26話 決勝戦 決意を胸にいざ!
武道大会決勝戦もいよいよスタート。
決勝戦だけ、四話に分割します。
一話にまとめますとあまりに長くなってしまったので。
遂にこの日がやってきた……トローレの街で出歩く者全てがその気持ちでいっぱいだった。
祭りのような賑わいを見せる中、人々は街のど真ん中……コロシアムに集まっていく。
その人ごみを眺めながらヤマトは大きく伸びをする。
体調は万全、身体の調子はすこぶる良い。
ヤマトは独りでに頷いて何時もの服装に紺色のロングコートを着る。
その首にかけられたペンダントが朝日に反射してきらりと赤く光る。
「さて、行きますか」
……そして、ヤマトはコロシアムに入場した。
★★★
控え室ではカーラが一人考えに耽っていた。
「ハール……。何が目的なんだ……?」
カーラは昨日にあった昔の知人がひどく気になった。
何せ今まで行方が分からなかったのにこんな所で再会したのだ。
「――――今は、考えても仕方が無い……か」
だがしかし、カーラは首を振り彼の事を思考から追い出す。
それよりも今日の事に集中せねば、カーラはそう念じる。
今日は武道大会決勝戦、しかも相手はヤマトである。
それを考えるとカーラは僅かに口元が緩んだ。
「本当に勝ち上がってくるとは」
さすが我が弟弟子だ……カーラはそう呟く。
同時にカーラはヤマトと戦える事に期待していた。
自らの師匠、アルフォードが一人で旅に送り出す程である。
さらに言えば今までヤマトの実力を見てきたが自分と戦える程に腕を上げている。
今まで戦いにすらならない試合ばかりしていたカーラは胸が躍ってしまうようである。
「さあ、ヤマト。私を楽しませてくれ」
……そして、カーラの金髪が翻り、彼女は立つ。
★★★
選手二人が今だ現れない中でも会場の歓声は止まない。
そんな中で、いくつもの視察に来ている国の王、またはそれに代わる代行者は“戦乙女”の対戦相手である青年に興味を持っていた。
彼らは期待しているのだ、新たな時代の息吹を。
もしSSランクホルダーであるカーラと戦い、引けを足らぬほどの実力を見せ付けたのであれば真っ先に国に勧誘する予定である。
勿論ここまで来た実力も大した物で、別に優勝しなくとも自国の騎士になるよう誘う者は多いだろう。
それでも、優勝と準優勝では随分と待遇も違ってくる。
現在、現役のSSランクホルダーは三人いる。
“戦乙女”、“炎神”、“剣聖”である。
しかし、その中でも国に仕官しているのは“剣聖”だけであった。
“剣聖”を所持している国とは三大国、しかもその中でも全ての国の祖となっているガラン帝国である。
そのガラン帝国と周辺地域の侵略を開始した事により小国に攻め入ったスクムト王国がぶつかった事がある。
その時のスクムトの兵の数は周辺の従属国とのそれを合わせて約一万人。
しかし、一万にもなる兵は一人の将軍の指揮する軍に大敗を期したのだ。
その将軍こそが“剣聖”ゼウスである。
ゼウスは一万の兵を僅か千の兵で迎え撃った。
数年前から軍事強化を施しているスクムトの兵は一人一人が屈強であるにも関わらずだ。
ならば何故ガラン帝国は大勝利を収めたのか、それはゼウスの千人斬りが大きく関わっている。
帝国最強の将であるゼウスは何と単身で敵軍に突撃、さらには千人程を斬り捨ててきたのだ。
戦でものを言うのは兵の質よりも数によるところが大きい。
まして、十倍もの兵力がある敵と戦い勝つなど到底不可能に近いものである。
しかし、一人で千人を斬り捨てたというあまりに人間から逸脱した事実が敵を大きく動揺させ、また味方の兵の士気を大きく高めた。
ゆえにゼウス率いるガラン帝国軍は勝利を収めたのだ。
このことは大陸中にSSランクホルダーの脅威を伝える事となった。
SSランクホルダーを仕官させるということは兵器を所有するようなものであると認識させられたのだ。
よってカーラと相対するヤマトがもしもカーラと互角に戦うことになれば……後は想像に難くない。
各国がこの決勝戦に興味を抱くのも国の者として当たり前なのだ。
そしてそれはフィーリア王国も例外ではない。
「いよいよですな」
「ええ。そうですね」
ザクロとセリーナは自ら専用の観客席からコロシアム内を見下ろしている。
既に準備の大半を終えて、後は選手の登場を待つだけである。
セリーナの横で宝石で装飾された派手な椅子に腰掛けている国王バーンは面白そうな表情で試合を待っている。
「ザクロを倒すほどのものだ。期待してもいいだろう?」
バーンは愉快そうに笑っている。
武道大会は確かに優秀な人材を発掘する場でもあるが、本来は一種の娯楽である。
バーンは今は国のことなど考えず、純粋に試合を楽しむというのだった。
「お父様……それでいいのですか?」
「かまわんよ」
はっはっは、とさらに笑う父にセリーナは溜め息をついた。
バーンは確かに政治の才は長けており人望もある。
しかし、これはあまりにも楽観視しているのではないか、不安であった。
「国王様、お言葉ですが念のため手を打っていた方がいいのでは?」
「そうだな。一応は打っていてくれ」
一応でいいのか……セリーナは額に手を当てた。
セリーナの見立てではおそらく勝てはしないが良い勝負にはなるだろう。
そんな人材を他にやってもいいのだろうか。
この武道大会にスクムト王国とそれに従属する国のものは入れていない。
しかし、何処からか聞きつけて引き抜く恐れがない事も無い。
「ザクロ、迅速にお願いします」
セリーナはただそれを願うばかりであった。
★★★
「妾はこれをどれほど待っていたか……」
セリーナの反対側ではルリアは早く早くと急かすような顔付きでコロシアムを眺めている。
今までの試合でも中々楽しめるものがあったが今ほどの高揚感は他にないであろう。
何せSSランクホルダーであるカーラとヤマトがぶつかり合うのだから。
「ルリア様、もう少し落ち着いてもよろしいかと」
「う、うむ……。そうじゃな」
ルリアは頷いてそう言うも、しばらく経てばすぐに戻ってしまう。
皇帝としての能力はこの歳でかなりあるのだが、如何せんここら辺は子供のようである。
やはりルリアは待ちきれず落ち着かない。
ゼウスはそんな主の姿に一瞬、ほんの一瞬だけふっと微笑む。
ルリアは子供であるが、皇帝の責を理解している。
時には苦しく、辛い決断を迫られる事もあったが、彼女はここまできたのだ。
それをゼウスは知っている。
故にゼウスはそんなルリアを咎めたり、また批判することはない。
後ろの騎士は示しが付かないと呟いているが知った事ではなかった。
「どうやら始まるようです」
ルリアがコロシアムの中を見るとなるほど二人が登場してきて、周りから一斉に歓声が上がる。
それは爆発的な勢いでコロシアム会場に浸透して行き、ルリアの興奮をさらに高めた。
見れば黒髪の青年は落ち着いたように自分の位置についている。
まるで緊張した様子を見せないヤマトにルリアはふふっと笑う。
もしかしたら誰も予想できない結果で終わる事になるかもしれない。
ルリアはそう予感したのだ。
「ヤマト。妾は期待しておるからの」
その呟くは隣にいたゼウスにだけ聞こえるものであった。
★★★
『遂にこの瞬間が訪れたぁぁぁ!! 全員が全員待ち望んだ決勝戦がいよいよ始まるぞ!!』
――キャアアアアアアアアア!!!!
あらゆる方向から奇声や歓声が飛んでくる。
しかしカーラとヤマトがこれに飲まれる事も気にする事も無い。
今、二人の目に映っているのは相手の姿だけである。
「ここまで来るのに苦労したんだけどな」
「それはご苦労だったな」
ヤマトとカーラはお互いに会話をする。
やっとここまで来たヤマトはそんな気持ちであったし、カーラとしては遂に追いついてきたかというものである。
『まずは選手紹介からだーーーーッ!!!』
――ワアアアアアアアアアア!!!
司会が叫ぶ為に観客が悲鳴を上げている。
正直、カーラとの会話が聞こえづらいのでやめてもらいたいヤマトであったがそれを言うのも気が引ける。
『まずは絶対の王者! SSランクホルダーの名は伊達じゃない! 今まで歯牙にもかけない強さを振るってきた“戦乙女”、カーラ=フィーリだああああああ!!』
歓声が大気を振動して爆発する。
一言で言えばカーラの人気は凄かった。
ヤマトはあまりの騒がしさに耳を抑えた程である。
カーラが観客に手を振る。
ヤマトはそんなキャラじゃないだろと言おうとしたがあまりの歓声の爆発具合に断念する。
ヤマトは顔に苦笑を浮かべ、事の終わりを待つしかなかった。
『次に紹介するのは今までにない程の最強の挑戦者! 見るものを驚愕させてきた黒い風のような人物! 漆黒の青年ヤマトだああああああ!!』
ヤマトは驚いた事にカーラと同じくらいの歓声を浴びる事となる。
一応気は進まないがカーラと同じように手を振るってみると歓声も一層大きくなった。
しかし、その歓声が「せいぜい瞬殺されないようガンバレ!」というものであることをすぐに知った。
カーラが相手ではそれも仕方がないがどうも納得がいかない。
「ヤマトーーーー!」
「がんばれーーーーッ!!」
ふと聞こえた声に視線を向けるとローラ達が此方に向かい手を振っている。
しかも一番前である。
どうやら最前列で試合を見るらしい。
ヤマトはこれは不甲斐無い試合は出来ないな、と気を引き締める。
「カーラさん。言わなくても分かるだろうけどさ。本気で来てくれよ?」
「無論そのつもりだよ」
カーラは当たり前という様子で言ってくれる。
ヤマトはそれに微笑を浮かべ、昨夜に思い出した約束を胸に抱き拳を前に突き出す。
「絶対勝つ!」
カーラは微笑み同じように拳を突き出し「私も負けるつもりはない」と堂々言い切る。
ヤマトの表情が本気である事を悟ったカーラはこの瞬間からヤマトが自分と戦う相手に相応しい事を認めた。
『どうやら準備が整ったようだ!』
ウルトが二人の様子を見てそう叫んだ。
観客がこれまた歓声を上げるかと耳に手を置こうとしたが、予想に反してそれは来なかった。
いや、むしろ静寂に包まれた。
ヤマトは疑問に思うが観客の表情を見て納得する。
皆が瞬きすら惜しいと二人を凝視していた。
おそらくこれから行われる戦いが自分達の想像を遥に絶する事を感じているのだろう。
ヤマトはこれには意外感を隠し切れない。
やはり全員がこの試合を楽しみにしていたのだと改めて感じる。
それだけ今のコロシアムは無音であったのだ。
「ヤマト。用意はいいか?」
目の前のカーラは既にレイピアに手をかけている。
いつ試合が始まってもすぐにレイピアを抜いて此方に走りかかってくるだろうことが容易にわかるものだった。
ヤマトはそれを見ながら自身も腰に提げている刀の柄を握る。
此方もいつでも抜刀できる体制に移しそのときを待った。
会場内の誰かが息を呑む。
たとえ素人でも今の二人が纏っているプレッシャーに気付いただろう。
おそらく常人なら対峙しただけで気を失うほどのプレッシャーに……。
『それでは試合――』
今度ばかりはウルトも本気のようだ。
何時に無く真面目に司会をやっている事にヤマトは感心する。
実際は真面目にしてしまうほどに二人が纏うプレッシャーに興奮しているのだが。
司会のウルトはこの試合を心待ちにしていたのだ。
ウルトが何かを叫ぼうとする……瞬間にヤマトは地面を強く蹴る。
今まで見てきたが、カーラの動きはブレて見えるほどに早い。
ならば此方から仕掛けて動きを止めるしかない。
しかし、カーラも既に地に足をめり込ませ、蹴っていた。
おそらく一気に懐に入り斬りつけるつもりだったのだろう。
ヤマトは笑った。
理由は違えど二人して全く同じ行動に移ったのだ。
それが自分がカーラと同じ次元に立っているように思え、自らの成長を深々と思い知った。
果たしてこの三年間、どれだけ強くなったのか。
思えばカーラと最初に剣を交えたのは三年前である。
あの時はカーラが酒に酔っていたにも関わらず、さらには多人数で挑んだのに傷一つ付けることはできなかった。
昔ならば一対一なら十秒と経たずに瞬殺されただろうが今はどうか。
この時思った事はセラとの約束が自分を強くしているという事。
ヤマトにはそう思えた。
もし、約束が無ければ心のどこかで勝負を投げていたかもしれない。
ふと見ればどうやら相手も嬉しそうに笑っていた。
おそらくヤマトが自分と同じ行動にでたのがヤマトと同じ理由で嬉しかったのだろう。
昔も最近でも自分とまともに戦える相手が少なすぎると嘆いていたのだから。
そこまで考えハッとする。
この一瞬の瞬間に自分はどれだけ考えに耽っていたかに。
どうやら一瞬が無限に感じられるほど自分は高揚していることに気付いた。
そして時間の感覚が徐々に早まっていく。
ヤマトは意を決してさらに踏み込んだ。
そして時間は元の早さに戻る。
『――始め!』
直後、強烈な金属音が会場に響き渡ると同時に二人の纏っていた覇気が爆発した。
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