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漆黒の風  作者: ST
三章 黒風の通る道 武道大会編
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17話 動く者

ここ、トローレのギルドの中は現在かなりざわついていた。

理由は二つほどある。


一つは明日から始まる武道大会である。

三年に一回、この街のコロシアムで開催される武道大会は冒険者達にとって腕を試す絶好の機会。

それに優勝すれば金貨百枚分の賞金がもらえるのである。


さらに武道大会では賭け事も行われている。

故に冒険者達は今や浮き足立っているのは仕方が無いと言える。


そして二つ目の理由。

それは昨日に緊急依頼を完了した二人の冒険者の事である。


一人目は皆も納得した。

何故ならSSランクホルダーの“戦乙女”カーラ=フィーリなのだから。


カーラの使う雷魔法は危険度Sランクの魔物をも殺せ、そのレイピアの捌きは神速を誇る。

誰もカーラの依頼完了に不満を持つ者等いなかった。


しかし、問題はもう一人の人物。

ヤマトという青年であった。


家名はなく全くの無名の冒険者。

そのような青二才が生きて帰ってきた事に皆が皆、不思議でならなかった。


確かにヤマトが依頼を受けるときに見せた動きは目にも止まらなかった。

しかし、逆に目に見えなかったという事は何をしたのか、つまり実力が本物なのかが分からなかったという事だ。

さらにはその場に居なかった者はヤマトのプレッシャーと魔力の大きさなど分かるわけが無い。

故にギルドの間ではカーラに頼って何とか生き延びられたという噂が広まっている。


そんな運の良いだけの冒険者の事を気に喰わない冒険者も当然多くいた。

このギルドの机に足をかけて座っている大柄な男、パドラーもその一人である。



「くそっ……。気にいらねえ!」



袖の部分が破けたような青いベストに茶色のハーフパンツを身に付け、背中には大きな大きなバスタードソードが背負われている。

藍色の髪に青い瞳を持ったパドラーはここらでは“亡霊殺し”と名のある冒険者であり、その実力も上級者にふさわしいものであった。


その男は今、噂の新人の話を聞いて苛立っている。

何せSSランクホルダーのカーラと一緒に依頼を受けただけで多くの報酬を貰え、名もあがったのだから。



「運がいいだけの青二才が調子に乗るだろうが!」



パドラーは悪態をつきながら椅子を蹴る。

その様子に周りの者は関わらないように視線を逸らしている。



「……あれ、パドラーだろ?」


「ああ……Bランクのアンデットナイトをたった一人で殺ったっていう……」



周りの者が口々に呟く。

パドラーは以前に危険度Bランクに指定されているアンデットナイトを一騎打ちで討ち取った程の腕前を持っている。


故に当然そんなパドラーに強く当たれる者はここには居なかった。


そんな時、ギルドの扉が開かれる。

そして現れたのは黒髪黒目で黒に白のラインの入ったシャツとベージュの長ズボンの上から紺色のロングコートを着た青年、ヤマトだった。


これに周りが一斉にシンとなる。

噂の新人の姿にみながそれぞれヤマトを凝視している。

その中でパドラーはその姿を忌々しげに睨みつけていた。



「おい小僧。ここはてめえのような奴が来るようなところじゃねえぞ!」



パドラーはいかにもお前のような冒険者など知るかというように言い、すぐにヤマトに食って掛かった。

たった今入ってきたばかりに怒号を上げられ、一瞬だけ驚いたヤマトはすぐに表情を戻す。



「……おっさん誰?」


「な…………!?」



パドラーは自分が強いと自負している。

最近にこの辺りでは名前も広まっていく事も当たり前だと思っているほどに。

しかし、ヤマトにそれを誰? と首を傾けたのだ。


プライドの高いパドラーは怒りで顔を真っ赤にさせた。



「てめえ! この俺様、パドラーを知らないのか!?」


「あぁー……。うん、全然知らない」



パドラーはヤマトに問いかけるがそれを全然と切り捨てられ、ますます怒りを浸透させていった。



「……いいだろう! ならば分からせてやろうか!」



パドラーはヤマトを睨みつけながら背中にかかっているバスタードソードを手に取る。

大柄なだけありバスタードソードを軽々と握るい空を斬った。



「覚悟はいいな!!」



そう叫んではパドラーはヤマトに切りかかった。

しかし、ヤマトはそれに眉一つ動かさずに一歩だけ後ろに下がった。

皆から見ればギリギリでかわしたようなヤマトにあちらこちらから安堵の声が上がる。



「まだまだ!」



しかし、それだけではパドラーは止まらなかった。

故にヤマトは軽く舌打ちして腰にかかった刀に手を伸ばし……。



「そこまでだ!」



その時カウンターの奥から声が響いた。

その声に二人の動きはピタと止まる。


その声の主はここのギルドのマスターであった。

ギルドマスターは無表情のまま二人に近づく。



「ここで流血沙汰は止めてもらいたい」



ギルドマスターは無表情のまま、しかし、迫力のある低い声で言った。

それにパドラーは面白くなさそうな表情で舌打ちをしてバスタードソードを背中にかけた。



「ちっ……。小僧、運が良かったな!」



それだけ吐いてパドラーはそのままギルドの奥へと姿を消していった。



「すまないな、ヤマト君。ギルドでこのようなことが起こってしまい……」


「いやいや。別にあんたが悪い訳じゃないしな」



ギルドマスターの男の謝罪にヤマトは苦笑しながら手で空を撫でる。



「とりあえず話ってのを聞きに来たんだけど……」


「そうそう。とりあえず奥に……」



ギルドマスターはそのままカウンターの奥に行くようにヤマトを促す。

ヤマトはそれに従いカウンターの奥に足を運ぶのであった。





     ★★★





「この部屋だ」



ヤマトが連れて来られたのは応接室。

木の板でできている床に白い石造りの壁。

部屋の真ん中にはひとつの大きなテーブルがあり、椅子もいくつかある。


ギルドマスターに促されるままヤマトは応接室に入り、一つの椅子に腰掛ける。

何か匂うと思えば部屋に飾られている花のにおいである。



「グスの花……。通りで良い匂いがすると思った」


「ほう……。この花はあまり知られていない筈なんだが、良く知っているね」


「昔から自分の師にいろいろな事を教えられてたもんで」



その昔、ヤマトはアルの元で薬草の事について学んでいた時期がある。

故にヤマトは草花のある程度の知識は持っていた。



「――その師というのがアルフォード様のことかい?」


「……一応」



男が試すような目で此方を見てくるのに対し、ヤマトは飽く迄済まし顔で答える。

そんな様子に少しばかり笑うギルドマスターは本題にきりかかった。



「実はこの国の王女から“ある冒険者”の捜索を秘密裏で要請されていてね。このギルドに来れば連絡する事になっていたんだ」



いきなりの話だったが実はヤマトは相手の言いたい事に勘付いていたりする。

この程度の事はシルクの街で王女と会った時から予想は出来ていたからだ。



「それで……。その冒険者というのは分かったのか?」


「いや、未だ分からなかったりするのだが、しかし――」



ヤマトは白々しく最後まで何も知らないように通そうとしたが、ギルドマスターは苦笑しながらヤマトを見つめた。



「君……まさか何も心当たりが無い訳では無いだろう?」


「――お見通しって訳か」



ヤマトは溜め息交じりでそう呟いた。

勿論内心でやり過ごせる事を期待してはいない。

ヤマトはここで厄介ごとに巻き込まれそうな事に溜め息を吐いた。



「まあ、昨日の君の強さで予想が付いたんだだけどね」


「本当に今度から自粛しないとな……」



ヤマトは旅立ってからある程度力を抑えているつもりであったがこの一連の事件に少しばかり本気を出してしまい、それが仇となったようだ。



「それで……あんたは俺をどうする?」



ヤマトが一番聞きたい事はここであった。

もしこの男が自分に対してマイナスの感情を抱いているのならそれはかなり厄介である。


それはつまりこのギルドに顔を出せなくなるどころか、すぐに街から離れないといけなくなるからだ。

故にヤマトは真剣な瞳でギルドマスターの表情を覗いた。



「……そうだな。正直君には感謝しているし借りもある、“今回”は報告をやめておくよ」



ヤマトはこの答えに内心で安堵する。

こんなところで厄介な事は、これから“組織”の情報を集めるだけにごめんであった。

しかし、そんなヤマトに次なる試練が降って来た。



「しかし、どちらにせよ君は武道大会に出るんだろう? 各国の王がその試合を見に来るが王女も勿論実に来るぞ?」



その一言によりヤマトは今度は目を丸くして「へ?」と間抜けな声をあげてしまう。



「まさか知らなかったのか? 君ほどの実力者ならば各国から引っ張りだこになりそうだが……」


「そういえばカーラも言っていたような……」



ヤマトはここまでは予想できなかったらしくそのままテーブルに額をガンッとぶつけた。

それに苦笑しながらギルドマスターは続ける。



「まあ無理に引き込む事はよっぽどの事が無い限り無いだろう、それこそSSランクホルダーのカーラを倒せば別だがね」


「それは誰であろうと絶対無理!」



ヤマトは断言。

カーラの強さはヤマトから見ても超一流のそれを遥に凌ぐ。

ヤマトにしたらカーラに勝てる可能性があるのはアルくらいしか思い浮かばなかった。



「ははは、まあ頑張りたまえ。一応話はこれで終わりだ」


「……それだけ?」


「それだけ」



思ったよりも長引かなかった事に内心驚きながらもヤマトはそのまま席を立つ。



「とりあえずいろいろありがとう」


「なに、もう一度言うが君には感謝しているんだ。何かあったらまた来なさい」


「そうさせてもらうよ」



ヤマトはそのまま踵を返して応接室の扉に向かい歩き出す。

その時後ろから声がした。



「私の名前はシューター。君と私はまた会うだろう」


「ああ、俺の勘もそう言ってる。それじゃ」



ヤマトはシュータにそれだけ言って応接室を出るのだった。





     ★★★





「ここの店は中々料理が美味いものじゃな」


「ルリア様。いささか食べすぎでは?」



ここはトローレのとある料理店。

其処には奇妙な二人組みが居た。


一人は14~15歳ほどの少女。

髪は美しく艶のある紫色の髪で、瞳は煌くような銀色。

服装は水色と白色の混じったまるで巫女服のような羽織りを着ている。


少女はどこか幼げのある美しい顔立ちをしていた。

そして、その佇まいは気品が漂うものであるが食事の仕方は品があるとは言えないものである。

その少女は次の品を平らげながらフガフガと話していた。


それを表情を崩さずに見守るのは一人の騎士。

年は二十後半くらいで顔立ちはかなりの美男。

黒に近い濃い青色の髪にそれと同じ色の瞳を所有している。


その騎士は黒の鎧を身に付けその上から灰色のロングコートを着ていた。

その瞳は力強いもので、立ち振る舞いには食事の最中も隙が無い。


少女の名前はルリア=ガラン。


……三大国の中でも最も大きく領地を所有しているガラン帝国の帝王であった……。



「いいじゃろう? 帝国では常々振舞いに気を使わねばならぬのじゃ。少しくらいは羽目を外したい」


「しかしながらルリア様が帝国の者に見つかれば小言をいくつも言われると思いますが?」


「大丈夫。誰もこんなところに妾が居るとは思わんじゃろう?」



最早何を言っても無駄だと悟った騎士、ゼウスはお茶を静かに啜る。


この二人もガラン帝国の長と護衛としてこの街の武道大会を観戦しに来たのである。

本当は帝国の他の者が来る予定であったのだが、ルリアが顔を輝かせながら無理にでも行くと聞かない為に、結局ルリアが武道大会を拝見することになったのである。



「さて……今年も面白い者がおるといいの」


「そうですね。まあ今年も優勝はカーラ殿で間違いないかと」


「三年前も圧倒的な強さで勝ち進んだからのう……」



何年前の武道大会はカーラがSSランクホルダーになって初めての武道大会であったが、カーラは他のものをなぎ倒し、余裕の表情で優勝の座に着いた。

それを思うと今回も同じような結果かも知れない。



「そうじゃ、おぬしも参加してみるか?」


「ご遠慮させていただきます」


「つまらんのう……」



ルリアが面白くなさそうにデザートにありつく。

ゼウスは無表情のままふと店の窓から外を見た。



「どうした?」



ゼウスの視線に気になったルリアが訊ねる。

ゼウスは表情を変えずにその視線の先で起こった事を伝えた。



「どうやら、ある者がある者を尾行しているようです。双方かなりの実力者だと思われます」


「ほう、おぬしにそう言わせる程か。……狙いは?」


「其処までは分かりません」



淡々と告げるゼウスの言葉にルリアは思考する。

そしてふっと笑ってはゼウスに言った。



「面白そうじゃな。追うぞ!」





読了ありがとうございました。

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