3話 王女襲撃
武道大会が行われたトローレとフィーリア王国の王都を繋ぐ街道の道中、フィーリア王国第一王女セリーナはある青年の事について考えていた。
(えらく快く引き受けてくれたけど、どういうことかしらね)
セリーナが考えている青年とは当然ヤマトのことである。
セリーナは当初、ヤマトが自分の父の頼みを受け入れるとは思わなかった。
勿論優勝に対する影響もあるため、考えてはくれるだろうが、それでも了承するとは予想できなかった。
何故ならこの頼みはヤマトにとって受ける理由が無かったのだ。
しかし、どういう訳かヤマトは提案を受け入れた。
勿論ヤマトが人が良い事や国への勧誘に自分達が思っていた以上にヤマトが面倒臭がっていたのもあるだろう。
現にこの三日間いくつもの国がヤマトを仕官させようと動いたみたいだが、中々強引にもそのような勧誘の手を振り払ったと聞いている。
だが、一番の理由は他にある筈とセリーナは考えていた。
ヤマトに提案を言い渡したときに侵入者の件で彼の顔付きが急に変わった。
おそらくその辺がヤマトにダメ押ししたのだろうとセリーナは推測する。
(本当に分からない人だったわね)
思えば最初に会ったときから謎であった。
ギルドで最初に一目見たときは珍しい容姿だなと思っただけであった。
確かに黒髪黒目など初めて見たが感じたものは其処まで無い。
たが、突然にヤマトの中の魔力量が急激に溜まり始め、それこそ今まで見たことの無いような魔力になった。
魔力感知の才能があるセリーナにはその魔力がありありと感じられた為に体を震えさせた程である。
それからは黒髪の冒険者が来たらセリーナは自分に伝えるように各地のギルドに手回しをした。
それはヤマトが国の危険因子になりえるかも知れないと思ったからである。
しかし、フィルム男爵の事件が起こり、調べた結果それが黒髪の青年が関わっているかもしれないと聞いて驚く羽目になった。
さらに詳しく調べれば彼が事件を解決してくれたと言うのだ。
この情報を入手するのは決して楽ではなかった。
それはヤマトが自分が関わっていた事を悟らせないように動いていたからである。
セリーナはこの事実を聞いて、ヤマトの評価を改める事となった。
そして次に起こったことがさらにヤマトに対する好感度を上げることとなった。
それはトローレの近くで起こった魔物の大繁殖を解決したことである。
あれほどの魔物が一つの山に留まっていられるはずは無く、時間が経てばおそらく魔物が山から下り、周辺の魔物の数が増大して被害はさらに大きくなっただろう。
本来ならば王国の騎士団が出張ってくる事態なのだが、それをカーラとヤマトによって被害を最小限に抑えつつ、魔物の数をかなり減らしてくれたのだ。
セリーナはここでヤマトに感謝の念を抱き、同時に今まで疑ってきた罪悪感も感じるようになってきた。
だからこそセリーナは無理を承知でヤマトに提案を持ちかけたのだ。
彼を陰謀渦巻く国の事情から救う為に。
(彼はもうトローレを出たでしょうから、王都の原因も三日後には調べ始められるわね)
ともかくもヤマトが此方に付いて、依頼を受けてくれる事は非常に嬉しく頼もしい限りである。
セリーナは街道を走っているが故に揺れている馬車の中で、そんなことを考えていた。
(――――これは……)
その時、セリーナは馬車に向かってくる魔力を感知した。
その魔力の主は何と真っ直ぐ此方に向かってくるではないか。
(……何者かしら?)
セリーナは気になって馬車の外の護衛の兵士にそれを伝えようとした。
その魔力の主は真っ直ぐこの馬車に向かっている事から盗賊の類の可能性もある。
冒険者の線も無い訳ではないが、こんな馬車に向かってくる理由があるだろうか、いや無いだろう。
ともすれば、やはり前者の可能性が高い。
この馬車は外見から派手に作られており、一目で貴族か成功した商人だと思われても不思議ではない。
実際は王族が乗っているのだが、盗賊からすればそんな事をしるよしも無い。
盗賊は目の前の獲物を狙うだけなのだから。
「ここに何者かが向かってきています。気をつけてください」
「へ……あ、はっ!」
突然の言葉に外の兵士は固まるが、セリーナの魔力感知の才能は知っているのですぐに対処に応じられるように戦闘準備を始めている。
その光景を見ながらセリーナは小さく溜め息をついた。
「――……ザクロが居てくれたら良かったのに」
そう、今はセリーナの最も信用できる騎士、ザクロは傍には居ない。
なぜならばザクロは今はまだトローレに居るのだ。
ヤマトもそうだが、セリーナは国王バーンをトローレに残したまま王都に向かっている。
それは王都に王族が長く不在なのは不味いのでセリーナを先に戻しておくとの考えであった。
だが、それよりも重要なのはセリーナの魔力感知力である。
セリーナを先に王都に還す必要性が大いにあるのはこの生まれつきの能力が起因していた。
侵入者を探す上でセリーナのこの能力は時として大いに役立つ事になるであろう。
ヤマトと協力すれば早くに解決できるかも知れないと考えてのことであった。
そういう訳でバーンはトローレでガラン皇帝であるルリアとスクムト王国に対する対策を議題とした会談を行っている。
そして国王の護衛として優秀な騎士であるザクロが傍に付くのは尤もな理由である。
勿論、今セリーナを護衛している兵も弱いわけではない。
優秀と言えば優秀である、そうどちらかと言えば精鋭と言っても過言ではないほどに。
だが、それでも不安を隠しきれなかった。
それは胸中に残る一抹の不安が増えていくような感覚からである。
(魔力は二つ……。魔力量から中々の腕が窺えるわね。――大丈夫よね……?)
セリーナが其処まで感知したときだった。
突然馬車の外から魔力が放たれ、その魔力が兵の集まっているど真ん中に向かってきたのだ。
魔力の大きさは中々のもので、熟練の魔道士を予想させるものである。
それが兵にぶつかり、兵の怒号や悲鳴が馬車の外から聞こえてきた。
「姫様!! お逃げ下さい!!!」
外からはそんな声が聞こえてくる。
次々と兵の悲鳴のようは声が馬車まで響いてくるのである。
しかし、時間が経てばそれも次第に収まっていき、兵の声が遂には聞こえなくなった。
「ど、どうしたの……?」
恐る恐るセリーナは馬車の外に顔を出して……口元を手で覆った。
見れば先ほどまで自分を守っていた兵達は血の海の中で横たわっていた。
まるで地獄絵図……セリーナの視界に入ったその光景はそれを形容するのに十分なものであった。
そんな血まみれの道の真ん中に四人の人物が立っている。
全員が黒のローブでフードを深く被っており、顔が見えなかった。
だが、その姿を見たとき、セリーナはその格好について思い出す。
(そういえば、王都に侵入したという人物の格好に似てるわね……)
「あなた達は!?」
「――――答える義務は無い」
一人の男と思われる人物はそういって腰に下げていた剣を取りだす。
明確な敵意、それを肌で感じ取ったセリーナは身震いしてしまった。
「しっかし、かなりの別嬪じゃねえか。このまま俺が欲しいくらいだ」
「忘れたか? 俺達はこのまま第一王女を幹部に届けなければならないんだぞ」
分かってるよ、と斧を担いだ男がクックと笑う。
それに双剣を持った男が呆れた様子でその男を一瞥し、再びセリーナに顔を向けた。
表情には一切の感情を捨て去っている。
相手が女であろうが子供であろうが容赦はしない……まさにそんな顔だ。
「というわけだ。おとなしく付いて来るのならば怪我はさせない」
「――……お断りするわ」
セリーナとて第一王女の立場としての意地というものがある。
それに自らの国にとっての危険因子に易々と身を任せるなどセリーナにとって言語道断であった。
しかし、現状に打開策はまるで無いのもまた事実。
「――そうか。では痛い目を見てもらう必要がある」
内心で恐怖を感じながらも放ったセリーナの言葉を聞いた四人はジリジリとセリーナに近寄ってきた。
セリーナは恐怖で震えだす身体を抑えることで精一杯である。
セリーナは確かに頭も良く立場を弁えている王女と言えるだろうが、こういった殺気に当てられる経験はまるで無い。
相手が熟練の者であれば当然身体が震えて思い通りに動けないだろう。
相手の実力は危険度Bランクの盗賊程である筈だ。
そのような人物が目の前に四人も存在しているのである。
セリーナにはこの状況を改善する手段も抗うだけの力も持ち合わせていなかった。
「可愛がってやんぜ」
斧を持った男が大またでセリーナに向かい、動けないセリーナは敵の接近を許してしまう。
そんな彼女を一瞥した斧を持った男はニタリと嫌らしく笑った。
「お! この姫さん、震えてんじゃねえか!」
大きな声で愉快そうに笑う男にセリーナは唇を噛むことしか出来ない。
そして、そのまま自分は誘拐され、国にとってのマイナスになると思うと涙が出てくる。
(お父様……。ごめんなさい)
心で謝罪しながら、セリーナは諦めて脱力して座り込んだ。
彼女のそんな姿を見て斧を持った男がニヤリと笑い、抵抗がなさそうと見たのかそのままセリーナに手を伸ばす。
……だがその時、その男は大きく吹き飛んだ。
「なんだ!?」
四人の内の一人が狼狽したような様子と声を漏らす。
完璧な計画で介入者はいない筈、その驕りが彼をそうさせたのだろう。
斧を持った男が吹き飛んだ理由はひどく単純だ。
第三者の介入、セリーナの後ろにいつの間にやら立っている青年の魔法によってだった。
セリーナは自らの後ろに佇むその青年の姿を確認してほっと安堵の息を吐いた。
それは自らの味方が現れたからだ。
「一応依頼主だからな。悪いけどここからは俺が相手をしよう」
紺色のロングコートを身に着ける黒髪の青年は言葉と共に身構えた。
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