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漆黒の風  作者: ST
三章 黒風の通る道 武道大会編
69/123

15話 視線

現在、冒険者達は草や木を掻き分け山の下り道を前へ前へと進んでいる。

そんな彼らの前には魔物達が立ちふさがる。

しかし、その魔物の軍勢はすぐに消えうせる運命にあった。



ギャアアアアア!!! 


グオオオオオオ!!!  



辺りに響くのは哀れな魔物の最後の雄叫び。

断末魔の悲鳴を上げる魔物達にあらゆる者が同情の念を抱いた。



「魔物が可哀想だと思ったのは初めてね……」


「右に同じだな……」


「「「「恐ぇぇぇぇぇ!!!」」」」



チーム<流離う者>は皆全員が目の前の出来事に恐怖する。



「ラーシア……。この人達はホントに人間……?」


「……三年前までは確かに人間でした」



ラーシアとミルもまた目の前の光景に唖然と見入っている。

その隣では最早慣れたようにローラ達が黙ってせっせと足を動かしていた。

しかし、表情はどこか呆れて疲れた様子であったが。



「ありえねえよ!」


「俺達の苦労を返せよ!」



後ろの方で冒険者がわめいている。

それを聞いて、ローラは全くその通りだと前方にいる二人に怒鳴りたくなった。


今現在冒険者達は山を下ってふもとを目指している。

その為に匂いを嗅ぎつけた魔物達が一団となって道を塞いでいるのだ。

しかし、その魔物の一団は二、三秒ほどで消えて無くなってしまう。


魔物の一団を消しているものは二つある。

一つは吹き荒れる暴風。

巻き起こる風は魔物を吹き飛ばし切り刻む。

次々に犠牲となる魔物の咆哮が虚しく辺りに響き渡る。


もう一つは鳴り響く雷。

次々と降ってくる雷に魔物達はなす術が無い。

ある者は焼け死に、ある者は感電して横たわる。



「はああああ!」


「いけえええ!」



カーラがレイピアを振り、ヤマトが刀を振り下ろす。


それらの様子は混沌と化している。

最早後ろでそれを見守る者は顔を引きつらせるしかない。


ここまで来るのに多大な犠牲を払い、よもや魔物達には敵わないと洞窟で隠れる事しか出来ないでいた自分達を笑うしか出来ないで居た。


たまったものではない。

魔物一匹に時間をかけて倒す自分達が馬鹿らしくなってくる。

それほど前の二人はあっさりと魔物の一団を退けるのである。



「なんであんなに簡単に消えていくんだよ!?」



最早冒険者のほとんどが涙を流しながら二人についていく。

大体の者が二人の強さに尊敬を通り越して畏怖の感情を抱いていた。




オォォォォォォォォォォ!!!




そんな時、皆が聞き覚えのある身の震えるような雄叫びが辺りの大地を揺らす。

そして前方に現れたのは何とサイクロプス。

皆が顔を顰めて慌てて足を止める。


サイクロプスはその一つ目で此方を睨みつけ、一気に棍棒を振り下ろそうとする……。



「「どけぇぇぇぇぇぇ!!!」」



……サイクロプスに待っていたのは瞬殺の二文字。

サイクロプスに雷が落ち、風の刃で体を切り裂かれた。

雷により多大なやけどを負ったサイクロプスに風の刃を耐えるだけの身体を持ち合わせてはいなかったのだ。

哀れな一つ目の魔物は一瞥すらされずに横たわった。



「「「「「……………………」」」」」



その光景は目にした者は絶句。

あの危険度Aランクの魔物がF,Eランクの魔物と変わらないように瞬殺されたのだ。

このような光景は一生の内にお目にかかれるかどうか分からない。



「……もういいです」



ローラは心底呆れたように二人についていく。

他のものもなるべく考えないようにしてローラと同じように足を進めた。


そんな時、腹の其処から恐怖するような低いうめき声が聞こえる。

何事かと全員が上を見上げた。

するとそこには一匹の魔物が姿を現す。


大きさは大人の身長より少し高い程度。

肌は黒く、オレンジ色の瞳には四人の獲物が映っていることだろう。

背中には黒く大きな翼があり、腹には赤い鱗がある。



「なんで奴が……!?」


「あれは不味い……!?」



冒険者達が二人の後ろで恐怖している。

なにせ目の前の悪魔は危険度Sランクであるデーモンであるのだから。



「はああ!」


「うおお!!」



しかし、それに臆する事もなく二人はデーモンに突撃する。

ヤマトは一気にデーモンに近づき刀を振るう。

それをデーモンは爪で防ぐが、後ろのカーラによる雷を翼に喰らってしまった。


デーモンは呻きながら大きな火球をカーラに放つ。

しかし、カーラはそれをレイピアから放つ雷で相殺。

悪魔が顔を歪めたところでカーラが素早い剣閃でデーモンを追い詰めていく。


それに咆哮を挙げながらカーラのレイピアを弾き後ろに跳ぶ。



「ご苦労さん」



しかし、ヤマトはこのときまで魔力を溜めていた。

瞑目して超感覚能力マストを発動させた瞬間、ヤマトの姿が消えた。

そして一瞬でデーモンの首から青い血が噴出した。



「「はああああ!!」」



そうして二人が放つは暴風と雷。

弱った悪魔にそれを防げる筈もなく、直撃した。


辺りに砂煙が巻き起こる。

そうして徐々に晴れていくと其処には既に絶命しているデーモンの姿があった。


皆が唖然とした。

あのデーモンまでもこの二人の前では傷を負わすことも出来ないらしい。



「何をしている。早く行くぞ」



カーラが皆の気持ちも考えず、すぐに走っては魔物の一団を狩っている。

ヤマトも同様に既に魔物の一団と戦っていた。



「俺……冒険者引退しようかな」



皆が皆その光景を見ながらただ落胆するのであった……。





     ★★★





「大丈夫ですかね……」



ギルドの受付の一人である女性が不安げな表情でヤマト達が駆けて行った方向を見つめている。



「SSランクホルダーのカーラが付いているんだ。滅多な事では失敗は無いだろう」


「しかし、報告によれば危険度Sランクの魔物も確認されているとか……」



ヤマトとカーラを見送ったギルド員の男がその言葉に顔を顰める。

確かにカーラは言わずもがな、ヤマトの実力の一部をこの目で見ている。

とはいえSランクの魔物以外にも多数の魔物があの山をうろついているのである。


もし、それが一斉に襲ってこようものなら……そう考えると他のギルド員などは居ても立ってもいられない衝動に駆られる。

ギルドの仕事をしていれば多くの冒険者を見る事になるが、あの青年、ヤマトは中でも別格の才能と実力を持ち合わせている事が分かる。


故に男はそのような逸材を失いたくはなかった。



「私達に出来る事は信じるしかないのだよ……」



そう、ギルドの者にはただ冒険者が仕事を終えるのを待つことしか出来ない。

よって帰ってくるのを信じるしかないのである。


二人が思いに馳せるその時、他のギルドの従業員がバン! とギルドの扉を勢い良く開けた。



「報告です!!」


「何だと!?」



黒スーツの男は勢い良くギルドの入ってきた男の言葉に耳を傾ける。

しかし、その内心は穏やかなものではない。


報告が早すぎるのだ。

まず山のどこかに居る生存者を探さないといけない。


さらには魔物達の襲撃を掻い潜らなければならない。

しかもあの複雑な山道でだ。



(やはり……。失敗だったか……)



ヤマト達を行かせたこの男は実はこのギルドのマスターである。

故に自らの指令が失敗に終わったという事に多大な後悔をかみ締めていた。


しかし、その思いは報告により一蹴された。



「先ほど救出に向かった冒険者二人が帰ってきました。しかも生存者は二十人以上です!」


「は?」


 

そうして、次々と冒険者達がギルドに姿を現して行った。





     ★★★





「まさかこんな短期間で成功してくるなんて……」


「これがSSランクホルダーの力……」



ギルドの全員がカーラを凝視して感嘆の声を漏らしていた。

緊急依頼を臆する事無く受注し、恐ろしいほどの短時間でクリアしたその実力に。


しかし、ここのギルドマスターであるスーツ姿の男はむしろヤマトに驚愕していた。



(――SSランクホルダーであるカーラと同じで全く傷を受けていない……!)



そうヤマトの様子からして何処も怪我をしている様子は無い。

実は所々にかすり傷を負ったがすぐに治癒魔法で回復している。

どちらにせよ魔物の一団と戦闘を行い目立った傷を負っていないのは果たして偶然だろうか…。



(しかも……あの青年が持ってきた換金部位……。あれは間違いなくサイクロプスのものだ…)



そして男をさらに驚かせたのはヤマトの持ってきたサイクロプスの角である。

何気なく差し出された二本の角にギルドの者の一同は驚愕した。


何故ならサイクロプスの角は一本、つまり最低でも二匹はヤマトの手によって倒された事になる。

さらには冒険者達の話を聞く限りではトロールも仕留めたという話。


功績だけならカーラに負けていないのではないか。

ギルドマスターであるこの男はSSランクホルダーであるカーラよりもむしろ無名の冒険者であるヤマトに興味を抱いた。



「いや~終わった終わった!」



一方当の本人は依頼が無事完了した事に安堵して伸びをしている。

いくらヤマトといえあれだけの魔物の群れを相手取ったのだ。

さすがに疲れるのも無理は無いだろう。



「ふふっ。ヤマト~。お願いがあるのよ~」



そんなヤマトにお構いなく近づいてくるのは<流離う者>のシーミ。

スマイルたっぷりでヤマトの腕に胸を押し当てた。



「ねえ。私達のチームに入らない?」



シーミは危険度Aランク二体を同時に相手取ったヤマトの実力に惚れ惚れしたらしく、先ほどからずっとヤマトをチームに勧誘していた。

他のものもそれに意見はなく、むしろヤマトがチームに加わる事に賛成していた。


だが、それは聞けない相談である。



「いやぁ、悪い。俺には旅する理由があるからさ」



ヤマトは先ほどから同じように断り続ける。


ヤマトには自らの記憶を取り戻すという旅の目的がある。

故にヤマトは勧誘に肯定するわけには行かないのである。



「じゃあ、その旅の目的が終わったらいいのかしら?」



しかし、シーミは諦めない。

こんなところにダイヤの原石があるのだ。

確かに諦めるのは勿体無いと傍でコミュートはうんうんと頷く。



「えっと。その後は“ある人”を待たないといけないんだ」



それでもヤマトはチームに入らない。

なぜならヤマトはその“ある人”との約束がある。

それを破ることはヤマトの中に選択肢としてなかった。



「――――はあぁ……。ヤマトが加わってくれれば嬉しかったのに」



シーミは深い深い溜め息をついておずおずと引き下がる。

しかし、その瞳はまだ完全にヤマトを諦めていないようであった。



「ヤマト。少しいいか?」



シーミの後にコミュートがヤマトに話しかけた。

その表情は真剣なものである。



「お前ほどの人材ならソロでもやっていけるだろう。だが、仲間が居た方がソロ以上に効率が良い。もう一度言うがチームに加わる気は無いか?」


「……俺には目的もあるし約束もあるんだ。悪いんだけど断らせてもらうよ」


「そうか…」



コミュートはヤマトの返事に肩を落としてヤマトから離れていく。



「まあ、気が変わったならばいつでも言ってくれ。俺達はお前に感謝しているからな」


「ああ、ありがと」



コミュートはそれだけ告げてメンバーを引き連れギルドを去っていった。

その後ろ姿を眺めるヤマトに今度は見知った者達が近づいてきた。



「ヤマトはガードが固いわね」


「まーね」



リリーが苦笑しながらヤマトの背中をぽんと叩く。

ヤマトも困った様の表情で、はははと乾いた笑いを漏らす。



「ヤマトはこれからどうするのですか?」



次にラーシアが口を開いた。

その後ろにはミルが不安げにヤマトを見つめている。



「そうだな。明後日から武道大会だし今日明日はゆっくりしようかと……」


「ええ!? ヤマトは武道大会に出るのですか!?」



ローラが驚いたように声を上げる。

ウルトとスレイとリリーも同様の様子。

それにカーラが笑みを零しながら付け足す。



「まあ、ヤマトは私が推薦したし、試合はその次の日からだがな」


「カーラさん、推薦出したのか!?」



ウルトが瞠目しながら訊ねる。

それに頷くカーラに「うらやましい……」と一言つける。



「あれ優勝したら確か魔石貨が手に入るんじゃなかったっけ……?」


「……マジ?」



ウルトが思い出したように呟いた言葉に一同が反応を示す。

そしてリリーの表情が輝いた。



「ウルトとスレイ! あんた達も出なさい!」


「ええええ!!?」


「…………却下」


「拒否権は無しよ」


「そんなぁぁぁぁぁ!!」


「…………っ!」



ウルトとスレイはいやいや言いながらもリリーに押され、遂には承諾してしまった。



「という訳で早速受け付けしてくるわよ!」



そう叫んでは三人はギルドを後にして大会受付の方に走っていった。



「ローラは追わなくて良いのか?」



その場に残っているローラにヤマトは尋ねる。

だが、ローラは大会受付が目的地なのは理解してますからと最もな意見で苦笑する。



「それよりも言いたいこともありましたし」


「言いたいこと?」



ヤマトはキョトンとした表情をローラに向ける。

そんな表情に微笑んだローラにヤマトは一層訝しげな表情を浮かべた。



「今日は本当にありがとうございました」



そんなヤマトに帰ってきた言葉は感謝の礼。



「あそこでヤマトが来てくれなければ私はここには居ませんでした。本当にありがとう」



そして再度言われる言葉。

素直にその言葉を言われればヤマトでも照れくさく赤面はしてしまう。



「私はもう行きますね」


「あ、ああ。次は大会で会おう」


「はいっ!」



約束ですよ。

その言葉と共にローラは去っていった。


ヤマトはそんなローラに視線を向けながら背中を見送る。

純粋に礼を言われる機会があまり無いだけにやはり嬉しいと感じてしまう。

どこか距離感が縮まったような感覚。

それはどこか清々しいものだった。


やがてその後ろ姿が見えなくなると「さて……」とヤマトは後ろを振り返った。



「ラーシアにミル。宿は何処?」


「そうですね。実はまだ決めてません……」


ヤマトの問いに困ったように答える。

それにヤマトは頬を緩ませて言った。


「じゃあ俺達と一緒のところにしないか?」


「いいのですか?」


「当たり前だろ? 話したいこともお互いにあるだろうしさ」


「――そうですね」


ヤマトとしてはあれからのことでラーシアの話を聞いてみたいと思った訳である。

そんなヤマトの誘いに笑顔で了承した。



「ミルもいいですね?」


「うん」



ミルも別段ヤマトに警戒心を持っている訳では無いし、むしろ命の恩人である。

不安が無いと言えば嘘になるが、断る理由はなかった。



「それじゃあ行こうか」


「ちょっと待ってもらっていいかな?」



ヤマトがいざ宿に出発しようとした矢先にギルドマスターであるスーツの男に呼び止められた。

何事かと振り返るヤマトに男は言葉を繋いだ。



「明日に一度ヤマト君にギルドの方に来てもらいたいのだが……」


「別に構わないけど……」



明日はどちらにせよゆっくりするつもりであったし用事も無い。

誘いにOKを出したヤマトに男は時間を指定する。

一通り伝える事を終えると男はヤマトとカーラに向かい頭を下げた。



「本日は本当にありがとうございました!」



ギルド員の者は何度頭を下げても足りないくらいの恩を二人に感じている。

今回の緊急依頼は自らのミスでこのような事態になってしまったのだ。

それ解決してくれたヤマトとカーラにもう一度頭を下げた。



「良いって。それじゃあまた明日に」



ヤマトはそういい残してカーラ達を連れてギルドを後にした。

その背中をギルドの従業員一同は尊敬の眼差しで見つめていたのであった……。










……しかし、冒険者の集まるギルドの隅で二人の黒ローブ身に着けるフードを深く被った人物がヤマトに向かって別の意味での視線を飛ばしていた……。

その表情はどこか歓喜に近いものである。

そしてどちらかが呟いた……。



――見つけた……。





読了ありがとうございました。

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