8話 大切な事は……
初めて人を殺めた時の反応がイマイチかも知れません。
それでも出来るだけ頑張りましたので……。
ここは木造の古い宿のようなアルの家の一室。
外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
その部屋の隅のベットには、窓から漏れた日光に顔を照らされた黒髪の少年が眠っていた。
そのそばには子どもが六人ほど心配そうな顔をして、椅子に座っている。
「――――目……覚めないね……」
ソラが心配そうにそう呟く。
昨夜、巨大な魔力の源に向かう途中、その魔力が次第に小さくなり…消えた。
そして魔力があったであろう場所には、倒れているヤマトと大量に血を流し、死んでいる黒いローブの男がいた。
慌ててヤマトの容態を確かめてみたが何処にも異常は無く、ヤマトを連れて自らの家に運んだ。
「――一体何があったんでしょうか……?」
フィーネがヤマトを心配しつつ、自分の疑問を口に出す。
アルを除いたこの六人は、ヤマトの刀に血がついて無い事からヤマトとローブの男が対峙しているところに第三者が入って来たものだと推測していた。
しかし、アルの推測はどうやら違うらしい。
アルがどのように推測していて、実際はどうなのか……。
六人は全く検討がつかないでいた。
「――それより、あの黒いローブを着た男の方が気になる……」
サイの方はというと謎のローブ男の方が気になっていた。
あのローブ男が昨夜にヤマトが話していた人物だと察したサイは、男が何者かについて思考を回転させる。
「全く……。心配ばっかさせて……」
セラが溜め息混じりに呟く。
セラとしては、ソラとフィーネに言われ、接し方を変えようと意気込んだばかりである。
そんなときにヤマトに何かあれば、主に昨夜の決意が堪ったもんじゃないだろう。
「……うお?」
そんな時、ザックの口から気の抜けるような声が漏れ出る。
五人がザックを睨むがザックが弁解するように慌ててベットを指差すのでそちらを覗くと、ベットの中が動いていた。
「……んっ。――ここは……?」
そう言って目を覚ましたヤマトはベットから身を起こし訪ねる。
何処にも異常が見られない様子に皆が顔を安堵させ輝かせた。
「え~~っと……」
「よかったです……。倒れていたから何かあったのかと……」
そう言って涙目を擦るフィーネ。
良く見れば周りもフィーネと同じような顔をしていた。
「……みんなごめん。良く覚えてないんだけど、何か心配かけたみたいだな」
周りの様子から状況を察したヤマトは頭をかき申し訳なさそうにする。
そんなヤマトにセラは今度はと決意を胸にヤマトに声をかけようとした。
しかし、いざ頑張ろうとしてもいつもの態度が急に変わる訳はなかった…。
「……別に心配なんてしてないわよ!」
起きてセラに初めて言われた言葉がこれだとは…。
ヤマトは顔を引きつらせて笑うしかなかった。
セラの隣ではソラも溜め息をついている。
「ははっ。悪い……」
そう言ってとりあえず機嫌をとろうと謝っておいた。
するとセラはぷいっと横に向く。
セラの顔がかなり赤いようで風邪でも引いているのかと思ったヤマトだが、先ほどの会話からすぐに「無い無い。いつもの冷めた目で見るセラだ」と首を振った。
そんなヤマトにサイが単刀直入に切り出す。
「ヤマト。あそこで何があった……?」
「ん? えっと……確か……」
それは六人がもっとも知りたいことであった。
何のためにあそこに行ったか、あの黒いローブの男は何者か、そして何故倒れていたのか。
問いだされるヤマトは思考を働かさせて、昨日のことを思い出そうとする。
そして頭にあのときの状況が甦った。
「あ……あ……」
ヤマトは昨夜の事をゆっくりと、そしてはっきりと思い出した。
自らの直感により男の下に導かれたこと、戦いの最中自らが魔力を放ったこと、そして自分が人を殺めたこと……。
「ヤマト……?」
ブルブル震えだすヤマトにセラが不思議そうに訪ねる。
他の五人も突然のヤマトの反応に何があったのかと驚いていた。
「――――アルは……?」
ヤマトは掛けられていた毛布に顔をうずめ、訪ねる。
なぜそんなことを言うのかと不思議に思うサイだが、アルが今村の復興作業に手を貸していることをヤマトに伝える。
昨日の村で起こった事件について知らないヤマトは復興作業という言葉に「なぜ?」と呟くと、サイは昨日の襲撃のことをヤマトに伝えた。
「でも、大分片付いたと思うし、そろそろ帰ってくるよ」
ソラがヤマトに示唆したちょうどその時、部屋の扉が開きアルが中に入ってきた。
「ふむ……。起きたかヤマト」
アルが安心したような表情でヤマトの顔を覗き込む。
しかし、すぐに真面目な顔をして「一つ知りたい事があるんじゃが……」とヤマトに一つの予想を口にした。
「あの男を殺したのはお前さんか?」
アルの質問に皆が呆気に取られる。
そしてすぐにヤマトを見るが、ヤマトは震えながら頷いた。
ヤマトの目は虚ろで、まるで光を失ったようなものであった。
「――――やはりか……」
アルは、まるでヤマトがこうなる事をわかっていたように溜め息をついた。
ヤマトは今、自分が昨夜にしたことに恐怖している。
今まで人を殺めたことの無いヤマトは深い罪悪感に苛まれていたのである。
「俺……。俺が……」
昨夜に人を初めて殺めたことにショックを多大に受けているらしく、ブツブツと何かを呟くヤマト。
しかし、アルはすぐに表情を和らげ、怯えるヤマトの頭に手を置いた。
「――――お前さんは確かに人を殺してしまったのじゃろう。しかし、それが己の命を守るための行為ならばそれは仕方が無いことじゃ」
アルはヤマトの表情を見てどんな心境なのかがわかった。
今まで何度も見てきた、初めて人に手をかけた事に対する罪悪感に蝕まれた顔。
初めて生を奪ったものは、大抵このような表情をする。
しかし、アルがヤマトにかける言葉は“生きるための仕方の無い行為”であった。
この世界が弱肉強食の世界である以上、仕方ない行為だとヤマトに言いきかせる。
実際にここにいる子どもは皆その行為を受け入れていった。
だからこそヤマトもまた受け入れないといけなかった。
「良いかヤマト。忘れるな。おぬしに戦いを教えるのは殺すためではなく、守るためじゃ。おぬしの行為はそれに準じておる。誰もお前を責めたりせんじゃろう」
アルは笑いながらヤマトの頭を撫でた。
それを傍から見ていた皆もアルの言葉に頷く。
「全く! その程度みんな体験してきたわよ」
「そうだぜ! 俺なんか敵をちぎって投げちぎって投げしてるぜ?」
「そうでしたっけ?」
「どちらかと言うとされてる方じゃない?」
「ソラに同感だな」
「そうですね…。主にセラちゃんとサイ君に……」
皆はヤマトに対して暖かい声をかけてくる。
ここにいる全員が通ってきた道に直面しているヤマトを皆が激励していた。
皆の言葉にヤマトは自分を笑いたくなった。
(本当……。やらないとやられるんだ。大切なのは……)
――守るため!
アル以外のどこかの誰かにもそう教えられた覚えがヤマトにはあった。
そしてそれを胸に抱いた時に、ヤマトの瞳に光が戻った。
それを見て皆が嬉しそうに頷いた。
「よし、守るためにもヤマトには強くなってもらわないとじゃな」
アルの言葉に頷くヤマト。
そんな光景を見ながらふとサイが訪ねる。
「ところで……。あの強力な魔力は何だったんだ?」
確かにと五人が頷く。
あの黒いローブ男を倒したのがヤマトならばあの魔力の源がなんであったか、サイ達にはわからなかった。
しかしアルはその五人に驚くべき真実を伝えた。
「ふむ……。おそらくあれはヤマトの魔力じゃろうのぅ」
「「「「「「はあぁぁぁ!!?」」」」」」
全員が驚愕した。
そんな皆にアルはヤマトに状況を説明するように促す。
「えっと……。良く覚えてないんだけど……なんか殺されかけた瞬間に体から不思議な力みたいなのが溢れちゃってさ……」
「――――“覚醒”……!!」
ヤマトの言葉にフィーネがそれを呟く。
目を丸くさせる皆に事の真相をフィーネが語った。
「つまり、ヤマトさんの中の魔力が突然に目覚めたと……」
フィーネの説明に頷くサイだがどこか納得がいってないようだった。
「しかしよ~。いくら“覚醒”で魔力が膨大になったとしても、あんな強大なものになるもんなのか?」
ザックの言葉はサイも心の中で疑問に思ったことだった。
あれだけの魔力を有することできる者が果たしてこの世の中に何人いるのだろうか。
少なくともあれほどの魔力を持った者はアルにも見たことが無かった。
「それだけヤマトの潜在能力が高いということじゃろうのう……」
しかし、原因が分からない故にアルはそう答えるしかない。
だが、そんな簡素な答えに皆が大いに瞠目した。
「やっぱりヤマトさんはすごいです……!」
フィーネが感嘆の声をあげる。
実際にアルを超える潜在能力を持っているヤマトにフィーネが感嘆するのも無理はない。
「ヤマト。せっかくじゃから魔法を覚えてみんか?」
「!」
アルの言葉に顔を輝かせるヤマト。
もともと魔法を使いたいと思っていたヤマトが断るはずも無かった。
「やる!!」
「……即答だな」
あまりの速さに一同の目が少し開かれる。
しかし、そんな周りの状況に目がなく魔法の事に目を輝かせているヤマトにサイが苦笑した。
「決まりじゃな」
その言葉で場は締められた。
そしてアルがヤマトに頷く。
「さて、稽古の時間じゃ」
そう言ってアル達は演習場に向かった。
★★★
家の外に出ると見るも無残な村の姿……は無く、いつもとほぼ変わらない村の姿があった。
「じーちゃん、復興作業はもう終わったのか?」
ザックが訪ねる。
ところどころに焼け跡がある程度で民家もあまり焼け落ちてない以上、アルの干渉魔法で復興は素早く済まされた。
その結果、まだ一日もたってないのにここまで元通りになったのだった。
それを聞いたヤマト達は感心していた。
「ところでじっちゃん。干渉魔法って?」
説明を求めるヤマトに代わりにフィーネが簡単に説明していった。
そしてフィーネの話を一通り聞き終わったヤマトはアルの方を向いて期待の表情を向けた。
「じっちゃん! 俺も干渉魔法使えるかな!?」
「それはお前さん次第じゃな」
アルとフィーネの魔法の話を聞くヤマトはかなり楽しそうだ。
そんなヤマトを見ていた他の五人はヤマトに苦笑する。
「……魔法を使えることがそんなに嬉しいみたいだね」
「前から興味有り気だったからな……」
ソラの言葉にサイが答える。
しかし、「あれは行き過ぎないか?」とサイは多少引きつった顔をしていた。
しかし……。
「――まだあれよりマシでしょ……」
そう言うセラの視線の先にはザックが若い何人かの女性陣に飛びつこうとするのを必死で止めているロイの姿があった。
「ザック君、落ち着いてぇぇぇぇぇ!」
「ふっ! ここで行かなきゃ男じゃねぇぇぇぇぇ!!!」
狂ったザックを止めるロイの姿に皆が同情の視線を向けた。
だが、ロイの体力も長くは続かない。
ロイの力が緩んだその瞬間、ザックはロイを吹き飛ばし、女性陣に飛びつく……。
……寸前でサイの放った踵落しが炸裂した。
「この馬鹿が……」
呻くザックにサイがそう吐き捨てた。
それを聞いてムッとなり反論しようとしたザックが顔を上げて……硬直する。
「ロイ君?大丈夫?」
彼の目の前にはなんとロイがその女性陣に囲まれているではないか。
良く忘れやすいが、ロイはこの中で最年少でありさらに顔が少女のように可愛らしい。
ヤマトも最初にロイを見たときは可愛い、と思ってしまったほどだ。
いわるゆ美少年なのである。
そんなロイはこの村で若い村娘に絶大な人気を誇っていた。
「……………………」
それを見ていたザックは顔をワナワナさせる。
サイは溜め息、セラとソラは呆れてものが言えない。
「俺のときめきを返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ザックの悲痛の叫びは村中に響いた。
……後にこの事は『もてない男の悲しい絶叫』として村に語り継がれていったとさ……。
次回は「魔法授業開始」です。
ついにヤマトが魔法を覚える為に動き出します。