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漆黒の風  作者: ST
間章 『紋章持ちの歪み』
88/123

episode5

 あの悪夢のような料理による殺戮事件から数日がたった。

 結果的にヤマトは三日ほど生死を彷徨い現世へと舞い戻る事が出来た。

 その間はずっとセラが看病していたらしく、目を覚ましたときは泣きながら抱きつかれてしまった。

 本当にセラの様子がおかしいなとヤマトが改めて思った瞬間だ。

 勿論セラはヤマトが死に掛けたのは自らの料理のせいであるとは自覚していなかった。



「また作るからね!」



 この言葉を聞いたときはさすがのヤマトも泣きそうになってしまった。

 されどそこはヤマト、「楽しみにしているよ、それまでにもっと上達できたら良いな」と優しい言葉をかけることが出来た。

 今のセラのおかしな様子を考えるととても素直に料理が不味いとはとてもいえない。


 ちなみに未だに他の四人はベットの上で悪夢にうなされている。

 その様子を見てヤマトが何とも言えない表情になったのは言うまでも無い。


 だが、それもしばらくすれば自分のように復活できるだろうとボジティブに考える。

 そうでもしなければやっていけなかった。

 今は、残った者達で依頼を受けて金銭を溜めておこうとそれぞれが動いている状態である。

 そんな時に更なる事件が起きた。





     ★★★





「セラが倒れた!?」



 それを聞いたヤマトは驚き、声を高くしてしまった。

 そんな彼と同じ表情をフィーネもしている。



「そうなの。何だか熱が酷くって……」



 二人にそれを伝えた本人であるソラは心配だというような表情で困っている。

 アルが居ない現在にこのような事が起きた事によってヤマトは苦い顔をする。

 アルの指示がないからどうすればいいかヤマトにも分からないからだ。



「それで、セラは大丈夫なのか?」



 ヤマトは言いながらセラが寝ているベットを見つめる。

 ここはセラ達が過ごしている宿の部屋である。

 その隅のベットでセラは汗を掻きながらうんうんとうなされるて眠っていた。

 顔も赤く熱も高いようでこのままではさすがに心配である。



「一応は。でもこのまんまじゃ危ないかもしれない」



 ソラもセラがどのような状態かは全ては理解できない。

 今はまだ大丈夫かもしれないが、これからどうなるかはわからないのだ。

 そんなソラの言葉にヤマトも少しばかり焦ってしまう。



「どうするか……」



 ヤマトは首を捻りながらどうすれば良いかを模索する。

 だが、こういった病気に対する知識が豊富で無いヤマトにはどうする事もできない。



「せめて原因が分かればなぁ……」



 ヤマトはそんな事を呟きながら頭を抱える。

 そう、原因さえ分かれば対策を立てられるかもしれないのだ。

 だが、今の現状で原因は不明。

 その現状にどうしたものかとヤマトが悩んでいると不意にソラから言葉が発せられた。



「そういえば、前に料理を作っているときに怪しげな実を味見していたような……」



 曰く、料理をしている際に一つの赤い色をした実を味見していたようだ。

 しかし、その実を食べた瞬間セラの表情が苦いそれに変わり結局は料理に使用する事はなかったらしい。

 それを聞いたヤマトは思う。



――味見するならあの肉料理にもして欲しかった。



 セラの料理を食べたヤマトの感想であった。



「でもそれだとその実がかなり怪しいな」


「うん、その実が何の実かさえ分かれば何とかなるかもしれないのに……」


「あ、それなら」



 突然何かを思いついたようにフィーネが部屋の隅に置いてある皮の袋をガサゴソと漁る。

 その仕草が大切なものを一生懸命探す子供のようで何とも可愛らしいなとヤマトに思わせた。

 そんな彼をジト目で見るソラはやれやれと首を振っている。

 その間にもフィーネは一生懸命ある物を探す事に専念する。

 そしてしばらくしてからフィーネは一冊の本を取り出した。



「フィーネ、これは?」


「これは毒草が何種類も紹介されている図鑑で冒険者にとっては必需品のものなんです。それにあらゆる毒草の解毒ができる薬草まで載っている優れものなんですよ」


「おお! すごいぞフィーネ!」



 思わぬ収穫にヤマトは驚きと歓喜の声を上げる。

 つい興奮したヤマトは思わずフィーネの頭を撫でて、それにフィーネは頬を赤らめてエヘヘ、と表情を綻ばせる。

 傍から見ていたら兄妹のように見えてしまうだろう。



「お二人さん、今はそれどころじゃないでしょー?」


「あ、そうだな」


「そうでした」



 ソラの言葉にヤマトはフィーネの頭から手を離す。

 それにどこか不満な表情を見せるがすぐにフィーネは表情を戻す。



(この状況をセラが見てたら怒るだろうなぁ~)



 ソラは二人の様子を見ていてそんな事を思っていた。


 そうして三人は図鑑を眺める。

 図鑑にはかなりの種類の薬草、毒草、果実が載っていた。

 中には魔物の繁殖力を高めるという極めて珍しい効果のあるトリル草なんて物もあるほどだ。



「それで、その赤い実はなんなんだろう?」


「えっとですね……。あ、これです」



 フィーネが本に描かれている実の絵の一つを指差す。

 その指さす場所をヤマトとソラは同時に見つめた。

 そこに載っていたのは思ったよりも小さい、粒のような赤い実である。



「そうそう、こんな実だった! えっと――身体の体温調節を狂わせて熱を一気に上げる毒……。そんな毒ってあるんだね」


「ああ、しかも結構治りは遅いらしいな。――下手すれば死に繋がるって……」


「大変です! どうしましょう!?」



 その実の毒の効果を初めて知った三人が表情を暗いものにさせる。

 だが、その実の解毒効果を持った薬草が無いわけではない。



「クルン草か……」



 クルン草、森の深部に生えている事がある珍しいとも言える薬草である。

 その用途は様々であるが、複数の解毒効果を持った旅をするならば非常に便利な薬草だ。

 本に書いてあるとおりならばその薬草を煎じて飲ませればおそらくセラも回復するだろう。



「森の深部って言っても探す事は難しいよね」


「範囲が広すぎますし……」



 だが、一言で森の深部と言ってもその範囲はかなり広い。

 さらには森の深くに足を運べばそれだけ強い魔物と出会う恐れも出てくる。

 今のヤマト達ではせいぜい危険度Cランクを倒す事がせいぜいだ。



「範囲については大丈夫だ」


「え、どうして……」


「忘れたわけじゃないだろ? 俺には超感覚能力マストがあるんだぞ?」


「あ、そうでした! さすがヤマトさんです!」



 ヤマトの言葉に目をキラキラ輝かせるフィーネにヤマトは得意顔になってしまう。

 まるで可愛い妹に尊敬の眼差しを送られる兄のようである。



(いや、もう兄妹でいいんじゃないの?)



 ソラがそう思うのも無理は無いのかもしれない。



「じゃあ、俺が取ってくるよ」



 やる事は決まったとばかりにヤマトはすぐさま立ち上がる。

 そして紺色のコートを翻して扉の方向に歩き始めた。

 だが、それを止める者が一人いた。



「ヤマトさん、私も一緒に探しに行きます」


「フィーネ?」



 ヤマトの背中に待ったをかけたのはフィーネであった。



「ヤマトさん一人じゃさすがに危険だと思います。私も魔道士の端くれです。手伝わせてください」


「フィーネ、結構危険と思うんだけど大丈夫か?」


「はい」



 ヤマトは心配する素振りを見せながらフィーネに遠まわしに留まるように言うがフィーネがそれを聞き入れることは無い。

 それに確かにヤマト一人では何か処理しきれない事態が起こるかもしれなかった。

 フィーネの体力にはヤマトも少しばかり心配なところはあるが、その魔法の才はヤマトをも凌ぐ。

 何かあれば自分が守る、ヤマトはそう思い同行を認める事にした。



「じゃあ、一緒に行こうか」


「はい! よろしくお願いします」


「オッケー、よろしく。じゃあソラはセラの看病を頼むよ」


「わかった。気をつけてね」


「ああ、大丈夫さ」



 ヤマトはソラの言葉に手をヒラヒラ振りながらフィーネを引き連れて宿を出る。

 二人が目指すのは森の奥地。

 そこにある薬草を目指して二人は東の森に向かった。





     ★★★





「ここにあるな」



 ヤマトはあれから東の森の方に進み、超感覚能力マストを使ってクルン草の場所の検討をつけた。

 結果、目の前に広がる森を進んでいけば薬草が見つかりそうだとヤマトの直感が訴えている。



「じゃあ行きますか」


「そうですね」



 ヤマトはフィーネを引き連れて森を進む。

 草木を掻き分け、足場の悪い道を歩き、着実に前へと。

 そんな時、左の方からガサッと音がした。

 見ればゴブリンが顔を覗かせている。



「フィーネ、左からゴブリンが」


「分かりました。集う炎よ、中炎弾エルファイア



 ヤマトの声と共にフィーネが左を向いて詠唱する。

 すると此方に向かってきたゴブリン二体がフィーネの魔法に巻き込まれた。

 ゴブリンを呑み込むほどの炎がその身を焼き尽くす。

 そして気づけばゴブリンは二匹とも丸焼けとなって息絶えていた。



「うし、ナイス魔法」


「ないす?」


「ああ、良くやったって事」


「ありがとうございます!」



 途中で魔物も何匹か出てきたがフィーネとヤマトの中近距離のコンビネーションは中々のもので、これまでの魔物は容易く片付ける事が出来た。

 その度にヤマトはフィーネに賛辞の言葉を送り、フィーネの機嫌が増していく。


 ヤマトは思う、フィーネも変わったなと。

 フィーネは最初に会った時はとても臆病な性格だった。

 だがその臆病な性格は完全にこそ直っていないが、ここ数年でかなり見られる機会が少なくなっている。

 これも成長なのか……ヤマトはフィーネの顔をまじまじと見ながら感慨深く思った。

 そんなヤマトの視線に気付いたフィーネは頬を多少赤らめながら上目遣いでヤマトを見る。



「あの……どうしたんですか?」


「ああ、いや。フィーネもあまりいろいろな事に恐がらなくなったし、成長したんだなって」


「そうですか?」



 フィーネは首を傾げながらヤマトの顔を見つめる。

 そして……。



「でも確かにそうかもしれないですね。今は頼れる人が近くにいますから」


「そうかそうか。それは良い事だよな」



 ヤマトはそのフィーネの言葉に作り笑いを浮かべて頷く。

 だが、その胸にチクッと何かが刺すような痛みが伝わった。



(頼れる人……か。守りたい大切な人ならいっぱい居るんだけどな)



 自らが記憶喪失であるがゆえに自分の事に対して完全に頼れる人は今の所いない。

 アルにはお世話になっているし、感謝もしているが偶に見る謎の夢についても詳しく話せずにいた。

 そう考えると少しばかりフィーネが羨ましく感じてしまう。



「ヤマトさん?」



 フィーネが心配するような声で言葉をかけてきた。

 どうやら今の気持ちが表情に出ていたらしい。

 ヤマトは慌てて取り繕ったような笑みを浮かべて大丈夫だと言った。



「本当ですか? まあ、ヤマトさんが言うなら良いんですけど……」



 未だ腑に落ちないという表情をしているが深くは追求してこなかった。

 そのことがヤマトにとってはとてもありがたいと感じる。

 やはりヤマトとしてはあまり掘り返されたくないものであったからだ。



「それよりも、この辺に在るんじゃないか?」


「だいぶ森の奥に来ましたからね。そろそろ生えている場所も出てくると思います」


「ああ、見落とさないように探していこう」



 二人は歩を緩めて生えている薬草を見落とさないように周囲を隈なく探す。

 しかし、未だそれらしき薬草は見つからない。

 ならばとまた二人は森の奥に歩を進める。


 そして時間がどのくらい経っただろうか。

 随分な距離を歩いたなとヤマトが思い始めたそのときにヤマトの目にあるものが映った。



「なあ、あれじゃないかな」


「え、どれですか?」



 声を上げたヤマトが指を指す方向にフィーネは慌てた振り向いた。

 するとその先には見覚えのある薬草が生えているではないか。

 ヤマトとフィーネはその薬草を見つけ次第、生えているその場所に駆け出す。

 そしてその薬草が自分達の求めるものかどうかを確認する為に、薬草の絵が載っている本を取り出し確かめてみた。

 そしてその結果にヤマトは歓喜した。



「よし! クルン草だ!」


「やりましたね!」



 二人してバンザイと嬉しさを素直に表情に出す。

 これで仲間が助かるというのだからそれも当然だろう。



「よし、さっさと帰るかな」


「そうですね」



 ヤマトとフィーネはそう言って来た道を振り返り歩き出した。

 その手に持ったクルン草は当然、皮袋の中に入れてある。

 これにて無事に採取が完了……そう思った矢先であった。



「ん? なんだ?」


「どうしたんですか?」


「いや、後ろの方から何か足音のようなものが聞こえてきた気がしたんだけど」



 ヤマトは振り返って自らの後方を凝視する。

 するとヤマトの勘がそちらに何かがあると警告してきた。

 ヤマトの勘は超感覚能力マスト無しでも十分当てになるものだ。

 当然、長年共に過ごしてきたフィーネもその鋭さは知っているので、ヤマトが注意深く覗いている後ろを警戒して見つめる。

 ……そしてそれは現れた。


 姿は全体を灰色のマントで覆った人型、フードの下から覗かせる紫色の眼光がギラついている。

 その右手には片手剣が握られていて、ヤマト達に向けて殺気を放っていた。

 現れたのはファントムナイト、危険度Bランクの魔物であった。





読了ありがとうございました。

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