20話 一回戦 始まりから嵐
「しかし、あんたが司会になるなんてねぇ?」
「ずびばせんでしだ!」
今現在は大会二日目を迎え、コロシアムで席を取っている所である。
昨日は無事に大会初日を終え、ヤマト達は早々に宿に帰って休んだのであった。
ちなみにそのときのリリーとローラはまさに般若と化して、ウルトを血祭りに挙げて見せた。
故に今でもウルトはローラとリリーを見る度に震えているし、今朝も調子に乗っているところでリリーに顔面を無表情で殴られ鼻血を流している。
「と、とりあえず俺は行くから! それでは!」
鼻血を止めたウルトは逃げるように司会者用の特別席に移動する。
ローラはそれににこやかな笑顔を向け一言だけ言った。
「後でまた覚えておいてくださいね」
この言葉にウルトは震え上がる。
最早全力ダッシュでその場から去ったウルトに全員は顔を引きつらせるしかなかった。
「さて、それでは私は行こうかな」
「そっか。カーラって一番最初だっけな」
カーラが席を立ち上がったのに大してヤマトは手をポンと叩いて頷く。
カーラの出番は第一回戦第一試合なのだ。
「まあ、カーラなら余裕だろ?」
「油断は禁物だぞ? ヤマト」
カーラが僅かに微笑んで見せた後で席を去ってコロシアムの中に移動して行った。
武道大会本戦は三十二人のトーナメント形式である。
故に二人一組の八人ずつがコロシアムの四つの円の中で同時に試合を始める事になる。
ちなみに何試合目かは昨日の内に抽選により決められている。
「そういえば、スレイは何試合目なの?」
「…………十一試合目」
スレイはいつものように小さな声で呟くように答えた。
「それにしてもスレイはラッキーだったな」
ガノンがガハハと笑いながらスレイに言った。
予選第二試合はスレイがパドラーの振り下ろすバスタードソードを喰らう前に決着がついた。
何と隣で戦っていた二人が相打ちで倒れたのである。
これにより、スレイは見事に予選突破を果たしたのであった。
「ヤマト兄は?」
「俺は一番最後だってさ」
ヤマトは別にどうでも言いようにそう答える。
ヤマトにとって武道大会は目的に近づけるかも知れないという極めてテンションの上がらないものである。
故にヤマトは面白くなさそうにそう答えるのだが、それが皆には余裕に表情と捉えられる。
「まあヤマトですし、一回戦は簡単に勝てるでしょうね」
「ええ。なんせヤマトだしね」
「……いや、油断はできないと思うけどな?」
ヤマトは頭をポリポリと掻きながら一回戦の第一試合に目を向ける。
其処にはすでに準備を終えたカーラが立っていた。
服装はいつも通りの青のズボンに赤のコート、その下に上半身を覆う銀の鎧というもの。
対する相手は三十半ば位の槍を持った山賊のような姿の男である。
しかし、その男は早々に身体を震えさし、カーラに怯えたような目を向けている。
ヤマトはその姿に深い同情の眼差しを送った。
『それじゃあ野郎共! 武道大会本戦、第一回戦を始めるぜぇぇぇぇ!!』
――オオオオオオ!!!
司会者の言葉に観客は一気に観戦をあげる。
これでもかと熱狂する観客の言葉に満足しながらウルトは続ける。
『今回はしょっぱなから目玉が来たぁぁぁぁ! 何と最強の冒険者であるSSランクホルダー、カーラの試合だあああ!!』
――ワアアアアアア!!!
観客がカーラの姿に興奮を隠し切れない。
最早全員が一回戦の第一試合に釘付けである。
『おっと! どうやら準備が整ったようだ』
司会者の言葉に皆がコロシアムの会場内を覗く。
確かに既に準備は整っていて、すぐにでも試合が始められるようである。
『よ~し! それでは!』
ウルトが息を吸い、次の瞬間まで溜める。
今からが本当の武道大会の始まり、本当の戦いが始まるのだ。
その事実に観客全員が胸を躍らせる。
そして……。
『武道大会一回戦――――始め!』
ウルトの言葉と共に四つの試合が一斉に始まった。
観客が熱狂的な声を上げる中、当の出場者達は相手に飛び掛っては自分の技量を相手にぶつける。
……そんな中でもカーラはずば抜けた実力を見せ付ける事になった。
試合が始まった瞬間、カーラの身体がぶブレて、その姿を消した。
いきなり消失したカーラに会場の皆がどよめいたが一部の者にはこの動きが見えていた。
現にヤマトは「さすが……」と冷や汗を流しながらそう呟いていたのである。
周りにいるものは一瞬ハテナマークを頭に浮かべるが、すぐに何が起こったかを悟った。
何故ならカーラの姿は今はしっかり確認できるからである。
カーラの立っている場所は対戦相手の真後ろ。
全員がカーラの姿を目で捉えた瞬間、男が崩れるように倒れていった。
『な、何と! どうやら第一試合は決着が着いたようだ! なんて早業だぁ!!』
ウルトの声を聞いた途端に会場の皆がやっと試合が終了していることに気が付いた。
そして常人とは思えないカーラの偉業に全員が理解できなくも歓声を上げた。
全く何が起こったか分からなくてもカーラの戦いに皆が興奮したのだ。
「何が起こったんですか……?」
ローラ達も今のカーラの動きが見えなかったらしい。
全員が意味深に頷くヤマトに訊ねた。
「至って簡単さ。試合が始まった瞬間カーラが素早く動いて、敵の背後に回って延髄を決めたんだ」
「……素早くなんてもんじゃないでしょうよ」
リリーが唖然としながらカーラに目を向ける。
すると当のカーラは此方に目を向け、手を軽く振った。
ヤマトはその姿にただただ感服した。
★★★
『それでは今度は第九から十二試合を始めるぞ!!』
――ワアアアアアア!!
大会は進み、今度は第九~十二試合の者がコロシアムの中に次々と入場していく。
その中には灰色の髪を揺らし、緑の瞳でその先を眺めているスレイの姿もあった。
「スレイ頑張れ~~~~!」
その姿を捉えるヤマト達はスレイの応援をしている。
ローラ達は勿論、ラーシア達や一回戦を突破したカーラもである。
そんな応援の声をよそにスレイは目の前の相手に目を向ける。
格好から剣士といったところか、ロングソードを手に持ちスレイを観察するように眺めている。
黒色のぴっちりとした服に赤いマントを羽織っている。
スレイはゆっくりと棍に手をかけ、合図を待った。
(――――あれは……)
そんなスレイの姿よりも、ヤマトはスレイの隣で試合をする事になった面の男に気を向ける。
対戦相手は大柄な男なのだが、眼中にも無いと何かを探している様子である。
対戦相手がその事に怒りを露にしている事に気付いてないのだろうか。
(いや、今はスレイの応援の方だな)
どうやら会場内の準備は整ったようである。
皆が皆準備を終え、開始の言葉を待った。
司会はそれを察したのか早速声を上げた。
『準備が整ったようだ! それでは、試合――――始め!』
そうして試合が始まる。
スレイは開始と共に地面を蹴って一気に距離を詰めた。
相手はそれに対応してロングソードを振るう。
スレイはそれを弾いて流れるような動きで棍の先端部で相手に突きをお見舞いする。
剣士の男はそれに怯んだのか後ろに下がる。
それを気にスレイは棍を振るい畳み掛けた。
しかし、剣士は振るわれた棍を丁重に一つ一つ弾いていく。
そしてスレイの猛攻が緩んだ瞬間、スレイに向かい切りかかった。
「…………!」
スレイは僅かに顔を顰めて避ける為に身を捻った。
だが完全にはかわす事ができなく、左肩を少し斬られる。
それでもスレイは身を捻りながら棍を突き出す。
相手はそれに驚いたのか舌打ちをしながらかわした。
そこで剣士の身体は不安定な体勢となった。
勿論体勢が崩れたのはほんの一瞬。
しかし、スレイはそれを見逃さなかった。
スレイは体勢を立て直させないように足払いを仕掛ける。
剣士はそれをまともに受け、地面に豪快に倒れた。
そしてスレイはとどめの一撃として、棍を思いっきり振り下ろした。
「がはっ!」
剣士は棍を腹に受けて中の胃液を吐き出す。
するとそのまま気絶してしまった。
『お~と! ここで第九試合と第十一試合が終了したようだ!』
ウルトが声を上げた瞬間会場から歓声が一気にあがる。
スレイがそれにほっと息をつく。
ふと隣を見ると、自分と同じく勝者となった面の男がコロシアム内を出ようとしているのが目に入った。
とにもかくにも終わった事に安堵したスレイはそのまま同じようにしてコロシアム内を出るのだった。
★★★
「お疲れ~!」
「いい試合だったぞ!」
スレイが皆の下に戻った瞬間、次々に勝利を称えられた。
「お疲れ様。スレイ」
「…………別に」
ローラが笑顔で迎えてくれ、スレイは照れたのか顔を逸らす。
それに皆が笑いながらコロシアム内に視線を向けた。
「次はいよいよ……」
「ヤマトだな」
カーラも楽しそうにコロシアム内を見つめている。
いや、正しくはそこで立っている黒髪の青年なのだが。
『さ~て! 一回戦最後の試合を始めようか!』
★★★
「やはり参加していましたね……」
セレーナは何人かの騎士を後ろに少しばかり微笑む。
セレーナは元々ザクロが第十四試合に出る為にこの試合に注目していたのだが、どうやらあの黒髪の青年ヤマトも一回戦の第十六試合に出るらしい。
彼の姿を見つけた瞬間、セレーナはその戦いぶりを期待してしまう。
そしてそれは何もセレーナに限った話ではなかった。
「さて、楽しませて欲しいものじゃ」
セレーナとは反対側のバルコニーに位置するルリアは楽しそうに呟く。
ゼウスがあそこまで評価するヤマトの実力を純粋に見たいからであった。
「まだ一回戦。其処まで期待するのはどうかと思いますが」
ゼウスは無表情のままそう告げる。
しかし、ルリアの表情は変わらぬまま。
ゼウスは少しだけふっと笑い、コロシアム内を眺めた。
★★★
『それでは! 実は俺もこの試合にはいろいろ期待をしている、一回戦最後の四試合を迎える!』
――ワアアアア!!!
観客の歓声が上がる中、ヤマトは相手を見据えていた。
袖の辺りがギザギザ切れている赤いベストに茶色の長ズボン。
その腕には鉄のこてが着けられている。
シュッシュと拳で空気を殴っているところを見るに、どうやら拳で戦う武道家のようである。
ヤマトは他の試合の者にも目を向けてみる。
ヤマトの隣ではバスタードソードを構えた大男、パドラーが笑みを浮かべながら対戦相手を見下している。
全く変わらないなと逆に感心してしまうほどに緊張の様子はまるでない。
その向こうでも見た事のある者が静かに立っている。
それはセレーナの守護をしていた騎士、ザクロであった。
その立ち振る舞いには歴戦の戦士を想像させるものがある。
ヤマトはその姿に純粋に感心した。
ヤマトでも隙を見つけるのは困難なほどの佇まいにふっと笑みが出る。
どうやらカーラと面の男以外でも気をつけないといけない相手がいるらしい。
もっとも優勝に拘っていないヤマトにはあまり関係ないかも知れないが。
そう、ヤマトの場合はとにかく参加する事に意味がある。
何故なら超感覚能力を使って感じた事は参加すれば良いというだけの直感なのだから。
後は勝手に上手い具合に事が運んでくれるだろうとヤマトは楽観視していた。
……勿論参加したところで絶対に“組織”に関する情報が手に入るとは限らないが。
『それでは準備が整ったようなんで……いや、一人整ってない奴がいるぞ?』
ヤマトはウルトの言葉に我に返って目の前の男の方を向く。
どうやらウルトはヤマトの事を言っているらしく、皆は既に武器を持っているのにヤマトは刀に手をかけていない姿に首をかしげている。
ヤマトはあ~、と少し声をあげてそのまま両手を挙げた。
それに会場はどよめく。
それの意味するところは素手でやるっと言っているのである。
(第一向こうも拳だからやりにくいんだよ)
刀で応戦していると相手を切り裂いて重傷を負わせてしまう恐れがある。
それが素手ならばなおさらだ。
故にヤマトは自らも素手で応戦する事に決めた。
しかし、会場は一気にどよめく。
対戦相手ですら篭手を使用しているのにヤマトは全くの素手で挑むのである。
ヤマトの行動に当然対戦相手は怒りを表情にだした。
「なめてっと痛い目見るぞ! ゴラァ!」
しかし、ヤマトはそれに臆する事はない。
ただ欠伸をして早く終わる事を切に願うばかりである。
ヤマトはそのまま目を閉じ魔力を溜めだした。
目を閉じた事にほとんどの者が訝しげな表情を浮かべるが、ほんの数人はありえないものを見るような表情に変わる。
そういった者達のほとんどが魔力を感じ取っている者で冷や汗を流している。
そのありえない程の魔力を感じている者達は呆気に取られていたのだ。
しかし、そんな魔力に気付かないウルトはヤマトに向かい笑ってそのまま声を張り上げる。
『どうやらヤマト選手の準備はあれで良いようだ! それでは…試合始め』
開始の合図と共に四つの試合が同時に始まる。
皆が自らの武器を抜き、敵に駆け寄る。
そんな中、第十六試合では……。
……試合が始まったその瞬間に、男が吹き飛んだ……。
会場はしんと静まり返った。
それは目の前の出来事に全員が意味が分からないといった表情で停止しているからである。
ヤマトはコロシアム内で静かに佇んでいる。
その表情は早く帰りたいと語っていた。
「――――ふふっ。すごいな」
カーラはその瞬間笑い出した。
実はカーラは何が起こったかを知っている。
知っているからこそありえないものを見たという驚きも隠せなかった。
(……以前見たあれはそういうカラクリだったのか)
カーラはヤマトの動きは目で何とか追えていた。
しかし、あれほどの速さに自分は果たして対応できるのか。
カーラは冷や汗を流した。
会場の皆もだんだんと何が起こったのかを悟りだしていく。
コロシアム内では男が数メートル吹き飛び、気絶している。
それを眺めているヤマトは、先ほど男が立っていた位置で拳を振り切った姿勢で立っている。
その姿に誰もがヤマトが素手で男を吹き飛ばした事を悟った。
……そして会場内の観客のほとんどは唖然とし、しばらく目を見開いたままであった……。
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