17話 死別
「報告します! 現在黒のローブを纏う謎の集団を駆逐しています。全員の捕縛も時間の問題です!」
「そうか……。ご苦労」
先ほどの爆発と同時に何人もの黒のローブを纏いフードを付けている集団がスクムト王城を襲撃してきた。
しかし、スクムトの王宮騎士団はその集団を者ともしないほどにレベルの高い騎士団であった。
故に連中の捕縛も時間の問題である。
その報告を聞いた第二王子バベルは騎士を下がらせ、誰も居ない会議室に一人腰を下ろす。
いや……一人ではなかった。
「計画は多少狂いはしたが順調。“あの方”もハザンと対峙したようだ……」
「そうか」
一人……バベルの後ろに一人の黒ずくめのローブの男が腕を組んで立っていた。
顔はフードを深く被っているので見えないでいるが、声からしてそう歳を取っていない男であるだろうと思われる。
「ソロとやら。本当に兄さんを殺せるのか? 兄さんはかなり強いぞ?」
「その質問は愚問だな……」
バベルは半ば不安そうに訊ねるが、ソロはそれに呆れながら首を振る。
「“あの方”に適うものなどこの世にはいない。何せその昔、三人の英雄と渡り合ったのだから」
「それは頼もしい……」
バベルは不敵に笑った。
それは今から来る未来を鮮明にその目で見たかのように……。
「――――兄さん……。悪いが王になるのはこの僕だ!」
★★★
――この男は危険だ……。
ハールは息を呑んだ。
背中に冷や汗が伝っていくのを感じる。
そしてそれが止まる事を知らない。
ハールは目の前の人物に、“モノ”に恐怖した。
――僕は…………死ぬ…………。
ハールは本能的に死を予感した。
目の前にただ立っている人物。
濃い灰色の髪に黒のローブを着ている。
地下牢も元から薄暗かったのでその姿は闇に溶け込みそうだったが、瞳から放たれる金の光はまるで獲物を見据えているようにギラギラと輝いている。
「ハール様……」
横を見るとソールは泣き出しそうに必死にハールの袖を掴んで恐怖を飲み込んでいる。
ルーナもこれと同様であった。
むしろこのプレッシャーに宛がわれて正気を保っている事に驚きである。
それほどに目の前の男が放つ殺気は凄まじいものだった。
「……“ノア”。初めて……だな?」
するとハザンがおもむろに男に語りかけた。
「我は何度か目にしたような気がするが?」
「いや、こちらの方は初対面だな」
「そうか」
ハザンはこの殺気の中で淡々と話している。
ハールはこれに驚きながら、ハザンならこの状況を改善できるのではないか……そんな思いに囚われる。
ハザンは“ノア”と呼ばれる男を見据えながらハールにそっと耳打ちをする。
「ハール。お前は二人を連れて逃げろ」
ハールはそれに硬直した。
ハザンがこの場から逃げろといった。
それはつまり自分達が足手まといなのか、もしくは足止めをするつもりなのか。
「いやだよ。僕も戦う」
ハールはハザンの命令を拒否した。
これにはハザンもも目を丸くする。
今まで自分の言う事を嫌味を言いながらも聞いていたハールに拒否をされるとは思わなかったのだ。
「ハール……。こいつは俺よりずっと強いんだ……。言う事を聞いてくれ……」
ハールは初めて自分に懇願する父の姿を見た。
そして、それをハールは見たいとも思わない。
ハールはまた四人で前のように旅が出来ればそれで良かった。
だから……。
「そのために戦うんだ!」
ハールはハザンの静止を振り切って“ノア”に駆け出す。
“ノア”はこれに驚いたように目を見開く。
どうやらハールが自らが放つプレッシャーの中で動けるとは思わなかったらしい。
武器も構えていない目の前の男にハールはバスタードソードを思いっきり振るった。
しかし……。
「ハザン……。貴様の息子は礼儀がなってないぞ?」
……ハールは吹き飛んだ。
それもソールとルーナを通り越して、向こうの壁に激突するくらいに。
「がはっ…………!」
ハールは壁に激突してズルズルと引き釣り落ち、そのまま力無く倒れる。
――何をされた……!?
自らの身に何が起こったかがまるでわからなかった。
それだけの力量の差は二人にはあったのだ。
倒れたハールは必死に立ち上がろうとする。
しかし、ダメージを受けて力が入らずに……ハールはそのまま倒れた。
「ハール!」
向こうでハザンが叫んでいる気がするがハールの耳には届かない。
ハールはそのまま気を失った。
「ルーナ! ハールに治癒魔法を!」
「はい!!」
ルーナはすぐに駆け寄りハールに治癒魔法をかける。
その傍でソールはただハールの名前を呼び続けている。
「ハール様! ハール様ぁ……」
ソールは涙を流して再度ハールの名前を呼んでいる。
その光景のすぐ横では、ハザンと“ノア”が一種即発の状態でにらみ合っていた。
「それでは……は・じ・め・よ・う」
男が不気味に笑って何処からか取り出した細く刀身の曲がった剣を取り出す。
ハザンもそれに合わせてバスタードソードを握った。
……そして、一方は闇、一方は光の魔力がぶつかりあった。
★★★
ハザンの放った光魔法と“ノア”の放った闇魔法の斬撃同士がぶつかった。
辺りには衝撃により埃が舞い、二人の姿を覆い隠した。
ソールとルーナは埃で姿が見えないハザンの安否が気になった。
その時、埃が舞う中で一際大きい金属音が地下に盛大に鳴り響いた。
それと同時に辺りの埃が一斉に飛び散り二人の姿が露になる。
其処にはバスタードソードと反っている不思議な剣がぶつかって静止しているところだった。
「はっ!」
ハザンはそれを弾きながら後方に下がる。
“ノア”の方は弾かれていながらその場から一歩も動いていない。
「刀か……。珍しいな」
「そうだろう。我の愛刀だ」
そして刀を振るう金の瞳の所有者。
その身体から放たれるは真っ黒な闇。
それが男の周りでうごめいていた。
「ふはは!」
灰色の髪の男はさらに何度も刀を振るった。
そのたびに刀から出る闇、闇、闇。
それが溜まりに溜まって生み親である男の周りに纏わり着いていく。
「いくのだ」
その言葉と同時に闇が一斉に放たれた。
「な…………!!!」
ハザンはこれを打ち落とすべく何度もバスタードソードを振り、光の斬撃を放つ。
光の斬撃と闇がぶつかり相殺されていく。
しかし、徐々にハザンが押され始めた。
「く…………」
ハザンは呻いた。
何度も何度も光魔法を放つが闇を完全に打ち落とせない。
相殺は出来るが元の“ノア”に纏わり着く闇を消さない限り、いつまでも続くようである。
ハザンはあらゆる光魔法を駆使した。
しかし、この男の闇魔法はハザンの遥か上をいっていた。
(ならば……!)
魔法の打ち合いでは勝てないと判断したハザンは、怪我を覚悟で“ノア”に突っ込む。
ハザンに幾重の闇が襲い掛かりハザンに傷を付けていくが気にしない。
そしてハザンは遂に男の下にたどり着いた。
「いくぞ!」
ハザンは光付与をバスタードソードに纏わせる。
そして、見えないほどの恐るべき速度で次々に振るっていった。
「あまいな……!」
男はそのハザンの振るう速度に余裕の笑みで対応してみせる。
ハザンはバスタードソードを振るいながら、“ノア”の圧倒的実力にただただ押されていた。
(話には聞いていたが……。これほどとはな)
何合も何十合も打ち合う中でハザンの傷は増えていくばかりである。
トーネの元で剣の修業を行っていたハザンは自分の剣技に自身があった。
それゆえに、全く簡単にあしらわれている自分に自嘲の笑みが出る。
――勝てない……。
「ハザン……。“例のモノ”を差し出せ。命は助けてやらん事も無い」
“ノア”は絶対的優位の状態でハザンに交渉を求める。
それは“ノア”がずっと探している代物であった。
「生憎だな。それはもう既に俺の手元には無い」
「貴様の息子がどうなっても?」
“ノア”は倒れているハールに視線を向ける。
どうやら“ノア”はハザンの言葉を信じていないようだった。
しかし、ハザンはそれに顔を顰めただけ。
「無いものはしょうがない。脅しても無駄だ」
「……どうやら本当のようであるな」
今度は“ノア”が顔を顰めた。
それはやっと手に入ると思われていたおもちゃが遠ざかったような、そんな表情である。
「ハザン……。貴様にもう用は無い。それではさらばだ……」
その言葉と共に“ノア”から放たれる剣閃を受けてハザンが大きく仰け反った。
“ノア”はそれに口元を吊り上げる。
――すまん……ハール……。
心の中で不甲斐無い父親を持った息子に謝罪をする。
それは今までハザンがハールに言った事のないものである
ハザンはこのとき確かに笑った。
そして……。
「ハザン……。さ・よ・う・な・ら!」
……男の非常なる一振りが、ハザンを斬り去ったのだった……。
★★★
「…………さん!!!」
「…………あぁぁぁぁぁぁぁ!」
――誰かの声が聞こえる……。
ハールはその時気絶から立ち直った。
目を覚ましてふと気付くと、自分の両脇では誰かの叫び声が聞こえる。
ハールは顔を横に向けてその正体に視線を送る。
右にはルーナが表情を蒼白にさせて息を呑んでいる。
そして左ではソールが泣きじゃくっていた。
――何が起こったんだっけ……?
ハールは自分の状況を思い出そうと思考を働かせる。
そして数秒ほどで今の状況を理解した。
(そうか……。僕はあいつに吹き飛ばされて……)
ハールは意識を失う前の状態までを思い出した。
その時、ハールの隣でドサッ! と鈍い音がする。
ハールは何事だとそちらを見た。
……其処には血まみれの父親が倒れていた……。
――…………え?
ハールは一瞬何が起きたか理解が出来なかった。
やがてハールの視界がぼやけたものからクリアに変わっていく。
そこでハールは目の前の無残な父の姿を認識した。
「――――父さん!!!」
ハールは起き上がりハザンに駆け寄る。
ハザンには所々に切り傷や骨折などが見られ、右胸から左腰にかけて大きな傷が出来ていて、息をするのも苦しそうであった。
「ルーナ! 父さんに治癒魔法を!!」
「…………は、はい!!」
ハールの言葉に我を取り戻したルーナはすぐに治療に取り掛かる。
しかし、ハザンの傷は深すぎた。
ルーナは涙を流しながら必死に治療を続ける。
だが、ハザンの状態は一向に改善しない、むしろ悪化していた。
「…………ハ……ル………………」
「父さん!!?」
ハールは顔を蒼白にさせながらも、瞳を同様で揺らしながらも目の前のハザンを見た。
ハザンはそれに微かに笑い、ハールの手を握った。
「おま…………え……に……は…………いつも……めい……わく……を……かけ……た」
「父さん! 何言ってるんだよ……」
「さいごに……つたえ……なければ……」
「……最後なんて言わないでよ!!」
ハールは涙を流しながら怒鳴りつける。
母を失ったハールにとって、父だけが頼りであった。
その父までもが目の前でサンの下に行こうとしている。
「ハー……ル。……わ……か…………れも……いつか……は……くる……もの…………だぞ?」
ハザンは少しばかり苦笑しながら、ハールの手に“何か”を握らせた。
「それ……は……みらい……に……かなら……ず……や……くに……た…つときが……くる」
ハザンはそう語ったが、今のハールにそんな言葉などどうでも良かった。
ハザンはハールの横で涙を流しているソールとルーナに視線を向ける。
「ふた……りとも……つら……いかも……し……れないが……ハールを……たのむ……!」
二人はハザンに向かい弱弱しく頷く。
ハザンはその様子に微笑んでいる。
そしてハザンは地を吐きながら、ぜえぜえと苦しそうに、息子に送れる内に言葉を懸命に搾り出す。
「ハール……まずは……生きろ……!」
ハザンは力強くそう言った。
その言葉はハールにまだこちらに来るな。
お前にはやるべき事があると暗に告げていた。
その時、ハザンはかなりの量の血を口から吐いた。
……それでも尚ハザンは口を動かす。
「……………………………………」
ハザンはのどが使い物にならなくなったようで、今しがたハールに伝えようとしたその言葉は声になっていない。
しかし、ハールにはその言葉が分かった。
それは親子の絆と言えるのだろうか。
ハザンはそれに安心したように静かに目を閉じた。
「父さん…………」
「……遂に死んだようだな」
その光景を一部始終眺めていた男が素気なく呟いた。
「“両親二人”を我に殺され、貴様の息子は何を思うだろうな……」
その言葉にハールは無表情ながらに反応した。
「それはどういう……」
「ククク……。知らないのなら教えてやろう。貴様の母、サン=スクムトを殺したのは他でもない我である」
ハールは一気に視界が黒く塗りつぶされていく。
それは今まで例えようの無いほどの怒気。
ハールは怒りに身を任せようとした。
「そして今回は弟のバベルから暗殺の依頼……。ハザンも哀れなものだ」
だが、怒りは収まる事となった。
ハールは訳がわからないと云う表情をする。
隣にいる二人も同様であった。
「第二王子バベルは自らが王になる為に兄を売ったのだ。おかげで“例のモノ”がようやく手に入ると思ったのだが……」
先手を打たれた……。
“ノア”は静かにそう続けた。
だが、そんな言葉など興味がないらしく、ハールは絶望感に苛まれてその場で膝を突く。
その表情はいつもの無表情ではなく、まさしく生気の無いものであった。
「さて……。それでは貴様もすぐに我が送ってやる。――ち・ち・お・や・の・と・こ・ろ・に!」
“ノア”の金色の瞳が不気味に光る。
そしてゆっくりとハールに近づいてきた。
しかし、ハールはそれを眺めるだけで動こうとはしない。
「ハール様! ここは逃げましょう!」
「ハール様! 立って!」
ハールの隣にいた少女らはハールの腕を引っ張り、この場を離れようと試みる。
しかし、ハールは一向に動かない。
それでもソールとルーナは諦めない。
(ハザンさんに頼まれたんです。ハール様の事を……!)
尚も二人はハールを引っ張る。
どんなに動かなくても、どんなに恐怖を感じながらも。
そんな二人をあざ笑いながら“ノア”は近づいてきた。
「お・わ・り・だ!」
“ノア”が刀を振り上げた。
ソールとルーナはそれに覚悟を決め、目を閉じる。
瞬間、ピシリと音がした。
「何…………?」
なんと天井が崩れかけていたのである。
当然といえば当然。
こんな地下で強力な魔法をボコスコと使っていたのだ。
天井が耐えられなくなって崩れても不思議ではなかった。
ドガガガガガガ!
……そしてけたたましい音と共に天井は崩壊した。
「ち…………!」
それを見た“ノア”は驚きながらも瞬時に移動して、地下を抜け出そうと試みた。
その手にはいつの間にか気を失っているシードを掴んでいる。
人一人を掴んでおきながらのその動きはまさに目にも止まらぬ速さ。
アレならばすぐにここを抜け出せるだろう。
一方のソールとルーナは動かないハールに抱きついている。
しかし、その瞳は決して諦めたものではない。
――ふた……りとも……つら……いかも……し……れな……いが……ハールを……たのむ……!
二人の胸には強くこの言葉が残っていた…。
「ハール様は……」
「守る……!」
……そして、二人の左腕が……紋章が光った……。
ハザンは死に、絶体絶命の中で紋章が輝く……。
次回は「親子の絆と災厄の予言」。
二章も残すところあと二話となりました。
読了ありがとうございます。
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