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001話:チイと謎の男

「なんなのアイツ……絶対、ヤバい」

 わたしは地元にある商店街の入り口付近で、中腰のまま肩で呼吸をしながら呟いた。

 というのも、ついさっきまでわたしは、"ある男"から全力で逃げていたのだ。

 ある程度走って振り向いたらその男の姿が見えなくなっていたので、今は、一旦止まって息を整えているところだった。

 今は放課後、時間で言うなら17時くらい。

 で、放課後になったから、特に部活にも入っていないわたしは、いつも通り幼馴染の沙良さらちゃんと下校していた。

 沙良ちゃんと別れた後、住宅街の角を曲がったとき。

 突然、見知らぬ男――つまりは前述したある男だ――に声を掛けられたのだ。

 男は眼鏡をかけていて、細身の身体をスーツで包んでいた。

 一見、凄く爽やかそうな雰囲気を身に纏っている。

 さらに言えば、クラスで面食いと有名なアッちゃんなら迷わず「ウホッ、いい男」と食い付いてただろう、なんて考えてしまうほどに整った顔立ちもしていた。

 ……そこまで条件が揃っていたのなら、わたしも声を掛けられた時点で喜んで飛びつくのが普通だったのかもしれないけど。

 わたしは飛びつかなかった。

 単純に男に興味が無い、ということもあるのだが……それ以上に、その男を気味悪く感じたというのが理由だった。

 正直に言うなら、声を掛けられる直前、つまりその男がわたしの視界に入った瞬間から、わたしはその男に対して漠然と嫌な感じを持っていたのだ。

 なんとなくだけど気に入らない……そんな印象をなぜか一目で持っていて、声を掛けられた瞬間その嫌な『印象』は鳥肌が立ちそうなほどの寒気と嫌悪感に変わった。

 もちろんそんな相手に、真っ向からぶつかっていく理由や道理は無い。

 というわけで全力で逃亡、今に至るというわけだ。

 適当に走って逃げたが、ここ、倉太くらふと町はわたしにとって庭も同然。

 軽く見渡せばすぐに現在地は把握できる。

 さらに言えば、わたしは体力には自信がある。

 男は細身だったし、服装は前述したとおりスーツと走るのには適したものじゃない。

 普通に考えて、純粋に追いつくどころか目で追うことすらままならなかったに違いない。

 とりあえずは一安心、と考えて良いだろう。

「すぅ……はぁ……すぅ……」

 そう結論を出しながら、息を吸ったり、吐いたり。

 深呼吸して、呼吸を整える。

「……ん」

 何度かやっているうちに、落ち着きもした。

 よし、帰ろう。

 そう思いながら、わたしは改めて現在地を確認しようと、まず右を見た。

「こんにちは、宇井うい 知衣ちいさん」

 すると。

 そこには、さっきの男が、さっきとまったく変わらぬ微笑を浮かべて立っていた。

 悪意を感じさせない雰囲気で、にこにこと微笑んでいる。かえって怪しい、と思いたくなるほどだ。

「……なんでいる」

 思わず突っ込んだ。

 わたしはここまで、結構な距離を全力で走ってきたはずだ。

 前述した通り、わたしは体力にはけっこう自信があった。

 そんなわたしの全力疾走に、涼しい顔でついてくるなんてありえない。

 あとなんで、わたしの名前まで知ってるんだ。

 もちろんわたしは、この男がどこの誰かなんてまったく知らない。

「びっくりしましたよ、話しかけようとしたら突然走り出すんですから」

 そんなわたしの突っ込みや怪訝な視線を気にする様子も無く、男は相変わらず、にこにことした雰囲気を崩さないまま話しかけてくる。

 ……やっぱり、こいつは絶対にヤバい。

 わたしの直感がそう告げている。

 だが、走って逃げることは出来ないというのも受け入れるしかない。

 こっちは呼吸こそ整っているとはいえ、6月の高い湿度と気温の中で走り回ったせいか汗だくになっている。

 はしたない話だが下着までぐっしょりで、家に帰ってさっさと着替えたいレベル。 

 だが、正面の男は汗一つ、かいていない。

 こんな気候の中、暑苦しいスーツなんて着ているにもかかわらず、だ。

 多分何度逃げても、また同じように追いつかれてしまうだろう。

 そしてこっちが息を整えておおよそ話を聞く余裕が出来た頃を見計らって、また声を掛けてくるに違いない。嫌みったらしいことこの上ない。

 だが、唯一幸いなことがある。

 わたしの現在地が、人通りの多い商店街のすぐ近くということだ。

 人の目も必然と多くなるから、めったなことは出来ないだろう。

 いざってとき……例えばどこかに連れて行かれそうになったとしても、大声を上げれば通りすがりの誰かが助けてくれると考えていいだろう。

 つまり、場所的にはそこまで危険でもないということだ。

 なら、適当にこの男に付き合ってやった方がきっと早く終わるに違いない。なぜこの男がわたしの名前を知っているのかも気になるし。

 というわけで、わたしは素直に用件を訊くことにした。

「なに?」

「おや、やっと話を聞く気になってくれたのですね。実は、貴女にお願いがありまして」

 すると男は弾んだ声で口を開く。

「お願い?」

 ……なんか嫌な予感がする。

「はい。私と契約して、魔法少女になってください」

「……は?」

 予感は的中してしまった。わけが分からないよ。

 確かにわたしは今、中学2年生だ。

 だから少女、という部分に関しては何の問題も無い。

 しかし、『魔法』って……漫画やアニメじゃないんだから。

 男の発言が理解不能すぎてヤバい。

 細身に眼鏡、とこの上なく知的なキャラクターのテンプレな格好をしているけど、その実態はクスリかなにかをやっている危ない人なんだと疑うレベルだ。

 わたしがそんなことを考えながら、黙り込んでいると。

「おや? 調査の結果では、これが正しい頼み方だと思っていたのですが」

 男は不思議そうに、首を傾げながらそんなことを呟いていた。

 ……まずい、このままだと話が進まない。

「そもそも、あんた誰?」

 とりあえず、そこから訊くことにした。

「ああ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。失礼しました」

 わたしの指摘に男はまた少し笑いながら、姿勢を正す。

「初めまして。私は、アルド・ウィーズ。こことは別の世界……いわゆる"並行世界"で、別の歴史を辿った結果生まれた"あなた"です」

 そして、意味不明な自己紹介で、わたしを余計に混乱の渦へと叩き落した。

「はぁ? あんたが……わたし? 別の歴史を辿った? 並行世界? 頭、大丈夫?」

 あまりにも意味不明すぎて、アルドと名乗る男を優しく気遣うような言葉を掛けてしまった。

 や、別に優しくはないか。まあいい、相手は男だ。

「ええ、私は正常ですが……ああ、"こちらの世界"には"別の世界"と交流する文化が無いのでしたね。ふむ……となると、どこから説明いたしましょうか」

 わたしの"優しい"言葉には反応する様子も無いまま、アルドは考え込む仕草になった。

 ああ、早くこいつから解放されたい……そんな気持ちのまま、アルドが再び口を開くのを待っていた……瞬間。

 唐突に。

 本当に唐突に、何の前触れもなく。

 背後からドン、と花火が上がるような景気のいい音がした。

 しかし今は6月中旬、しかもまだ明るい夕方だ。今、花火が上がる意味が分からない。

 そんなことを考えながら、わたしは音のした方に目をやる。

 音から想像できる通り……そこからは、煙が上がっていた。

 自分の見たものが信じられなかった。

 煙が上がっていたのは、商店街の中だ。

 中からは、必死の形相で色んな人が逃げてくる姿が見える。

 わたしも早く逃げないとと思うのだけど、あまりもあれな状態に身体が動かなかった。

「……予想より早いですね」

 後ろから、そんな呟きが聴こえてくる。

 その声は、どこか焦れているように聞こえた。

 しかし、わたしはその呟きに大しては何も言わなかった。

 ……や、言えなかったのだ。

「あれは……!?」

 立ち昇る爆煙が晴れた結果……もっと不可解なものが、わたしの目に入っていたのだから。



続く。



次回予告

知衣「魔法少女チイの主人公、宇井知衣です! というわけで波乱と混乱の第1話でした。

 次回はわたしの宿敵が登場します。目に見える敵の登場に揺れるわたしの運命は?

 魔法少女チイ第2話! 燃える街、チイの想い! お楽しみに!」


ありがとうございました!

楽しんでいただけたでしょうか。

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