24話 準決勝 ヤマトVS面の男
三回戦が全て終了して、本日も残すところは後二試合。
つまり準決勝である。
観客席ではもうボルテージは上がりっぱなしだ。
そんな中で、フィーリア王国の者が観戦している特別席では一種のパニックに陥っていた。
「まさか……。ありえるのか?」
「いや、これは夢だ……。夢であってくれ」
「夢に決まってる! こんなことが……」
パニックになっているのはフィーリア国王と第一王女を守護する騎士達である。
しかし、国王と王女も決して驚いていない訳ではない。
むしろ今さっきの光景に瞠目していた。
「あのザクロが剣で競り負けただと……」
フィーリア国王、バーンは思わず呟く。
今はコロシアム内を出た二つの剣士の激突は確かに驚き、感心するものがあった。
しかし、その後に起きた出来事にはバーンは信じられないといった表情だ。
三回戦第四試合、そこで激突したのはフィーリア王国内で最強と言われる騎士ザクロと名も広まっていないような冒険者である黒髪の青年だった。
しかし、青年は圧倒的な動きと剣捌きでザクロの実力を凌駕した。
勿論青年も無傷ではなかった。
ザクロとの斬り合いの中でいくつものかすり傷を負ったし、最後には腹を浅く斬られていた。
だが、最後にはザクロの剣を弾き飛ばして首筋に刀を当てたのだ。
これが魔法を駆使して勝利したのであればまだ納得できた。
ザクロは魔力を感じることはできるが魔法が使えない……つまり近接戦闘に限られるのだから、遠距離でちくちくダメージを当てていけば勝てる可能性もある。
セレーナもヤマトの魔力量が膨大な事を知っている為、むしろそちらの戦法を使用してくるかと思っていた。
まさか騎士であるザクロに刀で挑むとは思っても見なかったのである。
これにはザクロも同じで斬り合う事になるとは夢にも見ていなかったはずだ。
最初の驚愕はそれである。
故に近接戦闘に持ち込まれて面食らったザクロが試合の流れを掴み損なったとも言える。
そして一番驚くべき事はヤマトはこれを計算していた事である。
絶対にその手ではこないだろう……そう思わせてから其処を叩けばおのずと隙が見えてくるものだ。
ヤマトの相手の意表をつくための作戦だったことをヤマト以外に知っているのはおそらくカーラくらいであろう。
……いや、もう二人程いた。
「其処まで計算していたのか?」
「おそらくは」
その一人はガノン皇帝ルリアを守護するSSランクホルダーの一人、ゼウスである。
彼も近接戦闘のプロフェッショナル故にその事に気付いたのだ。
「しかし、それでもかなりの技量は必要でしょう」
「全く、ヤマトは面白いものじゃ!」
ルリアはさぞ愉快そうに大声で笑った。
自分が見込んでいた人物が予想通り面白い人物だったのだ。
今まではチマチマした試合は面倒なだけだったがこれから先の試合のことを考えると可笑しくて仕方がない。
「次の相手はあいつじゃったな」
「そのようですね」
ゼウスはコロシアム内に潜んでいるであろう、面の男Sについて考える。
確かにヤマトという青年は強い、それは疑いようが無い。
だが、あのSはそれを凌駕しているだろう。
ヤマトの勝利は薄いのではないか、ゼウスは無表情のまま思考した。
「おお! もうすぐ終わりそうじゃな」
「まあカーラ殿ですからね」
ゼウスは一旦面の男についての思考をやめて、今行われている準決勝第一試合に目を向ける。
其処には地に膝を付いている男にレイピアの切っ先を向けるカーラの姿があった。
★★★
『強い! 強すぎる! さすがはSSランクホルダー! “戦乙女”ぇぇぇぇ!!!』
――ウオオオオオオオオオ!!!
準決勝も危なげなく勝利したカーラはレイピアをしまい、赤いコートを翻してそのまま観客席に向かう。
これにより残す試合は後一つ、ダークホースVSダークホースだけである。
この試合はある意味でカーラの試合よりも期待が寄せられていた。
カーラの試合は最早SSランクホルダーによる無双ものだった。
つまりスリルというものがイマイチかけているのである。
何せカーラが負けるところなど誰が予想できようか。
しかし、この第四試合はお互いの実力が未知数である。
しかもどちらも実力はSSランクホルダーと勝負だ出来る程度、もしくはそれ以上のもの。
故に観客は次の試合を今か今かと待ち構えていた。
「そろそろか」
「あ、ヤマト兄、いくの?」
ローラも医務室から帰ってきて、今はスレイとウルト以外は全員ここにいる状態である。
そんな中で遂に時間だとヤマトは席を立った。
「ヤマト、頑張るんだぞ」
ヤマトに声をかけたのはカーラである。
赤い指輪がきらりと光を放ちながらそれを付けている拳をヤマトに突き出した。
カーラもおそらく面の男の実力がヤマトを凌ぐものだと分かっているのだろう。
しかし、それでもカーラはヤマトが負けることは無いと信じていた。
何故ならヤマトには切り札があるのだから。
「ああ、勝つさ」
ヤマトには勝機があった。
それは超感覚能力の発動である。
確かにまともにやり合えば勝てないかも知れないが、もし超感覚能力が自然発動すれば勝率はぐんと伸びるだろう。
そういった理由からヤマトに焦りは見当たらない。
逆にこれ以上ないくらい落ち着いているほどである。
「頑張って」
見るとローラが心配そうに此方を見ている。
スレイもあの面の男にやられたのだ、それも当然かもしれない。
そんなローラにヤマトは手をヒラヒラと振って答える。
「大丈夫だって、俺は勝つさ」
「まあヤマトなら大丈夫でしょ」
リリーもヤマトの言葉に肯定している。
リリーからすればヤマトが負けるところが想像できない。
それほどの実力を今まで見せ付けられてきたのだから。
「んじゃ行きますか」
ヤマトはそうして観客席を後にする。
それを皆はただ黙って見送っているだけであった。
★★★
「また会ったな」
「……………………」
数分が経ち、遂にヤマトとSは対峙する。
お互いは共に円の中で自らの位置につき、試合の始まりをただ待っていた。
「――――“黒の民”」
「……なんだよ?」
不意にかけられた言葉にヤマトは反応する。
それにSはただ一言だけ告げた。
「君の力を見せてもらうよ」
『さ~~~~~あ! 武道大会も準決勝最後の試合となったぜ! 名づけてお面男VS真っ黒青年!!』
――ワアアアアアアアア!!!
「――お面」
「真っ黒て、ウルト……。後で覚えとけよ……!」
二人とも不服が素晴しくあるようで不満を漏らす。
しかし、ウルトは自らの寿命が短くなった事を悟る事無く、司会を進行する。
『選手の二人! 準備はできたかぁぁぁぁ!!?』
――早くぅぅぅぅぅぅ!!
ヤマトは内心うぜぇと悪態をつきながら目を閉じ魔力を溜め始める。
ヤマトは確かに超感覚能力の自然発動を狙っているのだが、それは運も作用するのでそればかりに頼りたくはない。
ならばどうするか。
それは先手必勝、開始と共に終わらせるというものである。
そんなヤマトに対してSは背中にかけたバスタードソードを持ち、それを構えた。
『お互いの準備ができたようだ! それでは張り切って~~~! 準決勝最後の試合――始めッ!!』
……刹那、会場に響き渡る鈍い金属音がスタートの合図と同時に鳴った。
「止められた!?」
「――動き速過ぎでしょ……」
今の状況はヤマトとSが刀とバスタードソードをぶつけて静止しているところである。
開始の掛け声の瞬間、ヤマトは超感覚能力であの超速での突撃をSにお見舞いした。
その出来はすばらしく、ヤマトでさえ捕らえたと思ったほどだ。
しかし、Sも甘くは無かった。
ヤマトの超速度の動きに対応して見せたのだ。
ヤマトが刀を振るうギリギリでSはそれを弾く事に成功。
そんな過程で今の状況が成り立っていた。
「あれを止めるか」
「え? え?」
観客席にいるカーラ達はその出来事に驚愕を隠せない。
いや、ほとんどの者はすぐには何が起こったのかわからなかっただろう。
「何が起こった!?」
「さあ……全くわからねえ」
「何て戦いなの!?」
「武道大会も面白くなってきたな!」
観客たちも次第に状況が呑み込めてきたようだ。
皆が皆、人間離れした戦いを見せる二人に歓声を上げている。
「……いや、危なかった」
「あんた、よく言うな」
Sは本当に焦ったようですぐにヤマトにバスタードソードを振るうが、ヤマトはそれをバックステップで回避。
一方のヤマトもあれを止められた事に内心はかなり驚いていた。
(やっぱこいつ。カーラさん並だな)
ヤマトはSに対する警戒心を最大限に上げる。
対するSもまたヤマトの動きを注意深く見ている。
お互いがお互いを睨み合う。
そして二人は同時に武器を振るった。
そこから出されるのは風と光の斬撃。
それがぶつかり合い、相殺する。
そしてすぐにまた二つの斬撃が放たれ、打ち消しあう。
その発動する早さが二人ともどんどん速くなっていく。
仕舞いにはコロシアム内は斬撃の嵐と化した。
いくつもいくつも光と風が互いに消しあっていく。
その光景に会場全体が息を呑んだ。
その光景はどこか神秘的で、ある者は美しいと漏らしていた。
それほどの斬撃が打ち合われる試合に誰もが声を上げるのを忘れていた。
すると今度は二人が同時に動き出す。
斬撃を放ちながら二人はコロシアム内を駆け巡りだした。
すると斬撃がぶつかる事無く二人に襲い掛かってきた。
それを二人は素早くかわす。
ヤマトは恐るべき速さで刀を振るっている。
まさか自分と同じ行動に出てくるとは思わなかったので多少は動揺してもいた。
しかし、それが隙となる事はヤマトには無かった。
ヤマトが放った風の斬撃は光の斬撃とすれ違いSに襲い掛かる。
しかし、ヤマトにもまた光の斬撃が襲い掛かってくるのだ。
ヤマトはそれを跳んだりしゃがんだりと人間離れした動きで避けていく。
ヤマトの持ち前はこの素早さと身体強化による動きなのだ。
故にそれを最大限に生かす避けあいの戦いにヤマトは身を投じた。
しかしSもまた素早い。
よくもまあ身体強化魔法もしていない身体であそこまで動けるものだと思わざるを得ない。
彼は本当に化け物かもしれないとまでヤマトに思わせた。
それでもヤマトは負けていなかった。
会場はただただこの二人の魔法合戦を見つめるばかりであった。
★★★
「見誤ったな……」
カーラがふとそんな事を漏らした。
それにラーシアが頷くように答える。
「確かにあのSという男がここまで何て……」
「いや、そうじゃない」
ラーシアとしてはあのヤマトにここまでやりあう面の男に感心していたのだが、カーラが言いたかったのはそういうところでは無い。
むしろその逆である。
(ヤマトの成長速度が速すぎる)
カーラはおそらくヤマトがかなり苦戦を強いられるだろうと予想していたのだが、ヤマトはそのSと対等以上に渡り合っている。
これはカーラの目が節穴だったのではなく、ヤマトの成長が原因となっていた。
カーラがヤマトにあった時、つまりトローレの街に着いた時ならばここまでの善戦はありえなかっただろう。
しかし、ヤマトは何匹もの危険度Aランク、そして危険度Sランクの魔物と緊急依頼の時に相対して、戦った。
おそらくこれがヤマトをさらに強くする原因となったのだろう。
「だが、まだだ」
そう、まだSSランクの領域にはたどり着いていない。
そしておそらくSは自分と同じ……いや、それ以上の実力を持っているだろう。
たしかに魔力量の多いヤマトならこのまま魔法による対決になれば勝つことも可能だろう。
しかし、あの面の男が易々と狙い通りにさせてくれるだろうか。
答えは否である。
「――――まずいな」
カーラは今の状態を見て心底そう思った。
何故ならSは斬撃の嵐の中で着実にヤマトに接近しているのだから。
★★★
「あぶなっ!」
突如光の斬撃がヤマトの足を掠めた。
それに一瞬だけ驚くがすぐに回避に専念してSに向かい魔法を放つ。
「ん?」
ヤマトはそこで疑問に思った。
先ほどまではあれほど距離が離れていたのに、今では何故かその距離が縮まっている。
ヤマトはこれにまさかと思った。
Sはこの斬撃の中でヤマトに近づいて来ているのである。
ヤマトはさすがにまずいと冷や汗を掻く。
カーラの言ったとおり、おそらく接近戦ではSの方が上。
故に自分の戦闘スタイルと魔力量を考慮してこの戦い方を選んだのだ。
しかし、その中でもSはヤマトに近づいていく。
それはSにはまだ余裕がある事を証拠付けていた。
「なら……!」
ヤマトはこんな状況でも冷静に思考を働かす。
このまま魔法の打ち合いをしていてもまずSには勝てない。
それゆえにヤマトは次の行動に移った。
それは魔法を止めて全力で後方にバックステップ。
勿論迫り来る斬撃の嵐はしっかりと避けながら。
Sもヤマトの動きに気が付いた。
魔法が止まった事によりSは光の斬撃を放ちながらヤマトに走り寄ってくる。
「地面に干渉せよ。地面干渉」
ヤマトは地面に手を沿え魔力を放出する。
するとヤマトの目の前に巨大な土の壁が出来あがった。
それは二人を完全に隔てるには十分な大きさだ。
「硬度を上げよ。硬化」
そして次に硬化魔法を詠唱。
硬化魔法により固くなった土の壁は光の斬撃を凌ぐ事に成功する。
しかし、着々と土の壁は傷つき、削られていっている。
Sの魔法はヤマトが思った以上に強力なようである。
そんな中でもヤマトは落ち着いて魔力を溜める。
ヤマトが選択した手は一撃必殺の大型魔法である。
実力でも魔法の打ち合いでも敵わないのならば後は膨大な魔力を使っての魔法を叩き込むしかない。
土の壁は既にボロボロの状態である。
おそらくもう壁は倒壊するだろう。
だがヤマトの魔力は大体溜まった。
……ヤマトにとって壁が破壊された瞬間が勝負なのだ。
ヤマトはさらに魔力を溜め込む。
そしてそれを刀に伝うように注ぎ込ませた。
そしてヤマトは眼前を凝視する。
……そして遂に壁は壊れた……。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
ヤマトは咆哮と共にありったけ魔力を込めた大風斬撃を放つ。
刀から飛び出すその斬撃はヤマトが放てる魔法の中でも“最上位魔法”を除けば一番威力が高いものである。
それ程の魔力が込められた魔法がSに向かい空を伝う。
Sはさすがに魔力を察知していたらしい。
僅かに驚いた様子を見せるがそれだけだ。
Sはバスタードソードを構えて思いっきり振るった。
Sが放つのはヤマトと同じ上位魔法の大光斬撃である。
そして二つの大斬撃がぶつかった。
今、周りの観客はその魔法の衝突に目を奪われている。
あまりの魔力を溜めた上位魔法のぶつかり合い。
誰もが目に出来る光景では決していないものである。
しかし、斬撃同士の勝敗は決した。
魔力を思う存分溜めたヤマトの大風斬撃がSの魔法を上回ったのだ。
ヤマトの放った風の斬撃はSの光のそれをかき消し、威力は大幅に低下しているがSに直撃した。
それから辺りに響くのは大きな爆発音。
ヤマトの魔法はSごと地面にぶつかり爆風を起こす。
……そして辺りには砂煙が巻き起こった。
★★★
それからしばらくが経っただろうか、砂煙が引いてくる。
ヤマトはその光景を見ながら顔を顰めた。
砂煙が引いてくると共に真ん中に薄っすらと影が立っているのが見えてくる。
それが何かは嫌でも分かる。
まさかあれを受けて立っているとは、ヤマトはそう呟いた。
完全に砂煙が引いてその姿が眼前に晒される。
それは傷ついた様子など見られない、試合開始から変わらないSの姿。
いや、変わっている事は一つだけである。
……Sの面がひび割れて足元に落ちているのだ……。
「――――ここでしくじるなんてね」
Sは顔を見られないようにフードを深く被りなおし、それからバスタードソードを目の前に放り捨てた。
それは試合放棄を意味している。
この瞬間ヤマトの勝利が確定した。
『試合終了!!』
★★★
「どうでしたか?」
武道大会準決勝最後の試合が終わり、Sは会場を出る所であった。
今はヤマトがコロシアム内で試合を見た人たちから賞賛の嵐を受けている為に会場の出入り口を通る人はほとんどいない。
Sは声をかけられ立ち止まる。
Sの後ろには二人の人物が立っていた。
どちらもフードを深く被ってSと同じ格好をしている。
「予想以上に強いね。あと一年もすればかなり化けるんじゃないかな」
実際に戦って意味わかる。
彼の強さとそれ以上に危険な成長速度。
あれを放っておけば大変だろう。
だが、今はそこまで執拗に追うことはしない。
Sはただそれだけ言うと二人を連れて再び歩き始めた。
そんな時、三人に向かい誰かが近づいてきた。
「待て!」
そう言って呼び止めるのは金髪を揺らしエメラルドグリーンの瞳を向ける者。
Sもよく知る人物であるカーラであった。
「何でお前達がここに……!」
「……………………」
Sは答えない。
後ろの二人はそんなSとカーラを見て少しばかりあたふたしている。
「今まで何をしていたんだ?」
「それは言えないんだ」
カーラの質問にはとことん答えないらしい。
Sはそのまま歩みを再開した。
「僕とカーラはまた会うことになると思うよ。じゃあ」
Sはそれだけ言い残し片手を振った。
そして三人はそのまま会場の外に消えたのであった。
その手からは青い光がきらりと光ったのをカーラは確かに見た。
「ハール……」
あの時、ヤマトの魔法によって面が外れ、一瞬だけ、ヤマトでも認識できないほどの速さでフードを深く被りなおしたが一瞬だけカーラはその顔を拝む事が出来た。
そしてその人物は11年前に共に過ごした弟分だったのだ。
カーラは去っていった彼の名を呟く事しか出来ない。
カーラの手からもまた赤い光が鈍く輝いていた。
面の男の正体……二章を読んで下さった方ならば分かっていたと思います。
口調とか、二人の従者とかで。
彼らが今までに何をしていたか、それは予言に出てきた青年と“組織”について嗅ぎ回っていたという設定です。
ちなみに彼らもかなり強くなっています。
この後も出てくる場面はありますのでどうか見守ってやってください。
読了ありがとうございました。
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