episode8
間章もいよいよラストです。
「俺……もう絶対カーラさんに逆らわない」
地面に倒れて横になりながらヤマトは固く決意した。
酒場の内部はかなり荒れていて、床に机や椅子の木片が飛び散っていた。
皿も落ちていたり割れていたりと大変な損害を引き起こしている。
その中心で大量の屍を作ったカーラは爆睡していた。
あれから三人は策を張り巡らし懸命に戦った。
ロイは力不足ゆえに早々に退場したが、ヤマトとサイは良くやった方だ。
現に最後の最後まで立っていたのはカーラを除いてはこの二人だった。
だが結果は完敗、とても敵うものではない。
「これがSSランクホルダー……。無理だろ」
あれからどれくらい気絶していたのか。
とりあえず今起きたヤマトは周囲を見渡す。
「ヤマト、お前も起きたか」
その時一人の人物が声をかけてきた。
その声にヤマトはほっと安堵する。
どうやらサイはヤマトよりも早く起きていたらしい。
「今ロイとザック、じーさんを運んだ。お前も残りを手伝ってくれ」
「ああ、わかった」
ヤマトが寝ている間、一人で運んでいたらしい。
さすがと呟きながら、自分も働くために重い腰を上げる。
「お前はフィーネとセラを頼む。俺はソラとあの化け物をなんとかする」
「ああ……がんばれよ」
二人はそれぞれふらふらとした足取りでそれぞれの仕事を開始した。
★★★
フィーネを早々に運び、ヤマトは次にセラを担ぎ部屋まで運ぶ。
フィーネもそうだったがセラも身体が発育しているために今のふらふらな状態のヤマトには運ぶことは中々つらい。
一歩動くたびに身体は悲鳴を上げるし、何よりも背中にあたる二つの“何か”はヤマトの集中力をあまりにも割きすぎる。
それを言葉には出さないが。
「とりあえず着いたな」
セラの部屋の前までついて一息つく。
ここまで運べば後少しだけだ。
扉を開けて部屋の中に入る。
そうして進んだ先にあるベットにセラを置き、ようやく荷が下りたことに安堵した。
「ん……。――ヤマト?」
「ん? ああ、起こしたか」
どうやらセラが起きたようで上半身を起こす。
起こしたことに申し訳なさを感じ、ヤマトは苦笑しながら謝った。
「ごめんごめん。ま、セラって酒に弱かったんだな」
「私……どうしてたんだっけ?」
「あの後寝てたからさ。俺がここまで連れてきたんだ」
「そう……」
まだ意識が覚醒しきっていないのか眠そうな瞳を擦っている。
頬が若干赤いのはおそらく酒が未だに効いているからだろう。
「眠いなら寝た方がいいんじゃ?」
「――――ねえ……」
セラは俯く。
ヤマトからはその時のセラの表情がわからなかったが明るい雰囲気でないことは容易に感じ取れた。
「ヤマトがここに運んできてくれたの?」
「まあね、結構大変だったよ」
「――また……また迷惑かけた……」
セラの声が心なしか震えていた。
その事実にヤマトが首を傾ける。
「どうしたんだ、セラ?」
「私は……私はあなたに与えてもらっているだけ……」
「おい……セラ?」
「役に……私はヤマトの役に立ってない!」
セラが声を荒げた。
それは酒によったゆえに出た、内に秘めていた本心での発言。
その中でヤマトは聞き捨てならない言葉を捕らえた。
それは今までのセラの行動の原因となっている単語。
「嫌だ……見放されたくない……。嫌だ嫌だぁ!」
セラは涙を流す。
ヤマトに困惑と衝撃が同時に襲いかかっていた。
セラがそういったことを思っていたのは薄々感じてはいた。
だが、ここまでその感情が、気持ちが強いとは予想の範疇を超えている。
(これが“紋章持ち”、その闇か……)
ヤマトの直感がそう促していた。
これは『紋章持ちの歪み』というものであると。
“紋章持ち”はその環境ゆえに、依存した相手の為を常に考える。
その為ならば己の命さえも厭わない程に。
ヤマトはその情報をなぜかは知らないが知っていた。
いや、その情報が頭に流れ込んできたという方が適切かもしれない。
(なるほどな……。大分事情がわかってきた)
「セラ、取りあえず落ち着こう、な?」
ヤマトはセラを慰める為に背中に手を回して撫でる。
「セラは俺の役に立ちたいって言ったな?」
「…………うん」
「役に立つってのはつまり俺の為に行動してくれるわけだな?」
「……うん!」
セラが何かを期待するような、縋るような瞳でヤマトの漆黒の瞳を見つめる。
その心情は簡単に察することが出来る。
つまりはヤマトに求めているのだ。
自分を自らの為にヤマトが欲する事を。
「おし、だったら一つだけ頼もうか」
「任せて! どんな事だってする。欲しいものがあれば手に入れるし、邪魔な相手が居るなら――」
「――――ならさ、自分で考えて、それを元に行動して、自分らしく生きてくれればいい」
そもそも自分の為に自らを犠牲にするというセラを見てはいられなかった。
それが“紋章持ち”の代償である闇ならば、セラという存在を認めた自分が振り払おうと考える。
自分がセラをこんなにしてしまったのだ、これならばまだ昔のセラの方が人間らしい。
「今のセラは無理に自分を抑えつけている。そんなの俺もみんなも……きっとセラ自身も望んじゃいないよ」
「でも……なら……」
「簡単なことだろ? 昔のままでいいんだ」
多くは言わない。
ただ昔のままでいい。
自分らしさを取り戻してほしい。
ヤマトが願うのはたったそれだけ。
「――ヤマトは……それでいいの?」
「勿論! あ、でも、そ、その……暴力とか程々にしてくれると嬉しいかも……」
「――――バカ」
セラはクスリと笑った。
その時のセラはヤマトが望んだ、自分らしい彼女。
「そう、その調子でいいんだって」
「はいはい。まあ、あんたがそれがいいなら私も従うだけね」
「そりゃどうも」
どうやらセラも大分調子を取り戻したようだ。
これにて無事解決したと本当の安堵の息を吐く。
セラも本音を未だ残っている酒の酔いから曝け出したのだろうが、いい方向に転がった。
カーラには苦労させられたが、時にはこういうことも必要かもしれないとヤマトは思う。
とにかくもこの一か月はセラの様子がおかしいことがずっと気がかりだったが、それも今日までである。
「よし、明日からもその調子でよろしく」
「わかったわよ。あ、今度一緒に街を散策しに行かない? 私もやっぱりお礼がしたいし」
「そうだな。じゃあ今度は何か奢ってもらうわ」
「――ねえ」
部屋から出て行こうと「じゃあな」と言いそうだったヤマトをセラが引き止める。
それに若干不思議そうな表情でセラの顔を見るヤマト。
「ちょっと座って」
「へ? まあいいけど……」
セラに促されベットに座るヤマト。
一体何があるのかと思っていると……不意になんとセラが肩に寄りかかってきた。
ヤマトの肩にセラの頭がちょこんと乗る。
「どうしたんだ?」
「少しだけ……少しだけこのままで……」
セラが小さい声でそうつぶやく。
見れば頬がかなり真っ赤だ。
だが、そんなセラの様子にヤマトは微笑む。
(何というか、俺も妹がいたらこんな感じかなぁ)
今までフィーネが自分の妹のような気がしていたが、こうしているとセラにもそういった意識が向けられる。
家族がいたならばこんな感じなのだろうかと胸が温かい気持ちになる。
(妹が増えたと思えばいいんだよな? 距離が近くなるのはいいことだし)
そう、それ以上は望まない。
いや、望めない。
自分に課せられた何かが警告する。
決して、決してそれ以上近づいてはならないと。
ふと見ればセラは寝ていた。
これじゃあ酒場とかわらないなとヤマトも苦笑を零す。
セラが眠った事により、この部屋で起きているのはヤマト一人である。
窓が開いているのか部屋には冷たい風が入ってくる。
「そう、俺が進むのは破滅の道なんだ……。――何を言ってるんだ、俺は……」
意識もしていないのに言葉が出てくる。
自分も酒に酔ったのかなと目をつぶる。
瞬間に強烈な睡魔が襲ってくる。
さすがにこれ以上は抗えずにそのままヤマトは意識を落とした。
……ヤマトの漆黒色の髪が風によって静かに揺れていた。
「キャーーーーーーーー!!!」
翌日、セラ、ソラ、フィーネから大きな悲鳴を上げられ、ヤマトの頬には真っ赤な紅葉マークの跡が出来ていた。
ヤマトは自分の部屋に戻り、女子部屋で寝ていたことを心底後悔する羽目になったのだった。
「サイ、何で起こしてくれなかったんだよ!」
「いや、さすがに俺も空気を読むことは出来るんでな。あんな状態じゃザックでも起こさないと思うぞ」
これにて間章は終了です。
一週間に一回という遅い更新の為にこの章が終わるのに二か月かかってしまいました。
それでも読んでいただいた皆様に多大な感謝の念を覚えます。
次回からは三章 黒風の通る道の後半です。
一応予告っぽいことをしときます。
武道大会で好成績を収めたヤマトは各国の注目を集めてしまう。
そんな時、ヤマトは一つの情報を元にフィーリア王国の王都に足を運ぶ事になった。
題して王宮襲撃編です。
ここで一つの伏線を回収したいとおもいます。
それでは読んでやってもいいぜという方は自分の小説に目を通して頂けると嬉しいです。
読了ありがとうございました。
感想・評価を頂けると嬉しいです。