2話 情報
今回は説明くさいです。
次の日に早速街を出発したヤマト達は街道を歩いている。
そのペースはやや速いといったところだ。
「それで、何が聞きたいんだ?」
「そうだな……。まずは今の大陸の状況とか国の関係とかかな」
その街道を歩く最中にてヤマトはバランの外を知るガノンの話を聞いていた。
その話に同じくバラン出身のローラも耳を傾ける。
「大陸の状況と国の関係か。まあ、冒険者ならある程度は知っていないとな」
「そういうわけでお願いするよ」
「そうだな。まずは魔物の増加について話すか」
ヤマトやローラ達はバラン出身の為に今の世情についてあまり知らない。
故にフィーリア王国に工房を持っているガノンに話を聞く必要があった。
いろいろな情報は持っているだけで武器となる。
それをヤマトは自らの師から教わった。
その基本となる事さえ何も知らなければ冒険者としてやってはいけないだろう。
「魔物が増え始めたのは十年くらい前からだ。何故かその時期に急激に増加していったんだ。バランは元々魔物が多いから外に出てもあまりピンと来ないだろうがな」
「バランに居るときもそういった話は聞いていたけど……そんなに増えたのか?」
「ああ。かなり増えたな」
ヤマトとガノンは熱心に話をしていて、ローラは必死に耳を傾ける。
ローラもやはり情報は大切だと思っているようだ。
ヤマトはチラリと他の人物達にも目を向けてみる。
するとローラの後ろの方ではウルトは近くの石を適当に拾って何処まで飛ぶかを試しており、リリーもそれに続き競うように投げていた……。
「――って何やってるんですか!?」
「あら、見て分かるでしょ?」
「石投げだよ、石投げ」
「それは分かりますけど!」
大切である筈の話にあまりに無関心な二人にローラが声を上げる。
今からの旅にとって大切な情報でそれこそ命がかかっているかもしれないというのに、この二人は全く無頓着であった。
「スレイからも何か言ってください!」
「……………………」
ローラが先ほどから無言のスレイに振る。
そんなローラにそわそわした様子で目を逸らす。
そして何気ない動作で右手に持っていたものを隠した。
……チラっと見えたがそれは間違いなくその辺に落ちている石ころだった。
「あなたもですか!」
まさかの裏切りにローラがさらに声を上げた。
「……ローラも大変なんだな」
「そのようだな……」
傍から見ていた三人が苦笑いを浮かべる。
確かに緊張感がないと二人には思えるが、逆に肩の力が抜けて落ち着く事にもなっている。
度重なる命の危険が待ち受ける冒険者の立場としてそれはとても重要な事であった。
「ともかく……魔物が増えたという話なんだが、危険度の高い魔物の数も増えてきたんだ」
「へえ。でもそれって冒険者に及ぶ危険が高まらないか?」
「そうだな。上級者が相手をする危険度Bランク以上の魔物が増えるってことは確かに危険だ。だからこそ最近は緊急依頼が増えているんだが」
「確かにバランに居るときも何回か見かけたな」
どうやら魔物が増えたという話は思っていたよりも深刻なものであったらしい。
今、ギルドの方でも何かと対策を立てる必要がある程とガノンが言う。
「なるほどな。じゃあ国の関係については?」
ヤマトは今度はもう一つの方について訊ねた。
「そっちは結構単純だ。十年程前からスクムト王国が他国に攻撃を仕掛けてきてな。周辺の国は支配に置かれた。んで未だスクムトの勢いは止まらない。だから最近ではそのスクムト王国を止める為に三大国の残り二つ、フィーリア王国とガラン帝国が連合を作り出そうとしている」
「連合軍か。それじゃあ侵攻を進めているスクムト王国の方がヤバいんじゃないか?」
「いや、対するスクムトも周辺の国に圧力をかけて従属国にしていっている。多分しばらくすれば戦争でも起きるんじゃないか?」
「冷静に凄い事言ってんな……」
ヤマトがははは……と乾いた笑みを浮かべた。
面倒な時期に旅立ったものだ。
ヤマトは強くそう思った。
「つまりは連合軍対スクムト従属国ってところか?」
「ああ、このままだったら確実にそうなるな」
「なるほどな。確かにシンプルだ」
「しんぷる?」
「ああ……ちょっとな。なんでもないよ」
ヤマトが曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
それにガノンもあまり追求しなかった。
どうやらもうすぐ戦いが起こるかもしれないそうだ。
戦争……それもかなり大規模な。
話に聞けば大陸上の何カ国もが戦争に関係するかもしれないらしい。
もしもそうなれば、大陸戦争にまで発展する可能性もある。
ヤマトは頭を抱えたくなった。
自分は今から失った記憶を取り戻す為に旅をしなければならない。
その延長上には”奴ら”も居るかもしれないというのに。
もしもその戦争が行われれば国から国への移動が難しくなるだろう。
そうなれば時間も必然的に多大にかかってしまう。
(さっさと情報を探さないとな……)
こうなればのんびりしている暇はなさそうだった。
「なあ、おっちゃん。情報を手に入れるのに効率が良い方法を教えて欲しいんだけど」
「情報を手に入れる効率の良い方法? そうだな、ギルドや酒場も良いんだが、一番は情報屋じゃないか?」
「情報屋?」
ヤマトがそこでガノンに訊ねる。
「そうだ。情報屋はちっとばかし金がかかるが自分の知りたい情報が手に入りやすい。まあ一度試してみるこった」
「そうだな。ありがと、おっちゃん」
「別にかまわねえよ」
がははと笑うガノンにヤマトは感謝しつつ今さっきまで聞いていた情報を整理する。
その時にふと気になる事が頭に浮かんだ。
「そういえば魔物が増えたのも、スクムト王国が侵略を開始したのも十年程前なんだな」
ヤマトの何気ない一言。
その言葉に確かにとガノンが妙に真剣な表情になった。
「言われてみればそうだな。何か関係でもあるのか……?」
ガノンもどうやらヤマトに言われて気付いたらしい。
どちらも十年程前に起こったこと。
確かに偶然といえばそれで済むような事であったし、関係性などまるでない。
だが……。
(何だろ……。俺の勘だけど、何か関係しているような気がする……)
ヤマトは何故かそう思えた。
それは全くの勘なのだがどうにもまんざら間違いでもないような感じがした。
(フィーリア王国に着いたら情報を集めるか……)
だが、今は前に進む事を考えないといけない。
情報の量では三大国のフィーリアならかなりあるだろう。
フィーリア王国に到着すれば詳しく調べればよい。
ヤマトはそう結論して、今は少しでも早くフィーリアに着くように心がけた。
「全く……。ウルトやリリーだけでなくスレイまでも何て……。少しはヤマトを見習ってほしいですね」
そうやってローラが戻ってきた。
その後ろでは三人が三人が頭を抑えながら呻いている。
どうやらお仕置きがあったようだ。
バランでも何度も見かけた光景にヤマトはただただ苦笑い。
「ローラも大変なんだな……」
「全くです。私がしっかりしないと」
「そりゃご苦労さん」
ガノンとヤマトで労いの言葉をかける。
それを聞いたローラは満更でもない様子であった。
「まあ、冒険者の基本ですね。それよりも話の続きを聞きたいです」
ローラはあの後離れていて、どうやら話を聞けなかったようだ。
その事実に二人は少々気まずい表情を浮かべる。
それにローラは首を傾ける。
「ああ……えっと……もう終わった……」
「終わった? 何がですか?」
「話……」
「……………………」
ローラが沈黙する。
それに合わせて二人も沈黙。
後ろの三人は冷や汗を滝のように掻く。
「――ウルト、リリー、スレイ」
「「すいませんでした」」
「…………ごめん」
ローラが三人の方を向き、キッと睨んだ。
その鋭い視線に三人が足を後退させる。
それを忌々しく見つめたローラはさっとガノンに視線を向け懇願した。
「もう一回してください」
「面倒臭い……。また今度にしてくれないか?」
「お願いします」
最後の一言は冷たい空気が流れそうな程に冷淡な口調だった。
もしもここでガノンが断れば、後ろの三人の命がないだろう。
それはこういった状況を何度も体験しているヤマトの本能がそう告げていたのだ。
女性は恐い……この時代で力の弱い女性が生きていく為には気の強い部分も持たなければならないが、もっと優しい女性が増えても良いではないかとヤマトは常々そう思っている。
フィーネ……優しかった君が今では恋しい……。
決して赤髪の少女に聞かれてはならない事をヤマトは胸中で思った。
ともかくも、そのお願いを断れば後ろの三人が被害に遭うだろう。
そしてそれをガノンも承知している筈である。
今の彼女を見ればガノンでも分かるだろう。
もしもここでそのお願いを断るようなら、それは三人を見捨てる事になる。
後ろの三人もそれが分かっている為に視線で必死に懇願している。
……ここで断るようならば、それは人の皮を被った鬼だ。
「面倒臭い。また今度にしてくれ」
鬼だった。
「そうですか……。分かりました。また今度お聞きしますね」
そう言ってローラは三人に近づいていった。
その拳には魔力が篭っている。
まあ、なまじ情報は時として命よりも価値があると昔の英雄が言っていただけにローラの気持ちも分からない訳ではないのだが……。
「ローラ。俺が聞いたことを教えてしんぜよう。だからその三人は見逃してやってはくれぬか……?」
ヤマトは冷や汗を掻きながら、焦ったのか変な口調でローラを静めるように努めた。
するとローラの表情が少しだけまともに戻った。
「そうですか。良かった、私も無駄に手を汚さなくて済みました」
「マジで殺るつもりだったの!?」
表情から絶対に嘘では無いと言いきれない。
女性というのは恐いものだ。
ヤマトにその気持ちをさらに強くさせる出来事だった。
「じゃあ、お願いします」
「OK」
ヤマトは三人から神でも崇めるような視線を向けられながら、悪魔の復活を阻止する為に立ち上がった。
赤い髪の少女に振り回された時と同じ状況だとは。
ヤマトは静かに嘆息したのだった。
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