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漆黒の風  作者: ST
三章 黒風の通る道 武道大会編
81/123

27話 決勝戦 諦念から希望へ

試合開始の合図と共にヤマトの刀とカーラのレイピアが激突する。

そして激突と共に衝撃が伝う。

その衝撃は二人を後退させるのに十分な威力があった。


二人はそのまま足に力を入れて吹き飛ばないようにすると、地面をすべるように後退、距離が開いたところで止まった。

二人の視線が相手を捕らえる。

その瞬間にカーラの身体がブレた。



「速いっ!?」



ヤマトが気付けばカーラは既にヤマトをレイピアの射程範囲内に捕らえている。

ヤマトはこれに辛うじて対応。

またしても二人の刃はぶつかり、今度はヤマトだけが吹き飛んだ。


しかし、すぐに空中で身を翻して地面にスタッと着地。

ヤマトはすぐに風の斬撃をカーラに向かって放つ。


だが、カーラは既に風の斬撃の向かう方には居なかった。

おそらくヤマトが着地して刀を振る瞬間、魔法の発動を予想していたのだろう。

ヤマトの放つ魔法は虚しく空を斬るだけとなった。


しかし、ヤマトにそれを確かめる余裕はない。

すぐに後ろを向いて、いつの間にか背後にまわっているカーラのレイピアを弾く。


あまりにも速く、そして鋭い剣閃はさすがとヤマトに思わせる。

ヤマトは振り下ろされるレイピアを弾いて、バックステップで距離を取る。


カーラは其処から深追いすることはなかった。

ヤマトとしてもここで迫られていれば対策として持っているナイフに加速魔法をかけて複数個投げまくる手筈であったのだがさすがにそんなへまはしないようだ。


最もカーラが相手ならそれすらも避けられてしまいそうなのだが。


ヤマトがそう考えたとき、観客は一斉に歓声を爆発させる。

ヤマトはそれに一瞬瞠目してしまった。


しかし、この歓声は仕方ないのだろう。

試合開始からここまで掛かった時間は僅か五秒。

二人の戦闘速度は常人ならぶれてしか見えていない領域である。


そんなハイレベルの戦いが開始から僅か数秒で拝めるのだ。

観客はここから更なる激戦に胸を躍らせた。



「ヤマト、まさか今のが全力ではないだろうな?」


「まさか!」



ヤマトは一気に二振り三振りを刀を振るい風の斬撃を放つ。

カーラはそれをレイピアでかき消していくがそれでもヤマトは魔法を放つのをやめない。


元々ヤマトの膨大な魔力量はたった数回の戦闘で使いきれるものではない。

故にヤマトの基本戦術はこの風の斬撃や加速ナイフによる大量の陽動からの接近して一撃である。

魔法を多く消費するこの戦闘スタイルで戦うのはヤマトくらいのものだ。


そんなわけでいつもの通りにヤマトはそれを実行する。

しかし、事カーラ戦ではどうやら効き目がないようである。

ヤマトの斬撃を全て、カーラはなんとレイピアで切り裂いていく。



――レイピアってあんなふうに使うものだっけ!?



本来レイピアは細身で軽々と振れ、なおかつ突きに特化している剣である筈だ。

それをあそこまで斬撃を切り裂き、折れない事にヤマトは驚いた。



「カーラさん……。そのレイピアに魔法かけてる?」


「一応雷の付与魔法はかけているぞ?」



確かに付与魔法なら魔法を切り裂けるのも頷ける。

そこまで考えヤマトはこの戦法を取りやめた。


いくら魔力が膨大とはいえさすがに燃費が悪すぎる。

此方はいくつもの風斬ウインドスラッシュに対し向こうは雷付与サンダーエンチャント一つ。


ちなみに悠長に二人は会話をしていたが、その間にもヤマトは何十の風の斬撃を飛ばしていた。

それをカーラはヤマトですら目で追うのがやっとのスピードで消し去っているのだ。

ヤマトもこれだけ効果が無ければやめたくもなるだろう。



「地面に干渉せよ。地面干渉コントロールグラウンド



次にヤマトが行ったのは干渉魔法。

カーラの足元から彼女に向けて地面からいくつもの土の柱を打ち上げる。


しかし、それすらもカーラに当たる事は無い。

カーラはすばらしい反応でそれをサイドステップでかわす。

地面から十もの土の柱を発動させるが一つも当たるものが無かった。



(参ったな……。良く見れば雷鎧サンダーメイルを纏ってるし)



ヤマトはこのとき初めて気付いたがカーラは雷鎧サンダーメイルを無詠唱で発動させていた。

確かに今までのカーラの反応速度は異常なものだったがそういうことだったかとヤマトを納得させる。


だが、それが分かったところでヤマトに流れが好転する訳ではない。

むしろただでさえ強いカーラがさらに強くなったように感じられる。



「遅いぞ」



ヤマトが気が付けば既にカーラは自分の懐にもぐりこんでいる。

ヤマトは咄嗟にバックステップすると先ほどまでヤマトが立っていたところに雷を纏ったレイピアの軌跡が浮かぶ。



「妨害せよ。防壁シールド



ヤマトはすぐに妨害魔法をカーラに向かい唱える。

しかし、カーラはヤマトが魔法を詠唱しだすとすぐに後ろに跳んで、目の前に現れた半透明の壁にぶつからないように避けてしまう。


カーラはその後空中で翻りクルクルと回転しながら地面に華麗に着地……瞬間にまた身体がブレる。

さすがにヤマトも目が慣れてきたのか刀で何とか接近するレイピアを受け止める事が出来た。


ヤマトはそのまま身体を捻って回転しながら一文字に一閃する。

カーラはそれに慌てた様子も無くしゃがんで避けて見せた。


ヤマトが顔を一瞬顰める。

ヤマトはこのまま接近している事に危機感を覚え下がろうとするがそれと同時にカーラが飛び込んできた。



(――――そういえば反応速度上がってるんだっけ……!)



ハッと思い出した時にはもう遅い。

カーラはそのままレイピアで斬りつけてくる。


ヤマトは無理な体勢から強引に力を入れてそれを何とか受け止めようとした。


……その瞬間カーラの顔が一瞬だけ笑う。


ヤマトは不味いと身体をさらに捻ろうとするが間に合わなかった。

このレイピアによる斬りつけはフェイントだったのだ。

カーラは斬りつける体勢から流れるような動きでヤマトの横腹に回し蹴りを喰らわす。



「がっ……」



ヤマトは呻きながら吹き飛んだ。

カーラの強烈な蹴りを受けてさらに吹き飛ばされたヤマトは地面に叩きつけられる事を避ける為、落下時に下に風魔法をかけ、一瞬だけ自分の身体を浮かし衝撃を避けた。


その後受身で後ろに転がりながらカーラに距離を作る。

そしてそのまま立ち上がりつつ詠唱した。



「傷を癒せ。治癒ヒール



骨は折れていないだろうがダメージが大きい事は確か、そのためすぐに治癒魔法を其処にかけながらカーラの様子を見る。


どうやらヤマトが治癒を使っている事に気付いてそのまま猛スピードで突っ込んでくる。

さすがに完治するまで治癒魔法を使っている暇は無かった。

ヤマトは一旦魔法をやめて、前方に大きく飛ぶ。



「足を強化せよ。足強化ウォークポイント



まさか自分のいる方向である前方・・に強化魔法を使って飛ぶとは思わなかったのかカーラの目が一瞬、瞬いた。

ヤマトはそのまま大きな跳躍でカーラの頭上を通過、そのまま反転して頭から落下する体勢から刀を立てに振る。


其処から放たれる魔法は大風斬撃ウインドオーバースラッシュ

先ほどの斬撃よりも一回り大きな魔法にカーラが一瞬驚いた顔になった……がすぐに笑顔に戻る。



「ここまで私とやりあえる相手は久しぶりだ!」



カーラは楽しそうにそう叫ぶがヤマトとしては堪ったものではない。

なにせ大風斬撃ウインドオーバースラッシュすらもかき消されたのだから。


カーラはヤマトの放った一撃を自らの雷魔法、破壊雷サンダーブレイクで相殺する。

破壊雷サンダーブレイクも上級魔法なので相殺されたことに別段驚きはしないが、それでもここまで容易く対処されると落ち込みもする。



「うわっと!」



しかし、落ち込んでいる暇も無かった。

カーラは空中のヤマトに雷魔法を放ったのだ。

放たれる雷の線にヤマトは何と足場に風の暴風を放ち、その反動で空中を移動してそれを避ける。


だがそれはカーラに読まれていたようだ。

ヤマトが地面に着地と同時にカーラは既にヤマトの背後にまわっていた。


ヤマトはすぐに迎撃しようとするが間に合うはずも無く背中からレイピアの一閃を受けてしまった。



「くっ……不味った……」


(雷の付与魔法か!)



ヤマトは何とかバックステップで離れようとするが、レイピアに雷を纏わせていた為に身体が一瞬だけ痺れ動きが鈍ってしまった。

カーラがその隙を見逃すはずも無くそのまま蹴りを腹にモロで受けてしまう。


ヤマトは胃液をはきながら吹き飛び、今度は地面に背中を叩きつけられる。

ヤマトは呻きながら何とか立ち上がるが受けたダメージは中々のものであった。



「地面に干渉せよ……! 地面干渉コントロールグラウンド!」



ヤマトは干渉魔法で自分の周りに土のドームを作る。

カーラはそれに気付き一気に距離を詰めようと駆け出した。



「硬度を上げよ。硬化ハードタイプ



そのまま接近され、レイピアを振るわれるが何とか硬化魔法が間に合ったようだ。

レイピアを弾かれ多少驚いた表情になるカーラ。

しかし、そのまま二、三撃と剣撃を繰り出され土のドームは早くもボロボロになってしまう。



「傷を癒せ。治癒ヒール



その間をヤマトは無駄にはしない。

何とか治癒魔法で傷を癒す事に取り掛かる。


ヤマトはそのまま土のドームが壊れる限界ギリギリまで治癒を続ける。

しかしカーラの猛攻が激しくあまりドームは耐えられないようだ。

ドームが壊れると同時にすぐにヤマトは脱出する。


カーラはこの戦術に感心したような表情をする。

干渉魔法で時間を稼ぎ、傷を塞ぐ。

簡単なようでタイミング、魔力、度胸が大きく関係してくる。

それを成功させたのだから驚きだ。

そこまで考えて、カーラはすぐに狩る側の目つきになる。

ヤマトはそれにひどく焦った。



(このままじゃヤバい――)





     ★★★





観客席ではこれまでの二人の戦いに息を呑んで見とれている。

最初こそは観客席に座るものほぼ全員が熱狂的な歓声を上げていたが開始三分あたりからそれも次第に小さくなっていき、やがて静寂になる。


後に残るのは当然コロシアムの中の激戦の音だけ。

観客達は決してこの決勝戦に冷めたわけではない。

むしろその逆である。



「なんて戦いなんだ……」



誰かがそう呟いた。

それがコロシアムに響くほどの静寂の中全員がそれに心から肯定した。


あまりにもレベルが高く、あまりにも凄まじい。

全く次元の違う目の前の戦いにただ人々は見逃すものかと目で必死になって追っている。


それも仕方の無い事なのかもしれない。


未だかつて風の斬撃を放ちまくり、それをレイピアで切り裂くものがいただろうか。

未だかつて系統魔法を五種も使いまくり、なおかつ戦闘中に治癒魔法を使うものがいただろうか。


治癒魔法とは本来戦闘を離脱してから他者もしくは自らにかけるものだ。

しかも二人以上の自らが魔法に集中できるように守護してくれる味方がいるとき。

それをヤマトはたった一人で使っている。


驚きべき事はまだある。

干渉魔法は会得難易度はかなり高めで使えるものはそう何人もいない。

そんな魔法を易々と、さらには攻守に分けて使っている。


治癒魔法を唱えるときも工夫を施し使っているのだ。

一体それが出来る魔道士・・・がこの大陸に何人いるか。


さらに言えばヤマトはその魔道士だけではなく剣士でもある。

剣技も使えなおかつ魔法を多く使用し、それなのに今だ枯渇する様子はない。

他のものから見れば十分脅威である。


しかし一方でカーラは慌てた様子も無く順番に対処していき、現にヤマトを追い詰めている。

最早、流石としか言いようがない。


そうこうしている間にもコロシアム内ではどんどんヤマトが押されて行っている。

最早汗びっしょりでカーラのレイピアを弾くことで精一杯の様子だ。


ここまで見て人々は確信した。


……この勝負はカーラの勝ちだと。



「ヤマトにい大丈夫かな……?」


「さあな。しかし、このままじゃヤバいのは確かだな」



ミルもまたヤマトの状態を心配し、やはりカーラは強いと思わせられる。

ガノンも心の奥ではカーラの勝利を確信していた。



「ヤマトも強かったけど、SSランクホルダーのカーラさんには……」


「ヤマト……」



リリーはカーラの強さに流石のヤマトもお手上げだと見ている。

ローラもまたヤマトの勝利を信じきれることは出来ないでいた。

それは無言でミルの頭を撫でるラーシアも同じである。


誰がどう見ても明らか……勝負はカーラの一方的な展開を何とか防いでいる状態である。

ヤマトは奮闘しているがカーラの方が格上の存在であったのだ。


しかし、そんなヤマトを冷やかすものなど誰もいない。

何せ相手はSSランクホルダーという異常な存在だ。

勝てないのは当然のことである。


それにヤマトはこれまで良く戦った方だ。

試合開始から既に十五分。

これまでカーラと戦ってきたものは一方的な試合でしかも三分と掛かっていない。


ここにいる全員がヤマトの勝利を諦め、また心の中で褒め称え尊敬の念を抱いた。



「ヤマト……良く頑張ったな」



ガノンがそう呟く。

そう、ここにいる全員がヤマトの戦いぶりに賛美し、また勝負がついた事を確信したのだ。


……しかし、そう思うのは早計であったと言える。





     ★★★





(はあ……はあ……。やばっ……)



ヤマトは既にふらふらの状態。

満身創痍といってもいいくらいのものであった。


足元もおぼつかず、また目もかすんでくる。

ヤマトは正直に負けると思った。



(――大体勝てる訳がなかったんだよなぁ……)



ヤマトは手の力を緩めた。

勝負を投げたのだ。

今までの自分の策が、戦術がまるで通用しない。

そればかりか、相手の猛攻に此方は対処する事も難しいのだ。

勝てるわけが無い……ヤマトはそう結論づけた。


……そんなヤマトの頭にあの約束が響いた。



――私がヤマトに追いつくまで誰にも負けないで。



(――――…………!)



ヤマトは今までの諦念の気持ちを振り払う。

それは仲間との、彼女との約束ゆえに負ける訳にはいかないと強く思ったから。

その約束を破ればヤマトは真に仲間を裏切る事になると思ったから。


……そしてその思いがヤマトの究極の切り札を開放する。


ヤマトの頭に衝撃が走る。

今まで受けてきた外部・・からの物とは遥に違う、内部・・から受ける希望の衝撃。

ヤマトは久しぶりに来るこの感覚にひどく嬉しく思った。



(この勝負……もらった)



ヤマトは笑う。

この絶体絶命の中で希望が舞い降りたこの感覚に。

自らの全力を開放できる事に。



(今から“とっておき”を見せてやる)



ヤマトは静かに息を吐く。

これから使う魔法はかなり体力を消費するが、それに余りある程の力を与えてくれるものである。

ヤマトはこの瞬間、勝利への希望を手にした。



「――――三重身体強化トライデントチャージング!」



……その瞬間、ヤマトの姿が消えた……。





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