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漆黒の風  作者: ST
間章 『紋章持ちの歪み』
90/123

episode7

 あの悪夢のような事件から無事生還を果たすことが出来たアル達。

 皆の体調も良くなってきたこともあり、今は皆で酒場でわいわい騒いでいた。



「いやぁ、あのときはマジで死ぬかと思ったわ」


「俺なんて目、耳、鼻から血が噴き出したぞ?」


「僕はまさかヤマト君に裏切られるとは思わなかった……」


「あの時の俺はどうかしていたな。――情けない」



 それぞれが後悔の念や愚痴を飛ばしている。

 実際にあのようなくだらないことで命を懸けていたのだ。

 今思えば非常に馬鹿らしい。



「良いじゃろうが、おぬし達は。わしなんて……わしなんて……」



 白目を向き、目耳鼻から血を吹き出し、吐血して、さらには痙攣まで起こしたアルがわなわなと震える。



「あ~、アルの場合は俺らの症状全部食らったらしいな」


「なんか……ご愁傷様」


「おじいちゃん、よく死ななかったね」


「確かに俺もそれは思うな」



 皆は目の前の老人を哀れに思いながら、あれだけの毒性の強いものを腹に収めてよく現世に帰還できたと内心では驚愕している。

 アルからしてみれば仮にも“魔道王”なる称号を持っているだけに、このような事態で生から脱落するのも滑稽すぎるが。



「わしとて必死に命を繋ぎ止めたのじゃぞ? もうちっと労わってもよかろうに」



 アルの言い分はもっともである。

 最後まで生き残った(全敗した)筈なのに、最も過酷な道を歩んでしまったのだから。

 それを考えると皆もこの老人に哀れな視線を向けざるを得ない。



「――さて、現実逃避もこのくらいでいいだろう」



 不意にサイが口を開いた。

 だが、その言葉にヤマトは首を傾ける。



「はて? 現実逃避? 何のことかな?」


「惚けるな、ヤマト」



 盛大に白を切るヤマトだが、サイはそれを許さない。



「今のこの状態を見てどう思う?」


「えっと……」



 ヤマトは口ごもる。

 今の彼らの状態、それをどう言い表せばよいのだろうか。



「まあ……」


「なんというか……」



 ザックもロイも引きつらせた表情で周りを見渡す。

 そこには酒に酔っているセラ達の姿があった。

 取りあえず男子陣の言いたいことは……。



「まあ、混沌カオスだな」



 今の状況はそういうことであった。





     ★★★




 ヤマトは自らの左腕を絡みとる隣の赤い髪の少女に目をやる。



「セラさん……ちょっと近くないっすか?」


「いいでしょ~? 私がそうしたいんだからぁ~」


「いや、最近のセラはホントにどうしたんっすか!?」



 ヤマトは困惑した表情でふと向かい側に目を向ける。

 そこには厳しい表情のサイと顔を火照らせた緑色の髪の少女がいた。



「フィーネ、店の中で魔法の使用はやめてくれ」


「え、どうしてですか? 水魔法を使えばお水の無駄を削減できますよ?」


「ちょっとまてフィーネ! 水全然コップに入ってないからな!? 今フィーネが飲んでるのは酒だからな!?」



 ヤマトが大声でツッコんだ時、向こうの方から悪魔のような声が響いてきた。



「ヤマト、静かにして――うえぇぇぇぇ……」


「ソラ! お前がダウンしたらこいつらどうするんだ!?」



 ソラが顔色をこの上なくして呻いている。

 その事実にヤマトも頭が痛くなった。



「何、安心しろヤマト。私がいる」


「レイピア振り回しながら何言ってんだ、あんたは」


「サイ君の言うとおりだよ……」



――……こいつら酔ってやがる。



 まさかこいつらがここまで酒に弱いとは……。

 アルが酒場に入った時、カーラに酒はほどほどにとあれほど厳重に注意していたわけがわかったような気がする。

 セラ達もこれほど弱いとは想像もしていなかった。



「これは俺たちがしっかりしないとな」



 ヤマトも決意を新たにする必要があった。

 このまま皆が泥酔しては誰が皆を部屋まで運ぶのか。

 さすがにこれ以上増えることは勘弁願いたいのがヤマトの本音である。

 幸いにして男どもは未だに健在だ。

 アルとザックには注意する必要があるが、それさえなんとかすれば……。



「ヤマトォ~、俺と飲もうぜぇ~」


「良いか? 酒は若いうちに飲んでおかんといかん!」


「すでに堕ちてる!?」



 ヤマトは驚愕を隠せない。

 そういえば女達へのツッコみに参加してないなと思ってはいたが、ついさっきまではまともであった筈だ。



「さっき、若いお姉さんに酌してもらってたよ……」


「ロイ、なぜ止めなかった」


「サイ君ごめん。だってあの二人だったから……」


「そうか、それは仕方ないな」



 まさか一般の酒場で酒を酌してもらうことがあるとは。

 いや、実際アルは今このハドーラの街では英雄視されているしザックも若い。

 そこいらのいい年した冒険者よりは酌すのに気が乗るだろうし、この状態をみれば自分たちがいかにカモかがわかる。



「さて、残るは俺とサイとロイか。――――え、これどう収集つけんの?」


「さて……な。俺に聞かれても困る」


「何を話してるのぉ~?」



 三人でどうするかを話し合っている時に、ヤマトの腕に手を回しているセラが反応した。

 その表情はどこか赤みがかっていて、酔いが中々に強いことを意味している。



「ちょっとした世間話。まあ、すぐ終わるよ」


「なんだぁ、そうなんだぁ」



 そう言った後、ヤマトの肩に頭を乗せる……もとい押し付けるセラ。

 そのいつもならば絶対にしない行為にサイもロイも表情を引きつらせる。

 ヤマトもさっさとセラの状態を元に戻さないとなと本気で思ってしまう。



「最近こいつはどうしたんだ?」


「やけに素直というか、まるで――」


(――まるでヤマト君に見捨てられないように必死みたいな感じがするんだよね)



 ロイはそれを言葉として表に出すことはしない。

 それを出したら何かが変わってしまいそうだったから。

 その何かを変える権利はこの二人にしかない。



「まあ、それはともかくとしてだ」



 本題に入るぞと促され、二人も真面目な顔になる。



「この現状、どう片づけるか……」


「手っ取り早いのはさっさと撤収して寝ることだが」



 サイはそこまで口を開いてちらっと横を見る。

 酒に酔ったザックは酒場の看板娘に熱烈に声をかけているし、アルはカーラに振り回されまくっている。

 ソラは未だ机に伏せていて、フィーネは赤い顔でその辺をうろついている。

 セラは言わずもがなだ。



「どうします、これ?」


「どうするもこうするも――」


「ヤマトさん!」



 その辺をうろついてきたフィーネが近寄ってきた。

 するとフィーネはヤマトの右隣に座る。



「私がヤマトさんに酌します」


「へ……?」



 どうぞどうぞと言わんばかりにフィーネが酒を酌してくる。

 器に入れられた酒を口元まで持ってこられ、ヤマトも困惑を隠せない。

 目線でどうしようとロイ、サイに訴える。



「一杯くらいならいいんじゃないかなぁ」



 ロイはそのような発言をする。

 サイはそれに多少危機感をもったが、ヤマトは酒には弱くはない。

 強くもないが、たかが一杯で酔いつぶれることはない筈だ。



「ああ、ありがとう……ぶっ!」



 ヤマトは器の中の液体を口に流し、吹き出す。



「フィーネ、これ水……」


「あ、すいません、いましゅぐ取ってきましゅ~」



 呂律の回らない口調でヤマトの膝に頭を乗せて寝入るフィーネ。

 酒を取ってくるのではないかとツッコみたいが持ってこられても困る為に声はかけない。

 とりあえずフィーネが膝の上で寝ている為にヤマトは動けなくなってしまった。



「――取りあえず作戦通り、二人は収めた」


「作戦の下りが嘘くさいな」



 もう結果オーライとポジティブに考えることにした。

 これで何とかすべきは伏せているソラを除き三人、カーラ、ザック、アルである。

 この三人さえ収めてしまえばこちらのものだ。

 その三人が最も凶悪であるのだが。



「師匠、まだいけますよね?」


「わしは……もう……」



 訂正を要する必要があった。

 アルはカーラの飲みっぷりについていけずに撃沈している。

 あれで本当に伝説の英雄なのだろうか。

 とにかくも、攻略するべき残りは二人である。



「カーラさぁん。俺といいことしねぇ~?」


「ふふっ。いいだろう、受けて立つ! 覚悟!」


「はい、覚悟を決め――いや、おれの要望はそんな激しそうな攻めじゃな――」



 激しい爆音ともにザックが消し飛んだ。

 おそらくザックが言ったことを戦闘の申し込みとでも捉えたのだろう。

 相変わらず恐ろしい人物である。



「だけどおかげで残りはラスボスオンリーだ」



 ほぼ自滅によって最後の井取りまで絞られたことはある意味幸運だった。

 ヤマトはそれにどこか感謝の気持ちを持ちつつ、酔いを極めた金髪の女性を眺めながら何気なしにつぶやく。

 カーラが邪魔な二人を始末してくれたおかげで残りはカーラだけである。



「でもどうするの? 正直僕たちの手に負えるものじゃないと思うけど」


「強制的に気絶させることは不可能に近いな」


「でもカーラ一人の被害ぐらいならほっといても大丈夫なんじゃ――」


「む? 殺気!」



 言葉と同時にカーラが突然立ち上がり、後ろのテーブルをレイピアで一閃。

 当然真っ二つになり、そのテーブルの席についていた客は唖然。

 ちなみに酒場のウエイターも唖然。



「――あれは大丈夫の内に入るのか?」


「ごめん、やっぱ何とかしないとな」



 このままではこの店が商売的にも物理的にも潰れかねない。

 それは阻止したいものである。

 だが、どうすればいいか……。

 そんなとき、サイが立ち上がる。

 突然立ち上がり、元からカーラの状態もある為に視線が集まっていたので酒場の者からの注目が注がれた。

 そして、サイは酒場に響き渡るように言葉を発する。



「――ここにいる“戦乙女”を倒した者には金貨十枚くれてやる。奇襲、大勢での立ち回り、なんでも良い。腕を試したいものは彼女と戦ってみろ」



 サイはそう宣言した。

 この言葉にヤマトとロイはなるほどと思う。

 確かに自分たちでは止めることは出来ない。

 だが、この酒場に集まっている冒険者に任せればどうだろうか。

 一対一ならまず無理だが、大勢でかかればあるいは可能性があるかもしれない。



「よっしゃ! 俺が行く!」


「いや、俺が戦う」


「じゃあ全員で行こうぜ!」


「私も名を上げとかないとね」



 サイの宣言に多くの者が集う。

 酒場の人もカーラをどうにかしたいと思っていたのでこれについては黙秘していた。



「よし、これでいい。後はわかっているな? お前ら」


「もちろんだよ」


「弱ったところを俺たちが倒す……だよな?」



 サイとて金貨十枚などくれてやる気はさらさらにない。

 カーラが弱った瞬間に自分たちが飛び出して彼女を止めるつもりだ。

 幸いにしてセラとフィーネは寝ているのでそっと引きはがすことは可能。



「よし、では行くぞ」


「ああ」


「僕たちの財産もかかってるしね」



 そうして我先にと突っ込んでいった哀れな冒険者をなぎ倒すカーラを見つめながら、三人は機会を伺っていた。





間章も次でラストです。


読了ありがとうございました。

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