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005話:戦慄! 愚者の化身の恐ろしき呪い!

前回までのあらすじ:おねえの無事を確認したことに安堵し、知衣は改めて戦う決意をする。まずはブースト・トンファーになれるため、特訓に精を出していると、再びアルドが魔法少女サラの気配を察知した。

「これは……ひどい」

 ブースト・トンファーで山の上から魔法少女サラの元へと一気に飛んだわたしは、現場を見てそう呟く。

 魔法少女サラが暴れていたのは、地元の市民グラウンドだった。

 市民グラウンドは野球場やテニスコート、室内プールといった運動設備がひと通り揃っている施設だ。

 今みたいな夕方や休日には、人々の楽しそうな声が聞こえてくる場所なのに。

 今聞こえてくるのは、ハーッハハハハ、という魔法少女サラの耳障りな高笑いと、人々の苦しそうなうめき声だけだった。

 よく見れば、魔法少女サラの隣には身長180cmくらいの、細身でピエロのような仮面をかぶって奇抜な服に身を包んだ男が立っている。

 そしてその周りで、グラウンドに来ていた人たちが頭を抱えてもがき苦しんでいる。

 ああ、間違いない。

 人々が苦しんでいるのは、魔法少女サラと、隣にいるピエロ男の仕業だ。

 というわけで。

「ふんっ!」

 わたしはこっそりと2人の後ろから接近し、そのままピエロ男の背中を思い切りトンファーで打ち抜いた。

「ぐべらっ!?」

 手応えあり。

 ピエロ男はブザマな悲鳴をあげてふっ飛び、そのまま見苦しく地面に這いつくばった。

 わたしの襲撃に気付いたらしい魔法少女サラは、少し慌てた様子でふっ飛ばされたピエロ男のやや斜め後ろに退避する。

 ピエロ男が立ち上がるのを待ってから、わたしは名乗りを上げた。

「愛と正義の使者、魔法少女チイただいま登場!」

 悪を滅ぼす『正義の味方』が現れたことを知らしめてやるためにだ。

 うん、なんというか気持ちいいくらいに決まった。

「待て、後ろから不意打ちしといて『愛と正義の使者』なんて名乗るな!」

 と思っていたのに、すかさず魔法少女サラからそんなツッコミを貰ってしまった。

 台無しだ。

「何が不満なのよ。どんな手段を使おうと、悪を滅ぼすわたしは正義に決まってるじゃない」

 苛立ちを隠さず、わたしは言い返す。

「いやチイさん、もう少し世間体というものも考慮してください」

 しかしわたしの発言に対しての反論は、わたしの斜め後ろにいたアルドから飛んできた。

 ……こいつだけは味方だと思ってたのに。

「まったく、とんだ『愛と正義の使者』がいたもんだ。まあいいや、魔法少女チイ! それでも、アンタにはこいつは倒せない!」

 そんなことを考えていると、魔法少女サラは得意げに笑いながら、ピエロ男を指した。

「お初にお目にかかります、魔法少女チイ様。わたくし、アルカナナンバー00(ダブルゼロ)、愚者の化身アバター・オブ・ザ・フールと申します。お見知りおきを」

 と同時に、気味の悪い、粘着質で高い声が聞こえてきた。

 ピエロ男改め愚者の化身の自己紹介は、酷く慇懃無礼だった。

 さらにそれを引き継ぐようなタイミングで、魔法少女サラはまた自慢げに語り始める。

「前回のアンタの戦い方、アタシは忘れちゃいない! アンタのトンファー・ブーメランを封じるため、こいつは前の化身より耐久力を上げてあるのさ! 具体的には、3回までならあの時の一撃に耐えられるくらいにね! 意味がわかるかい?」

「……えっと……」

 まずい。

 途中から聞いていなかった。

「そう、今アンタが考えた通りさ!」

 と思っていたら、魔法少女サラがいきなりそんなことを言い出した。

 どうやら困惑するわたしを見て、わたしが何か察したと思っているらしい。

 今『ごっめーん実は聞いてなかったの☆ テヘぺろ♪』とか言ったら怒られるかな……。

「アンタのトンファーは、右と左に一つずつしかない! つまり! トンファー・ブーメランは、2回しか使えないってこと!」

 なんて考えていたら、魔法少女サラはびしぃっ! とわたしを指差してそう宣言した。

 まあ断片的に聞いてるからやっぱりよく分かってないんだけど。

「だから! アンタの必殺技、トンファーブーメランを全弾打ち切ったとしても、愚者の化身は倒せない!」

 そこまで嬉しそうに言い切ってから、魔法少女サラはわたしをドヤ顔で見る。

 ……あぁ、話題はトンファー・ブーメランについてだったんだ。

「いや、もうあの技使わないし」

 とりあえず、そうツッコんでおく。

「……は?」

 対する魔法少女サラは、『え、ちょっと待ってアンタ何言ってるの?』とでも言いたげな、凄く困惑した顔をしている。

「だから、もうトンファー・ブーメランは使わないの。探すの面倒だし……」

 厳密には、アルドに『失くすと大変だから使うの禁止』と言われているのだ。

「チイさん。先ほどの彼女の話から察するに……あの愚者の化身、あと3回くらい殴れば倒せるようです」

 あ然としている魔法少女サラに掛ける言葉を考えていると、アルドがそう耳もとで囁いてきた。

「え、なんで分かるの?」

 アルドの声が魔法少女サラには聞こえてない、という事実を思い出し、小声で訊ねる。

「……さっき魔法少女サラ本人が言っていたことを言い換えただけなのですが」

 呆れたような苦笑いを浮かべて、アルドはそう応えた。

「わかった。とりあえずあのピエロ、3回くらい殴ったら倒せるのね」

 今度は魔法少女サラに聞こえるように言ってやった。もちろんドヤ顔で。

「……そうさね、確かにあんたの言うことは間違ってない。でも、愚者の化身の本当の恐怖はここからさ!」

 図星らしく、魔法少女サラはちょっと動揺した様子を見せる。

 だがすぐに大仰に腕を振るって、周りにいる、苦しんでいる民間人にわたしの意識を向けさせた。

「こいつらが苦しんでいるのは他でもない、この愚者の化身のチカラなのさ! アンタも食らいな!」

 そして言うが早いか、指を鳴らして愚者の化身をけしかける。

「……愚者の嫉妬フールズ・エンヴィー

 それに応えて愚者の化身が唱えた瞬間、やつの正面に黒い球体が浮かび上がった。

 そう認識した直後に、それはわたしに向かって飛んできていた。

「チイさん、避けてください!」

 必死にアルドが叫ぶが、早すぎる。間に合わない。

 わたしは避けることもままならず、直撃を受けた。

 一瞬だけ、ちくりという感じの……例えるならシャーペンの芯の先で軽くつつかれたような、軽い痛みが頭に走った。

「きゃあっ!」

 突然の衝撃(威力は相当にショぼいものだったが)に驚いたわたしは、思わず悲鳴を上げる。

「ハーッハッハッハァ! 愚者の化身はね、賢者を妬み呪うのさ! 魔法少女チイ! アンタも、こいつらみたいにもがき苦しみなァ!」

 その様子を見て、魔法少女サラは愉しそうに笑っている。

 こいつ、マジで外道だ。

「チイさん、大丈夫ですか?!」

 慌てた様子で、アルドがわたしに訊ねてくる。

「平気よ、ちょっとちくっとしただけだから」

 対するわたしは、平静に答えた。

「ハーッハッハッハッハァ……あ、あれ?」

 わたしが回りの人間ほど苦しんでいないことに気付いたらしく、魔法少女サラも高笑いをやめ、こっちを見る。

「……ありえない、『ちくっとした』だけで済むなど! 愚者の化身、もう一回だ! 今度はしくじるんじゃないよ!」

 そしてわたしに効いてない様子なのが納得がいかなかったらしく、再び愚者の化身をけしかけてきた。

 その声に応え、さきほど見た光景が繰り返される。

 愚者の化身が呪文(?)を唱え、黒の球体を作り出す。

 その球体はわかっていても避けきれないほど早く、私に迫ってくる。

 そして触れた瞬間に、もう一度。『ちくりとした』程度の痛みを感じた。

 それが始まりで……そして終わりだった。

「……やっぱり『ちくり』としただけね」

 少しだけ間を置いて、それ以上影響がないのを確認してからそう言い切る。

「なぜ……」

 直撃を受けても周りの人たちみたいにもがき苦しんだりしないわたしに納得がいかないらしく、魔法少女サラは歯噛みしていた。

 そしてしばらく無言で考え込んでから、急に何かに気付いたらしくハッとなって口を開く。

「まさかお前……『バカ』……か?」

「おい」

 わたしのツッコミ(あとで聞いた話だが、アルド曰くかなりドスの効いた声だったらしい)を無視し、魔法少女サラは言葉を続ける。

「妬みで一般人を悶絶させるほどの苦痛を与える愚者の化身が、『まあ攻撃技だし一応ダメージは与えておいた方がいいよなあ』と思う程度の……ッ! 愚者が『妬まない』くらいの……バカ……だと言うのか……ッ!?」

 本当の『恐怖』というものを知ったのは、どうやらわたしではなく魔法少女サラの方だったようだ。

「……ねえ、アルド」

 わたしは静かに、アルドに声を掛ける。

「な、なんでしょう。チイさん」

 アルドが少し動揺しているのは、わたしの怒りをすぐ側で感じ取ったからだろうか。

 しかしそんなこと、今はどうでもいい。

「キレていいよね?」

 わたしは本題を訊ねる。

「……どうぞ」

 よし。

 や、まあ正直。

 駄目、って言われてもやることは一緒だったんだけど。

起動ウェイク、トンファーブースター! 魔法少女サラァッ! 誰がバカだこの野郎ォォォォッ!!」

 獣のように咆哮を上げて、わたしは愚者の化身に突っ込んでいった。

 スピードに任せて突進、まずは右のトンファーでストレートを叩き込む。

 その一撃が腹に入り、うずくまった愚者の化身に容赦なく膝(膝当ては多分金属製)蹴り→左のトンファーでアッパーカットの3ヒットコンボ。

 綺麗に決まり、愚者の化身はそのまま霧消した。

「次はあんたよ、魔法少女サラ!」

 びし! っと魔法少女サラがいたはずの方をトンファーで指す。

 しかし、そこに魔法少女サラの姿はなかった。

「チッ、覚えてな!」

 声がした方を見ると、魔法少女サラは既に箒に乗って空を飛んでいた。

 というか、飛び去っていった。

 しまった、またこのパターンか……。

「なら仕方ない、必殺……」

「ブーメラン禁止」

「うぐ」

 やる前にアルドに止められてしまった。

 思ったより鋭い……。

「だって、こうでもしないと届かないじゃん!」

 わたしは不満気にアルドに言い返した。

「前も言ったとおり、そのトンファーに予備は無いんですから。武器を失うよりは、ここで彼女を逃がす方がリスクが少ないんです」

 だがアルドも負けじと言い返してくる。

「……わかった。っていうか、さすがにもう届かない距離まで逃げられちゃったし」

 もっとぶっちゃけて言えば、既に見失っている。

 追跡も不可能だった。

 辺りを見渡すと、愚者の化身の呪いを受けていた一般人達が起き上がり始めている。

『チイさん、退きましょう。色々聞かれても面倒です』

 その様子を見て、アルドがそう言った。

「……わかった」

 少し後ろ髪を引かれる思いだったが、わたしは素直にトンファーでその場をあとにした。

 アルドの言うことももっともだと思ったからだ。

 というわけで。

 本日の戦闘、これにて終了である。

 



 翌朝。

「おはよう、沙良ちゃん!」

「お、おはよう。知衣ちゃん」

 わたしの挨拶に、いつも通り控えめに沙良ちゃんは返した。

 沙良ちゃん……周防すおう 沙良さらはわたしの幼馴染だ。

 家がそこそこ近いこともあって、小学校で出会ってから7年来の付き合いになる。

 流れるような、ツヤのある黒いロングヘア。

 身長はわたしと同じくらいなんだけど、胸が相当に大きい。

 なんていうか明らかに中学生だと思えないレベルである。

 もっとも沙良ちゃんはかなり大人しいというか内気な性格であんまりクラスでも目立たないせいか、それに気付いている人は案外少ないみたい。

 でも優しいし、意外と芯が強いところもあったりする、信頼できるいい子なのだ。

 そんな大親友と、今日もいつも通りに二人でおしゃべりしながら学校へ向かう。

 話題は主に、昨晩やってたテレビの話とか、今日提出しないといけない宿題の話とか。

 あと沙良ちゃんの趣味であるタロット占いで、今日の運勢を占ってもらったりするのは日課になりつつある。

 正直タロットの解釈はよく分からないんだけど、今日の運勢は『逆位置のTHE LOVERS』らしい。

「そうだ、知衣ちゃん。今朝のニュースって観た?」

「ニュース? 何かあったの?」

 突然、沙良ちゃんからちょっと珍しい話題が飛んできた。

 わたしがニュースみたいな堅苦しい番組を観ないことは、沙良ちゃんも知ってるはずなのに。

「えっと、昨日の夕方に市民グラウンドが荒らされた、って話……なんだけど」

 ……昨日の夕方、て。

 それ明らかに、わたしと魔法少女サラの戦いじゃないですか。

 やばいどうしよう。

 アルドには一応、わたしが戦っていることは回りには隠すように言われている。

 なんでも、巻き込んでしまう可能性が高いからだそうだ。

 …………しらばっくれるしかないか。

 ちょっと心苦しいというか、後ろめたいんだけど。

「えっと……し、知らない」

 うわ、声がめっちゃ上ずった。

 嘘ついたのバレバレじゃないのかな、これ。

「……そうなの? 良かった、じゃあ巻き込まれてはなかったんだね」

 と思ったら、わたしの返事に沙良ちゃんは安堵したような笑みを浮かべてそう言ってくれた。

「近所だったから、ちょっと心配してたんだ。もし知り合いが巻き込まれてたらどうしようって思ってたんだけど……」

 心底ほっとした、という感じの表情だ。

 ニュースではどんな風に発表されていたんだろう。

「荒らされた、ってどんな感じだったの?」

「えっと……ニュースだと、グラウンドの一部が壊されてて、何人か昏倒した人がいたって。しかも、原因が判ってないんだって。昏倒していたって人も特に異常は見つからなかったらしいし」

「……そうなんだ」

 ……グラウンドの一部を壊したの、多分わたしだ。

 でも、ちょっとだけほっとした。

 グラウンドで倒れてた人、みんな無事だったんだ。

 沙良ちゃんからその話を聞かされて。

 わたしは改めて、魔法少女をやってて良かったと思えた。




 そして放課後。

「さあアルド、特訓するよ!」

 昨日に引き続き、学校の裏山で魔法少女チイに変身したわたしは、アルドにそう伝えた。

「おや、今日はかなり気合が入ってますね。今朝の一件ですか?」

 アルドもどこか嬉しそうだ。 

「うん。ああやって誰かから聞かされると、改めてわたし頑張ってたんだなって実感できるよ」

 正直、朝の沙良ちゃんの話が終わってから、わたしはずっとにやけていた。

 沙良ちゃんに言われて、改めて誰でもない自分が、街の人たちを守ったんだという実感が湧いてきたからだ。

 わたしにだって、出来ることがある……それを知れたことが、なんだか嬉しかった。

「わかりました」

 そんなわたしを見ていた、アルドは。

「でしたら、今日はチイさんに必殺技を授けましょう」

 不敵な笑みを浮かべて、わたしにそう告げた。



続く。



知衣「さーて、ついに次回はわたしの必殺技が見られるよ! もう何も怖くない!」

アルド「知衣さん、その発言はやめておいたほうがいいと思うんですが……いろんな意味で。

 まあ、とにかく。

 次回、魔法少女チイ第006話。必殺! トンファー・キック!

 さあ、ついに明かされる魔法少女チイの必殺技とは一体!?」

知衣「ややや、めっちゃタイトルで名前言ってますやん……」

ありがとうございました。


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