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漆黒の風  作者: ST
間章 『紋章持ちの歪み』
87/123

episode4

あけましておめでとうございます。

正月だからというわけではありませんが文章量を多くしています。

それでは今年もよろしくお願いします。

 ヤマト、ザック、ロイ、サイ、アルが互いを互いで睨み合う。

 彼らが座っているテーブルには四つの料理が置かれている。

 その中の料理の四つ全てが料理とはとても言えない殺人兵器であるが。


 とにかく、五人は互いを睨み合う。

 今から始まる戦いは己の命をかけたもの。

 この五人の内、四人は逝ってしまうのだ。



「ええ!? 料理は男子陣が選ぶの!?」


「こちらは食べてもらう側だからな。それが当然だろう?」



 そう、たった一つ、死を回避する『何も食べれない』という選択を巡って争いは起きるのだ。

 何と哀れで無情な戦いだろうか。



「それでは仕方ないですね……」


「そうね。ヤマト、私信じてるから」


(ごめん、何を?)



 セラが信頼しきった瞳でヤマトに何かしら訴えかけてくる。

 冗談ではない。

 セラの作った肉とは思えない肉料理など食べれば、一週間は生死を彷徨うだろう。

 勿論その後に気付いた時にはおそらく死後だ。



「ヤマト、愛されてるじゃねえか!」


「そうだよ、ヤマト君。純情な好意を踏みにじるのは男のすることじゃないよ」


「黙れお前ら!」



 ザックとロイは生き残る為に一人でも多く脱落者を作ろうとしてくる。

 そうする事で自らの生存確率を上げるつもりだろう。

 勿論ヤマトはそんな戯言には耳を貸さない。



「ふむ、ヤマトよ。無駄な足掻きじゃぞ?」


「そうだ、どちらにせよ生き残るのは決まっている」



 皆が皆を睨み合う。

 そこにはかつての仲間などという甘い関係は存在しない。

 あるのはただ、どうやって目の前の敵共を地獄に叩き落し、自分が勝利者側に立つかだ。



「「「「「生き残るのは自分だぁーーーーーーーーッ!!!」」」」」



 これより血みどろの戦いが幕を開けた。





     ★★★





「さて、それではどうやって決めるかだが――」


「俺に提案がある」



 ここで真っ先に口を開いたのはサイである。

 今この状況で最も落ち着いて状況を見ているのは彼だけだろう。

 故に彼は冷静に自分が生き残る道を模索する。

 ……結果、見つけた。



「提案? どんなものじゃ?」



 アルが訝しい表情をサイに向ける。

 アルがこの中で最も危険視しているのがサイである。

 ヤマトの超感覚能力マストも厄介極まりないが、あれの発動には多少の時間がかかる。

 ゆえに対処はできるのだ。

 しかし、サイは普段から冷静で状況をしっかりと見る事が出来る。

 この中で一番生き残る可能性が高いのはサイだろう。


 ……そして、そのサイが口にした。



「――――ジャンケン……というのはどうだ」



 皆に衝撃が走った。


 ジャンケン……それは古代より伝わりし伝説の決闘。

 さらにそのジャンケンは、決闘方法として上げられたならば逃れる事はできない。

 全てを運にかけた戦い。

 状態も状況もほとんど関係がない為にいつでも出来る。

 もしもこの決闘方法から逃げる事があれば臆病者、無能の烙印が押されてしまう。

 その戦いの旗が揚げられたなら、回避は不可能なのだ。

 そしてそのジャンケンにおいて、サイは決して負けることがない。

 何故ならばサイはこのジャンケンにおいては無敗を誇る最強の人種だからだ。



「お、おのれぇ! そう来たかーーーーッ!!」


「策士だ! 策士過ぎるよ!」


「ここでそのチョイス!? 鬼畜にも程があるぞ!」


「こいつ、絶対に譲る気がねえ!!」



 全員が一斉にサイを非難する。

 その皆の表情に動揺、焦りが大きく見える。

 もうこの銀髪腹黒男が戦いの狼煙を上げた事により回避が不可能となったのだ。



「ふははははっ!! 貴様らで仲良く逝ってくれ!」


「畜生ーーーーーーーーッ!!」



 手を出せばどんな状況でもジャンケンに勝つという、普段はあまりに使わない体質がここで生きた。

 サイは笑うしかない。

 そうして、皆が絶望の表情でジャンケンの準備に入る。

 サイは全員のその様子にふっと清ました微笑を浮かべる。



「用意はいいな? じゃあこれよりジャンケンを始める」


「いいだろう」



 カーラの準備を促す言葉にサイはふっと笑いながら手を前に出す。

 サイは己の勝ちを疑っていない。

 生まれてこのかたジャンケンに負けた事が無いという絶対的アドバンテージを疑う必要もない。

 そうして余裕の表情で手を出そうとするサイ。


 その余裕が……カーラの次の一言で消えた。



「ここで勝った・・・人が四つの内どれかを先に食べれるという事だ」


「――――なんだと?」



 そしてサイは逝った。





     ★★★




 テーブルにはヤマト、ザック、ロイ、アルの四人が大量の汗を流して今しがた死んでいった銀髪の少年を哀れな瞳で見つめていた。



「危なかった……」


「さすがにもう死んでしまうのかと思ってしまったぞい」



 どんな手を出しても必ず勝利するサイは四人がグーを出す中で一人だけパーを出した。

 ゆえに彼は天に召される結果になってしまったわけだ。

 考えてみれば女性陣にとっては『何も食べられない』という選択肢こそがはずれである。

 ゆえに勝利者が料理を食べるということは当たり前だ。


 ちなみにサイが選んだのはフィーネの魚料理。

 四つの中では異臭がして魚の目がギョロギョロと動いているが、それでも見た目はあの中では比較的まともな料理である。

 だから彼はそれを選び、味に全てを託したのだが。

 ……結果一口目で白目を向き、座ったまま力無く項垂れ、召された。


 残った料理は三つ。

 セラの黒焦げ肉(?)料理。

 カーラの黄色い謎のスープ。

 ソラの肉料理……がカーラの黒いスープで溶けてグチャグチャになったもの。


 この三つ(正確には何も食べないという最後の選択肢である四択目)を巡って争う事になった。



(さて、サイがああ来たからな。こいつらはどう来る?)



 ヤマトは考える。

 サイがジャンケンという絶対勝利条件を言い出した事により四人全員が疑心暗鬼に陥っている。

 全員が全員何かしら相手が仕掛けてくるのではないかと思っている。

 だが、それも当然であるかもしれない。


 このジャンケンはサイ以外からすればただの運で勝利するしかない。

 ヤマトの場合は超感覚能力マストを使用すればいいのだが、おそらく全員が阻止するだろう。

 そう、今からは運だけが頼りになってくるのだ。


 ……とザック辺りなら考えるだろう。

 だが、他の三人は違った。



(((何か相手の手を誘導する事ができないか……)))



 そう、この三人は自らの命を運に頼る事は無い。

 ヤマト、ロイ、アルは考える。

 ジャンケンは確かに普通にすれば運だけである。

 だが、直前までは相手と何を話してもいいのだ。

 ここで心理的揺さぶりや相手の手を誘導させる事が出来ればあるいは勝率は格段に上がる。


 ふと見ればザックは見るからにサイが消えた事により確率が四分の一と思っているようだ。

 三人は思う、何と哀れで浅はかな……と。



(((元より運に頼ろうとは思っていない! 欲しいのは確実な勝利だけだ!)))


「ザック俺は今、手が痛くてさ。グーしか出せないんだ。お前ならチョキを出さないと信じているよ」


「あ、僕も今手を打ってて……グーしか出せないや」


「おぬしらもか……。実はわしもなのじゃ」


「え、そうなのか。仕方ないなぁ~」



 ザックはいかにもやった! と嬉しそうな表情で分かりやすい事にチョキの手を繰り返し練習している。

 その様子に三人は腹の底で笑った。



(((これで一人落ちたな)))



 三人は自らの勝率を上げる為にまずは一人、ザックを蹴り落とす事を画策する。

 直前のアイコンタクトとヤマトのきり始めだけで全てを悟った他の二人も一瞬のドス黒い笑みを浮かべて乗ってきた。

 ザックはその事にまるで気付かない。

 そんな純粋な心を持つザックを彼らは騙す。

 そこに罪悪感など一切ない。



「良し、じゃあやろうか」


「おうよ! さぁーいしょーはグー、ジャーンケーン――」



 そしてまた一人、仲間の命が散っていった。





     ★★★





 結果は勿論ザックが負けようとチョキを出したところ他の三人がパーを出した。

 彼の最後の言葉は「騙しやがったなーーーーーーーーッ!!」とあまりにも可哀想な最期を迎えたのは言うまでも無い。

 ザックの選んだ料理はカーラの黄色い方のスープ。

 確かに浮かんでいる実は気になるが、他の二つよりは幾分見てくれは良い。

 ゆえにそれを選んだのだが……。



(まさか……目や鼻や耳から血が噴出すなんて……)



 あと一歩薬草での処置が遅れていれば間に合わなかっただろう。

 聞けばあの黒と白の実は立派な毒のある実らしかった。

 何でも本人曰く「高級な実と似ていたのでつい間違えて持ってきてしまった。すまない」との事。

 冗談ではない。

 とても、間違えちゃったテヘ、で済む事ではない。


 そしてザックの屍を超えて次のステージに進んだ三人は恐怖に身を震わせながら残った料理を横目で見つめる。

 残った料理はあの中でも危険度が高そうなものである。

 強いて言うならカーラのスープがかかったソラの肉料理は食べれば内臓が溶ける恐れがあるという事が分かっている。

 それ以上のことは無い筈……と信じたい。



(残るは二つ、そして俺を含めて三人。さて、どうするか……)



 ヤマトは思考する。

 ロイとアルはザックのように簡単には罠にはかからないだろう。

 そもそもあのような子供でも分かる嘘などザックくらいにしか効かない。


 そんな事を考えているとき、ロイが此方に熱烈な視線を送ってくる。

 そして口を動かし形だけ何かを呟いた。

 その内容は声は聞こえなかったが口の動きで分かる。



――お互いチョキを出そう。



「おじいちゃん。僕はチョキを出すよ」



 ここでチョキを出すと宣言したのはロイ。

 ヤマトと同じ手を出すと決めているのにも関わらずそれを教えたロイは普通なら愚かだと思うだろう。

 だが、それにヤマトはなるほどと内心で笑った。

 これはまさしく心理的揺さぶり。

 ロイの一言で警戒したアルはむぅと悩む素振りを見せる。


 おそらくアルはロイの言葉を馬鹿正直に信じたりしないと考えた結果だろう。

 間違いなく裏を読みパーではなくロイがグーを繰り出す事を考え、自分はチョキを選ぶ。

 ……とロイが考えたと思い、ロイがパーを選択すると予想する筈だ。

 アルならそのくらいの深読みは出来る筈。

 そうやってアルがグーを出した所を見事にチョキで二人共負けるという結果だろう。


 何故、ロイがそのような提案をしたか。

 決まっている。

 この中で最も知恵が回り厄介なのがアルだからだ。

 ロイもヤマトも運で勝利しようなどとは全く思っていないために下手に騙しあうよりもここは結託した方が良い。

 そうでもしなければ勝つのは最も場数を踏んできたアルの可能性が高い。



「さて、始めようか」


「ま、待ってくれい! まだわしは決め手……」


「さーいしょーはグー、ジャーンケーン――」



 だが、ロイは甘い。

 それがヤマトの感想だ。

 確かにアルならばそこまでの深読みはする可能性がある。

 だが、その先を読んでいない筈も無いのだ。



(安らかに眠れ……)



「ホイ!」



 そうしてまた一人地獄に送られる者が増えてしまった。





     ★★★




 結果だけを言うと、ロイは逝ってしまった。

 ヤマトはアルがおそらくロイの考えを全て読んだ上でパーを出してくると予想した。

 ゆえに自分もパーを出すことに決めたのだ。

 これならば例えアルがどの手を出したとしても、既にロイがチョキを出すと分かっている為に勝ってしまう可能性が無い。

 そしてロイは死んでしまった。

 彼の最後の言葉は二人の耳には聞こえなかった。

 ただ、呪いの言葉を死ぬ直前までにブツブツと唱えていた事は覚えている。

 ……本当に呪われるのではないか二人は無性に心配になってきた。


 ちなみにロイが選んだのはソラの肉料理。

 元々はしっかりとした料理だった為にもしかしたらという最後の可能性に賭けたのだろう。

 結果は内臓破損で血を吐いて倒れた。

 なぜにたかが手料理を食べるだけで死にかける状態に至るのか、到底二人には理解できない。



「さて。残ったのはお前さんだけじゃな」


「――最後の砦め」



 二人は睨み合う。

 その視線は絶対に死にたくないという自らの為の自己犠牲の欠片も無い信念がありありと見て取れる。

 その傍でそれを見ていたセラは思う。



(ああ、私の料理の為にヤマトはあんなに必死になってくれるんだ)



 勘違いも甚だしい。

 これをヤマトが聞いていたら冷や汗を滝のように出していただろう。



「さて、ラストだ」


「どうした? 小細工は使わんのかのう?」



 もしも勝ち残ったのがアル以外ならば思考をフル回転させて、勝利への道を切り開いただろう。

 だが、相手はアルだ。

 おそらく下手な小細工は自滅してしまう。

 ならば、下手な事を考えずにそのまま出すしかない、ヤマトはそう考えた。

 そしてそれが一番勝率が高い筈である。

 これならば半分の勝率を得られる事が確定しているのだから。


 これは運を頼りにしているのではない。

 最も勝率が高い選択をしたまでである。



「それじゃあ行こうかのう」


「いくぞぉ!」



 お互いが掛け声を上げる。

 勿論それは最初の儀式。

 やがて、それも終わり二人の手が出される。

 それが出された瞬間、その場の空気が止まる。


 ……結果はヤマトがパーでアルがチョキだった。



――やった! 全敗、これで何も食わなくて済む!



 ヤマトは歓喜の表情を浮かべる。

 対するアルはこの世の全てを諦めた表情だ。

 これで生き残れた。

 ヤマトはそう確信したのだ。

 だが、現実はそう甘くはなかった。


 ヤマトはあまりの嬉しさに椅子から立ち上がった。

 その瞬間……テーブルがガタッと揺れて、一つの皿が落ちる。

 それはロイが今しがた選んだ食べかけの肉料理の皿。

 それが何と足の小指の部分に落ちてしまったのだ。



「痛ったーーーーーーーーッ!!?」



 スープの残りがヤマトの靴に思いっきりかかる。

 そして靴が溶けた瞬間にそこに皿が落ちてきたのだ。

 つまり生足にぶつけてしまったということだ。


 するとヤマトは歯を食いしばると同時に出した手を痛みで激しく握り、何とパーからグーに変えてしまったのだ。

 最終結果はヤマトがグーでアルがチョキであった。



「今の無し! 絶対おかしい!」


「何を言っておるか! この結果を見てみい!」



 ヤマトはなまじ命がかかっているだけに物凄い形相で抗議するがもう遅い。

 なぜならばその最終結果だけを周りに見られてしまったからだ。



「ヤマトッ!」



 セラはヤマトに抱きついた。

 本当に昔の彼女からは考えられない行動だ。

 そしてそのようなキラキラした瞳で自分を見ないで欲しいとヤマトは心底願った。



「それではヤマトがセラの料理を食べられるという事で」


「えっと……ちょっとお腹が痛いんだけど……」



 ヤマトは必死の抵抗を試みる為に会心の演技で自らの腹部を押さえる。

 だが、その演技はむしろ逆効果となる。



「そんなっ! じゃあ急いで私の料理を食べて。これには身体の状態を良くする薬草を入れてあるの!」



 おそらくその薬草とはいかにも毒草にしか見えないこのサラダの事であろう。

 ヤマトはふと隣を見てみる。

 そこにはヤマトを信じきったセラの姿があった。

 セラの表情を見るにこれを食べないという選択肢はおそらく取れそうに無い。



(絶対だ……! 絶対にセラを元に戻さないと……)



 ヤマトは固く決意した。

 そして肉料理に手を伸ばす。

 そしてフォークで指して一口を恐る恐る口に運んだ。



(肉自体はグチョグチョ、サラダの味はまるで腐ったヘドロのような……あれ、途中から味がしなくなったぞ?)



 ヤマトは途中から料理の味がしなくなった事に疑問を覚える。

 だが、それは今の状況では好機ではないか。

 そう捕らえたヤマトはこの悪夢を終わらせるべく料理を一気に胃に流し込んだ。



(良し、これなら行けるかも……ん?)



 するとヤマトの視界が一気に変わった。

 それは当の本人が驚愕するほどの突然の変化。

 素早く場面展開を果たしたそこは……綺麗な花畑であった。

 周りに幾つもの色の鮮やかな花が無数に咲いている。

 そして前方には小さな川もあった。


 一体ここは、とヤマトが周りを見てみる。

 しかし、見渡す限りがそんな風景を彩っている。

 そんな時、川の向こう側に人が立っている事に気付いた。


 一番最初にヤマトが気付いたのは銀色の髪と瞳を携えた少年である。

 その少年は冷たい笑みを浮かべながらこっちに来いと手招きをしている。


 その隣にはバンダナを身に着けた茶髪の少年が立っている。

 その少年がこの向こうには楽園エデンが待っているぜと元気良く手を振ってくる。


 その反対側では金髪碧眼の美少年が座っていた。

 何やら幸せそうな表情を向けて何かをブツブツとずっと唱えていた。


 そして全員がヤマトに言った。



――こっちに来いよ。



 ヤマトはそんな彼らの幸せそうな表情に頬を緩ませながら、三人の下に向かう。

 途中の川など全く気にせず飛び越えた。



――これで僕達はずっと一緒だよ。



 アハハハ!

 一心同体の親友となった四人は肩を組んで無邪気に笑い合う。

 ヤマトはとても幸せな気分になった。

 今までの抱えていた錘も、苦しみも全て抜けたように感じる。


 すると突然に三人は表情を真面目なそれにした。

 彼らは言う、あと一人連れてこなければ、と。

 それにヤマトは虚ろな瞳で頷く。

 そして四人はニヤッとドス黒い笑みを浮かべた。


 そんな時ヤマトはふとさっき渡った川が目に入る。

 それを見つめて数秒、ヤマトはとんでもない事に今更ながらに気付いてしまった。



――あ、これって三途の川だ。










「わしの愛弟子達よ。こんな不甲斐無い師を許して欲しい」



 アルの目の前で倒れているヤマトは身体をビクンビクンッと痙攣させながら白目を向いている。

 全く恐ろしい料理達であった。



「じゃが、やっぱり戦いが終わった後は腹が空くのう……」



 アルがそう呟く。

 実際、死は免れたが何も食べていないがゆえに空腹ではある。

 これは何か買う必要があるかのう、そんな事を思っているとソラが調理場から現れた。



「おじいちゃん、出来――」



 ソラが目の前の惨劇に気付いたようだ。

 五人の内四人が壮絶な格好で天に召されている。

 驚くのも当然だろう。



「おお、ソラか。その料理は?」


「え、あ、うん。一応五人目の分だよ」


「そうか、助かるのう」



 ソラの料理は野菜が乗っかったタレが多めにかかったステーキのようである。

 見た目は先ほどの酷い料理たちとは全く異なる、十分店に出せるだろうレベルのものである。



「そういえば、みんなどうしちゃったの?」


「えっとですね、私達の料理を食べたら」


「どうやらおいしすぎて気絶したようだな」


「良かった。喜んでくれて」



 この虐殺現場を見て何故そんな事が言えるのだろうか。

 一般的感性を持つ彼女には全く理解できない事だった。



「何でこんな事に……。――って待って! 私の料理、みんなの材料のあまりものから作ったんだけど!」


「――――へ?」



 言うが遅し。

 既にアルは大きな一口で半分を一気に腹に収めた後だった。

 その当人である彼は無表情のまま、やがて冷や汗を流しながら顔面を蒼白にして目の前の料理を見つめる。


 ……そんなアルにやがて天の使いが舞い降りた。


 アルはまずは白目を向いた。

 その後に目、耳、鼻から血を噴出す。

 そして激しい吐血をしたかと思うと身体をビクンビクンッと痙攣しだした。



「ひぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 アルはあまりの激痛に縛られたまま暴れ始めた。

 そして勢い余って縛り付けられた椅子ごと宙に吹き飛び回転する。

 その動きはまるで洗練された戦士が空中を舞うような飛び方だった。

 そしてそのまま床に落ちていった。



「「「「……………………」」」」



 四人は一気に無言になる。

 目の前には今さっきまではイキイキとしていた元気な老人の屍があった。

 それに驚いた表情をする三人と表情を引きつらせる少女。

 それらを除いた全ての者は……そのまま川の向こうで仲良く笑い合っていたのだった。





読了ありがとうございます。

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