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漆黒の風  作者: ST
間章 『紋章持ちの歪み』
85/123

episode2

「――――というわけなんだけどさ」


「ふむ……。なるほどのう」



 ヤマトとアルの二人はアルの宿の部屋にいる。

 そこではヤマトは昨日のセラの様子についてをアルに相談している最中であった。



「セラがそこまで素直に言葉に表すとはのう」


「いや、素直っていうか、余裕がない感じだったような……」



 ヤマトは昨日のセラの殺気を思い出し、一瞬身震いをする。

 その殺気は方向は違うが、場合によってはシードの殺気と同等の大きさがあった。

 勿論、純粋な殺気の大きさとしてはシードの方が格段に上であったが、セラの場合は事情が異なる。

 シードと同等の大きさにするほどの、それほどの覚悟が宿っていた。

 まるで己の命、存在がかかったような……。



「それでヤマトはどう見るのじゃ?」


「そうだなぁ。“紋章持ち”の境遇によるものかなって思っているんだけど」


「概ね正解じゃとわしも思う。セラは幼少期には辛い思いをしてきたからのう」



 ヤマトの答えにアルが考えるような表情で同意した。

 アルの言ったとおり、ヤマトの考えは一箇所を除いて間違えてはいない。

 セラのあの異常な変わりようは自分の存在を認めてくれた者が現れたからであって、セラはおそらくその人物達を自分よりも大切に思っているだろう。


 しかし、ヤマトは一箇所だけ勘違いをしている。

 それはセラの大切な人物に仲間の全員が含まれていると考えているところである。

 確かにセラにとって仲間も大切だろう。

 だが、信頼できる仲間、所詮はその程度なのだ。

 セラにとって自らの存在を認めてくれた何よりも重要な位置に居る人物が“自分だけ”という事に気付いていなかった。



「ともかく、わしもしばらくセラには気にかけておこうかのう」


「助かるよじっちゃん。俺だけじゃどうすればいいかわからないからさ」


「気にするでない。また何かあれば報告を頼むぞい」


「オッケー」



 ヤマトはそう返事を返し、アルの部屋を出て行く。

 部屋に残されたアルはその姿を見送り表情を真剣なそれにさせた。



(セラの存在を皆が認めたのじゃ。セラが大切に思うのは分かるのじゃが、己の身を削る恐れがあるのう。それにヤマトに対しての視線が何か……崇拝? 心酔? そういった域に達しているような……)



 アルの懸念はこの時点で誰にも届かない。

 アル自身も考えすぎかと疑い力なく微笑む。

 彼ほどに人生を生きた老人でさえも人の気持ちまでは完璧にはわからない。

 要は“紋章持ち”の気持ち……セラの気持ちは彼女にしか分からないのである。





     ★★★





 ハドーラの街は大規模な盗賊の襲撃事件にあった。

 それは最早周知の事実である。

 そしてそういった事件が会った為にギルドの方でもやはり魔物の討伐依頼よりも復興作業の依頼が多い。

 故に街の中には冒険者が復興に力を貸すところを良く見かける。


 そんな状況の中でヤマトは何をしているのかというと……街の近くの広場で座り込み目を閉じている。

 周りは草が草原のように生えており、所々に木が天に向かい伸びている。



超感覚能力マストを使っての魔法習得か……。考えもしなかったな)



 ヤマトは今、アルに言われたとおり、自分だけが持った特殊な能力である超感覚能力マストを併用して魔法の感覚を掴んでいる最中であった。

 ちなみに今は強化魔法の習得最中である。



(強化魔法……系統魔法の中では比較的に簡単に習得できるらしいけど。本当か?)



 比較的簡単と言っても系統魔法である。

 やはり習得までに時間がかかるのではと思ってしまう。

 未だこの修業方法は初めて二回目、これでは未だ効果の程は全く分からない……というわけでもなかった。



(確かに楽だ。何ていうか、感覚が掴みやすい? まるで最初からやり方を知っているような気さえする)



 その効果はアルが押すだけあってかなり有効そうなものであった。

 今はまだ断言できないが、このまま続けていけば身体強化魔法や加速魔法を覚えた時よりも何倍も早く習得できそうである。



「この調子なら二ヶ月かからないかもな」



 ヤマトは簡単に言うがそれはかなり常軌を逸している事である。

 例え強化魔法と言えども普通ならば最低半年はかかってしまう。

 それをここまで短縮できるということはいかに才能があろうとも出来る事ではない。

 それを理解している後ろ・・に居る彼女が声を上げてしまったのも無理は無かった。



「二ヶ月って……魔力からするに強化魔法ですよね?」


「ん? そうだけど――ってラーシア!?」



 驚いたヤマトはガバッと後ろに飛びのくがその弾みで足が縺れてしまい背中から勢い良く倒れてしまった。

 そんなヤマトに大丈夫ですか、と声をかける彼女にヤマトは苦笑いしながら差し出された手を握った。



「痛っつ……。ていうか何でラーシアがここに居るの?」


「復興作業の依頼が終わってギルドに戻ろうとした時に偶々ヤマトを見かけたものですから」



 ラーシアは微笑みながらそう言った。

 それに対してヤマトはどういった反応をすれば良いかわからない。


 彼女は三日前に仲間を失くしたばかりだ。

 それも何年も共に過ごしてきた大切な仲間を二人も。

 そんな彼女が微笑む事が出来る事実にヤマトは内心で強く思う。



(ラーシアは強いんだな……)



 彼女の悲しみはその表情からは分からなくても雰囲気から何となく察することは出来る。

 しかしそれを表にださないようにしているのはヤマトを気遣っての事だろう。

 もしかしたらそれを思い出したくなかっただけなのかもしれないが、彼女はこうして今を生きようとしている。


 孤独……ヤマトが感じている唯一にして最大の闇。

 それを彼女は自分の力だけで抗おうとしている。

 ヤマトにとってそれは酷く眩しいものであった。


 ヤマトは思う。

 もしもあの時……六年前にアルに拾われていなかったら、果たして自分は今の今まで生きていけただろうか。

 おそらく生きる事が出来なかっただろう。

 それは環境的にも精神的にもだ。


 記憶を失っているが為の孤独。

 自分の家族が果たして生きているのか、自分を知っている者が居るのかどうか、自分に故郷というべきものがあるのかどうかも分からない。

 ……全くの孤独。


 それを考えればアルに対しては感謝してもしきれない。


 そこまで考えてふと思った。



(セラはどうなんだろう……)



 彼女の境遇はもう知っている。

 “紋章持ち”、それゆえの迫害。

 彼女は自分の正体を隠して、誰も信じられる事が出来ないまま幼少を過ごした。

 そしてアルに拾われたは良いが他の仲間、ソラ達には自分の正体を隠したまま過ごしてきた。


 アルとカーラにはその正体が知られていたらしいが、セラからすれば自分を監視している部分もあると思っている為、感謝はしているが信頼とまではいかなかったようだ。

 そして他の仲間に対しては正体すら知られていないのだから信頼できる筈が無い。

 それは果たしてどのようなものだったのだろうか。


 ヤマトはそれもまた孤独と思う。

 自分だけが心の底から信頼できる。

 逆に言えば自分しか信頼できない。

 それはヤマトとはまた違った闇で、しかし決して他人事とは思えない。


 そしてその闇を結果的にヤマトが払った。



(俺がアルに感謝しているのと同じ気持ちか?)



 ヤマトはアルに感謝している。

 自分の居場所を与えてくれた大切な人であり、いつか必ず恩返しをしたいとも思っている。

 セラもまたそれと同じような気持ちを抱いたのだろうか。



「いや……。何か少し、違ったような……」


「何がですか?」



 どうやら口から言葉が漏れていたようでヤマトはしまったなと苦笑する。



「いや、昨日のセラの様子がかなりおかしかったからさ。心配でな」


「そうなんですか? 二日前にお墓参りに行った時は変わった事はなかったような……」



 ラーシアがセラに最後に会ったのは二日前。

 その時はソラと一緒で、三人でミドルとダニルの墓標の前でいろいろな話をしたものだった。

 その時までは確かにセラの様子が変でなかったとも思うのだが。



「――いえ。何か、何か大きな決心をしたような表情でしたね」


「大きな決心?」


「はい。それが何かは分かりませんが……」



 ラーシアの言う大きな決心。

 昨日にセラの零した発言。

 その二つが何か関係している気がヤマトにはしてならない。



「ごめんなさい……。力になれていませんね」


「いやいや、それだけ聞ければ何か分かったような気がしてきた。ありがと」



 申し訳なさそうにするラーシアの姿にブンブンと首を振って答える。

 それにラーシアはまた微笑んで、「また会いましょう」とその場を去っていった。



(まだ材料が足りないな……)



 答えは出掛かっている。

 自分が何をすればいいのかもある程度は分かってきた気がするのだ。

 だがどうしても、セラの気持ちの全てが分かるわけではない。

 やはり彼女に思っていることを吐露してもらうのが一番早いのだ。



「問題はどうやって切り出すか……。あんまりこういった事は相手からしたら気分が悪くなるだろうしなぁ」


「どうしたの?」


「ん? ちょっと悩み事を――ってセラ!?」



 再び驚きガバッと飛びのく羽目になった。

 そして再度足が縺れて地面に倒れる。

 我ながら情け無いと思ってしまった。



「ちょ……、大丈夫!?」


「痛っつ……。一応大丈夫」



 セラから慌てたように差し出された手を握りヤマトは立ち上がる。

 ふと見れば、セラは先ほどヤマトが握った彼女自身の手を大事そうに自らの胸に押しやっている。

 そのときの彼女の頬が赤く染まっているのは何故だろうか、ヤマトは首を傾けた。



「あ、それより。さっき悩み事があるって言ってたけど」


「ん? ああ、ちょっとな」



 まさかセラ自身の事について考えていたとはとても言えない。

 そんな話をしてしまえば自らの羞恥心が爆発しそうであった。



「そんなに言いにくいこと? なんだったら私に相談してもいいけど?」



 だが、そんなヤマトの心境など全く知らないセラはやはり普段の彼女からは想像できない程素直に心配されてしまう。

 本当にやりにくい……。

 いや、セラが素直になる事はいいのだが、自分に向けてくれる視線が何かおかしい。

 今までは同じ立場の仲間といった視線であったのに、今の彼女からの視線は何か崇拝しているものを見るような視線が混じっている気がする。


 あくまで気がするであって断言はできない。

 だが、間違ってもいないだろうとヤマトの勘がそういっている。



「大丈夫さ。相談するような事でもないし」



 ヤマトは取り合えずその場を切り抜ける為に曖昧な返事を返す。

 セラ自身前まで自分が“紋章持ち”である事を気にしていたし、どこかその境遇を疎ましくも思っていた事は分かっている為に下手にそういった話に持ち込むのは不味いと思ったわけである。

 ヤマトは故に曖昧に答えたのだ。

 だが、彼女はそう取る事ができなかった。



「――――私じゃ力不足……?」


「え…………」



 ぞっとするほど暗い表情で彼女は告げた。

 その声色も絶望のそれに近いものが含まれている。



「ヤマト……私じゃ役立たずなの? 私に相談することは嫌?」


「え……いや……」


「ヤマトの役に立てなかったら私の存在価値が無くなっちゃう」


「そんなこと……」


「ねえ、私はヤマトが望むなら何だってするから。だからッ……!」



――私を見捨てないで!



 あまりに大げさであまりに過大な言葉。

 しかし彼女の瞳がその真剣さを語っている。

 ゆえにヤマトはたじろぐ。


 一体彼女はどうしてしまったのか。

 三日前までは普通の仲間だったのだ。

 それが今ではセラから何か崇拝的な目で見られている。

 まるでヤマトの為に行動する事が彼女の存在意義だというように。



「――――いや、超感覚能力マストで魔法を覚えるからな。ただ、その習得までの時間がどのくらいになるのかなぁーと」


「――……ああ、そうなんだ。まあ、ヤマトならすぐに覚えられるわよ」



 ヤマトが今まで超感覚能力マストの使用で魔法の習得を行っていた事を思い出し適当に誤魔化した。

 それを疑う事を知らないといった、彼女からは全く予想できない反応で返事が来た事は運よいと言えるのか。



(ただ、このままじゃ不味い事はわかったな……)



 先ほどのセラの反応は異常である。

 それを何とかしなければ本当の解決にはならないだろう。



(こりゃ先が大変だなぁ……)



 ヤマトは内心溜め息をつきながらまた修業に戻る。

 そして、その様子を黙って見守るセラを横目で見つめて、直ぐに目を閉じて魔力を集める事を再開させたのだった。





読了ありがとうございました。

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