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漆黒の風  作者: ST
三章 黒風の通る道 王宮襲撃編
94/123

2話 手がかり

 これは武道大会が終わってすぐのことである。


 ヤマトはボロボロの体を引きずって宿に帰ろうとしていた。

 カーラを含め、皆は既に宿に帰った為にヤマトは今は一人である。



(みんな薄情すぎね……?)



 心が悲しみに覆われる中、ヤマトは重い足を踏ん張って動かす。

 今のヤマトは服もボロボロで、アルから貰った紺のロングコートも所々破けている。



(明日に仕立ててもらおうかな……)



 まずは明日を迎える為に宿に辿りつかねばとヤマトは懸命に一歩、また一歩と踏み出す。

 だが宿までの道は遠く険しい(今のヤマトにとって)。



「誰か助けてくれ~」


「助けて差し上げましょうか?」


「マジっすか!?」



 ヤマトが心なしに悲鳴を上げると後ろから声がした。

 今のヤマトに聞こえたのは優しく自分に手を差し伸べる天使のような声。

 ヤマトは「女神よ!」と後ろを振り返り……固まった。



「どうしたのでしょう?」


「さて、わかりませんな」



 ヤマトは顔を精一杯引きつらせる。

 何故なら最悪のタイミングでこの二人に会ったのだから。


 ……その二人はフィーリア第一王女セリーナとそれを守護するザクロであった…。



「今、あなたに時間はあるでしょう?」


「マサカ~……。今から睡眠という名の用事が……」


「――悪いのだけれどこちらは急ぎなの。ザクロ、拘束を」


「はっ!」


「ちょっ! 待て! くそ!」



 今のボロボロのヤマトにザクロから逃れる術はなかった。

 そのままヤマトは縄で縛られ、テイクアウトされる。

 ヤマトは絶叫を上げながら、フィーリアの二人に拉致られるのだった。





     ★★★





「私の国に仕えてみんかね?」


「丁重に速やかにお断りします」



 ヤマトはあれからフィーリア王、バーンの下に連れてこられた。

 ちなみに今のボロボロのヤマトは椅子に縄で縛り上げられ身動きが取れない状態である。


 ここはトローレの街の奥に佇むカルーラ城の一つの部屋。

 派手に装飾されているとも言えるし、フィーリア王国の規模からは質素とも言える絶妙な部屋だという印象をヤマトは受けた。

 三年毎に行われる武道大会を見るときに、フィーリアの王族はここを寝泊りに使用しているようだ。



「大体何なんだ!? 俺が何かしたか!?」


「何を言ってるんだ。武道大会で優勝したんだぞ? 国の王としてはぜひとも国に招きたい存在なんだぞ?」



 バーンは微笑みながらヤマトの疑問に答える。

 だが当然ヤマトは釈然としない。

 そんなヤマトにセリーナが言った。



「まあ、まずはヤマトにお礼が言いたかったの」


「お礼?」



 さり気に名前で呼ばれている事を気にしつつ、ヤマトは首を傾ける。



「ああ。フィルム男爵の事については国の王として感謝しているんだ」



 バーンがセリーナに代わり答えた事に対し、ヤマトはあ~…と声をあげる。

 確かにそんな事があったな程度の事なのでヤマトにとって礼を言われる事は意外だったのだが。



「私達はフィルム男爵の行いに気づけなかった。しかもあのまま国の入り口たる街とその周辺が荒れればフィーリアの面子にも関わっていた。このことには深く感謝する」



 さすがに国の王に感謝されれば目を丸くする。

 だが、すぐに表情を戻してヤマトは目を細めた。



「それで……まさかそれだけの為に来たんじゃないよな?」


「――――さすがというべきかしらね」



 ヤマトの察しの良さに嬉しそうな表情を見せるセレーナ。

 一体何事かとヤマトは王女を凝視する。



「あなたは今たくさんの国に狙われる事となったのは知ってる?」


「一応予想はしてたけども」



 ヤマトはそれが何かと言った表情である。

 それにセレーナは微笑みながら続きを口にする。



「この城には各国の王をもてなしているけど、みんなあなたの話で持ち切り。あなたは今からたくさんの勧誘が来でしょうね。中には力ずくであなたを手に入れようとする国もね」


「はあ~……。やっぱりか」



 ヤマトは盛大に溜め息をついた。


 確かに武道大会優勝、SSランクホルダーを撃退という偉業を成し遂げたヤマトをあらゆる国が欲しがるだろう。

 勿論ヤマトに国に仕える気はないし、すべて断るつもりだが、中には強引に引き入れようとする国もある筈である。


 ヤマト程の実力者ならば強引にねじ伏せる事も可能ではあるが、相手は国だ。

 下手に刺激して国からずっと狙われる事はどうしても避けたい。

 最悪なのはヤマトの関係者であるローラたちにも被害が及ぶかもしれないという事だ。



「だからここで提案があるの」


「提案?」



 ヤマトは訝しげな表情でセリーナの目を見つめる。

 その瞳には何かに対する期待の感情が映っていた。



「私達がヤマトを一時的にフィーリアに仕えさせるというものよ。勿論、本当に仕えさせるつもりはないしほとぼりが冷めればまた旅ができるわ」


「なるほどね……」



 ヤマトはセリーナの提案の意図をすぐに掴んだ。

 要するに……。



「一時的にも国に仕えさせる……。俺に何か依頼でもあるのか?」


「――――!?」



 バーン、セリーナ、ザクロの三人がその一言で絶句する。

 そしてヤマトは続ける。



「また、あるいは俺に恩を売っとこうてところかな。そのまま国に仕えてくれれば万々歳。そうでなくても俺がフィーリアを拠点とすれば他の国にも高く見られるしな」


「――ホントに君はさすがだな」



 バーンは驚き半分面白さ半分といった表情で頷く。



「全くその通りだよ。本当に君が我が国に来てくれれば嬉しいんだがね」


「それは俺にも都合があるしな」



 ヤマトはあくまで口調を崩さず返答するが他の二人もそれを注意することは無かった。

 単純に度量が広いのか、またはヤマトのご機嫌取りなのか。



「んで、その頼みってのは?」



 ヤマトは早速聞いた。

 ヤマトとしてもこの提案は悪い物ではないと思っている。

 ゆえに条件次第では首を縦に振ることも考えた。



「実は王都で怪しい動きがあったと報告があったのだ。何でも城に侵入者が出たと」


「侵入者か。それで?」


「その侵入者はかなりの腕利きらしくな。普通の兵では相手にならず、逃げられたらしい」



 ヤマトはこれについて多少疑問に思った事がある。

 フィーリアは大陸の三大国の一つである。

 それほどの王国の、しかも王都を守る精鋭の兵が相手にならなかったというのだ。



(――まさかな……)



 それほどの強さを持った人物は限られてくる。

 ヤマトはもしかしたらと考えた。


 ヤマトの知る中でも王宮の兵を退けるほどの相手、彼の脳裏には白い長髪を携えた赤い眼光の男が映しだされる。



「それで……その侵入者の格好は?」


「ああ。それが確か、黒のローブを身に着けてフードを深く被った者だそうだ」



 ヤマトはそれを聞いた瞬間……固まった。

 他の三人が訝しげな表情をヤマトに向けるが本人は知ったことではない。

 今、ヤマトは胸の鼓動を押さえつけるのに必死であったのだ。



(これはまさかな……)



 どうやら武道大会に出たのは超感覚能力マストでの直感通り正しかったようだ。

 優勝からこのように“奴ら”に近づけるとは……。

 勿論侵入者は全く関係のない者であるとも考えられるが、ヤマトはその侵入者が“奴ら”の刺客だと確信していた。



「分かった。それは依頼として受けさせてもらうわ」



 こうしてヤマトはフィーリア王国の中心、王都に向かう事となった。





     ★★★





「という訳で俺、王都に行って来る」



 サルリア王国の誘いを丁重に(?)蹴ってヤマトは宿に着くなり皆に言った。

 当然いきなりそんな事を言われてもローラ達は困るばかり。

 全員が唖然とした様子でヤマトに注目を集めている。



「え~と……。どういうわけかさっぱりなのですが……」



 ローラは本当に呆気に取られた様子でヤマトに目を向けている。

 他の者もそれと同じような感じだが、カーラだけは何かあった事をすぐさま悟り、ヤマトに訊ねた。



「私の助けは必要か?」


「う~ん……。もしかしたらいるかもしれない」



 そう、もしかしたらシードのような強敵と戦闘になる恐れもあるのだ。

 カーラのような心強い味方は出来るだけ欲しいところであった。



「私達はどうすればいいですか?」



 ヤマトがふと横を見るとローラ達が尋ねてくる。

 ヤマトはさすがにローラ達を巻き込むのは危ないと首を振った。



「どうせ用が終われば戻ってくるし、ローラ達はしばらくここに滞在するんだろ?」



 ヤマトとしても長く王都に留まる理由もない。

 しばらくは形だけは国に仕えるから国の外には出れないだろうが王都に留まらなくてもいいのだ。

 ヤマトは用さえ終わればまたトローレにでも戻ってくるつもりであった。



「悪いけど俺とカーラさんとだけで行くよ」


「――わかりました……」



 ローラは寂しげな表情で俯く。

 自らはヤマトに頼っているが、ヤマトに頼られる事はない。

 自らはヤマトに助けてもらったが、ヤマトを助けることは出来ない。


 ローラにとってそれはひどく心が重い感じになるのであった。



「ヤマト。気を付けなさいね」


「大丈夫だって。別に危ない事じゃないし」



 リリーもヤマトとカーラの様子から何かを感じ取ったららしい。

 彼女もまた心配そうな目で見つめてくるので、ヤマトは心配をかけないように嘘をつく。


 もしも相手が“奴ら”ならば危険なこと極まり無いだろう。

 それは三年前に戦ったシードの強さで痛いほど身にしみている。


 それでもヤマトは昔のままではない。

 今では超感覚能力マスト込みだがカーラにも劣らぬ実力者である。



「しっかし行っちまうのか」


 ウルトが感慨深そうな表情でヤマトを覗く。

 後ろを見れば、どうやらスレイも多少は別れを惜しんでくれているようである。



「ヤマトにい、元気でね」


「身体に気をつけてください」


「いや、どっちにしろここには戻ってくるからな?」



 何故かミルやラーシア、他のものはかなり長い間分かれるように言ってくるが、あくまで用事が終わるまでである。

 皆はそれを理解してるのかとヤマトは遣る瀬無い気持ちになるのだった。



「それで、出発は何時にするんだ?」


「一応明日の予定なんだけど……」



 そうか……と困った様子でカーラは腕を組んで椅子に座る。



「実は明日にちょっと武器の修理に行こうかと考えていてな」



 ちなみに今、カーラが持っているレイピアは中々に損傷している。

 所々の刃が欠けていてボロボロである。

 ヤマトとの激戦で酷使してしまったカーラの武器はやはりもたなかったのだ。



「その点ヤマトの武器は凄いな」


「そうですね。あれほどの戦いをしておいて刃こぼれ一つ無いなんて……」



 そう、ヤマトの黒い刀には全くと言っていいほど損傷が無い。

 ヤマト自身も首を捻る程だが、昔からそうであるし、嬉しい誤算だと深く考えないようにしていた。



「とりあえず、カーラさんは後からでも構わないけど」


「そうだな。悪いがそうさせてもらう」



 いくらカーラとて武器も無しに街の外に赴くほど旅を舐めてはいない。

 いつ、いかなる不測の事態が起こるか分からないので、万全の状態で対応できるのが真の冒険者というものだ、とヤマト達の師も言っていたのである。



「じゃあ俺一人で先に行ってるとするか」



 ヤマトはこうして次の目的地、フィーリア王都を目指すこととなった。

 王都に侵入した人物は本当に“奴ら”なのかは今だ決まってはいないが、それでもヤマトは手がかりの下

で王都に向かう。


 ……ヤマトはそうこうして明日の出発の為に早々に床に就くのだった。





読了ありがとうございました。

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