episode3
今から二話ほどコメディー入ります。
ハドーラ襲撃事件から一週間。
その間にも復興は続けられており、街もそれなりに姿が元に戻りつつある。
そんな中、ヤマト達は宿の一階にある酒場と調理場を貸しきりで使っていた。
「どうしてこうなったのかな……?」
ロイが力無く笑う。
その表情には決して希望や喜びといったものは浮かんでいない。
そこにあるのは絶望のみである。
「例えヤバくでも……せっかく俺の為に作ってくれたんだ。俺は、俺は逝くぜ……! 幾らでも逝ってやる!」
「ザック、いくの字がおかしい。俺まで逝きそうだから止めてくれ」
ザックは最早自棄になっている。
その横にいるサイもまたその表情を歪ませている。
「嫌じゃ! わしはまだ死ねん! もっと長生きするんじゃぁぁぁぁ!!」
「じーさん。あんたがこの中で一番長生きしてるだろうが」
「そうだぜ、アル。――俺達と仲良く……逝こうぜ」
「誰かわしを助けてくれーーーーッ!!」
一番人生を歩んできたアルが一番情けなくジタバタともがいている。
しかし、アルはその場から逃げ出す事は愚か、席を立つ事すら敵わない。
何故ならば、今現在ヤマト達は縄で椅子ごと縛られ拘束されているからだ。
「俺は、俺は諦めない! 俺だけでも助かるんだ!」
ヤマトは大きく叫ぶ。
冗談ではなかった。
こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。
「どうしたのよヤマト? そんな大声出して」
「それよりも出来ましたよ?」
「ああ、今回は今までで一番の出来だ」
調理場の方から出てきた女性陣。
セラもフィーネもカーラすらも謎の物体を得意顔で運んでくる。
その表情に微笑みも含まれているのだが、ヤマト達からすれば悪魔の微笑にしか見えない。
そうして置かれる目の前の謎の物体。
それを見て、独特な匂いを嗅いだ瞬間にロイが白目を剥いてしまった。
サイは無言のまま目を閉じて人生の終わりを悟り、ザックは虚ろな目で上を向き、アルは涙を流して命乞いをブツブツと口にする。
その中で我らがヤマトは拘束の縄を解こうと必死だ。
恐ろしいくらいに必死だ。
それはもう必死だ。
そんな男子陣の光景に後ろの方ではソラが盛大に表情を引きつっている。
一体どうしてこうなってしまったのだろうか。
それは時間を少し遡る必要がある。
★★★
「大分街の復興作業も片付いてきたのう」
「確かにそうだなぁ」
宿屋の一階の酒場にて、客一人居ないその空間でヤマト達は寛いでいた。
客一人いないというのは今は昼前で、さらには街の復興作業の為にこの酒場が開いていないからだ。
ならばどうしてアル達が入れているかというと、それはアルがこの街において多大な働きを見せたからだ。
アルは盗賊が襲撃してきたときに一番盗賊を仕留めた功績者であり、干渉魔法の利用で復興作業にも力を注いだ。
故に街の人も感謝していて、アル達には特別に酒場を貸し出していたのだ。
「暇だねぇ~」
ヤマトはテーブルにうつ伏せながら気が抜けるような声を漏らす。
だが、ぐうたらしているのは何もヤマトだけでは無い。
他の者も気が抜けた状態で座っていた。
唯一サイはそのような醜態は晒していないが、どこか緊張の無い雰囲気を醸し出している。
「これはまずいな」
そんな子供たちの態度を見かねたカーラがそう言葉に表す。
あまりにも気が抜けすぎている現状は生真面目なカーラにとって好ましくは無かった。
「まずいといってものう。今は平和じゃし、暇じゃし」
「暇……というのがいけませんね」
カーラはそれだけ告げて思考に耽った。
その様子に他の者が一瞬だけカーラに目を向けるが、やがて興味を失ったように視線を外す。
そんな状態が続いていると不意にカーラがブツブツと何かを呟く。
「酒場……暇……調理場……そうだ!」
この瞬間、誰よりも早くヤマトは察した。
何を察したか。
そんなものは決まっている。
当然命の危機であった。
だが、何故それを察したのかは今はまだ分からなかった。
「調理場を借りて料理でもしたらどうだろうか?」
その発言に皆が「えー」と全くやる気の無い返事を返す。
そんな様子にカーラがむっとした表情を浮かべた。
「なんだ、何か文句があるのか?」
「いや、だって。ねえ?」
「面倒だろ」
「作ってくれるならいいんだけどよ」
男共はあまり乗り気ではなかった。
対して女子側も似たようなものである。
そんな時、カーラは一言。
「そうか……料理を作り、食べてもらえば自分だけでなく相手も幸せになるのだが……」
「――――!?」
カーラの一言に息を飲んだのはポニーテールを揺らすセラであった。
その瞳には何か強い輝きを感じる。
「それは本当なの!?」
「ああ、勿論だとも」
「やるわ!」
即答だった。
これによりセラが料理をしようと言い出すことになる。
「まあ、セラがやるなら私も」
「面白そうですね。ヤマトさんにブレスレットのお返しもしたいですし」
「な…………!」
皆が皆やり始めると言い出した。
一人フィーネの発言に不満を漏らした者がいたが、その者はさらに張り切って料理をしようと意気込み始めた。
「まあ、ただ飯が食えるんだ。多少味が落ちてもいいだろう」
「そうだな。俺の為に作ってくれるなら大歓迎だぜ!」
「僕もみんながどういったものを作るか気になるね」
「幸いにして材料も揃っておるし、自由に使って良いとも言われている。大丈夫じゃろう」
「酒場の人達、どんだけ気前が良いんだよ」
とにかくも期待に胸を膨らませて五人は女性陣の作る料理を待っていた。
調理場の中からは軽快な包丁の音やグツグツと鍋の音が聞こえてくる。
そんな音達に食欲をそそられる五人。
そう、当初は期待して待っていたのだ。
……調理場から何ともいえない黒い煙が立ち込めてくるまでは。
「なんだろう? あの煙は」
「何か特殊な料理でもしてるのか?」
ちょっと気になる五人は調理場を覗き見する。
一体どんな料理が作られているのか。
果たしてそれはどんな見栄えなのだろうか。
皆が気になり覗いた調理場は……地獄だった。
ソラはトントンと包丁を丁寧に扱い、野菜を切っていた。
その横には肉が置いてある。
使っている食材もしっかりしたものである。
どうやら彼女は肉料理を作っているようで腕も良さそうだ。
それはいい。
だが、後の三人はどうだろうか。
ソラ以外が使っている食材は腐ったような魔獣の肉や毒々しい色の薬草といった極めて人間が食べにくそうなものを使っていた。
何ゆえ食べにくい材料を敢えて使うのだろうか。
薬草もどう見ても毒草だろうとしか思えない極めて禍々しいものを使っている。
どういった感性を持っているのだろうか五人は不思議だった。
五人は彼女達の正気を疑った。
「やばくねえか……?」
「……………………」
全員がザックの訪ねに無言を貫く。
いや、絶句したと言ってもいいだろう。
ただただ、目の前の決して見てはいけないものを見つめている。
……瞬間、五人は出口に向かい駆け出した。
「何処に行くんだ?」
しかしそれを阻む者が目の前に現れた。
何故? どうして?
そういった疑問が皆の頭に浮かんで来る。
何と逃走を試みた五人の目前に、先ほどまで料理をしていた筈のカーラが調理中のスープらしきものを片手に、佇んでいるではないか。
「取り合えず座ったらどうだろう?」
そういって雷魔法を使われ、動けなくさせられた五人は成すがままである。
何故魔法を使う必要があったのかは五人にはわからない。
そして、その時点で気付けば縄で縛られ逃げられなくなっていた。
五人の表情に絶望が浮かぶ。
「ふふっ。そこで大人しく待っていて欲しい。最高の料理を出すから」
そう言ったカーラはそのまま駆け足で調理場に戻っていく。
そうすると必然、スープの中身の黒い色をした液体は揺れるわけだ。
その時……スープが零れた。
「あ…………」
カーラが気付いたときには中の大部分が近くのテーブルに黒い液体が零れ落ちてしまった。
それにやってしまったという顔のカーラは額を抑えながら、こちらに苦笑を向けた。
「すまない。もう一度作りなおしてくるよ」
そうしてまたカーラは調理場に戻っていった。
しかし、五人にはスープが零れたとか、作り直しとかそういったものは関係が無い。
ただ、目の前で起きた現象から目が離せない。
目の前の現象とは……零れたスープがテーブルを溶かすという現象だった。
ジュウッと音を立てて木で作られたテーブルが溶ける。
一体どれだけ毒性の強いスープだろうか。
とにかくこの時点で五人は確信した。
――死ぬ。
そして話は冒頭に戻る。
★★★
椅子に座っている全員が押し黙る。
それだけ目の前にある“料理”は異常だった。
セラがいかにもヤマトに食べて欲しいと言うように彼の前に置いたのは全体が黒焦げた肉のような何か。
この時点ですでに食べられないが、それだけならばまだ良かったかもしれない。
その肉のような何かからは得たいの知れない紫色の煙が発生している。
その肉のような何かのそばにサラダの如く、赤と黒の混ざった毒々しい色の薬草が添えられている。
――あ、俺終わったわ。
そのセラの作った料理の奥の方にも料理が並んでいる。
一つはカーラの作ったスープである。
色は黄色、その中に黒い何かと白い何かが浮かんでいる。
形はどちらも丸い実のようなもの。
そのスープはマグマのようにボコボコと音を立てていた。
その隣にあるのはフィーネの作った魚料理。
丸焼きにされいる為、香ばしい匂いが……全くせず、代わりに異臭が漂っている。
その魚も目玉が未だギョロギョロと動いていて気持ち悪い。
むしろこれだけ焼かれてもまだ生きているのではないかと思えるほどギョロギョロとしている。
そして最後、ソラの作った肉料理。
これが一番まともでとてもおいしそうだった。
こちらはステーキのようで、量は決して多いわけではないが、味付けがしっかりとされているようで食欲がそそられる。
周りが全て異臭を放つ謎の物体だけあり、その存在は一層強く輝いている。
男全員がこの料理に涎を垂らし、確信した。
――食うならこれだ!!
全員が同じ事を心の中で呟いた。
当然だろう、この二つの内どれかを食べなければならないなら、自殺希望の夢と人生を諦めた者以外なら皆がそう思う筈である。
「ねえ、料理が四つで男が五人よ。これってどうするのよ?」
「あ」
さらに五人が顔を輝かせた。
これは食べないという選択肢もありではないか。
確かに空腹にはなるだろうがそれはこの昼食だけ。
命に別状は無くなるわけだ。
しかし、ここで最悪の事態に向かい未来は進み始める。
「心配するな、しっかりもう一つ作ってある」
そうして置かれたのは真っ黒のスープ。
……テーブルを溶かしたあのスープであった。
「さて、この中で一人一つずつ取ってく……あ」
何が起こったか。
それはカーラが足を躓いたのだ。
当然カーラの手元から離れたスープは宙を舞う。
そしてそのまま……たった一つのまともなソラの料理にぶっかかった。
「「「「「……………………」」」」」
男全員が固まって絶句したのは言うまでもない。
「す、すまない! 私のミスだ!」
「あらら……仕方ないよ。後でもう一回作ってみるから」
「本当にすまないな……。しかたないから残った四つの料理を誰が食べるかを先に決めようか」
「「「「「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
こうして始まった命を駆けた試食会。
たった一人が生き残る為の仁義無き戦いが始まった。
読了ありがとうございました。
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