13話 修業の成果
今回は魔法のオンパレード。
さらには一章の最後の方に言っていたヤマトの秘策も……。
(何者なんだ……、あの青年は)
コミュートが最初に抱いた気持ちはまさに怪しげな人物を見るようなものであった。
突如現れた黒髪の青年は大量の魔力による風魔法で周りの魔物を一瞬で蹴散らし、さらに危険度Aランクの魔物であるサイクロプスとトロールをなぎ倒した。
倒れた二匹の魔物がそのまま地面をバタつく。
その間に青年は知り合いのようである茶色の髪の若い娘に声をかけるとそのまま娘は周りの五人を率いて後ろに下がっていった。
これにはコミュートは驚き呆れる。
たしかに二匹の巨大な魔物が倒れたのは事実だ。
しかし、あれほどの魔力による風魔法でも仕留めるに至っていない。
それなのに少年は一人でやると言ったように周りの冒険者を下がらせる。
コミュートには不思議でならなかった。
「――お前らはあいつと知り合いのようだが一人では自殺行為だぞ?」
コミュートはその六人に駆け寄って忠告をした。
危険度Aランクの魔物は兵隊百人がかりでやっと仕留められるかといったような強さである。
それを二匹同時に相手取る気の青年が正気かどうか疑わしかったのだ。
「あいつは“魔道王”の弟子とか言っていたが本当かどうかも疑――」
「大丈夫です」
コミュートはあの黒い髪の青年が“魔道王”の弟子だという噂を聞いたのだが、それを信じては居なかった。
どうせ名声を手に入れたいだけの若輩者と思っていたのだ。
しかし、この目の前のチームはあの青年が来た瞬間に安堵していた。
「まあ見てなさい! ヤマトは強いんだから!」
しかし、茶髪の娘に微笑まれた後に金髪碧眼の女性がそう断言した。
コミュートは思う。
先ほどまでは確かにここに居るチームの者たちも他の者と同様に絶望に打ちひしがれていた。
しかし、今はどうだろう。
一番幼いであろうオレンジ色の髪の少女は今だ不安げではあるが、他の者は既に助かる事が決まっているような安心しきった表情であった。
(それだけ信用されているのか……)
コミュートがそんな事を考えていた時、遂に二匹の魔物が立ち上がる。
二匹の魔物はただひたすらにその青年を睨んでいた。
すると今度は青年も動き出す。
息を吐いては刀を三度程振っている。
「さて……行きますか!」
コミュートは魔物に向かい駆けて行く少年をただ見守るだけしか出来ないで居た。
★★★
ヤマトは駆け出す。
標的は二匹、サイクロプスとトロールだ。
三年前はサイクロプス一体に逃げ惑う羽目になったのだが今は違う。
三年間でヤマトは必死に修業して、力を集め、それを得たのだ。
そして、その修業の成果が旅立ちから初めて発揮されることになる。
(二重身体強化!)
ヤマトは心の中でそう叫んで自らの身体を強化した。
二重身体強化、これはこの大陸でヤマトだけが使えるヤマト考案のオリジナルの身体強化である。
ヤマトは以前戦ったシードの加速魔法での目にも溜まらぬ速さに翻弄された。
それを見て考える。
……自分も加速魔法を使えばいいのではないか……。
自分にも加速魔法は使えるのだ。
魔力量も膨大であるので決して不可能では無いはずであった。
しかし、現実はそう簡単にはいかない。
何故なら、加速魔法は身体に負担が掛かりすぎるからだ。
本来加速魔法は投擲用の武器などの“物”にかける魔法。
それを身体にかけてしまえばたちまち身体が悲鳴を上げてしまう。
シードは天性の才なのかそれを平気な表情で身体にかけているが、ヤマトは生憎とそれだけの身体能力を有してなかった。
しかし、ヤマトにはその身体能力を上げる身体強化魔法があった。
身体強化魔法で加速魔法にも耐えられるだけの身体が出来ればいい。
そうして出来たのがこの二重身体強化魔法である。
要は身体強化魔法と加速魔法の重ねがけ。
勿論天才であろうシード程の速さは実現出来なかったが、それでも並大抵のものでは到底追いつけないほどの速さをヤマトは手に入れたのであった。
「はあ!」
ヤマトはそれを無詠唱で行える。
そしてそのまま迫り来るサイクロプスの棍棒をたやすく避けた。
しかし、それで終わりではない。
もう一匹の魔物、トロールが後ろの方にあった木を一本引き抜いて、ヤマトに向かい振り回す。
「遅い」
しかし、ヤマトの俊敏な動きを捉えることは出来なかった。
ヤマトはすぐにそれをかわしてそのまま素早くトロールの後ろに回りこむ。
そして刀を振るった。
その瞬間に刀から風の斬撃が飛び出した。
今ヤマトが無詠唱で発動した魔法は風斬。
三年前に多用していた風刃の威力向上版の魔法である。
グオォォォォォ!!
ヤマトの動きに反応できなかったトロールはそれを背中でもろに喰らってしまう。
しかし、さすが危険度Aランクといったところか。
傷はあまり深くなく、トロールはすぐに体勢を立て直した。
そうしている間に今度はサイクロプスガ襲い掛かってくる。
しかし、二重身体強化で尋常ならぬ速さを手に入れたヤマトにはこの二匹の魔物の猛攻はさほど速いものではなかった。
元々この二匹は一発の威力で軽く十人ほどが吹き飛ぶ一撃を放つのが売りなのである。
だが、それと対照的に行動は比較的遅い部類。
最も遅いと言っても並のものからすれば中々脅威の速さで武器を振るってくる。
さらに身体が巨体なだけに頑丈なのと、一撃でもまともに攻撃が当たれば終わりだという事が故にこの二匹は危険度はAランクという上級冒険者が相手をする強さなのだ。
しかし、それはヤマトの前では意味の無いもの。
ヤマトからすればこの猛攻は十分遅い部類なのだ。
故にヤマトは落ち着いて対応していく。
「いくぞ」
ヤマトは無詠唱で次の魔法、風付与を発動。
これにより刀は風を纏い切れ味が増す。
ヤマトは恐るべきスピードでそのままサイクロプスの懐にもぐりこみ跳ぶ。
そして振り下ろされている腕をそのまま切りつけた。
ギャアアアアアア!!!
青い鬼はそのまま後すざる。
切り落とすまでには行かずとも腕には深い切り傷が出来る。
其処からは緑色の血がドッと流れ出ていた。
周りから歓声が上がる。
ヤマトも自分の攻撃が予想以上に通用している事に口元に笑みを浮かべた。
その時、トロールが横から木を引き抜いてはそれをヤマトに向かい投げつけてきた。
油断していたヤマトは咄嗟に回避するがその時後ろのサイクロプスが動いた。
「しまっ……」
ヤマトはそれに気が付くのが遅かった。
サイクロプスが振るう棍棒がヤマトに迫る。
……そして、ヤマトはそのまま森の奥に吹き飛んだ……。
★★★
「ヤマト!」
ローラは目の前で吹き飛ぶヤマトに叫ぶ。
他のものも項垂れているようであった。
先ほどまで危険度Aランクのサイクロプスとトロールに善戦していた青年はサイクロプスの渾身の一撃を喰らったのだ。
最早助かるとは誰も思わなかった。
「そんな……」
リリーがその場に力なく座り込む。
他の者も絶望に表情を歪ませている。
ヤマトを知る五人がヤマトの敗北を信じられないで居た。
(だから……言ったのだ……)
コミュートも表情を顰めている。
先ほどまでは確かに善戦していたが、やはりAランクの魔物二匹を相手に勝てるわけが無かったのだ。
二匹の魔物が此方を睨んでくる。
それに先ほどまで青年に期待を抱いた者全てが恐怖した。
彼らには既に打つ手は無かった。
「痛っつ~~~!」
「「「「「…………は?」」」」」
しかし、ヤマトは頭を擦りながら此方に、痛いけど一応無事といったように此方に戻ってきた。
「やってくれたな? お返しだ!」
そうしてヤマトはトロールに刀を振るう。
刀から発せられた風の斬撃は先ほどのものとは比ではない程に大きなものである。
それが見事に命中したトロールは腹に深い切り傷を負った。
「ヤマト……! 大丈夫なの!?」
「一応大丈夫さ」
ヤマトは確かにかすり傷の様なものを受けていたがそれ以外に傷は見受けられない。
一同があの攻撃を喰らっても尚平気な表情で立っているヤマトに不思議でならなかった。
実を言うとヤマトはサイクロプスの一撃を喰らってなどいない。
ヤマトは棍棒が自らに当たる寸前で自らの目の前に風魔法、暴風を発動させたのだ。
それによりヤマトはサイクロプスの一撃を避けた。
ヤマトはサイクロプスに吹き飛ばされたのでは無く、自らの魔法に吹き飛ばされたのだ。
よってヤマトに致命傷に至る傷は無い。
「覚悟はいいな?」
ヤマトは二匹の魔物に訊ねる。
当然それに帰ってくるのは化け物の咆哮のみ。
グオォォォォォォォォォ!!!
深い傷を受けたトロールが怒り狂った様にヤマトに突撃する。
しかし、ヤマトは迫り来るトロールに素早く移動して足を切りつける。
風付与により威力と切れ味の上がった刀は次々にトロールの足に傷を付けていく。
そして限界が来たのかトロールが倒れこんだ。
「いっけぇぇ!」
その瞬間を待ってましたとばかりにヤマトはトロールの頭に飛び掛った。
しかし、トロールも黙ってやられるほどではない。
すぐに持っていた木をヤマトに投げた。
「妨害せよ! 防壁」
しかし、ヤマトはそれを刀を握っていない左手を突き出し妨害魔法で防いだ。
防がれた木は弾かれ、地面に落ちる。
「腕の力を強化せよ。 腕強化」
瞬間、ヤマトは自らの腕に強化魔法をかける。
そして刀を持つ手に力を込めて一気にトロールの首を切り裂いた。
トロールの首から血がドッと流れ出る。
そしてそのまましばらくビクンッと震えるが、何回か震えるとその場に力なく倒れこんだ。
「まずは一匹……おっと!」
しかし喜ぶのもつかの間、サイクロプスが棍棒を振り回してきたのだ。
ヤマトはこれを咄嗟にかわす。
その後も何度も棍棒を振るってきたが、真正面から来るのであればとてもヤマトには当たらない。
ヤマトはサイクロプスの猛攻を危なげなく避けてはそのまま後ろに跳んで木の枝の上に立つ。
「傷を癒せ。 治癒」
ヤマトは詠唱して自らのかすり傷を癒した。
かすり傷とはいえ血は流れている。
やはり余裕のあるうちに回復は済ませたかった。
ヤマトが自らの治癒を終えたときにはサイクロプスはヤマトに向かい棍棒を振り被っていた。
ヤマトはそれを木の枝から飛び降り回避する。
ヤマトが先ほど立っていた木はサイクロプスの棍棒が激突した事により粉々に砕けていった。
だが、ヤマトはしっかりと回避していて傷一つない。
攻撃を回避したヤマトはそのままサイクロプスの股の間を抜けて風の斬撃を放つ。
しかし、ただの風斬ではサイクロプスには傷を負わす事しか出来ない。
(仕方ない。時間を稼ぐか……)
「地面に干渉せよ。 地面干渉」
ヤマトは両手を地面に添えて詠唱する。
それによってヤマトは地面から作られる土のドームに覆われた。
しかしそれを壊さんとサイクロプスが棍棒をドームに振り下ろす。
「硬度を上げよ。 硬化」
しかし、ドームからヤマトの詠唱する声が聞こえたと同時に土のドームに大量の魔力が流れ出る。
ヤマトの発動した硬化魔法で固くなった土のドームはサイクロプスの振り下ろす棍棒をたやすく弾いた。
ヤマトはそのドームの中で、外に漏れ出る程の魔力を内に溜め始める。
その魔力量は並のそれではない。
それから何度もサイクロプスが棍棒でドームを叩きつけ、ヒビが入り始めたとき、ドームはボロボロと独りでに崩れ始めた。
その中から姿を現すのは膨大な魔力を乗せた刀を振り被るヤマトの姿であった。
「これで終わりだ!」
そうして刀から放った一撃は大風斬撃。
トロールに深い傷を負わせたあの大きな斬撃である。
しかし、今回のそれは先ほどの物より多くの魔力を溜めたものである。
その一撃はサイクロプスの巨体を飲み込み……。
ドガァァァァァァァァン!!!
辺りが一瞬で吹き飛ぶほどの威力を誇っていた。
木々は切り裂かれ、粉々になり、地面は大きく抉られている。
周りの空気が一瞬にして振るえ、静寂が訪れる。
……後に残ったのはサイクロプスと思われるただの肉塊だけだった……。
読了ありがとうございました。
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