episode1
三章後半に入る前に閑話を入れさせていただきたいと思います。
時代はヤマト旅立ちから三年前です。
ユスターヌ暦1343年
ハドーラ盗賊大襲撃事件から二日後。
昨日に大きな事件は終わり、ヤマト達は束の間の平和を堪能していた。
平和を……堪能している筈だった。
――おかしい……。
「ねえ、明日暇なんでしょ?」
――これは夢だ……。
「その……ちょっと街の大通りに行ってみない? あ、何だったら、何か私が奢るから」
――……一体……何が……あった……んだ!?
「ねえ? 聞いてるの?」
ヤマトは目の前の出来事に困惑している。
その後ろではロイとザックが宿のベットの上で抱き合ってガクガクと震え、サイは横になりながら顔だけを此方に向けて呆気に取られている。
「そういえば、今日は店の人に入荷の日って聞いたよ? ヤマトの気に入る食べ物もあるんじゃない?」
「あ……ああ……。そうかもな……」
「どうしたの? そんな悪夢でも見てるような顔して」
もう一度言う。
ヤマトは困惑している。
いや、恐怖していると言ってもいいかもしれない。
その原因は目の前の少女に起因している。
目の前の少女は赤い髪をポニーテールにしていて、その茶色い瞳をヤマトに向けている。
その頬はどこか朱色に染まっていて、表情も優しげである。
その容姿も相まって普通ならば道行く人が振り返り、見惚れるほどであった。
――優しげだとーーーーッ!?
おかしい、非常におかしい……。
ヤマトは冷や汗をザアザアと流している。
まるで滝のようにだ。
その目の前の少女とは勿論セラである。
赤い髪に茶色の瞳の少女などヤマトが知る中ではセラくらいだ。
そう、間違いなく“その姿”はセラなのだ。
「顔色悪いよ? 何か冷たい飲み物でも持って来た方が良い?」
「あ、いや、大丈夫! えっと、うん、大丈夫!!」
ヤマトは焦ってからか呂律も回らず口調もおかしい。
そんなヤマトの様子を勘違いしたセラは心配そうな表情でヤマトを見つめる。
「全然大丈夫じゃなさそうよ? ちょっと待ってて。何か持ってくるから」
セラはそう言い残してヤマト達四人がいる部屋を出て行った。
セラの後姿が消えた瞬間、皆が安堵からかヘナヘナと力無く座り込む。
「ヤマト……お前、何をしたんだ?」
「全く記憶にございません」
サイの真剣な訊ねにヤマトは心当たりは無いとブンブンと首を振る。
しかし、実際に“明らかに様子のおかしい”セラを見てしまってはサイもすんなり信じるわけにはいかない。
「思い出せ、ヤマト。何かセラに対して怒りを買うような事をしたんじゃないのか?」
「いや、でも……本当に覚えないんだけど」
ヤマトの表情から覚えは本当にないようだ。
しかしセラに何かがあったのは火を見るよりも明らかである。
「終わりだよ……。この世はもうすぐ終わるんだね……」
「ああ……せめて絶世の美女とあんな事やこんな事をしたかったぜ……!」
サイの隣のベットでは若干二名がこの世の終わりを悟ったような表情をしている。
その顔には絶望の二文字がありありと浮かんでいた。
「ヤマト……どうにかして思い出せ……! このままでは世界が破滅する……! ――そして俺は悟りを開く」
「サイ!? お前まで冷静な思考を失うなんて……。こうなったら邪神でも何でも良い! 誰か、誰か教えてくれ! 俺は一体どうすればいいんだ!!」
サイまでも冷静な思考を停止して、悟りを開く寸前まで追い込まれてしまった。
こうなれば頼りのサイですら使い物にならない。
これはヤマトの孤独な戦いになってしまった……。
――誰か……救いの手を……。
★★★
「あ、ソラとフィーネ。何か飲み物か食べ物……薬でもいいんだけど、何かない? ヤマトに持っていくんだけど」
「え、どうしたの?」
「何か様子がおかしくて……。それで心配だから……」
ブフゥーーーーーーーーッ!!
ここは女子部屋。
つまりはソラとフィーネとセラが使っている部屋である。
その部屋でソラは盛大に今飲んでいた水を噴出し、フィーネはポカンと口を開けたまま静止。
そんな様子に訝しげな表情をするセラ。
「ちょっとソラ! 汚いじゃない!」
「いや、その前に! 不思議でおかしな発言があったよ!?」
「は? 何のことよ」
セラはいよいよ首を傾げる。
そんな彼女に恐怖の視線を浴びせる二人の少女。
「セラちゃん……何か悩みでもあるんですか?」
「まだ二日前に左腕の秘密がバレた事を引きずってるんなら気にしなくていいよ?」
「あんた達は何を言ってんのよ」
セラはそう言いながらも自分の荷物から水と食べ物を手に取り部屋を出ようとする。
「そうだ。気分が悪いようなら薬草を後で買わないとね」
「「……………………」」
ソラとフィーネは絶句するしかなかった。
そんな二人の事など気にもせずにセラは部屋を出て行く。
そして部屋には無言の二人だけが残された。
「「――――ええええぇぇぇぇぇぇ!!?」」
★★★
セラが部屋を出るとそこにはアルとカーラが此方に向かってきているところだった。
「ふむ? セラ、どうしたのじゃ?」
アルとカーラはどうやらセラに気付いたようだ。
その手に持った果物と水に訝しげな表情をしながらアルがセラに話しかける。
それに対してセラは素直に答えた。
「ちょっとヤマトの体調がおかしくて。果物と飲み物を持っていけばいいかなと」
「――なんと……!」
「――何があったんだ……」
セラの発言に対してアルとカーラが驚愕の表情を浮かべる。
それにむっとセラは頬を膨らました。
「何よ。私が世話を焼いちゃおかしいわけ?」
「いや、おかしいわけではないが。珍しいもんじゃなとな」
あのセラが人に対して、特にヤマトに対して素直に善意を向けることは今までにありえなかった。
何かと理由をつけて構う事はあっても決して素直ではなかった。
一体何があったのか……。
黒髪の少年の体調よりも目の前の少女を心配してしまう二人がいた。
「とにかくそういう事だから!」
「ふむ、まあ良い傾向なのかのう」
「そうですね。だがセラ、あんまり世話を焼きすぎるのもどうかと思うぞ?」
「そうじゃのう。あんまりじゃと僕と変わらんからのう」
アルが冗談めかして言った言葉に対してセラがピクリと反応した。
それにしまったとアルは焦ってしまう。
セラは今まで“紋章持ち”として生きてきたのだ。
それは彼女にとってとてつもなく過酷な事。
しかもそれが二日前の事件の際に仲間にバレてしまった。
そんな彼女に僕という差別的な言葉はさすがに苦だったのかもしれない。
そんなアルの心配をよそにセラはボソッと言葉を吐いた。
「ヤマトが望むならそれも良いかも……」
「「……………………」」
それからセラは後ろを振り返ることもせずに行ってしまった。
その後姿をポカンと見つめながら二人は顔を見合わせる。
「まあ取り合えず言えることじゃが、別に自分の部屋に戻らなくともヤマトの部屋にも水と果物くらいあるじゃろう」
「確かにそれも言えますが、それ以上に……」
カーラはその続きの言葉を口に出すことが出来なかった。
まさか、まさか彼女の口からそんな言葉を聞ける日が来るとは夢にも思わなかった。
二人は次第に表情を青ざめていく。
「カーラ、今日は周囲を警戒せい! もしかしたら……竜や魔人といった伝説の危険度SSランクオーバーの怪物が出て来るかもしれんからのう!!」
「師匠……冗談になってません」
この二人でも彼女の変化には付いていけなかった。
★★★
「本当に大丈夫なの?」
「も、もう全然! セラのおかげでむっちゃ良くなった! あ、ありがとう!」
「そう、良かったぁ」
セラの心の底から嬉しいという感情が伝わってくる笑みと、ヤマトの心の底から困ったという感情が伝わってくる引きつった笑みが何ともいえない芸術を作っている。
今二人は街中を歩いている最中である。
二日前の襲撃事件の為に建物が粉砕していたり、道が砕けていたり、店が焼失されていたりと復興が難航しているのが見て取れるが路店は開かれているのである程度の道具は揃える事が出来る。
故に二人はそういった道具を散策していた。
「あ、ヤマト。何かして欲しい事があったら言ってよ。まあ何もかも出来るってわけじゃないけど」
「あ、ああ……うん……」
ヤマトはその表情を恐怖に染めているがセラはその表情には気付かない。
セラは何故かヤマトに構いたがる。
それも尋常では無いほどに。
一体何が起こったのかヤマトに分からないまま時間が過ぎる。
「遠慮しなくていいから」
「は、はい!」
ヤマトはビシっと気を付けして声を大にして返答する。
その行為に訝しげな視線が様々な方向から集まってくる。
「ちょっと、声が大きい!」
「うあッ! ご、ごめん!」
あまりにも焦ってしまいつい声を荒げてしまう。
こうなればいよいよ注目の的である。
恥ずかしさからセラの顔が赤色に染まる。
しかしヤマトに怒鳴るような事はなかった。
(本当に熱でもあるのか?)
ヤマトはいよいよ心配になってきた。
「セラ、気分悪いのか?」
「へ?」
セラが一瞬呆気に取られている隙にヤマトがセラの額に手を添える。
「へ、あ、えっと……」
そんなヤマトの行動に戸惑いながら、焦りながら、どこかこの上なく幸せそうな表情をする。
これはいよいよ重傷だとヤマトが思った。
その矢先に……。
「おいおい、見せ付けてくれんじゃねえか」
どこからかその声を発した者が現れた。
どこか薄笑いを浮かべながらその声を発した冒険者二人がヤマト達に迫ってくる。
確かにあれだけの注目を浴びたのだから絡まれる事も覚悟しておかなければならなかったかもしれない。
「えっと……。あんたらは?」
「ああ? 見ればわかんだろ。冒険者だよ冒険者!」
「それよかガキ。その子ちょっと貸してくんね? すぐに返すからさ」
何処に居てもこういった輩はいるようである。
特にこのバランではこの手の者が多い。
勿論何度も経験してきた事なので若干溜め息を吐きながらヤマトは身体強化魔法の準備をする。
「嫌だと言ったら?」
「あん? やる気か?」
「やめとけって。お前みたいなヒョロヒョロのガキに何が出来るって――」
「――――今、何て?」
不意にヤマトまでもが後すざりしたくなるような殺気がその場に放たれた。
その殺気を放ったのは……セラである。
「今、ヤマトに何て言った?」
「な……」
その殺気は冒険者の表情を蒼白のそれにするには十分なものであった。
セラがその冒険者達に一歩踏み込めば、冒険者達の足は意志とは関係なく一歩下がる。
最早完璧な力の上下関係が成り立っていた。
「私を認めてくれた人に対して……! ――覚悟はいいんでしょうね?」
「ひっ!?」
「セラ!!」
ヤマトはこれ以上はまずいとセラの肩に手を添えた。
「ヤマト、放して。こいつら絶対に許さない……ッ!」
「落ち着けって。ちょっと悪口言われただけだろ? 俺は大丈夫だからさ」
「でも……」
尚も食い下がるセラをヤマトは必死に宥める。
それが功を奏したのかセラも渋々と言った様子で「わかった……」と引き下がった。
「あんた等もここは引いたほうがいいぞ?」
「ひい!」
ヤマトが言葉を言った瞬間二人は脱兎の如くその場を去っていった。
ヤマトはその後姿を見送りながら額の汗を拭う。
(それにしてもセラがこれほどの殺気を放つなんて……。どうしたんだ?)
「セラ大丈――」
「ヤマト! 怪我は無い!?」
ヤマトがセラに向き直り、心配するように言葉を放つその前にセラに先を越されてしまった。
その表情からはかなり真剣なものを感じる。
「ああ、大丈夫だよ」
「そう……良かった。大丈夫、今度からは私、役に立つように頑張るから」
セラのその意味深な言葉にヤマトは咄嗟に頷いてしまった。
一体、何が起こっているのか、今のヤマトには分からない。
いや、全く分からないわけでも無い。
先ほどセラが言った言葉がヤマトの心に引っかかる。
――私を認めてくれた人に……! 覚悟はいいんでしょうね?
認めた、とはおそらく“紋章持ち”の事だろう。
そのくらいはヤマトでも分かる。
(何か……“紋章持ち”というセラの境遇が関係してるのか?)
その境遇から人に対して信頼を置けない。
そういった彼女の周りの状況は二日前の襲撃事件でガラリと変わってしまった。
それらはセラに対して確実に良い方向に進んだと思っていたが、今の彼女を見るに果たしてそう言えるのだろうか。
(ちょっとじっちゃんに相談でもしてみるかなぁ)
「ヤマト、取り合えず進まない?」
「ん? ああ、そうだな」
ヤマトはそこまで考えて一旦思考を打ち切る。
今はまだ深く考えないで良い。
しばらく様子を見よう。
そういった考えからだった。
しかし、彼女の心境は着々と姿を変えていく。
それはヤマトの様子見を待ってくれる筈も無い。
そのまま二人は道を歩いていくが、その先は未だ見えることも無い。
果たしてその行き着く先には何が待っているかは今の時点、当のセラ本人にもわかっていなかった。
読了ありがとうございました。
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