表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

004話:知衣の姉、宇井千歳

前回までのあらすじ:魔法少女チイは、魔法少女サラを辛くも撃退する。しかし姉の死に変わりはなく、それを母に伝える役目を重く感じながら、知衣は帰路に着く。

「……ただいま」

 迷う気持ちを胸に抱いたまま、わたしは帰宅した。

 時刻は既に19時を回っている。

 あの後……魔法少女サラとの激闘が終わった後、まずはブン投げたトンファーを探した。

 それはすぐに見つかったのだが、それでも帰るのがこんな時間になっているのは……かなり寄り道をしたからだ。

 大幅に回り道をしてみたり、特に急いでもない用を済ますため、コンビニに立ち寄ってみたり。

 そしていざコンビニに入ってもその『用事』をさっさと済まさず、雑誌コーナーで漫画雑誌をひと通り立ち読みしていたり。

 とにかくわたしは、家に帰るのを先延ばしにしていた。

 結局、決心がつかなかったのだ。

 だって。

 帰ったら、認めないといけなくなるから。

 家に帰って……おねえがまだ帰っていないことを確認してしまったら。

 おねえがそこに帰ることはない、ということを、受け入れるしかなくなってしまうからだ。

 それが嫌で、わたしはついさっきまで外をうろついていた。

 もし母さんから『とっとと帰ってこい(要約ではなく原文まま)』というメールが来ていなければ、今もそのまま帰宅せず、外をぶらついていたに違いない。

 とにかく母さんの一声で帰ってきたわけだけど、迷う気持ちが消えたわけはなく。

 むしろ、実はおねえは死んでなくて、家に帰ったら、いつもみたいに笑顔でわたしを迎えてくれるんじゃないか……そんなありえない妄想をして、現実から目を逸らそうとしているくらいだ。

「あ、ちーちゃんおかえりー。遅かったね?」

 そうそう、こんな感じ。

 さすが生まれたときからずっと傍にいてくれたおねえの声、脳内再生時のリアルさが半端じゃない。

 声の発生源に目を向ければ、ちゃんと姿も見えた。

 でも今は、おねえに構っている場合じゃない。

 母さんに会うのが先だ。

 母さんに会って、おねえが死んでしまったってことを伝えないと……。

 …………あれ?

「ややや、待てい!」

 よく考えたら矛盾している状況に、とりあえずわたしは全力で突っ込みを入れる。

 今なぜか家の玄関にエプロン姿で立っている『おねえ』こと宇井千歳うい ちとせその人に。

「どうしたのちーちゃん。いきなり大声出して?」

 わたしのソウルフルな叫びを、おねえは首をちょこんと傾げて天然ふわふわロングヘアを揺らし、ふんわりと受け止める。

 ……このちょっととぼけた感じの仕草。

 間違いない、これはおねえ本人だ。

「…………えっと。おねえ、今日バイトじゃなかったの?」

 現状を把握しきれないので、少し考えてからそう訊ねる。

「あー、ちょっと友達にシフト変わってほしいって言われて。今日はお休みになったの」

 すると、いつものにこやかな笑顔でそう答えてくれる。

 ……ああ、そうだった。おねえは成績優秀、家事万能な上に……運も強いんだ。

 商店街の福引とかであっさり2等とか3等を当ててきたり。

 今『テンダーパフ』でバイトしているきっかけは、手違いで家に届いたダイレクトメールだったり。

 初詣のおみくじでは毎年大吉を引いてたり。

 トランプのポーカーやブラック・ジャックがやたら強かったり。

 平均以上のスペックを持ちながら、さらにそれを強運で底上げして理想的な人生を送っている……そういう人なのだ、うちのおねえは。

「……おねえ、携帯は?」

 となると、さっきおねえと連絡が取れなかった理由も想像がつく。

「携帯?」

 わたしがそう訊ねると、おねえは首を傾げながらロングスカートのポケットに手を当てた。

 ここからはここ一ヶ月くらいで見慣れた光景である。目を閉じても、ここからのおねえの行動が想像できるくらい。

 おねえは『しまった』という顔をしてから、「ちょっと待ってて」とだけ言い残して、パタパタとスリッパを鳴らしつつ自分の部屋に走っていく。

 そしてまたパタパタとわたしの前に戻ってくるのだ、先月の頭くらいに買った、スマートフォンを手に持って。

「……やっぱり」

 手のスマホの画面を見てから、わたしは苦笑しつつそう呟いた。

 画面は真っ暗だった。

 もちろん、それが示すのは電池切れだ。

 おねえはまだスマホの電池消耗の早さに慣れないようで、ここ一ヶ月くらいはよく電池切れを起こして、音信不通となっているのである。

「えへへ、ごめんね。もしかして、何か連絡くれてた?」

 そして、いつも通りちょっとだけ申し訳無さそうに微笑む。

 ここ一ヶ月で、そろそろ見飽きたなぁ、と思っていた光景だった。

「……ばか」

 30分くらい、前に。

 もう二度と見ることは出来ないと、諦めてしまった光景だった。

「……ちーちゃん?」

 おねえの呼びかけに応える間もなく、わたしは俯いていた。

 さっき、涙なんか枯れるほどに泣いたと思っていたのに。

 それでもまだ、わたしの目には涙が溢れていたのだ。

 おねえはこんな時……わたしが泣いている時は、いつも抱きしめてくれる。

 何があったの、なんて訊いたりせず、まずは黙って、ただ、優しく、暖かく。

 今日もその『いつも』通りにしてくれた。

 おねえは優しく包み込むように、わたしを温かくて大きなその胸に収めてくれたのだ。

 そして。

「……大丈夫だよ。ちーちゃんは、絶対におねえちゃんが守ってあげるから」

 そんな優しい言葉で。

 わたしを安心させてくれるのだ。

 もう聞けないと思っていた、その優しい声で。

 もう感じられないと思っていた、暖かさで。

 それが失われてなかったことが、ただ嬉しくて。

 いつもよりも長く、わたしはおねえに甘えていた。



 ひと通り泣いて、落ち着いてから。

 わたしはおねえに、商店街で事件が起こったことを伝えた。

 商店街に魔法少女サラと名乗る女が現れ、火を放ったこと。

 その中で、おねえのバイト先である喫茶店、テンダーパフも燃えてしまったこと。

 なお、わたしが魔法少女チイとして魔法少女サラと戦ったことはごまかした。

 おねえはわたしに対しては過保護すぎるところがあるため、戦って退けたなんて言ったら卒倒する気がしたからである。

 具体的には、そこまで見てから逃げた、と嘘を吐いた。

 正直、言い切ってから『それにしては帰る時間が遅くない?』とか訊かれたらどうしようと一瞬焦ったのだが、おねえはそれよりもバイト先のことの方が気になったらしい。

 もう一度だけ『ちーちゃんが無事でよかった』とわたしの頭を撫でてから、部屋に戻っていった。

 恐らく、スマートフォンを充電しに行ったのだろう。

 その様子を見届けてから、わたしも部屋に戻ることにした。



「ふぅ……」

 扉を閉めて、ため息を吐く。

「お疲れ様です、知衣さん」

 アルドが何か言っているが、今は返事する気にならない。

 正直、今日はいろんなことがありすぎたのだ。

 もうこのまま寝ちゃおうか……あ、でもまだ晩御飯食べてないんだよなあ。

 疲れた以上に空腹を感じてきたし……。

「ややや……ちょっと待て。あまりにも自然に労われたから一瞬スルーしちゃったけど。なんでここにいるのよ、アルド!」

「……ずいぶんと長いノリツッコミでしたね」

 わたしの渾身のツッコミを、アルドは冷静に返していた。

 それに対しても文句を言ってやりたいところだったが、今はそれどころじゃない。

 ていうか、何でおねえはこいつに突っ込まなかったんだろう?

「……隠れてたの?」

 とりあえず、思ったことを訊いてみる。

「? ……ああ」

 するとアルドは一瞬だけ考え込む仕草をしてから話し始めた。

「そういえば言ってませんでしたね。私のことは、知衣さんしか認識できないんですよ。並行世界……別の世界から来た私には、実体が無いんです。こちらには実体が無い、と言った方が正確なんですけどね。こちらでは、実体でなく精神体で存在していることになります。そういうわけなので、この世界で私の声や姿を認識できるのは、この世界で唯一私と波長が合う存在、つまりこちらの世界での『わたし』である、知衣さんだけなのです」

「…………」

「分かっていただけましたか?」

 説明が終わったのか、アルドは微笑みながらわたしにそう訊ねてくる。

「うん」

 だから、わたしは。

「分からん」

 本音で返した。

 ……正直、『そういえば言ってま』くらいまでしか聞いてなかった。

「……分かりました、じゃあ要点だけ。私の姿は、こっちでは知衣さんにしか見えず、私の声も知衣さんにしか聞こえません。私は、この世界ではモノに触れることすら出来ないんです」

「あー、まあそう言ってくれたらまだ分かる……かな」

 要は幽霊みたいなものか。

 死んでるわけじゃないんだろうけど。

「ご理解いただけて幸いです。それでは、知衣さん。改めてお願いしたいのですが」

 なんとなくわかった気でいるわたしに、アルドは改まった様子でそう言葉を始めた。

「私と共に、魔法少女サラと戦ってください。彼女を倒して、この街に平和を取り戻すために」

 そう言ったアルドは、真面目な顔をしていた。

「………………」

 少しだけ、考える。

 わたしがさっき魔法少女サラと戦ったのは、殺されたはずのおねえの仇を取るためだった。

 しかしおねえは死んでいなかったのだ。

 そう考えたら、わたしにはもう、魔法少女サラと戦う理由は無いのかもしれない。

 でも。

「……わかった」

 わたしは、アルドにそう答えた。

「知衣さん……よろしいのですか?」

 アルドは断られると思っていたようだ。

 意外そうな顔で、そう訊ねてきた。

 どうやらアルドは、わたしが何を考えてそう答えたのかが分からなかったらしい。

「いいよ。だって、魔法少女サラがいる限りはずっと、今日みたいなことが起こるんでしょ?」

「そうですね」

「だったら、今度は本当におねえが……ううん、おねえだけじゃない。母さんや、沙良さらちゃんだって巻き込まれたりするかもしれない。だから、その前に魔法少女サラを倒す。もう大切な人を失う気持ちなんて味わいたくないしね」

 わたしは今、アルドにも負けないくらいに強い意志のこもった目をしていたと思う。

 それを見たアルドは安心したように微笑んでから、「わかりました」と言って話を進めてくれた。

「では、さっそく作戦会議と行きましょうか」

「作戦会議?」

「はい。魔法少女サラを倒すための作戦会議です」

 その後、作戦会議は途中夕食休憩を挟んでから、日付が変わるくらいの時間まで続いたのだった。




 そして、翌日の放課後。

 わたしはアルドと一緒に、学校の裏にある山に来ていた。

 もちろん、昨夜の作戦会議で話し合ったことを実践するためだ。

「知衣さん。昨日話したことは覚えていますね?」

 割と深いところまで来て、回りに人がいないことを確認してからアルドはわたしにそう尋ねた。

 アルドは見ていて心強さを感じられる、自信に満ちた微笑を浮かべている。

「――うん」

 それに負けないと、わたしも飛びっきりの笑顔で応える。

「正直、ほとんど忘れた」

「………………」

 時が、止まった。

 もとい、アルドに無言のまま冷たい視線で睨まれた。

 それは実際の時間だと10秒程度だったはずなのに、まるで時間が止まっているのかと変な妄想に逃げたくなるくらい長く感じた。

「あ、でも大丈夫! ここに何しに来たかだけはちゃんと覚えてるから!」

 というわけで、全力で自分をフォロー。

「……仰ってみてください」

 冷めた目のまま、アルドがわたしを促す。

「えっと……」

 一瞬ボケたくなる。

 しかし、今変なことを言ったら正座をさせられた状態で説教とかになりかねない。

 というわけで、素直に真面目に答えることにする。

「ブースト・トンファーを使いこなすための練習」

「はい、その通りです」

 わたしが答えると、アルドは安堵した表情で頷いてから、ぱちんと指を鳴らした。

 直後、わたしの腰に例のベルトが装着される。

「変身」

 アルドの目配せに答えるように、わたしは魔法少女チイへと変身した。

 近くにあった湖の水面に、その姿が映る。

 わたしは改めて、『魔法少女チイ』の姿を見た。

「………………うわ、恥ずッ!?」

 そして、思わず叫んだ。

 いまどき全身ピンクとか無いわー。

 しかも痴女か、ってくらいスカート短い。

 中には一応スパッツ穿いてるけど、これはこれで身体のラインが目立ってしまう。

 ぶっちゃけ、かえってエロいと思う。

 そしてそんな服装の上には駄目押しのように無骨な防具一式が着いていた。

 具体的には胸当てと肘・膝当て。形状が辛うじてハートマークを模しているのは、不幸中の幸いを通り越してもはや痛々しく感じる。

 なんていうか、これは昭和のセンスだ。

「……なんか凄いダメ出しされたような」

 しょんぼりした様子でアルドが呟く。

 が、わたしは気にせずまくし立てた。

「当たり前でしょ、こんなの! 昨日は戦うのに必死だったから気付かなかったけど、ああ、思い出したらなんか余計恥ずかしくなってきた! わたし、昨日はこんなの着て街中で暴れまわってたの!?」

「……はい。というか、そんなに気に入りませんか? そのデザイン、けっこう自信あったんですが」

「気に入らない。今すぐ変更を要求したいくらい」

 あんたのデザインか、これ。

 しかしそんなことはかまわず、わたしは本音をぶつけてやる。

「……残念ながら、そういうわけにもいかないんですよね」

 しかしアルドから返ってきたのは、無情な言葉だけだった。

「な、なんでよ!」

「魔法には、その特製ごとにチカラを使いやすくなる『流れ』というものが存在します。その『流れ』は色合いやカタチによって成り立つものなので、相応の色合いやカタチにする必要があるのです。他に知衣さんがお使いになる武器などとの兼ね合いを考えると、『魔法少女チイ』の防具としては、そのデザインが一番理想的なのですよ」

 キリッとした表情で、アルドは語った。

「……つまり?」

 正直、わたしに魔法の『理論』なんか説明されてもちんぷんかんぷんだ。

「……そうですね……つまりデザインを変えると、『防具』としての性能が大幅に落ちてしまう、ということです」

「…………………………分かった。このままで……い、い」

 正直かなり迷ったが、さすがに仕方ないと判断することにした。

 受け入れる旨を伝えるはずの台詞からも、迷いっぷりがにじみ出ているが気にしない。

 どうせ顔はヘルメットとバイザーで隠れてるのだから、戦っている時のわたしはわたしじゃない、『魔法少女チイ』という名の別人だってことにしよう。

 そんな考えで、わたしは衣装のデザインを受け入れた(?)。

 そして衣装のことから意識をそらすため、ブースト・トンファーの練習に意識を集中させたのであった。



「ふぅ。もう完璧じゃないの?」

 夕陽が沈み始めた頃。

 わたしは得意げに、アルドにそう言った。

「ええ。とりあえず、基礎は出来ていると言ってもいいでしょうね」

 アルドは少し感心したようにそう返してくれる。

「う、基礎だけかぁ」

「当然ですよ、まだ2時間くらいしか練習してないのですから。まあそれでも、ここまで出来るようになったのは凄いと思いますよ」

「そうなの?」

 本当に感心した風に言うアルドを不思議に思って、わたしはそう聞き返す。

「はい。正直、まずブースト・トンファーの機能を説明した時はどうなるかと思ったのですが」

「う」

 言われて、練習開始時の嫌な気持ちが蘇った。

 ブースト・トンファーのことをやたらと詳しく説明されて、ちんぷんかんぷんになったのだ。

「しかし実際にやってみたら飲み込みが早くて驚きましたよ。知衣さんは、カラダで覚えるタイプのようですね」

「へへん、見直した?」

 珍しくわたしを褒めるアルドに、自慢げにそう言ってやる。

「……まあ、後は御自分でそう仰られなければ完璧……おや?」

 呆れた様子で否定しようとするアルドだったが、急に何かを感じたのか、そっぽを向く。

「どうしたの?」

「……知衣さん、さっそく練習の成果を見せる時が来たようです」

 アルドが静かに答える。

「それって、まさか」

「……はい。街にまた、魔法少女サラが現れました」




続く。



次回予告

知衣「ちょっと、丸2時間練習してすぐに戦闘~? ちょっとハードスケジュールすぎない?」

アルド「チイさん、仮にも正義の味方なんですからそういう愚痴やめましょうよ……あ、次回はいよいよ、魔法少女チイのまともな戦闘が見られる……と思います。 

  次回、魔法少女チイ、第005話。戦慄! 愚者の化身の恐ろしき呪い!

  お楽しみに!」



ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

楽しんでいただけたのなら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ