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漆黒の風  作者: ST
間章 『紋章持ちの歪み』
89/123

episode6

「くそっ! ファントムナイトが来たか」


「さすがにこれはまずいですよね?」


「ああ、非常にまずいかも」



 ヤマトが数週間ほど前に危険度Bランクのキラーウルフと戦ったことがある。

 その時はヤマトの他にはセラとザック、それにラーシアも居たが、今はフィーネしかいない。

 キラーウルフは危険度Bランクの中でも強い部類に入ることを考慮しても今のヤマト達では勝てる保証はなかった。



「ホントどうしよ――って来た!」



 ヤマトがこれからどうしようか迷っている間にファントムナイトが向かってきた。

 咄嗟の判断でフィーネを抱いて共に地面に倒れて転がる。

 その真上をファントムナイトの剣が空を斬った。



「ありがとうございます……」


「気にするなって。それよりもさて、どうするかな」



 ヤマトは眼前の敵を見据えたままゆっくりと腰に挿している刀をゆっくりと引き抜く。

 相手は各上の危険度Bランクの魔物である。

 ヤマトは危険度Cランクの魔物までならばソロでも戦えるが、さすがにそれ以上を倒せるほど上級者ではない。

 この歳では十分に戦えていると言えるのだが、相手が悪いということだ。


 だがそれでも、とヤマトは刀を構える。



「フィーネ、薬草もってそのまま街まで走れ」


「え、そんな……それじゃあヤマトさんが……」


「今はセラにその薬草を届けるのが先だろ?」


「でも……」


「いいから行――!」



 ヤマトとフィーネが会話している間に魔物が待ってくれるはずもなく、猛然と襲いかかってきた。

 ファントムナイトの片手剣がヤマトに振り下ろされる。

 ヤマトもそれに対して真っ向からはじき返した。

 二つの武器がそれぞれ衝突して甲高い音が上げられる。



「フィーネ、行け!」


「……ッ! わかりました、助けを呼んでくるのでそれまで頑張ってください!」


「ああ、そのくらいなら余裕だ」



 フィーネは目に涙を浮かべながら背中を向けて駆け出す。

 流す涙がいくつか地面に落ちてくる様子にヤマトはふっと微笑して前を向き直った。



「さて、俺と少し遊びましょうか。――わが身の身体を向上せよ、身体強化チャージング!」



 ヤマトはそう口から発した後、ダッシュでファントムナイトの懐まで駆け寄る。

 やはり身体強化魔法を使用しているだけあって、動きは素早い。

 だが、相手は危険度低ランクの魔物のように接近を待ってはくれない。

 ヤマトが懐に入る前に逆に相手からも駆け出してきた。



「マジかいッ!?」



 ヤマトは多少驚愕しつつも刀を水平に振りぬく。

 だが、ファントムナイトも魔物とはいえ剣を扱うだけはありそれを易々と防ぐ。

 ヤマトはそれを見ながら刀を持つ手の力を緩め、擦るように剣を振る。

 そして振りぬいた瞬間、姿勢を低くしながら相手の懐に接近する。

 そしてヤマトが刀で切り上げようとしたところで、相手が自分に剣を振りかぶっている姿を見た。



「やばいッ!」



 ヤマトはすぐさま後ろに飛び退く。

 すると剣閃から発せられる風圧がヤマトの鼻先を掠めた。

 先ほどまでの場所に立っていたならば間違いなく真っ二つだっただろう。

 その事に冷や汗を流しながら、バックステップで後ろに下がった。



「風の刃よ刀より放て、風刃ウインドカッター



 ヤマトは刀に魔力を集めて風刃ウインドカッターを放つ。

 放った魔法は真っ直ぐ相手に向かって進む。

 しかし、それを見たファントムナイトはヤマトを驚愕させる。

 何とヤマトの風魔法をその手に持った剣を振るうだけでかき消したのだ。



風刃ウインドカッターも通じない……か。これが危険度Bランク、キラーウルフで強さの大体はわかっていたつもりだったんだけど、さすがにショックだな)



 ヤマトが冷や汗を流しながら強がりの笑みを浮かべる。

 だが、勿論内心の心境は穏やかではない。

 自分の風魔法がこうも容易く対処されるとは思わなかったのだ。

 今、思い返せばキラーウルフにも最初は軽々避けられたような気がする。


 これが危険度Bランク、改めて対峙して改めて思ったことだ。



「刀より放つ風で敵を吹き飛ばせ、突風ガスト



 ヤマトは刀を大振りして突風を発生させる。

 風の刃ならば剣で斬って相殺出来ただろうが、突風ならばそれはできない。

 その予測は当たり、ファントムナイトは今度は片手剣を振るうことなく盾にする要領で防いだ。

 だが、そうなると完全には防ぎきらない。

 ヤマトの予想通りにファントムナイトはその突風でグラつき姿勢が崩れた。



「……! 姿勢が崩れたッ!」



 ヤマトは間髪入れずにその隙を攻める為に駆け出す。

 相手が相手なので隙が一瞬でもできたならば確実にものにする必要がある。

 悠長に構えている暇などないのだ。

 そういった考えからヤマトはすかさずファントムナイトを自らの刀の攻撃範囲に入らせる。

 そして……。



「うおおおおおおおお!!」



 ヤマトは刀を振りまくった。

 刀が何度も何度もファントムナイトに向かい振られる。

 だが、相手も相手でそれを一つ一つ弾いていく。

 やはり剣の腕はかなり良いと見える。

 しかし、それでもヤマトは攻撃を止めることはなかった。

 それはまさしく激戦とも言える武器攻撃の応酬で、介入出来るものはいない。

 その戦闘も少しずつ終幕に近づいていっていた。





     ★★★





「すごい……」



 草むらの陰からフィーネが顔を出しながら一人つぶやく。

 見れば黒髪の少年がたった一人で魔物と互角に渡り合っている。

 その光景にフィーネの表情は驚愕に満ちていた。


 ヤマトに逃がされた後、フィーネはヤマトに言われて来た道を一心不乱に駆けた。

 しかし、その最中に頭に残るのはヤマトを一人置いてきた罪悪感と後悔。



(何が魔道士の端くれなんですか……。私は弱いじゃないですか)



 そんな考えが彼女を責める。



(もしも……万が一にもヤマトさんに何かあったら……)



 それを考えるたびに表情が蒼白になった。



(いやです……)



 フィーネは今しがた戻りつつあった道を振り返る。

 振り返って覚悟を決めた。

 いくら責められてもいい、なんで助けを呼んでくれないのかと言われても。

 どう責められようが彼女にはとても見捨てることが出来なかったのだ。


 そうして慌ててヤマトの下に戻った。


 だが、彼女がここにたどり着いた時には互角の戦いがそこに彩られていた。

 ヤマトが強いことは知っている。

 実力がもうすぐ中級者を脱するくらいなのも。

 だが、実際に上級者が相手をする筈の危険度Bランクの魔物と戦っている姿を見てはやはり驚きを隠せない。


 まだ少年とも言える刀を持った冒険者がたった一人でファントムナイトと渡り合っているのだ。

 その攻防は激しく荒々しい。

 少年が押されているのは確かだが、しっかりと付いていっている。



「うらああああああああ!!」



 ヤマトは刀を振る速度をさらに上げる。

 刀を振り下ろしてから斜め上に切り上げ、そこから水平に振った後に回転力を活かして斜めにぶった斬る。

 ファントムナイトはその荒々しくも形となっているヤマトの剣技に惑わされながらもその攻撃をどんどん弾いていく。



――まだだ。まだ足りない。



「うああああああああ!!」



 ヤマトは何度も斬りつけた後にしゃがんでその場で回る。

 そして遠心力を使い力いっぱいファントムナイトに振った。

 だが、力のこもったそれすらもファントムナイトは防いでしまう。

 しかし、魔物を後退させることは出来たようだ。

 その時間を無駄にはしない。



「風に刃よ刀より放て、風刃ウインドカッター



 ヤマトは風の刃を放ち、敵に向かわせる。

 相手は後退してわずかに隙ができている。

 今ならば当たる、ヤマトはそう思った。

 それでもファントムナイトはそれを防いだ。

 今度は刀で受け止めたのだ。



「まだか、くそッ!」



 だが、驚愕こそすれ動きが止まることはない。

 受け止めたということは少しの間、相手の動きは止まる。

 ヤマトはそこで畳み掛けた。


 ヤマトは雄たけびを上げる。

 それは自らの恐怖を隠すためでもあるし、自らを鼓舞するためでもある。

 何度も何度も刀を振るう。

 それがどれだけ受け止められようと、弾かれようと関係ない。

 攻めを止めれば、腕を止めればそれは相手に攻撃されることを意味する。

 攻撃は最大の防御と過去の偉人が残してきたらしいがなるほどとヤマトに思わせる。


 ファントムナイトに斜めから刀を振り下ろす……弾かれた。

 ファントムナイトに水平に刀を振る……逸らされた。

 ファントムナイトに回し蹴りをする……片手で止められた。



――まだだ、まだだ。



 斬る、斬る、斬る。

 振る、振る、振る。

 殴る、蹴る、叩く。



――足りない、足りない!



 斬る、振る、蹴る。

 斜めから、上から、下から、水平に。

 頭を、肩を、腕を、下半身を、腹を。



 気づけばヤマトは傷だらけになっていた。

 相手もかなりの痛手を負っている。

 だが、どちらも倒れない。



――ここで負けるようなら俺は“奴ら”と戦うことなんて出来やしないんだよ!



 ヤマトとファントムナイトの激闘は続く。

 終幕に確実に近づいている、なのに終わる気がしない。

 決定打さえ決まればそれを受ける側が例えどちらだろうが倒れるだろう。

 だが、そんなギリギリの戦いは続いていく。



 そして、それも遂に終わりの時がきた。

 ヤマトが振り下ろした刀が弾かれ、ヤマトが大きく仰け反ったのだ。

 そして時間はゆっくりと流れていく。

 ファントムナイトの剣がヤマトに吸い込まれていく……。

 瞬間、ヤマトの後方で光が弾けた。



「――ッ! なんだ!?」


「ヤマトさん!」



 それを行ったのは今まで茂みに隠れていたフィーネであった。

 フィーネが唱えたのはヤマトからもらった金のブレスレットによる光魔法、光眩フラッシュ

 詠唱の声が聞こえなかったということは無詠唱で唱えたのだろうか。



(いや、そんなことより)



 ヤマトは目の前の敵を見る。

 ファントムナイトはアンデット系の魔物だ。

 その性質上光魔法には弱いはず。

 やはりというべきかヤマトが仰け反った時以上に隙が大きかった。

 フィーネの奇襲が絶妙なタイミングで効いたようだ。



(今なら……)



 ヤマトは手に持った刀を振り上げる。

 決定打を叩き込む、そのチャンスが今しかない。

 これで決める、ヤマトはその一心で刀を振り下ろす



――力を……求めるん……だね……。



 そんな声が頭に響く。

 その声はどこかで聞いたことのあるようなそんな声。

 その声はヤマトの頭に、身体に浸透していき、己の憎悪を増幅させる。

 その憎悪を刀に乗せてヤマトは……。



「あぁぁぁぁあああ!!」



 ファントムナイトを一刀両断した。

 崩れ落ちるファントムナイト。

 そしてまるで中身が消えたように、後に残ったのは剣と灰色のローブだけだった。



――今のは……?



 ヤマトはファントムナイトを倒したことよりも違う事に驚愕を示す。

 今までに感じたことのない程の憎悪を感じてただただ困惑していた。

 今のは一体なんだったのか。



「ヤマトさん! 大丈夫ですか!?」



 そんな謎の憎悪に戸惑うヤマトにフィーネが駆け寄ってきた。

 その声になんだか現実に戻ったような気がする。

 それは安堵にも似た感情であった。



「ああ、大丈夫さ。それより何でここに? フィーネは確か街まで行ったはずじゃ……」


「……ごめんなさい。どうしても心配で……」



 ダメでしたか? と涙目で上目遣いをされたらヤマトも何も言えない。

 現にフィーネがいなければ地に伏していたのは自分であるのだから文句がある筈もない



「いや、正直助かったよ。フィーネが居なかったらヤバかったし」



 そう言った後、いつものように頭に手を乗せて撫でる。

 それに対してエヘヘと頬を緩めるフィーネ。

 いつもの光景だ。



「じゃあ帰りますか」


「はい」



 これにて二人の冒険が幕を閉じた。





     ★★★





「戻ったぞ」


「あ、おかえり。大丈夫だった?」



 宿に帰るとソラが出迎えてくれた。

 それを見てフィーネも安堵したようだ、ふーと息を漏らしている。



「クルン草、これをセラに飲ませればいいんだな」


「図鑑だとそうみたいです」



 ヤマトが手荷物クルン草。

 これを手に入れるため危険度Bランクと戦闘になった。

 それを思えば決して楽な仕事ではなかった。

 だが、成果はちゃんとあったようだ。


 あれから数時間後、クルン草を煎じてセラに飲ませ、しばらく経つとどんどんと顔色が良くなっていった。

 熱も下がったようであり、この様子ならば二、三日程度で体調も良くなりそうだ。

 その様子に全員がほっと息を吐く。



「いや~、解決したってことで」


「良かったね~」


「本当に良かったです」


「そういえば、ヤマトも大変だったらしいね。話聞かせて~」


「まあ別にいいけど」



 三人してセラの状態が回復しそうで安心した。

 後はアル達さえ体調が良くなれば、また日常に戻れると深く安堵する。


 ……しかし、問題がすべて解決したわけではない。


 三人は気づかないがベットは少し動いていた。

 なぜなら、セラが意識を取り戻したからだ。

 薄れゆく意識の中でヤマトとフィーネがソラに語る一連の出来事。

 それを聞いてセラは何を思ったのか。

 セラは……。



――私はヤマトにとって……いらない存在なのかな……。



 セラの不安は今にも爆発してしまいそうだった……。





読了ありがとうございました。

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