28話 決勝戦 放たれる切り札
遂に決勝戦も大詰め。
武道大会編も終幕に近づいてきました。
コロシアムを見下ろすセリーナは勝負が着いた事を確信した。
何せ着々と追い詰められていき、カーラが息も切らしていない事に対し、ヤマトの状態は満身創痍である。
誰がどう見てもヤマトの敗北は明らかであった。
「中々いい試合でしたな」
ふと横を見ればザクロもセリーナと同じ考えである。
いや、周りの騎士もバーンすらも勝負が終わると決め付け、表彰式の準備を始めていた。
「どうやら決着が着いたようですな」
見るとヤマトは刀を握る手の力を緩めて上を向いていた。
その表情にあるのは諦め。
最早勝てない事を悟ったのだろう。
「まあそれも仕方の無い事……!?」
瞬間ヤマトの顔付きが変わる。
それは何かを決意したときの表情。
自らの父である国王が重大な決断を下すときの表情に似ていた。
そしてその瞬間ヤマトの顔が希望を持ったそれに変わる。
「なぜ……」
誰もが思った事だろう。
彼は今笑っているのだ。
最早勝てないと諦めたのか……もう笑うしかなくなったのか……。
誰もがそう思っている中、セリーナはそうじゃないと確信する。
理由は魔力感知の得意な彼女なら至って簡単。
今まで取り巻いていた魔力の質が明らかに変わったのだ。
魔力の質がどんどんと高くなっていく。
それは魔力変換の質が上がった事を意味する。
そして魔力の流れが今までよりも活発になっている。
どうやら魔力操作力も上がっているようだ。
「一体何が起きてるの……?」
セリーナは全てが謎で一人呟く。
……その瞬間ヤマトの姿が消えた。
★★★
「残念ですが、ここまででしょう」
「――――……うむ」
ルリアの目から見てもヤマトはすばらしい戦いぶりをしていた。
やはり期待通りの男だったと思える。
しかし、その反面でもしかしたら期待以上の事を起こしてくれるかもしれない気持ちが無かったわけではない。
やはりヤマトには勝利して欲しかった。
「……そうは言っても仕方ないじゃろうな」
それは自分のわがままでしかない。
それが分かっているからこそルリアは溜め息をつく。
「さて……妾達も次の会談の準備を――」
「――――! しばちお待ちを!」
ルリアは何事と急いでゼウスを振り返る。
何故なら普段の彼ならありえないくらい声を荒立て叫んだのだから。
「――――馬鹿な……」
「ど、どうしたのじゃ!?」
ルリアは取り乱してゼウスに訊ねる。
どんな事にも冷静沈着に対応する彼がここまで取り乱す理由をぜひとも知りたかったのだ。
「魔力変換、操作が共に上昇……。これではまるで……」
「ど、どういうことじゃ」
ルリアは身を乗り出した。
それは危険なことなのか、それとも別のことなのか。
一体何が起こっているのかをルリアは知りたかった。
そんな主にゼウスはやっと顔を向ける。
その表情は何時もの冷静を思わせる無表情に変わっていた。
「試合は……まだ終わらないようです」
ルリアは急いでコロシアム内のヤマトを見る。
そして大いに驚いた。
彼は笑っているのだ。
そしてさらに驚く事が続く事になる。
…その最初として、ヤマトの姿が消えた事に目を見開いた。
★★★
「ハール様。結局戻ってきちゃったね」
「まあちょっと興味があったしね」
壊れた面に変わって新しい白の面を被っているハールが右隣に立っているソールの頭を撫でる。
手を少しだけ上げればちょうどいいと言っていい位置にあるのでハールが良くする行動だ。
それを羨ましそうに見ながらも左隣のルーナが口を開いた。
「それにしても……さすがはカーラさんですね」
「全くだよ。あれからさらに強くなってるし」
「今はハール様の方が御強いです」
ルーナはそう断言するが決して驕りではない。
ハールは今やSSランクホルダーを凌ぐほどに力をつけているのである。
ちなみにあの頃の六歳ほどの幼い双子の姿は今や立派な女性となっている。
ソールは金髪をツインテールにして顔立ちも幼さは残るが綺麗な顔立ちであり、ルーナもまた銀の髪を肩あたりまで伸ばして美しい顔立ちになっていた。
今は二人はフードを被っていないのでその顔が良く見える。
三人はあれから十一年の間に成長しているのだ。
「どうやらカーラさんが勝ちそうよね」
「私もソールと同じ意見です」
二人の目からも最早勝負は決まっている。
ヤマトに打つ手はほとんど残されてないのだ。
だが、ハールはそれにどうかな、と口を開く。
「彼と戦った僕なら分かるけど、まだ分からないよ」
ハールとしては気がかりがある。
それは開始直後にヤマトが使った高速移動である。
ほとんど瞬間移動に近いヤマトのあの動きの正体は薄っすらとだが分かった。
故に何らかの理由であの移動を常時使えるようであれば…その先は想像に難くない。
ハールはあのときの光景を思い出す。
自分でも反応するのがやっとのあの移動方法、はっきり言って誰でも出来るわけではない。
むしろ自分にあれほどの風の斬撃を放てる彼の魔力量だからこそ出来るだろうとハールは考える。
昨日の準決勝、最初こそヤマトの無数の風の斬撃を光の斬撃で打ち落としていたが、すぐにハールは回避も使い出した。
それはひとえにヤマトの魔力量が自分のそれを遥に凌駕するものであったからだった。
あの戦闘スタイルで勝負を挑む時点で魔力量に自身があったのだろうが、その後からもいくつもの斬撃が飛んできたことにハールは正直に驚いていた。
確かに自分も光の斬撃を返していたのだが、それもヤマトの十分の一ほどの少なさ。
まだヤマトが魔力変換が自分より数段劣っている事が幸いしていたが、もし経験を積んでさらに魔力変換力が上がるようならば……。
「正直、化け物だね」
「? ハール様?」
「独り言だよ」
ともかくカーラの勝利は確実なものに近づいているが分かる。
何せ着々とヤマトを追い詰めているのだ。
ヤマトの表情に余裕が無いことから見当違いだったかなとハールは思い始める。
「…!? ハール様!」
「? 何があったの…」
だが、次の瞬間にその考えを改める。
二人も感じている事にハールも気付く。
今までとはまるで別格な存在のヤマトにだ。
「――――二人共。良く見ておくんだ。あれがこれから先、敵になるかも知れない人物なんだから」
ハールは二人に注意して自らもコロシアム内の試合を見下ろす。
その薄い赤目の双眼は一瞬の内にカーラの背後に移動するヤマトの姿を捕らえた。
★★★
「――――三重身体強化!」
ヤマトが言葉を発したその瞬間、カーラの目にはヤマトの姿がブレて見えた。
驚く事にその移動速度は自らを上回るほどで、カーラはヤマトに背後の接近を許してしまった。
「くっ……!」
カーラはすぐにレイピアを振り向きざまに一閃する。
だが、ヤマトはそれを刀で受け止めた。
ヤマトは其処から回し蹴りを放つ。
カーラはその蹴りの速度に驚きながらも其処から後ろに跳躍、そのまま距離を取った。
「な……」
そう、距離を取ったと思ったはずだった。
しかし、ヤマトはそれをまるで見透かしていたように、回し蹴りのフェイントを入れた後、すぐにカーラが自分から離れるより速くカーラの懐に潜りこんだ。
ヤマトはそのままカーラに刀で斬りかかる。
正直な話、カーラが通常時の状態なら追いつけないだろう。
それほどの速さで刀を振るったのだ。
だが、今はカーラは雷鎧を纏っている。
そのおかげで反応速度、反射神経が上がっているのでそれを防ぐ事は出来た。
それでもヤマトの勢いは止まらない。
ゴウッと強風が吹いたかと思えばヤマトはカーラの真横に移動していた。
「はっ!」
其処からヤマトは大風斬撃を放つ。
カーラはさすがにこれは対処が間に合わなかった。
空いた手で何とか雷魔法を放つが勢いを殺しきれず、カーラは吹き飛んだ。
その後、宙に放りだされるが何とか体勢を立て直しクルクルと回転しながら地面に着地。
その瞬間、両者がにらみ合う。
その睨み合う時間まで、観客席の全員が何が起こったのかわかっていなかった。
……そしてすぐ後に大歓声が鳴り響いた。
「今のはこれまで見せていた高速移動術だろう?」
「――――半分正解で半分不正解ってとこかな」
カーラはヤマトに首を傾げる。
今までヤマトが手動で超感覚能力を発動させて高速移動をするところしか見たことが無い為、当たり前かもしれない。
……ヤマトにとってこの三重身体強化はまさに切り札である。
今から二ヶ月以上前のこと。
ヤマトはこれの使用により、アルと互角になった。
しかし、それは必ずしも実力が一緒だった訳ではない。
この魔法は自らの身体に多大な労力を要求する。
今のヤマトでは持って十五分。
勿論一回の戦闘には十分な時間だろうが、あの時には、元SSランクホルダーのアルにはその弱点を見切られて時間いっぱいまで引き伸ばされてしまった。
よって結果は互角。
アルは多大に魔力を消費してヤマトに傷を負わされ、ヤマトは時間切れで倒れる。
しかし、ここで問題なのはヤマトは無傷で互角だった点である。
実はヤマトはアルの魔法を一撃も喰らってはいない。
むしろ、かすることさえしなかった。
ヤマトにとって超感覚能力と三重身体強化は驚異的な力を誇る組み合わせである。
この三重身体強化は簡単に言えば二重身体強化に風鎧を纏ったものである。
故に攻撃時には風を纏わせ、身体に纏った風が相手の攻撃を妨害する。
まさに三重の身体強化である。
しかし、それだけではない。
ヤマトは移動の際、風の爆発を足場に発動している。
しかもそれを利用しての自らの動きを目いっぱいに加速させている。
これによりカーラ以上のスピードを出す事が出来る。
勿論これには多大な魔力、魔力操作力、魔力変換力が必要である。
さらに言えば暴発させて移動した後にその移動する方向を操ることにもかなり感覚能力が伴う。
これらの理由からヤマトがこの切り札を使えるのは超感覚能力が発動している時だけである。
しかし、一度発動されればヤマトの力は通常の何倍も増す。
超感覚能力により、敵の行動を向上しきったあらゆる感覚で察知し、三重身体強化で上がった身体を動かしそれを対処する。
この組み合わせならば例え相手がSSランクホルダー程の実力を持っていようと互角以上に戦えるのだ。
「そろそろ行くから」
「…………!!」
ゴウッと風が激しく吹く。
次の瞬間にはヤマトは一瞬でカーラの懐に潜りこんでいた。
カーラは斬りつけてくる刀を弾く為にレイピアを振るう。
しかし、ヤマトの方が強い。
カーラは金属の音がした瞬間それを理解し、上に跳んだ。
カーラも強化魔法を使えるらしく、そのまま大きく跳んで上空でヤマトに向かい雷魔法を放つ。
雷撃が幾重もヤマトに迫るがそれに臆する事無くヤマトもまた上空に向かい跳躍した。
カーラは一瞬意味がわからなかった。
空中ならば雷魔法を避けれない。
まさか自滅覚悟の突撃かとも思った。
だがそれが間違いだと嫌でも気づく事になる。
ヤマトは何と空中で足場に風魔法をかけて風の塊を作り、その風を爆発させたのだ。
その反動でヤマトは高速で宙を移動する。
カーラの雷魔法を横にさけ、そのまま一回、二回と足場の風を爆発させて恐るべき速さでカーラの背後に回った。
「空中じゃ避けれないだろ」
カーラが全く同じことを考えていたその言葉を口から発し、くるりとヤマトは身体を回転させる。
そして……カーラを踵落としで地面に叩きつけた。
鈍い衝撃と音が辺りの空気を伝う。
「まだまだ!」
だがヤマトの踵落としを直前でレイピアで防いでいたらしく、地面に叩きつけられた後にもすぐにバックステップで距離を取る。
しかし、地面の衝撃は中々のものだったようで頭から血を流していた。
「面白い! ここからが本番だ!」
「奇遇だな。俺も今から本気でやる」
二人が一瞬だけ睨み合う。
それは試合も終盤へと赴くことを意味していた。
「「行くぞ!」」
その瞬間からはまさに空前絶後の戦い。
二人の姿が消えた瞬間、コロシアム内が何処もかしこも悲鳴を上げる。
姿こそ見えないが空中、地面から僅か数秒で何十何百の金属音が鳴り響く。
所々に魔法が飛び、壁や地面がえぐられる。
その風と雷が辺りに飛び散る様はまさに嵐。
その発生源二人がコロシアム内を駆け巡っている。
その動きを目で追えたのはハールとゼウスくらいのものだ。
あまりに高次元、先ほどまでの戦いこそが前菜だった事に誰もが息を呑む。
「そこだ!」
ヤマトはその嵐の中、カーラとともに踊っている。
一瞬の内に何回刀を振るっただろう。
それはカーラも同じで、二人は何度もぶつかり合った。
ヤマトがカーラの背後に回る。
カーラがそれに気付きレイピアを振るう。
ヤマトはそれを刀で弾いてカーラの横に移動、そのまま刀を水平に薙ぐ。
カーラはそれに大きく後退。
だがヤマトはそれに予知したが如く一瞬で対応、距離を詰める。
だがカーラはそれを予め予想していたのか、いつの間にかヤマトの背後に。
だがヤマトはそれすら直感で事前に悟った。
カーラが後ろに回った瞬間に後ろに足を突出し蹴りを放つ。
カーラはそれをレイピアで防御するが大きく吹き飛ばされる。
カーラはその体勢から雷撃を放つ。
ヤマトはそれを一瞬で避け、カーラの頭上まで大きく跳んで、空中での風の爆発でカーラの懐に移動。
そのまま刀を縦に一閃するがカーラはこれを身を捻ってかわし、ヤマトの後ろに移動。
だがヤマトはその時点で後ろに跳ぶ。
刹那、足場に風を爆発させ、身体を捻りカーラの方を向いて彼女に斬りかかった。
カーラはそれに対してレイピアを思う存分振るう。
ぶつかった二人は衝撃でそのまま後ろに吹き飛んだ。
「はあ……はあ……」
「――――っ……はあ……。まさか、ここまでやるとは……」
この時点でようやく二人の動きが止まり、観客の前に姿を現す。
誰が予想しただろう、両者ともにひどく息切れしているが、カーラが所々から血を流しているのだ。
人々は信じられないと呆気を取られる。
あのSSランクホルダーのカーラが押されているのである。
「ここらで終わらせようか」
「そうだな」
二人共既に体力が限界である。
これ以上は身体が思うように動かない。
ならば……次の一撃に全てをかけるのみであった。
「神の雷をいざ落とさん――」
「大いなる嵐を巻き起こせ――」
二人は持てる魔力をこの短時間で集められるだけ集める。
次の一撃で勝負がつく、誰もが息を呑み瞬きをしないと凝視している。
ヤマトはその場で刀を鞘に納め、居合の形で構える。
カーラは強化魔法で大きく飛んで、空中でレイピアを振りかぶった。
二人はそのまま目を閉じる。
数秒が何時間も感じられる。
その中で二人は必死に魔力をかき集めた。
……そして二人は目を開いた……。
「<雷神の鉄槌>!!!」
「<大嵐の息吹>!!!」
二人が唱えたのはこの世で六種しかない最上級魔法、その内の二つがぶつかり合う。
ヤマトは刀を、カーラはレイピアを振るい、その魔法は放たれる。
一つは雷……それもコロシアムを覆うほどの特大な雷が天から落ちてくる。
もう一つは嵐……カーラの放った雷にも劣らない大きさで、さらには風の威力は下手をすればコロシアムを吹き飛ばす程の嵐がヤマトの刀から放たれる。
それらがコロシアムの中央でぶつかり合う。
コロシアムは悲鳴を上げて崩壊していく。
二つの魔法は互いに拮抗して、削れていっている。
……そして突如その二つの魔法が爆発した。
観客席には危機を感じた何十もの魔道士が妨害魔法で結界を張る。
しかし、その何十人分の結界がいとも簡単に破られた。
幸いにして被害は観客席までは届かなかったが、コロシアムは煙に包まれることになった。
観客の全員がその煙に包まれたコロシアム内に目をやる。
コロシアム内はすでに静寂の中、つまり戦闘が行われていないことを意味する。
……その静寂の中で、砂塵の中を観客はただ見つめるばかりであった。
一章19話にも<>がついている魔法が出ましたが、あれは最上級魔法を意味していました。
今回に出ましたが最上級魔法は6種、つまり炎、水、風、雷、闇、光に一つずつという設定です。
読了ありがとうございます。
感想・評価を頂けると嬉しいです。