまった。ついプレイヤー側の通称で呼んでしまった。

 突然脈絡もない愛称で呼ばれてジョブじいさんもびっくりしてる、えーと、本名はなんだっけこの人……。


「まったく、本気で気が狂っとるんじゃなかろうの……。ワシゃ「ジェイムズ」じゃ、お前さんとは初対面、誰かと間違うとるんか?」

「そうそう、ジェイムズだったそうだった。ごめんなジョブじいさん」

「本名言うてもジョブじいさん呼ばわりか!? なんなんじゃお前さん!?」


 あー、駄目だ。今まで呼び慣れ過ぎてどうしてもジョブじいさんと呼んでしまう。

 しかしNPCの反応も随分人間臭くなったなぁ、以前は別名で呼びかけても反応が無いだけでわざわざ訂正してくるなんてなかったんだが……やはりDLCの仕業か! よくやったスタッフ!


「ごめんごめん。俺は斎藤俊明って言うんだけど……、ここはどこなんだ? ジョブムズじいさん」

「混ざっとる混ざっとる、人の名前を覚えん奴じゃの。えーと、サイトウ トシアキ? 名前も妙なやつじゃ、東の国の人間か」


 このままでは話が進まないので、シナリオ進行のためのキーワードを俺は口に出した。

 基本的にフリフロの登場人物は、特定の場面で決められた言葉を投げかけると特殊な反応をしてくれる。この場合はジョブじいさんに「ここはどこか」というニュアンスの言葉を投げかければ「今いるこの場所を教えて、プレイヤーをこの部屋から出してくれる」のだ。

 ちなみに、キーワードを口にしなくても時間経過で勝手に説明して開けてくれる。まあこんなとこにずっといる理由もないが。


「ここか? ここはフラーロクス村の地下にある迷宮じゃ。知らんという事は魔物どもに襲われて、気が付いたらここに閉じ込められとった口じゃな。……ところで、こんなとこにいつまでもおるのはつまらんじゃろ。見たところ、武器も持っとらんし、失礼な奴じゃが危険そうには見えん。この鉄格子を開けてやるからこっちにこい」


 そういってジョブじいさんはゴンッゴンッ、と拳を鉄格子に撃ちつける。するとガタがきていたのかそれだけで鉄格子は大きな音をたてて倒れてしまった。


 ……あの鉄格子、周回を重ねたプレイヤーがどんだけ強力な攻撃ぶち込んでもジョブじいさんじゃないと壊せないんだよなぁ。そのせいで、「フリフロ最強って実はジョブじいさんじゃね?」みたいなネタがあったりする。


「おお、ありがとうジョブじいさん」

「あいたたた……もうジョブでもジェイムズでもいいわい。ほれ、こっちじゃ」



 痛がるジョブじいさんの後を追う形で、俺は閉じ込められていた一室を出ることにした。そこら辺の石でも使えばいいんじゃないかと思いながら。




 眩い光に包まれ、目を覚ました貴方が最初に目にしたのは、暗闇に閉ざされた地下の光景だった。

 かつて、のどかで、平和そのものだった村は、魔物と人間の戦争において真っ先に戦火を受け壊滅。

 大半の人々が逃げ出した後に残ったものは、魔物による支配と、支配される側である逃げ遅れた人々のみ。

 村から脱出するためにある迷宮の出口は塞がれ、牢獄と化していた。


 貴方は変革者として、そしてこの世界で生きるため、まずはこの村を変えなければならない――――


 以上、攻略サイトより抜粋『フラーロクス村』。



「なあ、ちょっと知りたいんだけど……」

「ん? なんじゃ?」


 ジョブじいさんについていく道すがら、俺はジョブじいさんの素性やフラーロクス村のことをいろいろ聞いておくことにした。

 まあNPCの話は全部知ってるし、むしろ俺の方がジョブじいさんよりもこの世界に詳しいのだが、道中話すことなく無言というのも気まずいからなぁ。


「ジョブじいさんって、一人でこんな薄暗い迷宮に暮らしてるのか? 上に村があるんなら、普通こんなとこに来ないんじゃ?」

「……あそこに捕まるまでの間に気を失っておったようじゃな」


 俺の質問に、ジョブじいさんは眉をひそめる。まあ、あまり思い出したくないことを聞いてしまったからな。

 しかし、こっちは一応素性不明、初対面、そして現実世界から突然別世界へ呼び出されたという設定なので、この質問が妥当であり、これくらいしか質問ができないのだ。


「上にある村はついこの間、魔王軍所属の魔物達に襲われて壊滅したわい。戦争のせいでな。ここは村が危険になった時に、村民が避難できるように作られた迷宮じゃよ。……まぁ、今となっては魔物どもが地下牢がわりに人間を放り込んでいるがな」


 村が襲われた光景を思い出したのだろう、はぁ……、とジョブじいさんは大きくため息をつく。



 この世界は、剣と魔法、人間や亜人、魔物が共存するファンタジーの世界だ。そして現在、魔物たちの親玉である魔王が軍勢を率いて人間たちに戦争を仕掛けている。

 フラーロクス村は、魔物たちの住む領土に近いからまっさきに巻き込まれてしまった村で。主人公はまさに戦争の真っただ中に召喚されてしまったわけ。


 この時点じゃまだ分からないことなのだが、主人公はこの世界の戦争を終わらせるために選ばれた「変革者」と呼ばれる存在で、普通の人間では出来ない「あること」ができる特別な存在なのだが……。


「で、トシアキか。ワシも聞きたいんじゃが、おまえさんどこから来たんじゃ? 随分と酷い身なりじゃから、乞食か、はたまた魔物どもに襲われてそうなったのかは知らんが、見た目からじゃ判断がつかんわい」


 と、ここでジョブじいさんから逆に質問された。

 正直乞食という評価はひどいんじゃないかと思う、というか名前間違えたのを根に持ってるなじいさん。


「俺は……、東の国の出身だ。ちょっと国境を越えようとしたら捕まった、というか乞食じゃあないぞ。魔物に襲われてこうなってるだけで元は立派な平民だ」


 とりあえずここは嘘をついておく。というかフリフロ世界において「変革者」という存在は一般的にはおとぎ話の類として認知されてるから「別の世界から来た」なんて言ってもどうせ信じてはくれない。


 ジョブじいさんは俺の返答を聞いてとりあえず納得したのか「ほー、東の国か」と言いながら俺をじろじろ見てきた。



 ――――――今まで歩いた距離と時間を見てみるに、頃合い的にはそろそろだろうか。

 え? 何がそろそろかって? それは、先ほどから俺がこのじいさんを「ジョブじいさん」と呼ぶ理由が、もうそろそろわかるという事だ。


「立派な平民という割には情けなさそうな若造じゃわい。『ワシの息子の方が何倍も頼りがいがあるわ』」

(――――きた)


 ジョブじいさんが「自分の子供について話をする」。この話題こそが、ジョブじいさんをジョブじいさん足らしめる最大の要素。

 実はこの会話が、後々になってこのゲームのプレイスタイルに大きくかかわってくるのだ。


「息子?」

「そう、お前さんなんかよりずっと出来のいい、礼儀がなっとる奴じゃったわ。平民という地位に満足せず、自分の将来をしっかりと見定めとったしの。くくっ、なんといったと思う? 『わしの息子が将来何になりたいと言ったか』予想できるか?」


 この質問、ようは「会ったこともないジョブじいさんの息子の夢を当てなければならない」という一見して無茶振りのような問いかけなのだが、これに対する「答え方」が重要なのである。


 ぶっちゃけてしまうとこの質問、プレイヤーはどんな職業を言っても正解してしまうのだ。

 そして、この後少しイベントを進行させると「この時答えた職業の装備が手に入る」のである。


 要するにこれはキャラメイクの一環であり、プレイヤーはここで自分がなりたいジョブを選択することになる。

 そしてジョブ選択の問いかけをしてくるじいさんだから「ジョブじいさん」という愛称がプレイヤーの間でつけられているのだった。


 ちなみにここで職業を宇宙飛行士とかプログラマーとか、お前ファンタジーなめてんの? 的な答え方をしても装備が手に入る。そうした場合はじいさんの反応は「何をいってるんだ」的なものになって、装備の方は「このイベントで手に入る装備からランダムかつバラバラ」に入手することになるが。



 さて、説明したとおりこれは重要な質問である。特に、「フリーダムフロンティアを縛りプレイ」する俺にとってはこの質問こそ第一関門といっても過言ではない。


 では、俺はこの質問になんと答えるべきか。


 剣を手にして、弱い者を背中に悪と戦い、人類の平和を切り開く「騎士」……否。


 杖を手にして、森羅万象を探究し、あらゆる魔法と叡智を知り尽くす「魔導師」……否。


 短剣を手にして、この世の金品財宝を欲しいがままに漁り、時には他者から盗み、奪う「盗賊」……否。


 弓を手にして、異世界を自由に駆け巡り、誰にも縛られない生き方をする「狩人」……否。



 足りない、こんな答えでは、俺の探し求める困難に辿り着くにはぬる過ぎる。

 俺が縛りプレイをするにあたって、この質問に対する最適な答え、それは…………。






「わかった、『無職(ニート)』だな。その手に職を持たず、俗世から解き放たれた、真の自由を求めし者だ!」

「はあ!?」


 武器などいらぬ! 信じるのは己の拳のみよ!


「まてまて待てぃ!? 息子はしっかり将来を見据えとると言ったじゃろ! 無職なわけあるかいワシの息子はな

「いやー流石だなー、このご時世に率先して働かないという選択肢を選ぶ勇気なんて俺にはないわー」

「じゃから違うと言っておろうが!?」

「恥ずべき事じゃないぜ、ジョブじいさん。人は皆、向き不向きがある、働くことに向かない奴だって一人くらいいてもいいさ」

「話を聞く気がないなキサマ!? どうしてもワシの息子を無職にしたいのか!?」


 息子を無職扱いされて欲しくないのかジョブじいさんは超反論してくる。

 だが俺とて引くわけにはいかんのだ! より困難な縛りプレイの為にも!




「ぜえ……ぜえ……いい加減にせんか……お前さん……。もう……目的の場所には……ついたんじゃぞ……!」

「はぁ……はぁ……! いやぁ……能ある鷹は爪を隠す…….と言うし…….働かないことで……はぁ……爪を隠すとは……息子さんもなかなか……」

「ま、まだ言うか……」


 息子さんの職業について、ジョブじいさんと熱いハイスピード論破アクションを行うこと数十分、お互いに息を切らせながらも俺たちは目的の場所に辿り着いていた。


 よし、ここまで来る間、ジョブじいさんの息子は職業「無職」で押し通せたぞ……つ、疲れた……。


「も、もういいわい……どうせお前さん……なに言っても話を聞かんじゃろうしな……」


 ぜぇぜぇと肩を上下させ、ようやく俺の説得を諦めたジョブじいさんは、さっきから歩いている道の壁のある一点に手の平を当てた。

 一見なんの変哲もない壁なのだが、よく見てみるとジョブじいさんが手を当ててる所を中心にして、壁に人間一人分の大きさの輪を作るようにヒビが入っているのが分かる。


「よいしょっと、隠し通路という奴じゃよ。ここが魔物どもの牢獄として使われとるのにワシが捕まっとらんのは、この通路を知っとるのが村の人間しかいないからじゃ」

「なるほどな……」


 ガコン、とジョブじいさんが手を当てた場所を押し込むとヒビに囲まれた部分の壁がスライド式に上がって、別の道が現れた。

 まあ、フリフロ廃人として何度もやりこんでいる俺からしてみれば、恒例行事みたいなものなのでさほど驚きはしない。むしろ、同じ展開というものはつまらなさしか感じない。

 ちなみに、隠し通路を通らずに進むことは現在できないのだが、このステージ攻略後に通常の通路を通ることができる。ただし、レベルが上がった中盤あたりでないと瞬殺されるような魔物がゴロゴロいるので直ぐに行くのはオススメしないが。


 そこから先は、またさっきと同じで隠し通路を歩くだけだった。時々ジョブじいさんと会話しながら道中をゆくこと数分……。


「さて、着いたぞ」


 隠し通路が終わり、開けた場所に辿り着いた。祭壇とかそんな大仰なものは何ひとつない、現代で言うならシェルターみたいな感じがする場所だ。

 唯一あるとすれば、地面や天井のヒビ割れや、そこら中に散乱としている瓦礫くらいなものか。


「いきなりじゃが、お前さんには今からあそこの瓦礫を退かす作業を手伝ってもらう」


 そう言ってジョブじいさんが指差したのは真っ正面の奥にある瓦礫の山だった。しかも5メートル近い高さの山である。


「えぇー……」


 いきなりの重労働宣言、まぁ理由はとうの昔から知っているがここでいきなり「はいわかりました」なんて言うのは不自然過ぎる。とりあえず、不服そうな顔をしてジョブじいさんに事情説明を求めておこう。


「仕方ないんじゃ、あそこは本来この迷宮の出口なんじゃが、上で魔物が暴れたせいで瓦礫に塞がれてしもうての。出ようにもでられん。幸い、村民の大半は逃げれたがワシだけ取り残されとった」


 まあ、そういうことである。あそこの迷宮の出口が塞がっているから、ジョブじいさんもこの迷宮の中に滞在せざるを得なかったのだ。

 確かに老人一人じゃこの瓦礫をどうにかするなんて不可能だろう。しかし……。


「じいさん。流石に俺一人じゃ、あの瓦礫は無理だ」


 あんな大きさの瓦礫を取り除くなんて、俺は到底不可能だと知っていた。確かにこの瓦礫をどかすのも困難と言えるかもしれないが、無駄作業ゲーになってしまう。

 というか、事実この瓦礫はゲームを始めたばかりじゃ決して崩せないようになってしまっているのだ。


 詳しく言うと、フリフロ世界では大抵の物に体力が設定されていて、勿論この瓦礫にも体力がある。

 要は体力をゼロにしてしまえばいいのだが、この瓦礫はかなり防御が高く、その上ゲーム内では珍しい自動回復のスキルがついている。

 結果、生半可な攻撃じゃ傷一つつかず、例えダメージを与えれたとしてもすぐに回復されるのがオチだ。

 壊せないこともないが、それはゲーム中盤くらいまで進んで強くなるか、二週目(強くてニューゲーム)からやるしかない。


「ふん、軟弱者が。じゃが嫌が応でもここをどうにかせねば、ワシらもいずれ魔物に見つかるか、餓死するかの二択。お前さんに選択肢なんてありゃせんわ」


 ジョブじいさんの言うとおり、出口はここしかない。しかし出口は破壊不可能な瓦礫の下にある。

 選択肢どころか餓死まっしぐらの状況にみえる、だが。


「それはどうかな? 出口はなくても、入り口はあるだろ?」


 あと一つ残された選択肢があるなら、そこしかない。つまり、魔物に襲撃された村まで引き返せば外には出られるというわけ。単純な話だ。


「……やめろ、やめるんじゃ」


 しかし、入り口という言葉を聞いた瞬間、ジョブじいさんの顔が青ざめていく。制止する声も震えていて、一番触れてほしくない所に踏み込まれてしまったような、そんな感じがした。

 ――――当たり前か、なにせ入り口を出れば破壊された村がある、嫌なことを思い出してしまうだろうし、何よりも入り口には……。


「それこそお前さんには無理じゃ! わしの話を忘れたか! 上にある村は魔物が蔓延っとる! 死ににいく気か!」


 叫んでまで制止してくれた。この人は一見不愛想に見えるが、本当は面倒見のいい人なのだ。見ず知らずの俺にここまで心配をしてくれるのだから。


「上等、ここで無意味に死ぬよりずっとマシだよ」


 しかし、ストーリーの進行上、進む道はそこしかない。行くしかないのだ。

 俺は正面にある瓦礫を無視して、広間の右側にある通路へ向かって歩き出した。こっちの道は迷宮の入り口近くに通じていると知っているから、迷うことなどない。


「こ、こら!? 待て、待つんじゃ!」


 ジョブじいさんが後を追ってくる、なぜ俺が入り口への道を知ってるかという疑問すら湧いてないようで、相当に慌ててるようだ。


 だが俺は歩みを止めることはない。

 ここから進まないと、困難に満ちた冒険は何も始まらないのだから。




 歩いていく道中、幸いにもモンスターとは出くわすことはなかった。

 ここはごくたまにだがザコモンスターが現れることがあるのだ、俺一人なら逃げれるが、後ろにジョブじいさんがついてきたままだと彼が巻き込まれて死んでしまうという悲しい事態に陥ってしまうからな。

 だが、人によっては雑魚に出くわさないほうが不幸だと言う人もいる。確かにそれも一理ある、なぜなら……。


「こっから先はいきなりボス戦だからなぁ」

「ひぃ……ひぃ……、け、結局、入り口まで来てしもうたわい……!」

「大丈夫かジョブじいさん」

「お、お前さんのせい、じゃぞ……! 早足で行きおってからに……」


 だってさっさと戦いたいんだもん、ジョブじいさんには悪いが、俺は閉じ込められるのにも飽きかけてたし。

 さて、先程述べた通りこの迷宮を入り口から出ると、すぐに門番をしているボスモンスターと戦うことになってしまう。


 「雑魚に出くわさない方が不幸」という意味をこの時点で気付く人もいるだろう。そう、このゲームを始めて最初の戦闘はボス戦なのだ。

 ここまで戦闘についてのチュートリアルは一切なく、いきなりである。説明書を読んでいる、もしくは来る前にザコモンスターと戦えたなら話は別だが。

 この、最近のゲームにはない不親切仕様は数多のフリフロユーザーを初見殺しの渦へ叩き落し、当初は賛否両論分かれたりした(もちろん俺は賛成派)。もっとも、今となってはこれもフリフロがやりごたえがあるゲームと呼ばれる理由の一つとなっている。


「ぜぇ、ぜぇ……。ホントに、本当に行くつもりなのか。トシアキ」

「何度止めようと無駄だぜ、じいさん。俺は行く」


 隠し通路の壁を掌で押すと、最初と同じように壁だった場所がせり上がっていって、入り口付近の道と繋がる。

 あとは入口へ向かうだけなのだが、一つだけ問題がある。

 それは俺にとって一番の難所ともいえる問題だ。


「何度だって言わせてもらうぞ、おまえさんじゃ無理じゃ」


 ジョブじいさんが俺を止めようと、口酸っぱく無理だと断言する。

 思い出してもらいたいのはこのジョブじいさんについてだ、ジョブじいさんはなぜジョブじいさんと呼ばれるのか、それについてはもう説明しただろう。


「その恰好じゃ、なによりも武器をもっとらんのに勝てる訳がない」


 そう、あの質問に対する答え。つまりジョブ選択の結果が、今まさに訪れようとしている。

 あともう少し進めば、ボスと戦う直前に装備を手に入れることができる。


「例え武器を持っとっても敵うものか。なんせ、奴は、この先にいる奴は……!」


 ジョブじいさんの声が震える、この先にいるボスを思い出したくもないのだろう。その顔は苦痛でしわくちゃに歪んでしまっていた。

 もう、分かるだろう。なぜ「じいさんの息子が目指したジョブとおなじ装備が手に入る」のか。

 答えは実に単純で、そして残酷なものだ。




「わしの……わしのせがれを、殺したんじゃからな……!」


 目の前にある入り口の傍に、鎧が落ちていた。

 この地域一帯をおさめている国の騎士団の甲冑、籠手の傍にロングソードと盾が壁にたてかかっている。


 

 近くにコレの持ち主はいない。しかし、兜はぐちゃぐちゃに潰れ、鎧にも血がべったりと付着していることから、持ち主が未だ生きているとは考えられないだろう。

 むせ返るほど濃い血の匂いに吐きそうになる。以前だったら匂いまで再現されてなかった、しかしいくらDLCでリアルになったとはいえ、これはあまりにリアル過ぎる……。


「息子はな、騎士になりたいと日々訓練しておった。それでもこの様よ。骨すら残らず死んだんじゃ。これを見ても、まだ行こうとするか?」


 ジョブじいさんは脅すような口調で俺に言う。

 しかし俺は知っている。それは、他の村人を、自分の父親を逃がすために一人村で戦い続けた息子を止められなかった、その後悔から言っているという事を。


「…………」

「……それでも行く、か。そうじゃろうな、そうじゃろうとも……息子と同じ目をしとる。なにをいっても止まるつもりはないか」


 俺は無言で応じると、ジョブじいさんは諦めてくれた。ちなみにここで何か言うともう10回くらい引き留めようとしてくる、どんだけ行かせたくないんだじいさん。


「もう好きにせい、何処へ行こうとワシは知らん。と言っても、装備も無いままじゃ死ぬだけじゃろうがな……」


 そう言い放って、ジョブじいさんは息子さんの遺品となった甲冑の方を見る。


「じいさん………ありがとな、心配してくれて。じゃあ、行ってくる」


 対する俺はジョブじいさんにお礼を言って、息子さんの遺品なんて目もくれずに入り口へと歩き出して――――


「まてまてまてぃ!? お前さん、ここはそこの装備を拾うとこじゃろう!?」


 ――――ジョブじいさんに呼び止められてしまった。おっかしーなー、無言で答えたから止められない筈なんだけど。


 そう、本当は選択したジョブの装備を手に入れるのがこのイベントの目的なのである。

 ただまあ、ここで装備を手に入れちゃうと入り口にいるボスはやり込んだプレイヤーである俺にとってはただの雑魚になってしまうのでどうしても取るわけにはいかない。


「えー、別にいいじゃん。減るもんじゃあるまいし」

「減るとか減らないとかそんな話じゃないぞ!? お前さん本当に死んでしまうぞ!?」

「すまないじいさん……俺、鉛筆より重たい物装備したことないくらいひ弱なんだ……!」

「そんな見るからに筋肉質な健康体で言われても説得力がまるでないわ! 嘘をつくな嘘を!?」

「すまないじいさん……俺、正直そんなに血がベットリ付いてる鎧装備したくないんだ……!」

「それは本音かもしれんが言っちゃダメじゃろう!? そこまで装備したくないのか!?」

「ああ装備したくないね! 俺は息子さんと同じでニート志望だし!」

「だから息子は騎士になりたいと言ったじゃろうが!!! 本当に話きいとらんな!?」


 駄目だ、何度嫌だと言ってもジョブじいさんは俺に装備させたいらしい。

 むしろ今までよりずっとしつこい! そんなに心配してくれるのは嬉しいっちゃ嬉しいが、俺の欲する困難はこれを装備してしまったら達成できないのだ!


「ああもう! 俺は別に息子さんの仇を取るわけじゃない! だからこいつは装備しない! この甲冑と剣を持つのにふさわしいのはじいさん、アンタだ!」

「んなっ……!」


 半ばやけくそ気味に叫んでたら、じいさんが怯んでくれた。

 よっしゃチャンス! この隙にさっさと入り口から出る!


「じゃあなジョブじいさん! 俺が勝つまで外にでるなよ!」

「あ! こら! 待つんじゃトシアキ! せめて、せめて武器を持たんと、絶対に死んでしまうぞー!!!」


 ジョブじいさんの声を背に俺は飛び出した。

 『絶対に不可能』だからこそ俺は行くんだよ、そう頭の中で返事をしながら。




 迷宮を出た俺の視界に飛び込んできたのは、ボロボロに破壊された教会らしき建物の中だった。

 以前は立派な建造物であったはずのそこは、魔物達が暴れ回ったせいで屋根は焼け落ち、入り口があった壁は崩れ、外にある村の広場が広がっていた。もはや教会としての役目は果たせず、ただの壁の囲いだ。



「……グ……ググググ……」


 そして、その囲いの外。村の広場にソイツはいた。

 広場の中心に5メートルぐらいの大きさの黒い塊。

 よく見れば、それは人型をした、明らかに人ではない大きさの何かが胡座をかいて座っているのが分かるだろう。


 ソイツは迷宮から出てきた俺に気付き、ゆっくりと、実に緩慢な動作で立ち上がる。

 立ち上がることで、ソイツの大きさは倍近くなり、筋骨隆々とした身体が更に威圧感を増す。

 鎧などは着ておらず、ただ大きなボロ布を体にまきつけているだけだが、それでも並大抵の武器では傷はつけられないだろう。


 「ゴガガ…….グググググ……!」


 牙が生え揃った口からは、どんな肉食獣よりも獰猛な唸り声が漏れる。

 同時に、右手で近くにあった瓦礫の山から巨大な柱を取り出した。元々は建物を支えるためのものだが、今となってはこの怪物の得物と成り果てていた。


 恐るべきサイズ、恐るべき膂力、恐るべき凶暴性。

 人の姿形を取りながらも人間からは遠くかけ離れたソイツの目は、一つしか無かった。


「門番サイクロプス……! 待ってたぜ、お前と戦うのを……!」



 呟くと同時に、後ろで鈴が鳴るような音がした。結界が張られ、迷宮の入り口が塞がる音だ。

 見れば入り口には真っ白な霧の壁に覆われている。


「ガァァアアアアッ!!!」


 サイクロプスに対し、こちらは無手、退路は既に塞がれた。

 ついに、ついに待ちに待った圧倒的無理ゲーが幕をあけるーーーー!

次回は戦闘回、長文になってしまいました。

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