14話 二人の救助人
「すごい……」
「これがヤマトの本気……」
「ヤマト流に言うなら、マジでヤベエ……」
ローラ、リリー、ウルトは驚き目を見開く。
勿論周りの冒険者の様子も差して変わらない。
いや、ヤマトの存在を知らない人物はこの三人よりもひどく瞠目していた。
「馬鹿な……。あの危険度Aランクの魔物を二匹も仕留めただと……!?」
先ほどまでヤマトに無謀だといったコミュートも瞠目する。
本来危険度Aランクの魔物は一人で挑むような相手ではない。
凄腕の冒険者が二人以上で相手取る魔物なのである。
しかし、今回ヤマトはそれをたった一人でしかも二匹同時に倒したのである。
ヤマトの実力は軽く見積もっても危険度Sランクと渡り合える程であろう。
そしてさらに驚くべきなのは今のヤマトは無傷に近い状態なのである。
途中にかすり傷を複数負ったがそれもヤマトの使った治癒魔法によりすぐに回復してしまった。
「それよりも……系統魔法を複数個使ってたわよ!?」
<流離う者>の一人であるシーラが悲鳴のように声を上げる。
ヤマトはこの戦いで複数の系統魔法を使った。
身体強化、加速、妨害、強化、治癒、硬化、さらには干渉魔法まで。
系統魔法は魔力がある者ならば誰にでも覚えられるというメリットを持っているが、同時に習得までが難しいというデメリットも持ち合わせている。
普通の者ならば系統魔法を一つ覚えるのに、二、三年かかるとまで言われているほどに。
しかし、ヤマトは今回の戦いで目に見える系統魔法を五個(身体強化と加速は無詠唱で唱えたので気付かれてはいない)も使った。
これ程系統魔法が使えるのはおそらく大陸中を探しても五人と居ないだろう。
類稀なる強さと何種類もの系統魔法。
危険度Aランクを二匹もしとめるその実力。
どれをとっても大陸の中でも名前が知られていない筈は無いくらいのものであった。
「大丈夫か?」
そうしてヤマトはローラ達に駆け寄ってくる。
それを見たローラ達は安心からかへにゃへにゃと地面に座り込んだ。
「ヤマトにしては遅いんじゃない?」
腰が引けているにも関わらずリリーはヤマトに皮肉を言った。
それにヤマトは頭を掻きながら苦笑する。
「まあ助けてくれたから良しとしましょう」
ローラはヤマトに微笑みながら「ありがとう」と頭を下げた。
そんな彼女の行為に照れたヤマトは「別に」と頬を掻いて目線を逸らす。
その時、周りの者達から一斉に歓声が沸いた。
ある者は助かった事に安堵し、ある者はヤマトの実力に純粋に驚き尊敬の眼差しをおくる。
周りが歓声を起こし、ヤマトを称える中、コミュートがヤマトに近づいてきた。
その表情は周りと同じようにヤマトの来訪に驚き、歓喜するような表情である。
「お前のおかげで俺達も助かった。ところでお前は何者なんだ」
コミュートはヤマトに話しかけるや、単刀直入にそう訊ねた。
しかし、ヤマトはそれに困ったような表情で返す。
「何者って聞かれてもな……。ただのたったこの前旅を始めたバラン育ちのポッと出冒険者ってところかな」
「な……!?」
コミュートは瞠目した。
何せ危険度Aランクの魔物であるサイクロプスとトロールを同時に相手取り倒すようなヤマトがこの前……正確には一ヶ月程前に旅を始めたと言ったのだ。
会話を聞いていた周りの者にも信じられないような話だ。
しかし、ヤマトが実際に一人立ちをしてバランから出たのは本当に一ヶ月程前のこと。
それを聞いたコミュートは目を見開きヤマトを見つめる。
(これで一人立ちしてから一ヶ月だと……!? なんて末恐ろしいんだ……)
コミュートは目の前の青年に軽く畏怖の感情を抱く。
「リーダー! まずはやる事があるでしょ!?」
そんな時、シーミを初めとしたチーム<流離う者>のメンバーがコミュートに走り寄って来た。
今現在ここにいる<流離う者>のメンバーは六人。
依頼を受ける為のパーティーとしては多いと言えるだろう。
リーダーであるコミュートはメンバーの無事に頬が緩むが、シーミはそれを気にする事もなく、何とヤマトに抱きついた。
その行動にリリーが驚きながらもニヤニヤして、ローラが石化するように固まった。
「――えっと……。……誰?」
「チーム<流離う者>の副リーダーのシーミよ。よろしくね」
「ああ……(胸がヤバイ。意識飛ぶ。落ち着け、落ち着け俺!)」
シーミはさらに強くヤマトに抱きついては胸をヤマトに押し付ける。
その豊満な胸にヤマトは顔を赤くさせながら人語とは思えない言葉を発している。
しかし、そんな時にヤマトの後頭部に強い衝撃が走る。
ヤマトはそのまま地面にうずくまり後頭部を擦る。
涙目で「何するんだ」と避難しながら後ろを見るとローラが笑っていた。
「ヤマト。今はニヤニヤしてる場合ではないのでは?」
確かにローラの言う事は正しい。
今は緊急事態で胸の感触を楽しむ余裕など無いのだ。
確かにローラは正しいのだが……。
ローラは笑顔でヤマトを見つめる。
いや、語弊があるだろう。
確かにローラはヤマトに笑顔を向けているが、ヤマトを見つめるその目はまるで笑っていない。
(セラだ……! セラが居る……!!)
ヤマトは恐怖した。
幼き頃から植えつけられたトラウマがフラッシュバックする。
自分は何もやっていないのに殴られ蹴られと被害を受ける日々。
あの茶色く力強い瞳で「観念しなさい」と告げられたが最後。
たちまち地獄ツアーが開催されてしまうのだ。
そう今のローラはまさしくその瞳をしていた。
さらに悪い事にローラの瞳はセラと同じく茶色。
もうヤマトにはローラがセラに見えるのであった。
「ちょっと? 今この子は私が勧誘するつもりだったのよ!?」
その時、幸か不幸かシーミがローラに食って掛かった。
ヤマトはローラの視線が自分から外れシーミに言った事に安堵するが、目の前で起こる睨み合いを見て、自らの危機反応が離れよ、と告げたのを感じた。
全く持って同感だった。
故にヤマトはすぐにこの場を離れようとゆっくりとした足取りで後すざりし始める。
彼の掻いている冷や汗は尋常ではない。
今しがた危険度Aランクの魔物を二匹も相手取った勇者とは到底思えない焦りようである。
そうして気付かれないように後すざるがしかし、その瞬間二人が同時に此方に眼光を光らせた。
「「何処に行くの?」」
(恐ぇぇぇぇ! 誰か……誰か!!)
ヤマトは救済を! と横に視線を向けた。
しかし、ヤマトを助けるものは誰一人としていない。
皆がこの二人のにらみ合いに恐怖して崩れた洞窟の入り口の岩の後ろに身を寄せていた。
傍からウルトが「頑張れ!」とガッツポーズしてくるのにはさすがにヤマトもイラっとくる。
後で風魔法でぶっ飛ばしてやろうと固く決意する中でヤマトは当面の出来事に直視する事を決めた。
「二人とも、特にローラ。今はそんな時じゃ無いだろと言わなかったっけ?」
「……まあそうですね」
「……確かにね」
ヤマトは今の現状を伝え、何とか二人をなだめる。
とりあえずほっと一息ついたところで皆も洞窟から姿を現してきた。
(こいつら……!)
安全圏から高みの見物を決め込んでいた者達に殺意を覚えるのを感じる。
その殺気の対象は我知らずと口笛を吹いて視線を逸らすので余計に腹が立ってきた。
「すいません……。とりあえずここから離れません?」
そんな時、冒険者の一人が恐縮そうに提案した。
確かに今の現状、いつ魔物の一団が此方に向かってくるか分からない。
そんな状態のときにここに留まるのも愚作と言うものだ。
「確かにそうだな。早くここから離れるぞ」
「いや、しばらくここで待機しといて」
納得したコミュートは今すぐにここから離れようとするがそれをヤマトは止めた。
周りから驚きながら「何故!?」と聞かれるのも無理は無い。
ヤマトはそんな周りの者に理由を聞かせた。
「もうすぐここにある人が来るんだ。今ここから東の方で魔物と戦っている」
「どうしてそんな事がわかるの?」
見えていない筈なのに断言するヤマトに訊ねるのはミルである。
周りもミルと同様の疑問を抱いているようでヤマトを凝視する。
「えっと……。君は?」
「この子はミル。私と一緒に旅をしています」
「ラーシア!」
ヤマトは今しがた訊ねて来たミルに首を傾けるが、ラーシアがミルに代わって紹介した。
それにヤマトはラーシアの姿を三年ぶりに見て頬を緩ませる。
「お久しぶりです」
「本当に久しぶりだな!」
ヤマトは嬉しそうにラーシアに近づく。
ラーシアも同じのようで、微笑んでいた。
ヤマトは二言三言ラーシアに話しかけ、置き去りにされていたミルを思い出して質問に答えた。
「あぁ……。感知魔法だよ。一応使えるんだ」
「まだ系統魔法を隠し持っていたのか……」
コミュートは最早呆れたような表情でヤマトを見る。
感知魔法まで使えるとなれば最早尊敬を通り越して恐怖の対象となってしまいそうである。
実際ここまで系統魔法を使えるのだ。
アルの下を巣立って間も無いと言ったが、もしヤマトの存在が国に知れればどうなるか……。
間違いなく争奪戦が起こりうるであろう。
それだけ系統魔法をいくつも所持する魔道士は貴重なのだ。
(もしこの青年が武道大会に出るのならば……。今年は荒れるだろうな)
コミュートは国のお偉いがヤマトを国に必死で勧誘する姿が容易に想像できた。
おそらくヤマトは自覚が無いだろうが、それだけヤマトの能力は国にとってぜひとも欲しいものである。
また、ここに居る者が知らないヤマトの能力、超感覚能力の力もまた厄介なものである。
これはヤマトが旅立つに辺りアルが心配していた事だが、この超感覚能力は国がもし知れば、どんなことがあろうと国が手に入れたい代物。
直感で物事が良い方向に進むような選択肢を選択できるのだ。
他国に渡ればこれほど恐ろしいものは無い。
どちらにしろ、要は知られなければいいのだが。
「ところである人というのは誰なのでしょう?」
ラーシアが首を傾けヤマトを見た。
ここで待つとヤマトが言った理由である“ある人”。
魔物と戦っているといったのだから相当な実力を持っている事は簡単に予想できる。
「――――ヤマト。“ある人”ってまさか……」
「ああ……。そのまさかさ……」
どうやらリリーは気付いたようで嬉しいのやら恐れ多いのやら訳の分からない表情をしている。
リリーのそんな姿にローラも誰か気付いたようだ。
は~、と額に掌を乗せて気絶するように地面に座り込んでしまった。
そんな三人に周りの冒険者は首を傾ける。
コミュートは疑問にたまりかねてヤマトに訊ねた。
「一体誰が来るんだ?」
「……化け物さ」
ヤマトは身体を震わせながらぼそりと呟いた。
しかし、コミュートはその言葉を聞き漏らさない。
(一体誰なんだ……!?)
あれほどの実力を持ったヤマトが化け物と言うほどである。
一体どれだけの者なんだとコミュートは興味半分恐怖半分といった表情でヤマトの目線に目を凝らすように見つめる。
その時一瞬で目の前に人が現れた。
「カーラさん。お疲れ」
「まだだろう? 今からこの者達を運ばないといけないのだから」
その姿にある者は息を呑み、ある者は目を見開く。
……そう、SSランクホルダーの“戦乙女”だったのだ……。
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